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Re:氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
01〈勇者の帰還〉編
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第二章 (3)

  

 退屈な時間ほど全身の感覚が鋭敏になるときはない。ほかに意識を割く必要がないため、普段は分裂している感覚が一つに集約されるのだ。


「なんだよ冬道、大丈夫か?」

「……全然だいじょばねぇよ」


 頭上から降ってきた問いに机に突っ伏した体勢のまま呻く。

 柊が苦笑いした気配がして、笑い事じゃねぇよと口内で転がした。

 午前の授業も残すところあと一科目になった。もともと授業を真面目に受けるタイプでない俺は、教師の紡ぐ言葉が催眠音波にしか聞こえず、いつもはいつの間にか寝てしまっているのだが、今日に限ってそれが一度もなかった。

 おかげで全身を苛む激痛に苦しめられることになり、こうして身動き一つでも億劫になっていた。時折こぼれる呻きが地獄からの誘いにでも聞こえるのか、隣の席の女子が机をがたりと揺らして怯えていたのには申しわけなく思った。


「そんなにきついんなら保健室に行ったらどうだ? お前の呻き声、痛々しすぎて聞いてらんねぇんだけど」

「悪いな。お前のとこまで聞こえてたのか」


 骨格が軋む音を耳にしながら体を起こす。


「いや、あたしはいいんだけどさ」


 それより、と柊は俺の首に腕を回して体を近づけてくる。弾力のある胸が肩に押し付けられ、柊が体勢を変えるのに合わせてむにゅむにゅと柔らかい感触が伝わってきた。なにやらえもいわれぬ甘い香りも漂ってきて、脳が溶けるような錯覚が訪れる。

 しかしそれも右腕に稲妻のように駆け抜けた激痛に表情を崩して歪めたことで霧散する。

 柊も「ご、ごめん……」と彼女らしからぬ弱々しい謝罪をして後退るように俺から離れた。

 大丈夫だと伝えると心底安心したように胸を撫で下ろして、きょろきょろと周囲を警戒したあと、声を聞かれないように手をかざして耳打ちしてくる。


「転校生になにやったんだ? あいつ、みんなにお前のこと聞いて回ってるんだけど」


 休み時間のたびにいなくなってたり積極的に俺に関わりのありそうなヤツらに話しかけてたのは知っていた。どうやらこそこそと俺のことを嗅ぎ回っているらしい。


「さあな。少なくとも初対面のはずなんだけどな」

「でもあっちにはなんかありそうな雰囲気だったぜ? いきなりあたしのとこに来たと思ったら冬道について教えてくれって言われてさ。さすがのあたしも面喰らっちまったよ」

「それでなんて答えたんだ?」

「とりあえずあることないこと適当に」

「おいおい……」


 俺は顎を上げて勘弁してくれと訴える。

 話されてマズイことはないが、虚実を混ぜられては堪ったものではない。


「それにあいつ、なんか変な感じするんだよな……」


 ぼそりと呟いた一言は俺に向けられたものではなく、感じた違和感を自分に言い聞かせるようだった。窓の外を遠く眺める柊の横顔にはかすかな憂いがある。

 柊は妙なところで鋭い勘を発揮することがある。

 アウルに何かしらの引っ掛かりを覚えたのだろう。


「気にするだけ無駄だろ。おかしいって思うなら関わらないようにすりゃあいい」

「お前なぁ……」

「それに――――ほら」


 自然を装って教室の隅を横目で見れば、アウル=ウィリアムズが俺と柊に鋭い眼差しを寄越している。あからさますぎて柊も気づいたらしく、うわぁ、と嫌そうに呟いていた。


「しばらくは俺と関わんない方がいい。まとわりつかれても厄介だろ?」

「そりゃあまあ、そうだけどさ……」


 柊は歯切れ悪く言い、むんすと鼻を鳴らす。


「ならいいだろ。これ以上話してると、ほんとうに目ェつけられるぞ。ただでさえ俺とお前は付き合いが深いんだからさ」

「う、うん。そうだな。あたしとお前は深い仲だからな」

「……なんで嬉しそうなんだよ?」

「えっ!?」


 柊はぎょっとした様子で飛び退くとペタペタと自分の顔を触る。自分のにやけた頬を慌てて両手でねじったり上下に伸ばしたり、最後に思いっきり左右に引っ張って離す。


「いや、あ、あはは……な、なんでだろうな? 嬉しいことでもあったかな?」


 痛々しく赤く腫れ上がった頬をさすりながら、表情を引き攣らせる。


「なんか誤魔化そうとしてんだろ」

「してないしてない。なんにも隠してないです」

「ほんとうか? だったらなんで目ェ逸らすんだよ」

「う、ううううるさぁいっ!! なんでもねぇって言ったらなんでもねぇんだよバーカ!!」


 見事な頭突きをかましてくれた柊は逃げ出すように教室から飛び出していった。

 

     ***

 

「遅いです」


 屋上に到着した途端にそう言われ、俺は口をへの字に曲げる。

 ポンポン、と自分の隣を叩いて、ここに座れと告げる真宵後輩。手元には昨日とは違うチェック柄の包みが二つ用意されていた。その一つを受け取り、いつまで立っていても仕方がないので言われた通りに真宵後輩の隣に腰を下ろした。


「これでも急いだわ。こっちは怪我人なんだからもう少し労れ後輩」

「やっと怪我人だと認めたんですか?」

「…………」


 今朝のことにまだ腹を立てているらしく、いつにも増して刺々しい物言いに胃がきりきりと痛む。さりげなく真宵後輩の横顔に視線を這わせようとすれば、こっちを凝視して一瞬たりとも目を外さない彼女の深淵のような黒目とぶつかった。


「なにか言うことはないのですか? それとも私が言った方がいいですか? まだまだ言いたいことはたくさんありますから、遠慮しなくてもいいですよ。この際ですから全部ぶちまけましょうか?」

「ぶちまけるとか言うな。……悪かったよ」

「それだけですか?」

「今度からは、気を付ける」

「今から気を付けてください。返事はイエスしか認めません」

「……わかった。今から気を付けるし、二度とやったりしねぇよ」

「よろしい。では昼食にしましょう」


 満足そうにした真宵後輩は包みを広げて弁当箱の蓋を開け、おかずに箸をつける。

 俺も包みをほどくのに苦労しながらもなんとか弁当箱を開けて、


「私が食べさせましょうか?」


 真宵後輩からそんな発言が飛んできた。箸を咥えて首をかしげる様子からは貸しを作ろうとかそういった他意は感じられず、純粋に俺を気遣っての一言であるのは明らかだった。

 それならと真宵後輩の厚意に甘えて食べさせてもらおうと口を開きかけて、ふと柊との会話を思い出して思い止まる。見られてるわけじゃないけど、自分でできると言った手前、ここで食べさせてもらったらなんだか負けた気分だった。

 俺は首を横に振る。


「そうですか? それならいいのですが。言っておきますけど私に遠慮は無用ですから」

「してねぇから安心しろ。……つうかお前、遅いって言ったけどわりとマジで急いできた方なんだけどいつから待ってたんだ?」


 俺は昼休みのチャイムが鳴ると同時に来たから五分と経っていない。どうせ俺を貶めたいから言っただけだろうと思っていたのだが、


「朝からずっと待ってました」


 まさかの返答に箸を取りこぼした。玄関でわかれてからずっとここにいたのかよ。


「それで遅いって言われても困るっての。なにやってたんだよ」

「一晩では先輩の怪我を治せるレベルにならなかったので、ずっと波脈を抉じ開ける作業に没頭してました。気絶しないように気を付けてたのでなかなか進まなかったのですが、ギリギリ間に合いました」

「なにやってんだよ……」

「いいではないですか。私のことなんですから、私が決めます」


 ごちそうさまでした、と言って真宵後輩は立ち上がる。量も少なめだったから、話している間に食べ終わっていたらしい。

 俺も同じように弁当箱を片付けて立ち上がろうとするが、腰を少し浮かせたところで真宵後輩に制止され、やむなく座り直す。

 すると何を思ったのか、制服の胸元から小さい形状のままの地杖――彼女が勇者である証拠を取り出すと、囁くように復元言語を呟いた。

 視界いっぱいに広がる眩い光。眼球を焦がすほどの光量に思わず体ごと目を外す。

 しばらくして光が収まると、真宵後輩の手には銀色の杖が握られていた。銀色の結晶で作られた柄の尖端には透明な水晶が取り付けられている。アスファルトを叩いた杖は鈴のような音色を奏で、心を穏やかにしてくれるようだった。


「先輩はゆっくりしていてください。私が治療してますので。……ここで遠慮する言葉を一言でもほざいたら、回復の前に攻撃しますからそのつもりでいてください」

「わ、わかった」


 真宵後輩の眼光に気圧されて頬を引き攣らせる。釘を刺されなかったら言うところだった。

 俺の答えに満足げに頷いた真宵後輩は地杖を掲げると、


「それでは少しの間おとなしくしててください。こっちでは上手く波導が発動するかわかりませんので、先輩ももしも・・・に備えておいてください」


 波導のエネルギーとして代用・・するのは術者自身の波動だが、術式を組み上げるのはあくまでも精霊である。だからこちらの世界に精霊がいなければ祝詞を捧げても術式は完成しないし、仮にいたとしても同一の精霊でなければそれが届かないかもしれないのだ。

 身体強化ブーストは自らの波動で底力を上げているだけなので、これは正確には波導に分類されるものではない。だから強化に関しては精霊の有無に関わらず発動が可能なのだ。

 もし精霊に祝詞が届かなければ、術式を構築するために放出した莫大な波動が反動として跳ね返ってくることもあり得る。

 おそらく真宵後輩はそれを見越して俺の発言を封じたのだろう。

 珍しく緊張した面持ちで「いきます」と震える声音で呟く。


「――水よ」


 体内から放出された波動が真宵後輩の足元から渦を巻くように噴き出す。

 細かい水色の粒子は『水の精霊』へと祝詞を届ける架け橋だ。それが地杖に吸い込まれていき、水晶が激しく明滅する。

 握る地杖が力に耐えかねているのかガタガタと震え、それを支える真宵後輩の輪郭に沿って大粒の汗が滝のように流れ落ちていく。吹き荒れた突風ではためくブレザーが邪魔だったのか、片手で器用に脱いで投げ捨てる。


「――その者に再生と安らぎを」


 吹き荒れた波動が急速に形となって収束していき――水晶から水が噴出した。

 正常に波導は発動したようだが、それよりも水の勢いに蒼白になった。

 この術式には攻撃性は一切なく対象の傷や病を癒す効力しかないのだが、やはり精霊を欠いた状態で発動させたからか、いろいろと調節できずにいるらしい。目と鼻と比喩できる近さで放たれた一撃にとっさに飛び退くも、対象を癒す術式自体は生きているため追尾してくる。

 真宵後輩に何とかしろと訴えようとするも、その場にへたれ込んでいて、中断してからもう一度というのは難しそうだった。

 逃げ回るにも限界になり、壁をバックにして激流を食らうはめになった。

 全身を打った水は瞬時に球体となって俺を閉じ込める。正常に機能しているなら濡れないし呼吸もできるはずなのだが、苦しくて仕方ないし制服に水が染み込んできている。

 だが治癒は問題ないようだ。一段階ずつブーストを下げても動けるようになってきた。

 そして球体が弾けとんだときには、痛みや不具合が綺麗になくなっていた。――が、その代わりに全身がずぶ濡れになってしまったわけだが。

 俺のその場に座り込んで、乾いた笑みをこぼす。そこに地杖を支えにした真宵後輩がやってくる。


「すみません先輩。やはり精霊なしでは無理があったようです」

「いや、なんにしても波導は使えるんだ。たぶん回数重ねたら馴れてくると思う……っておい」

「はい?」


 真宵後輩が脱ぎ捨てたブレザーを拾い、被せる。

 俺の行動にきょとんとする真宵後輩。どうやら自分の状態がわかってないらしい。

 目を逸らしつつワイシャツの胸元を指差す。


「刺激的すぎて見てらんねぇよ」

「いったい何を言って……先輩? 見たんですか?」


 視線を下げた真宵後輩が冷たく言う。汗を吸い込んだワイシャツが肌に張りついて下着が透けていたのだ。


「まあいいです。先輩には何度も見られてますから今さらです」


 ふいっとそっぽを向かれては説得力がないだろうと思ったが、やぶ蛇だろうことは言うまでもないのでそっと胸のうちに秘めておく。


「それで体は大丈夫ですか? 感触はいつも通りだったのですが、あんなのを見ては不安が残ってしまって……」

「お前に不安なんて言われるとこっちが不安になってくるからやめてくれ。まあ、お前のおかげで見ての通りだよ。ありがとな」

「どういたしまして」


 表情ひとつ変えない真宵後輩。少しくらい嬉しそうにしてくれた方がお礼も言いがいもあるんだけど、真宵後輩だから仕方ないなと彼女の淡々とした態度に納得してしまう自分がいた。


「それで転校してきたそうですね、あの女」

「あの女って……。誰彼構わずそう言うのやめろよ」


 真宵後輩が言うと寒気がして落ち着かなくなる。


「アウルな。まさか転校してくるとは思わなかった」


 濡れた制服を脱いで落下防止のフェンスに乗っける。今日は日差しが強い。放課後までには乾くだろう。ずぶ濡れのままで授業に参加するわけにもいかないし、かといって体操服に着替えてまで出席するのは面倒だった。

 頭を振って毛先から滴る水分を払い、


「おまけに俺のことをえらく探ってやがるし、なんなんだろうなぁ」


 俺のことを調べるにしてもやり方は少なくないだろう。だというのにもっとも愚策としか言えない方法を選択、それでも隠密行動の素振りをしてくれてばまだ救いようはあったが、あからさますぎて話にならない。


「名前で呼んでるんですか?」

「あ? まあな。ウィリアムズって言うよりは楽だし」

「……そうですか。楽だから、名前で呼んでるんですか。へぇ……」


 ぞくりと背筋に悪寒が走る。真宵後輩の周囲だけが氷点下にでもなったような絶対零度の空気を放ち、目から完全にハイライトが消え失せていた。


「先輩は」

「お、おう」


 ゆらりと不安定に真宵後輩が振り向く。ただでさえ無表情で感情が読みにくいのに、その上でハイライトを消された目で急に振り向かれるのは一種のホラーだった。


「金髪巨乳が好きなんですか?」

「は? な、なんだって? 金髪巨乳……?」

「聞こえているなら聞き返さないでください。仕方ありませんからもう一度だけ言ってあげますので、腐った耳をよくかっぽじって聞いてください。先輩は、金髪巨乳が、好きなんですか?」

「い、いきなり何を……」


 矢継ぎ早に言われ口ごもってしまう。

 しかし真宵後輩は意に介した様子はなく、容赦なしに言葉を重ねてくる。


「黙って答えてください。先輩はあの女のような金髪巨乳が好きなんですか? かしぎ先輩、どうなんですか?」

「わかった。わかったから離れてくれ」


 しぶしぶ距離を置いた真宵後輩の瞳は依然として深淵を宿している。じっと上目遣いで俺を見つめ、一言一句と聞き逃すまいとしているのか、石像のようにぴくりとも動かない。


「それでどうなんですか?」


 真宵後輩に急かされ、俺は声の震えを必死に抑えると生唾を嚥下して、


「俺はお前みたいな黒髪が好きだよ」

「……っ!? そ、そう、ですか」


 ほんとうのこと言えば真宵後輩が好きなんだけど、正面から言うのはさすがに気が引けた。告白まがいのことをして嫌われでもしたら立ち直れなくなる。


「私みたいな黒髪が好き……ふふっ」


 上機嫌になった真宵後輩が俺の肩にちょこんと頭を乗せて控えめに笑む。

 心地良い重みに気分が落ち着く。涼しげな風が俺たちを撫で付け、ふわりと流れた真宵後輩のサイドテールに触れれば、さらさらと指の間を流れていった。


「私も先輩の隣が好きですよ。とても落ち着きますので」

「……そりゃあどうも 」


 ――その不意打ちは反則だろ。

 赤面しているのを悟られないよう、わざと反対側を向いて熱が引いていくのを待つ。


「すげぇあっつい……」


 呟かずにはいられないほど込み上げてきた嬉しさに口元がにやける。

 真宵後輩が不思議そうに首をかしげる気配があったが、今はそっちを向けない。こんな茹で蛸みたいな顔を見られたら、いくら鈍感なヤツでも俺がどんな感情を抱いているか簡単にわかってしまうだろう。相手が真宵後輩ならなおさらだ。

 早く冷めろと念じながら火照った顔を扇ぐ。

 ピクリ、と真宵後輩が突然何かに反応した。


「……先輩。どうやらストーカーみたいです」


 真宵後輩の言うストーカーが誰を示しているのかすぐに見当がつき、急激に熱が下がっていく。意識を集中させて周囲を索敵すれば、屋上のドアを挟んだ向こう側に一つの気配を見つけた。

 息を潜め心音すら掌握して気配を殺そうとしているが、その程度では真宵後輩はおろか俺だって騙せやしない。こちとら敵地のど真ん中で夜営をするはめになって一晩中、奇襲されないか眠りながら意識を尖らせる曲芸をやってきたのだ。

 あのときは大変だった。風に木々が揺れ、枯れ葉が地面に落ちるかすかな物音だけで各々の武器を構えて戦闘態勢に移行する。正直ほとんど休息にならなかった。


「俺が教室からいなくなったのに気づいて探しに来たのか」


 声のボリュームを下げ、お互いに寄り添った姿勢のまま耳元で囁く。

 ぶるりと真宵後輩が震えて非難がましい目を向けられた。


「くすぐったいです。耳は弱いんですから息を吹き掛けないでください」

「あ、悪ぃ。……じゃねぇよ」


 緊張感の欠片もない真宵後輩。マイペースすぎるだろ。


「鬱陶しい蝿がちょろちょろと目障りですね。潰しましょうか?」


 前髪から青白い火花が散る。雷系統の波動だ。


「やらんでいい。手ェ出されない限りはこっちからはなにもしねぇよ」

「……どうしてですか?」

「どうせあっちから接触してくる。アウル然り、オッサン然りだ」


 彼らにどんな目的があり、どんな力があるのか、今の俺たちにはわからないことだらけだ。

 しかし、確実に歯車は回りだしている。

 俺と真宵後輩――元勇者というイレギュラーなピースを巻き込んでなお、ぐるぐると。


「そう言って面倒なだけなんじゃないですか?」

「まさか」


 その通りだとは言えず、つい見栄を張ってしまう。

 だけど真宵後輩はわかってますよと言わんばかりに微笑み、空を仰ぎ見た。


「…………」

「わっ、え、な、なんですか? どうしたんですか?」


 髪をぐしゃぐしゃと撫で回してやれば、目を白黒させて真宵後輩が狼狽した。

 心を見透かされているようで無性に悔しくなったなんて言えるかよ。

 俺はお前のこと、たまにわかんなくなんのに……。


「ちょ、先輩!? ほんとうになんなんですか!?」

「うるせぇ。黙って撫でられろ」

「え、えぇ……?」


 真宵後輩は戸惑いながら、俺の突飛な行動に抵抗せずに受け入れている。

 それをいいことに撫で続けていると、いつの間にか寝息を立てて眠ってしまっていた。

 ゆっくりと膨らみの小さい胸が上下する。


「無防備すぎんだろ……」


 信頼してくれてるんだろうけど、こいつの信頼って家族のそれなんだよなぁ。

 拷問にも近い体勢に、俺はしゃがれた声で呻いた。


 

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