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Re:氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
01〈勇者の帰還〉編
20/51

第四章 (1)〈氷獄にて天を貫く者〉

 

 まずは先手を奪う。

 黄金の剣を構えて腰を低く落とし、あらんかぎりの力で蹴り出す。夜闇にその軌跡を刻むほどの速度でディクトリアに肉薄する。

 回転を加えた下段からの一閃。

 神父姿の超能力者が身の丈を越えるハルバートを操り迎撃してくる。


「ぬああああああああぁぁぁッ!!」

「ぜあァッ!!」


 力の拮抗は一瞬だった。放電したように弾けた火花がお互いの顔を照らす。俺もディクトリアも技で翻弄するタイプではない。パワーのぶつかり合いで生じた反動に、靴底を激しく擦りながら体が後退する。

 衝突した余波が建物全体に伝染する。剥き出しになった鉄骨がギシギシと震え、ただでさえ不安定な足場がさらに危険な地帯と変貌した。

 跳ね返ってきた衝撃に耐えられず仰け反ったディクトリアの意識が俺から外れた隙を見逃さず、開いた距離を一足で埋め斬撃を重ねる。直後に爪先が飛び上がってきた。狙いは甘いが、甘いなりに頸動脈をきっちり押さえている。

 俺はとっさに半歩横にスライド。腕を高速で引き戻して遅滞なく刺突を繰り出す。

 ディクトリアのハルバートの欠点は間合いに入られたとき小回りが利かず完全に無力化することと、その重量ゆえに発揮される威力の代償として一回ごとのモーションに隙が生まれやすいことだ。いかに二メートル級の大男といえど何十キロとある得物を振り回せまい。

 切っ先が喉元を抉らんと迫る。焦燥に駆られた表情のディクトリアはカモフラージュの動作も忘れ、懐から取り出した薄い正方形の物体を投げつけてきた。


「喰らうかよ」


 刀身がおびただしいほどの冷気を纏う。流し込んだ氷系統の波動に天剣が呼応している。

 空気を瞬時に冷却させ、飛来したプラスチック爆弾を凍結させた。

 ディクトリアは驚愕の相を浮かべる。


「ふっ!!」


 短く息を吐き出して天剣を突き出す。とっさに反応したのか、ディクトリアは一撃を見切ると首の動きだけで直撃を回避する。紙一重のところで刃は首の皮一枚だけを薄く斬るだけに終わり、思わず舌打ちがこぼれた。

 ハルバートを引き摺って距離を開けようとするディクトリア。――逃がさない。

 とん、と一歩だけ助走をつける。全身に行き渡る波動を一瞬だけ踵に収束させ、即座に点火。直後に吹き飛ばされるような加速に包まれ、同時に強烈なGに内蔵を振り回される。構うものかとそれを強引に捩じ伏せ、呼気を荒立てるディクトリアへと飛びかかる。

 流れていく景色とは裏腹に敵の姿はどんどんクリアになっていく。

 表情から筋肉の微細な動きまで手に取るように見える。

 俺の接近を邪魔せんと次々に投げ込まれるプラスチック爆弾を片っ端から撃墜する。快音が立て続けに響き、割れた爆弾は風圧に乗って後方の彼方に消えていく。

 ダンッ、と踏み込んでディクトリアを天剣の射程圏内に捕まえる。

 だが敵も然る者。踏み込んでから抜き打つまでのほんのわずかなタイムラグを見逃さず、大木ほどもある腕で拳を握り、胴体目掛けて振り抜いてきた。

 俺は構わず腕ごと叩き斬ろうとする。

 甲高い鋼の悲鳴が周囲に轟いた。


「チィッ……!」


 衝撃でディクトリアの法衣が巻き上げられ、打ち合わせたままの右手が露になる。そこには指から肘にかけてプロテクターが装着されていた。

 握られた拳がほどけ、ディクトリアが大袈裟に距離を開ける。

 鍔迫り合いのなか急に逆方向の力が消えよろけてしまう。

 そのとき靴底が踏んだ感触に背筋がゾッと凍えた。

 なぜディクトリアは拳を開いた? なぜ絶好のチャンスを不意にしてまで後退した? 決まっている。一連の動作は足元にプラスチック爆弾を落とすためだったからだ。

 はっと気づいたときには橙色が這い上がってきていた。

 これまでの戦闘経験がとっさに直撃だけは回避するも、イメージに動作が間に合わず右足が呑み込まれた。肉の焼ける臭いが鼻につき、遅れて痛みがやってくる。

 ディクトリアの能力の対策はもう見えている。

 だが体がイメージについてこない。

 ディクトリアが地面を蹴りだす。法衣のマントがビル風にさらされて尾のように靡かせながら、弾丸のごとき速度で肉薄してハルバートを一閃してくる。上から下への縦攻撃。喉から雄叫びを発しながら天剣と火花を散らせる。火傷の痛みで踏ん張りきれず膝をつきそうになり、俺は慌ててバックステップする。

 さらに飛び退けば直後にハルバートが炸裂する。

 粉砕されたコンクリートが砂埃となって巻き上げられ、ディクトリアの姿を眩ました。

 砂埃を引き連れるかのようにディクトリアが飛び出してくる。

 プラスチック爆弾が次々に投げ込まれ爆発。それがさらに誘発して爆発を起こし、俺は息をつく間もなく安全地帯を探して飛び回る。


「クハハハハハハッ!! まだです、少年の力はそんなものではないでしょう!?」

「るせぇッ!!」


 前傾姿勢で天剣の切っ先を地面すれすれに構え、這うように疾走する。ディクトリアに補足されないよう無秩序に疾駆すれば、浮かべていた嘲笑を消してすぐにハルバートを握り直した。

 そして正面に出現した俺に焦ったのか、ろくに狙いも定まらないハルバートが上段より叩きつけられる。刀身を斜めに添え、重心を傾けてしなやかに受け流す。ギギギギッ、と天剣の表面を擦った耳に残る不快音が鼓膜をつんざき集中力を削いでいく。

 半ば強引に聴覚が拾う無駄な音を意識化から追い出し、踏み足を組み換えるとディクトリアの背後に回る。ハルバートが巻き起こした旋風を掻い潜り、重戦車を彷彿とさせるがっしりとした肉体を引き裂こうとする。

 だが、ディクトリアは強引に体勢を修正することで空振りになるはずだった一撃を凪ぎ払いに変化させ、天剣の斬撃を跳ね返してきた。

 腕をちぎられそうになるほどの衝撃が肩に襲いかかり、ごきっ、と鈍く嫌な悲鳴を上げた。肩が外れたのだ。この馬鹿力を不覚にも真正面から受け止めさせられて脱臼で済んだのは幸運かはあとにして、眼前を通過したハルバートが戻ってくる前に体勢を立て直さねばなるまい。

 しかしディクトリアがそれを許さない。ハルバートの重量にあえて振り回されて巨体を回転させる。そのまま踵を脱臼した肩を目掛けて振り抜いてきた。

 危うく天剣を取りこぼしそうになりながら紙一重で回避。意趣返しとばかりにディクトリアの顎に回し蹴りを見舞ってからニーナのいる位置まで飛び下がる。


「おにい、さん……肩が……!」


 心配して這い寄ってくるニーナを手で制す。脳震盪を起こしてディクトリアが千鳥足になっている隙に肩から全体重を乗せて柱に体当たりする。ごきりと骨が填まる。荒療治だが文句は言っていられない。肩を回して調子を確かめ、万全とはいかずとも戦闘に支障はないと判断する。


「さてどうするか……」


 思わずごちり舌打ちする。俺の体は思っていたよりずっと早くタイムオーバーを訴えてきていたのだ。百メートル走をやればせいぜい十二秒前後の走力、アクロバティックな動きができるような柔軟性はなく、バットですら振るたびに重心がずれてしまう。それが俺の数日前までの身体能力だ。

 波脈を抉じ開けブーストを施しても元のステータスが低ければたかが知れている。

 もう少し動けるかと期待していたが、悪い方に裏切られた。

 まともに戦ったら――――負ける。


「――笑えねぇよクソが」


 豹変した口調にニーナが怯えたように肩を揺らした。

 しかし気にかけている余裕はない。心臓は煩いほど暴れいる。激しく空気が循環された肺は強烈な痛みを与えてくる。太股から脹ら脛にかけては過度な運動量に耐えきれず痙攣している。コンディションは最悪だ。

 しかもこれからさらに下がり続けるのは確実。だからといって仕切り直しはできない。

 俺は天剣に視線を向ける。

 やるしか、ないか。

 正直うまくいく保証はない。真宵後輩でも一度は失敗している。術式構成の大部分を任せていた精霊がこの世界に存在しない以上、術者である俺が構築するしかない。

 失敗すればどうなるかはわからない。リスクの大きすぎる一手だ。

 視界の揺れが収まったディクトリアがこちらを捉えた。そして接近。

 足元から冷気が吹き荒れる。

 周囲を瞬く間に凍結させていき、ニーナが驚愕している。


「何をしようと同じですよッ!!」


 ――いいから黙ってろよオッサン。集中できねぇだろうが。

 ディクトリアがぐんぐんと迫ってくる。しくじれば死ぬ。魔王を倒したとか関係ない。死神の鎌が首をもたげ、今にも刈り取らんとする姿を見て恐怖を感じないわけがないだろう。

 ニーナが悲鳴に近い声で叫んでいる。

 魔術師がとうとう俺を間合いに捕獲した。ハルバートが掲げられる。ふと刃に目がいった。赤茶色の錆とは違う汚れがこびりついていた。おそらく返り血だろう。

 これまで何人もの血を啜ってきた一振りが、また腹を満たせると言っている気がした。

 冗談だろ。食われるのはお前の方だ。

 天剣の刀身が薄水色の光芒を纏う。

 さあいくぞ――祈りを捧げろ。


「――氷よ、雪女の甘い吐息を」


 その瞬間に悟る。だめだ。失敗した。この術式は発動しない。

 刀身を覆っていた光芒がいくつもの欠片となって砕け散り、溶けていく。どこか他人事のようにその様子を眺めていた俺の頭上からハルバートが落ちてくる。喰らえば死ぬ。頭蓋を砕き、骨格や内蔵を巻き込んで股下まで切り裂かれ真っ二つにされる。

 頭では理解しているのに体が動かなかった。

 逆上せたようにぼうとして思考がままならない。暑くもないのに大粒の汗がとめどなく流れ、頬から顎へと伝い滴り落ちていく。背筋もじっとりと汗ばんでインナーを濡らし、気持ち悪い感覚がまとわりついていた。

 スローモーションになったようにゆっくりと、しかし確実にハルバートが近づいてくる。

 そして――。

 気づけば俺は地面を跳ね転がっていた。胃の中身を戻してしまいそうな強烈な衝撃が腹部を直撃して、死という名の底無し沼からギリギリで引き上げられたのだ。

 遠くで轟音が響いた。

 俺がいた場所から土煙が立ち上ぼり、ハルバートからは爆炎が噴き出している。


「だ、大丈夫、ですか……?」


 視線を下げれば、義肢を接続し直したニーナが俺の腰に手を回して抱きついていた。不安そうに見上げる彼女を見て、回転がままならない思考で助けられたのだと気づくまで数秒も要した。

 お礼を口にしようとして、まだ脅威が去ってないことを思い出す。だんだんと思考が回るようになってきたことで周囲の状況の変動に追い付いてきた。


「少し我慢してくれ」


 俺はニーナを脇に抱えると急に筋肉をトップギアに入れる。

 ディクトリアとは真反対を目指して疾走を開始した。

 直後に電波塔がぐらりと揺れた。半分ほど振り返りマズイ、と内心で叫び散らす。さっきのハルバートによる一撃が鉄骨に皹を入れ、それが見る間に広がってきていた。今の揺れも倒壊の前触れだろう。ここに留まれば瓦礫に下敷きになってしまう。

 どこか飛び移れそうな建物を探すも周りにはやけに高いビル群しかない。ニーナに追いつくのに時間がかかったのもそのせいだ。空中を飛べればいいが、俺の移動方法はあくまでも建物から建物へと飛び移るやり方である。足場がなければどうしようもない。

 地面は見えないほど遠く、谷底のように大口を開けていた。もし足を滑らせて落下しようものなら命はない。

 そして崩壊を始めたこの場にいても当然助からない。

 飛ぶしかない――!

 そう意を決して行動しようとした瞬間、ついに足場が崩れ落ちた。

 体が自由落下を始め、奈落の底に吸い込まれていく。


「ニーナ、しっかり掴まってろッ!!」

「は、はい……!」


 ニーナを手放さないようしっかりと抱え直す。ボルトが外れバラバラになって落ちていく鉄骨の一本を空中で足場にすると、波動を足裏に収束させて爆発。推進力で打ち上がり、次々に足場を確保してそれを繰り返していく。

 ときおりねらい澄ましたように真上から落ちてくる鉄骨を天剣で凪ぎ払い駆け上がる。

 限界などとうに越えた。少しでも気を緩めれば意識を持っていかれる。

 俺は呼吸するのも忘れ、一心不乱に空を目指す。

 だが一番近いビルの屋上にもう少しで届くかというところで危惧していたことが起こった。俺たちが上に昇っていくのに対して鉄骨は下に落ちていっている。上に行けば行くほど足場はなくなり、なくなれば一貫の終わりだ。

 次の一回で足場がなくなる。

 あとは為すすべもなく奈落の底に呑まれるだけだ。

 俺は天剣をくるりと回して逆手に持ち直すと波動を封入する。膨大なエネルギーを刀身が孕み、不安定な形のまま膨張していく。

 なにも屋上に届かなければならないわけではないのだ。

 最後の鉄骨を蹴り、ビルに向かって直進する。


「飛べえええええええええええええええええぇぇッ!!」


 雄叫びながら天剣を全力でビルの壁目掛けて投擲する。ヒュン、と鋭く風を切り一直線に飛翔した天剣はぶつかると同時に蓄積されていた波動を爆発させ、砲撃でも浴びせたように壁を木っ端微塵に破壊した。それだけでは飽きたらず床をも粉砕して、ワンフロアをぶち抜いていった。

 自由になった両手でニーナを腕のなかに抱え反転。そのままビルに突っ込み背中を強かに打ち付けた。ブラックアウトしかける意識を鷲掴んで引き戻せば、打ち付けた衝撃で過呼吸に陥った。受け身は間に合ったはずだが、あの高さから速度を抱えたまま落ちたのだ。感覚がないだけで骨の二本や三本は折れているかもしれない。

 床を何度もバウンドしながら転がり、再度背中をぶつけてようやく停止した。

 喉の奥から逆流してきたものを吐き出す。血液が嘔吐するように溢れ返り、換気の利いているはずの部屋を一気に血生臭くした。

 嘔吐きながら血液を吐き出し続け、逆流が収まったのは周囲を真っ赤に染め上げてからだった。少なくとも致死量の血は撒き散らしているが、どうやら余計なところは全盛期に近づいているらしい。いや、おかげで生きているのだから余計な、とは言い過ぎか。

 一息ついて腕のなかの温もりを解放してやる。


「怪我は、ないか?」


 咳き込みながら少女に問う。

 ニーナは涙目で首を激しく縦に振る。


「で、でも……おにい、さんが……!」

「心配すんなよ。俺は大丈夫だ。それよりさっきはありがとな。助かったよ」


 頭を撫でようとして手を伸ばせば、べったり血がついているのが目に入った。

 俺は苦笑いして手を引っ込めて壁に体重を預ける。


「あんのクソヤロウ、やってくれやがったぜ」


 血が染み込んだパーカーの綺麗な部分で手を拭うと、汗で顔面にへばりついた前髪を掻き上げる。予想通り、戦闘の激しさ以上に発汗していた。

 ディクトリアがやったのは爆発を応用した熱中症だ。たしかにディクトリアの能力は爆発だが、その根元にある属性は炎である。俺に気づかせないほど小型の爆発を何度も発生させ、熱中症を引き起こさせたのだ。

 結果、思考力や判断力が急激に低下した。

 俺がディクトリアの一撃を避けられないと錯覚したのはそのせいだ。

 異世界では炎系統と土系統の混合術式での爆発はあったが、あくまでもどちらの系統も一定以上の出力を引き出せないからこその術式だ。まともに術式を編めるなら、炎なら炎、土なら土で攻撃する。

 さらに治癒波導があるおかげと言うべきかあるせいと言うべきか、向こうの医学はほとんど進歩していない。熱中症なんて狙えるわけがないのだ。

 だから気づくのにこうまで遅れてしまった。


 それに波導が失敗したのはそもそも術式の構成が始まっていないから――と思いたい。

 ……いいや、もっともらしい理由付けはやめようか。

 波導は失敗した。厳然としてその事実は俺の前に立ちはだかっている。

 今の俺のステータスでは波導なしでは決定打にかける。

 俺の剣技は波導をベースにしている。波導なしの剣技なんぞ扱えるだけのステータスがない以上、天剣のスペックに頼るだけのゴミ屑だ。牽制にもなるまい。

 ディクトリアは打ち負かせないほどの実力ではないが、悔しいことにこの様だ。一手間違えただけで致命的だし攻略法があっても実行できない。

 正直に言えば、口ではどれだけ虚勢を張っても手詰まりな状態だ。

 ディクトリアの勝ち誇った表情が目に浮かぶようだ。今さらながら出会い頭にチェック宣言したのが恥ずかしく思えてきたぞ。相手の手札も看破しないうちに啖呵切るもんじゃあないな。

 それをいかに躱して盤上をひっくり返すか。

 よく考えたら、こういった逆境こそ俺の土俵だった。


 さあ思考を回転させろ。

 敗色濃厚の盤上をひっくり返し、勝利へと続く必勝法を導き出せ。


「おにい、さん」


 そっとニーナが手を重ねてきた。

 俺はハッとして顔を上げる。どうやら冷静に状況を把握しようとしてかなり追い詰められていたらしい。

 床深く突き刺さっていた天剣を抜き取り渡してくる。


「わたし、も……一緒に戦います」


 天剣を受け取った俺は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているだろう。

 それほどまでニーナの申し出が意外だったのだ。

 しかしおかしいことではない。ニーナは俺が駆けつける前にディクトリアと戦っていた。おそらく仲間を助けようとしていたのだ。

 俺はしばし逡巡する。ニーナの『機械人形』としての火力は決定打を欠いた俺に代わってくれるのではないだろうか。シルバーフレームの左脚から放たれる脚裂。その威力は天剣を介して身を持って体感している。

 それに戦力が増えればディクトリアの意識も分散され俺の攻撃も通りやすくなるはずだ。


「いけるのか?」


 平気そうにしているがニーナも重傷を負っている。義肢も連結が解除されるほど消耗して、蒼く発光していた左目も機能が停止しているのか光を失っている。火力はあっても高速で演算を繰り返すニューロチップが機能しないのであれば、あの超人的な動きには期待できない。

 俺の言葉にニーナは気圧されたように身を竦ませたが、決意の灯火を緋色の瞳に宿して首肯した。


「いけ、ます……! わたしも、戦えます……!」


 いつにない力強い返事に思わず笑みがこぼれた。

 今度こそ頭をぐしゃぐしゃと撫で回すと嬉しそうにはにかむ。


「わかった。だけど俺も庇えるほど余裕はない。もし危ないと思ったら、今度は俺を助けなくてもいいから逃げてくれ。――約束できるな?」


 納得いかないと言いたそうにするが、渋々とこくりとニーナが頷く。

 よし、と頭を軽く二回叩いて手を退ける。

 天剣を杖代わりにして立ち上がると、めちゃくちゃな一撃でワンフロアになってしまった部屋の縁に立ち外を見下ろす。月明かりが降り注ぎ、目を凝らして地上を見てみると崩れた電波塔の瓦礫や鉄骨が山積みになっていた。逃げ遅れて巻き込まれていれば肉の塊に成り果てていただろう。

 瓦礫のところどころから土煙が立ち上ぼりよく見えないが、ディクトリアに限って逃げ遅れて押し潰されたなんてつまらない展開にはなっていないはずだ。

 周りにはビル群が並んでいる。逃げ場には事欠くまい。

 深淵を覗く俺を真似してか、パーカーの裾を掴んでニーナが同じように見下ろす。


「いない……?」


 確信を持って呟いたニーナ。


「もしかして見えるのか?」

「わたしの左目、は……熱感知センサーが、ありますから……」


 しゃがんで目線を合わせて瞳を覗くと、いつの間にか復活していた黒目部分の蒼の奥に小さなセンサーがあるのがわかった。近くにある物体に反応しているのか、ファインダーが起動する音が義眼から聞こえてくる。

 まじまじと観察していると、ポッと頬を赤く染めて目を逸らされてしまう。ニーナも年頃の女の子だし、異性に見つめられるのに抵抗があるのかもしれない。

 そう思って離れようとして、ニーナの表情が強張った。


「来て、ます……! 下から、近づいてきます……!」


 ニーナに言われて気配を探れば下の階に誰かいた。ディクトリアだ。

 あれだけ盛大に逃げ場所に飛び込んだのだ。見失って探すのに時間を費やしてくれたりしてくれないか。

 まだ対策の一つの練れてないってのにと俺は頭痛を堪える。


「一つだけ決まりごとを作る。ニーナはそのサインを見逃さないようにだけしてくれ」

「わかり、ました……!」


 ディクトリアがここに到着するまで時間がある。

 俺はニーナに作戦を伝えた。


 

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