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Re:氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
01〈勇者の帰還〉編
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第二章 (5)

 

「兄ちゃんどっか行くの?」


 玄関で靴を履き替えていると、タンクトップにショートパンツと肌の露出が多い格好のつみれが、棒アイスを咥えながら訊いてきた。


「コンビニ。ちょっと飲み物買いにな。……まだ夜は冷え込むんだから、そんな格好してたら風邪引くぞ」

「なんだよ兄ちゃん。妹の肌が気になるの?」


 両手で頭を抱えてやや膨らみのある胸を腕で挟み込み、しなり・・・を作って意味ありげな視線を送ってくる。


「アホんだら。お前なんかどうだっていいわ」

「ひっど! 兄ちゃんの妹はあたしだけなんだから、もっと大事にしろって訴えてみますけど! そこんとこどうなんですか!?」


 詰め寄ってくるつみれの顔面を鷲掴みにして押し返す。

 奇妙な悲鳴をこぼしながら俺の魔手から逃げると、喉を鳴らして威嚇してきた。

 お前は猫かと喉元まで出かかったが、寸でのところで飲み込んだ。


「大事も大事、超大事。この世に二つとない輝きに俺はいつでも目を細めるばかりだぜー」

「うわぁ……ここまで白々しい純度一〇〇パーセントの嘘なんて初めて見たわー……」

「うるせぇなぁ。お前もなんかいるのか?」

「あたし? うーん……今は特にないや」


 少しだけ悩んだ素振りのあとに答えたつみれは、


「あ、でも気を付けてね。なんだか近くに爆発テロリストがいるって噂だからさ。昨日も廃墟街の方で連続した爆発があったみたいだし、兄ちゃんは余計なことに首突っ込んでくから心配だよ」

「お前は俺の母親か」

「妹だよ。……じゃなくて、あたしはほんとうに心配してるんだからね?」

「わかってるよ。あんま心配しすぎるとその年で禿げるぞ」


 くしゃりと風呂上がりで湿った髪を無造作にかき混ぜてやる。

 ――悪いな。

 心のなかで俺は謝る。

 つみれの言うように俺は余計なことに首を突っ込むのが得意だ。異世界でも魔王を斃すだけが目的だったのに、散々寄り道してきたし遠回りもしてきた。よく巻き込まれたというのもあるが、自ら関わろうとしなければ、切り捨てることもできたのだ。

 しかし俺はそうしなかった。

 極論すれば俺は劇的な日常を渇望しているのだ。

 異世界で魔王を斃さなければ元の世界に戻れないと告げられて戦ったのに、帰ってきたら今度は平和な日常に退屈を覚えている・・・・・・・・

 ほんとうにろくでもない人格者だ。どこかで頭のネジが吹っ飛んだらしい。あるいは、元からネジなんて上等なものはなかったのかもしれない。

 ああ――なんて破綻者なのだろうか。


「禿げるか! だったらあたしは今ごろ僧侶ボウズでも目指してるよ!」


 手を払い除けたつみれを小馬鹿にしたように笑う。

 俺が自分の言葉を信じてないと思ったらしいつみれは、ふいっと本格的に拗ねてしまった。

 一張羅のパーカーを羽織ってドアを開けながら、


「心配すんなって。俺を誰だと思ってんだ?」


 ――元勇者がテロリストなんかにやられるかよ。

 不敵に微笑む俺を横目で見たつみれは、仕方ない兄ちゃんだと言いたげに肩をすくませた。


     ***


「うあぁぁ……寒っ」


 息を吸い込むとまだまだ春先の冷たい空気が俺のなかに入ってくる。つみれには形式的に注意したけれど、外に出ると肌を撫でる低温の外気にぶるりと震えた。パーカーを羽織っても編み目の隙間から風が入り込んでくる。

 鼻先がじんじんとして感覚がなくなるくらいには冷え込んだ夜。

 温かな木漏れ日が降り注ぐのはいったいいつになることやら。寒いのは嫌いじゃないけど、暑いのと違って俺じゃあ調節が難しいのだ。できることなら早く夏に訪れてもらいたい。

 白い息を吐き出しながら、とりとめのないことをつらつらと思考する。


 アウルが転校してきたことで不十分な情報を補充できるかと思えば、彼女は俺に昨夜のことを忘れるようにと迫ってきた。あの様子だといくら訊こうが答えてはくれないだろう。

 ディクトリアの爆発もそうだったが、アウルの右手から迸った光にも驚かされた。さっきは幼女先生が乱入してきたことで逃げ出せたが、おそらくアウルは諦めずに突っかかってくるだろう。

 あっちが油断してくれたからか運が良かったのか、今回は撃退することができたが、何事も情報がなければ後手に回らざるを得ない。挑まれるたびに右手に触れないように立ち回るのは限界がある。

 それに魔術師も遠からずうちに接触してくるだろう。

 こっちはさらに厄介だ。実力が段違いの上に近接戦闘に長けている。

 ほかにも考えることがある。

 彼らの最終的な目的は何かということだ。

 状況からして彼らは日本に入国する以前から接点があったと考えていいだろう。つまりは国外ですでに戦っていたということだ。

 ディクトリアが逃げてきたならば国外逃亡を図るのは頷けるが、実力は彼が数段上回っている。わざわざ日本に訪れずとも彼女を殺せたはずなのだ。それでもここに来たのは、追手があると理解しながらも達すべき目的があったからだ。

 しかしやっているのはテロリストの真似事だ。まさかそれが目的ではあるまい。

 さらに国外逃亡したテロリストを追ってきたのは俺と同い年くらいの少女だ。


 戦争が絶えて久しい今、軍隊に配属されでもしなければ戦闘訓練を受けることはない。仮に受けていたとしても、その年齢で実地に赴けるレベルに達しているのは異常だ。なにせこの世界は波導もなければ戦うことを強制される環境でもない。

 ディクトリアの実力は勇者の全盛期とは比較にさえならずとも、少なくとも火力を有する一個軍隊と渡り合えるほどだ。そんな危険な相手を国外から追ってくる女の子はまずあり得ない。

 アウルはあの力を対処する組織に属していると考えるべきだろう。

 この世界には俺たちの知らない異能があり、裏で暗躍している。

 底無し沼のように深い闇。

 俺は今そこに片足を突っ込み、呑み込まれる瀬戸際にいる。

 もちろん足を引っこ抜いて――これ以上関わらないように踵を返せば、戦いのない平和な日常を享受することができる。

 俺たちはそのために戦ってきた。

 元の世界に――戦いなんてない世界に帰りたくて戦ってきた。

 しかし五年の時は、俺を変えるには十分すぎたのだ。


「いつまで隠れてんだよ、オッサン?」


 ――なればまずこう書き出すとしよう。

 しかして元勇者は争乱を望む。元勇者おろかものによる英雄譚は、こうして後書きを綴る。


「さすがですね。いつから気づいていたのですかな?」


 建物から飛び降りてきた巨漢は膝の伸縮を上手く作用させて音もなく着地する。昨夜に俺が与えたダメージなど感じさせない軽やかさだ。


「気づくもなにも隠れるつもりなんてなかっただろ? あれで気配を殺してたとかいう冗談はやめてくれよ? 笑うに笑えねぇよ」

「当然でしょう。むしろこの程度にも気づけない相手ではないと確認できて安心しました」


 腰を低く沈めていつでも天剣を復元できるよう波動を全身に循環させる。

 眼球が熱を帯び、水分が蒸発しそうになる。痛みはない。静寂に包まれているせいで余計な情報に干渉されないため、普段なら気にも留めない変化に敏感になっているのだ。

 しかしそれもすぐになくなり、意識が眼前の男に集中していく。


「そう警戒しないでください。月が綺麗な今宵、我々が争うのは無粋ではありませんか?」

「……だったらなんの用だよ」

「貴方に話がありましてね。私に敵対する意思はありません。むしろ私は、貴方が欲しいのです。欲しくてたまらないのですよ!」


 クツクツと喉奥で笑う姿に嫌悪の眼差しを向け、殺気をぶつけてやる。

 だがディクトリアは心地よい風とばかりの澄まし顔だ。苛立って思わず舌を打つ。


「どうでしょう。私の仲間になりませんか、冬道かしぎくん」

「……調べやがったのか」

「ええ。どうやら貴方は彼らに与していない人間のようですからね。情報にロックがかけられていない貴方の素性を調べあげるのは簡単なことでしたよ。――それでどうでしょう? 私と共にこの生きにくい世界を変えようとは思いませんか?」

「なに?」

「なぜ私たちのような人類を越えた存在が下等な生物に押さえつけられねばならないのでしょう!? なぜ私たちのような力ある者が弱者の顔色を窺い、力を秘匿していかねばならないのか!」


 ディクトリアは急に叫びだしたかと思えば、堰を切ったように捲し立ててくる。

 上半身を大きく振り乱し、狂ったように目を見開いて口を耳の付け根まで切り裂いていたディクトリアは、またも急に冷静さを取り戻して、


「貴方もそう思ったことはないですかな?」


 芝居がかった口調で俺にそう訊ねてくる。


「ねぇよ。下らねぇこと言ってんじゃねぇ」


 やはりディクトリアの言う『力』は隠されたもののようだ。

 そして目的もはっきりとした。

 俺は肩透かしを食らった気分になってついぞ警戒を解いてしまう。片足に体重を預けてだらしなく突っ立つ。


「なんだお前、そんなことのためにこっちに来たのかよ」

「それがどうかしましたか?」


 自分の信念が正しいと思い込んでいるからか、目的をそんなこと扱いされても激昂する様子はない。無駄に思い込みの激しいタイプはそれを否定してやるだけで冷静さを欠くのだが、ヤツはすでにその域にいないようだ。


「人の思考は様々です。私の目的をかしぎくんが下らないと切り捨てるのも、この少女がしてはならないと断じるのも――ね」


 ディクトリアが後ろに回していた腕を前に振り抜くと、どさりと黒い影が落ちた。

 アウルが全身をズタズタに切り裂かれた姿になっていた。意識がないのかぐったりとしている。ダークグレーのスーツから覗く肌に刻まれた傷のいくつかは肉を抉り、骨が剥き出しになっている箇所もある。けれどもこれはハルバートの切り落とすことを主にした刃物による傷ではない。まるで糸のような細い物体で切り裂かれたようだ。

 俺は第三段階に身体強化ブーストすると猛然と飛び出し、側頭部に回し蹴りを放つも、わずかに身を退かれて躱される。体を捻って宙で蹴り足を切り替え、爪先をこめかみに突き立てた。

 直撃。――いや、違う。

 張り詰めた何千本もの糸が、俺の蹴りを防いでいた。


「戦うつもりはないと言ったでしょう? 安心してください。いずれ彼女も我々の同士になるのです。同士を殺す愚かな真似はしませんよ――ただし、教育は必要でしょう」


 靴を擦りながらノックバックすれば、一瞬後に俺がいた場所を不可視の斬撃が駆け抜け、コンクリートを削り捲り上げる。いつの間にかヤツの隣には薄汚れた布切れを着た少女がいた。

 くすんだクリーム色の髪は脂でベタついており、さらされた肌は黒い汚れがねばついている。右足と左足、そして左目だけを純白の包帯が巻かれ、端が風に靡いていた。

 怪我をしたから処置をしたというふうではない。よく見れば不自然に歪んでいる。おそらくそれを隠すためだ。


「紹介しましょう。これ・・の名はニーナです」

「…………」


 ぴくりと眉が跳ねた。


「オッサン、その子はお前の仲間だろ。物みてぇに言ってんじゃねぇぞ」


 怒気を孕ませて言えば、ディクトリアは肩を上下させてゲラゲラと笑い出した。


「面白いことを言いますねかしぎくん! これが私の仲間? ククク……こんなものは新世界を作るための礎、ただの道具でしかないのですよ!」

「――お前もう黙れ」


 神経が焼き切れんほどの加速が訪れる。全身を苛む激痛は、俺が無意識に暴発させた波動に、未成熟な波脈が耐えきれず悲鳴を上げているせいだろう。


「なにを……!!」


 ディクトリアが驚愕に目を見開いた。ノーモーションからの突撃は攻撃がないと油断していたヤツは肉薄されたことを認識するまで数秒を必要としている。その数秒で天剣を復元、刺突までの流れを作り上げた俺を、しかし道具と言われたニーナが恐るべき速度で反応していた。

 左足が炸裂音を発し、とんでもない勢いで刀身と衝突。甲高い鋼の衝撃音が響いた。

 競り負けた腕が反射的に右上に跳ね上がる。隙だらけになった腹部に右拳が飛び込んでくる。リバウンドで跳ね上がり続けている腕を強引に引き戻し、刀身の腹で受け止める。

 腕が千切られたのかと錯覚した。上体が仰け反るほどの衝撃で後方に投げ飛ばされた腕から天剣が抜け飛び、遠くで等間隔で金属音が鳴り響いていた。

 この小柄な体躯のどこにこんな腕力があるのだ。それに刀身から伝わった感触は人体のものではなく、金属を打った痺れだった。

 キキキ、と耳を澄まさなければ聞き逃してしまいそうな機械音が鼓膜をつつく。包帯に隠された左の眼球が不気味に発光していた。


「なにを憤慨しているのですか?」

「お前は人間をなんだと思ってやがる!」

「だからこれは道具だと言っているでしょう。道具を道具と呼んでなにが不満なのですか? かしぎくんといいそこのお嬢さんといい、まったく理解に苦しみますね」

「てめぇは……!」


 食い縛った奥歯が軋み、ブチりと口内が切れた。唇の端から赤色の雫が流れ出て、一本の線を鮮明に描いた。

 この男は敵だ。殺すべき対象だ。小さくともこうして生きている人間を奴隷のように扱うこいつには殺意しか沸かない。


「いずれ貴方もわかるときが来ますよ。強者が弱者の上に立ち、無能な道具を有意義に使ってやることこそが、道具にとって幸福になるのだとね」

「黙れよハゲ。反吐がでる。お前はここで死ね」


 一陣の風が後方より吹き抜ける。

 パーカーがはためき、物凄い勢いで天剣が背中に迫る。

 八つの属性の一つ――風系統。

 すれ違い様に柄を掴み、なおもって失われない勢いに体重を乗せて肉薄する。


「ニーナ、彼に少々、痛い目を見せてあげなさい」

「……わかりましたイエスわたしのご主人様マイマスター


 無機質に応えたニーナは、しかし泣き出してしまいそうな表情で懐に潜り込んでくる。彼女のスピードは大まかに把握している。俺がディクトリアを間合いに捉えるまでに踏み込まれるのは予測の範疇だ。

 子供ならではの小柄な体躯の機動性と俊敏さを最大限に活用し、想像もつかない一撃を連続でを撃ち込んでくる。蒼く不気味に光る左眼が闇夜に軌跡を描き、ともすれば眼球に稲妻が迸っているように見えなくもない。流れに逆らわず、攻撃を次々に避ける。

 ニーナの攻撃の破壊力は、包帯に覆われた右手と左足にしかないのだろう。動きもその二肢を起点としたものだ。いかに素早くとも出所がわかれば躱すのは難しくない。

 切っ先を布切れに引っ掻けると急ブレーキをかける。遠心力を上乗せして肩に剣を担ぐと、全力で振り抜いて少女を放り投げた。


「――――――――」


 天剣を神父の喉元を目掛けて薙ぎ払う。しかし一足で後方に跳んで大きく距離を作る。


「逃がすか」


 今度は脚力でなく全身のバネを作動させて襲い掛かる。

 背後からニーナが迫る気配がある。俺が近づくより早く追い縋ってくる。


「かしぎくん、ニーナに気をとられすぎではありませんか?」


 中指と親指をくっつけて弾く。フィンガースナップだ。

 そう認識したときには爆風が目の前に広がった。


「馬鹿言うな」


 まさか爆風を切り裂いて正面から現れるとは思わなかったらしい。ディクトリアは勝ち誇った嘲笑を硬直させ、真紅の瞳と獰猛な笑みを掲げる俺を見上げている。


「ンな下らねぇミスすると思ってんのか?」


 一人で多数を相手にするのは馴れているのだ。

 勇者は魔王を斃すための殺戮者だ。それでも近辺の街や村が人々の脅威である魔獣に襲われれば、膨大な力を持つ俺はたとえ一人でも立ち向かうしかなかった。一瞬の気の弛緩による死に行く状況のなかで、逃げる手段も自らで講じるしかない。

 しかし逃げればどうなるのか。後ろにいる、俺を信じてくれた人々を見殺すことになる。ゆえに勇者はいかなる場合も逃げるわけにはいかないのだ。

 結果、複数人を敵にする方が得意になった。奇襲を受けようが受けまいが数の変動のない複数人の方が気が楽だというのもある。

 呼気を吐き出して一閃を見舞う。


「仕方ない。やれ、ニーナ」

了解ヤーご主人様マスター


 指示を受諾したニーナ。全身の毛が総毛立つ。

 ――ごめん、なさい……。

 かすかに聞こえた言葉を掻き消すように、俺の身体を無数の斬撃が走った。鮮血がそこかしこに撒き散らされ、血色に染め上げた。

 なるほどと納得する。ハルバートの暴力さではなく、どこまでも繊細な切り傷を作り上げたのはニーナの仕業だ。その力の正体はディクトリア同様、どんな原理なのか検討もつかない。だが――、


「それがどうした?」


 腕が千切られたわけではないのだ。目の前の男を斬り伏せるのに支障はない。


「ニーナ」

「…………」


 筋反射で硬直した隙を見逃さなかったニーナが間に割り込み、回転蹴りで刀身を打ち上げたきた。拳以上に強力な脚裂をギリギリで往なし、次に控えていた拳打は受けきれないと判断し一旦距離を置く。


「かしぎくん、私は貴方をいつでも歓迎しますよ」

「断るっつってんだろ。つうか逃がすか」


 退却のムードを漂わせるディクトリアに踏み込もうとするも、ニーナの牽制が飛んできて上手く接近することができない。無理をすれば近づけなくもないが、そうすると剣を振る前にダメージを喰らうことになるだろう。

 ニーナのセンスが際立っているがディクトリアの実力もたしかだ。

 それに過剰なブーストで負荷のかかる体が限界を訴えている。足が痙攣して今にも崩れ落ちてしまいそうだ。


「心の整理があるでしょうからね。――それに、別れを告げる時間も必要でしょう」

「なんのことだ……!」


 聞き捨てならない言葉に慌てて問い返すも、ディクトリアはニーナと共に俺に背を向けている。追撃はないと思っているのか、それとも容易く返り討ちにできると言いたいのか。

 ディクトリアは答えることなく、闇に姿を消していった。そんななか、ニーナだけがその場に残り、申し訳なさそうな表情で俺を見つめていた。

 なにか言うわけでなく、やがて背中を追っていった。

 二人の気配がなくなると体勢を崩して膝をつく。


「カッ――情けねぇなオイ」


 低く呻き、自分の情けなさに苛立った。元の身体能力がないだけでこうまで後手に回らざるを得ない醜態に喚き散らしてくなる。

 だが嘆いていても始まらない。今はほかにやるべきことがある。

 携帯電話のフリップを片手で開き、着信履歴の一番上を選んで呼び出しをかける。相手は二拍と置かずに応答した。


『もしもし私メリーさん。いまあなたの後ろにいるの』

「え?」

「こんばんは」


 電話口を耳に当てたまま振り返れば、サイドテールを二つおさげにした簡素な格好の真宵後輩が立っていた。


「いつからいたんだよ。つうかなんでメリーさん?」

「あなたの後ろに這い寄る混沌ですので。……あ、これ、メリーさんじゃないですね」

「どうでもいいよ。それでいつからいた――なんて形式的な問いは取り下げるとして、オッサンとニーナの力の正体は掴めたのか?」


 いつから俺たちの戦いを見ていたのかはこの際どうでもいい。たぶん最初からだ。

 真宵後輩は肯定とも否定とも言えない、曖昧な態度ポーズで首を左右に振る。


「解析不可能です。波導なら属性が判別すれば術式構成を分解して効力を暴けるのですが、あれらは属性はおろか原理まで不明です。唯一わかるのは、予備動作も祝詞もなく力を酷使できるといったくらいですね」

「お前でもわかんねぇんじゃあ、やっぱりそっちの関係者に聞くしかねぇか」

「都合よく転がってますしね」

「俺が助けたの見てたんじゃねぇの?」


 真宵後輩はさらりと俺の言葉を流すと、意識を失いながらも苦痛に顔をしかめる金髪の少女に近づいて膝を折って屈む。


「私を呼び出そうとしたのも、この女を運ぶためでしょう? いいですよ。私の家もここからすぐですから」

「悪いな。手間かけさせて」

「それは言わない約束ですよ、先輩」


 真宵後輩は小さく微笑んだ。


 

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