限られた時間の後で〜ホワイトデー編〜
信じられないくらい
幸せの日々
くすぐったくて、彼女は目を覚ました。ぼんやりとする視界の中で何かが揺れ動く。首を動かせばそこにはエプロン姿の彼。少し呆れた顔が彼女に向けられる。
「おはよう、勇也」
「おそよう、千歳」
驚くほどエプロン姿がしっくりする彼は清水勇也、十八歳。そして、昼になってやっと起きた彼女は清水千歳、十七歳。二人は高校生という立場でありながらも、早くも結婚して夫婦となり、今こうして同棲している。
「え?嘘!十一時!?」
「だから、おそようだって言ってんだろ。寝過ぎも身体に良くないぞ」
「うーん、最近睡眠足りてないのかなぁ?」
重たい瞼をこすって、千歳はベットから身を出した。高く上がった太陽が眩しい。目を細めて着替えに手をつけたところで動きを止める。
じっと、見つめている彼に顔を向けて頬を赤くしながら叫んだ。
「ちょ、着替えるんだから出てってよ!」
「ちっ、やっぱり気付かれたか」
彼女が退院してから約一ヶ月。発作も何も起きず、何の支障もなく生活しているこの暮らしに二人は次第に恋人らしい一時を作り出していく。
そそくさと部屋から出て行く勇也を最後まで見送って、千歳は一つ息をついた。
見慣れた家。
見慣れた部屋。
そこに私の愛する貴方がいる。
嘘みたいな幸せ。
「え?今から?」
「そ、駄目か?」
勇也特製のお昼ご飯を食べながら、千歳は今の話にパチクリと瞬きを繰り返す。
話の内容は『今から遊園地に行かないか?』というものだった。お昼過ぎたこの時間から行くのはあまりにも遅い気がして千歳は首を捻らせる。
「別に嫌じゃないけど、今からじゃそんなに遊べないよ?」
「そんなことないぞ?義母さんには許可をもらってるから、夜まで遊園地にいられる」
微妙な表情はすぐに明るく変わり、千歳は立ち上がる。そして返事もしないでバタバタと自分部屋に戻った。
バクバクする心臓にまた発作が起きてしまっているんではないかと不安に感じてしまうほど、彼女は興奮していた。退院してから今までそれらしいデートなど一度もなかったから当然とも言えるだろう。
すぐさま奥にあるお気に入りの服を引っ張り出してそれに着替える。
「お待たせ」
「じゃぁ、行くか」
「うん!」
こうして二人は一人母親を家に残して近くの遊園地へと足を運んだのだった。
「勇也!早く!」
「すっげーはしゃいでる」
予想以上の喜びように勇也は思わず笑みを漏らした。心臓病が治ったことで彼女が乗れなかったものが今では自由に選んで乗れるのだ。
それははしゃぐに決まっているだろう。
「やっぱり連れてきてよかったな」
「ん?何か言った?」
「いや。次は何だ?」
千歳はにっこりと笑って次々と絶叫系を指差す。こう立て続けに乗せられてはちょっと目眩がするが、勇也は文句も言わずそれに付き合う。
「次は?」
「うーんと、観覧車」
近くにあった観覧車を目に止めて、口にする。しかし、それには勇也も少し意外そうに目を丸めた。こういったものは普通最後に持っていくだろうと思ったからだ。
「とりあえずまず乗って、最後にも乗る!」
「あーはいはい」
「あー!今呆れたでしょう?」
「気のせい気のせい」
二人の家の近くに在る遊園地。だから観覧車もそこまで大きいものではない。けれど、楽しむには充分で、揺られながら少し高い景色を楽しむ。
「あの時を…思い出すよね?」
「あぁ」
あの時、それは夏休みに二人で行った遊園地。
最後の最後で千歳が発作を起こしてしまったあの日のこと。
「あの日ね、私愛されてるなぁって改めて思ったんだ」
「何だそれ」
「だってさ、心配してくれて、しかも………病気のこと、隠さず教えてくれた」
隠すことだってできた。
黙っていることだってできた。
だけど、その真実を隠さずに自分の口で教えてくれたってことは、
それだけ私のことを考えてくれた証拠。
「怖かった。嫌だった。だけど、嬉しかったんだ」
涙で揺れる彼女の瞳に勇也は苦笑して、手を延ばす。ぽろぽろと流れるそれを指で掬ってやり、顔を引き寄せた。
唇が触れる。それだけで心臓が高鳴る。こればかりは何故かどれだけやっても慣れなかった。
「これからはいつも一緒だ」
「うん」
「もう治ったんだ」
「うん」
「だからこうしていろんなもので楽しめるだろう?」
「うん」
「…………」
「好きだ」
「うん」
好きだと言ってくれる人がいる。
偽りではなく、
軽い気持ちでもなく、
純粋に。
それがどれほど大事なことか、やっとわかったから。
「私も大好き」
私も純粋にその気持ちを伝える。
陽も沈んで、辺りは暗くなり始める。それでも遊園地独特の明るさを保ち、二人は他のアトラクションへ乗る。
そして、そろそろ終わりに近付いてきた頃。千歳はある物に視界を奪われた。
「勇也、あれ!」
「あ?あぁ」
その視線の先には去年の夏休みに入った迷路。まだやっていたことに感動して、千歳は勇也の腕を引っ張る。
「やろうやろう!」
「はいはい」
ちらりと迷路を見やると心の奥で何かがうずいた。できればここにはあまり来たくはなかった。あの時の、締め付けられそうなほど苦しい気持ちを思い出したくはなかったから。
けれど、彼女の思い出からそんな嫌なものではなくて、いいものに変換できたらと思い、ここに連れてきた。
だから、今日一日何も言わずに彼女に付き合ったのだ。
「じゃぁ、いっくよー!!」
合図と共にそれぞれ違う入り口から迷路に入っていく。複雑に入り組んだ迷路の中を悩むことなく突き進みながら千歳は微笑む。
去年はこの迷路を先にクリアしてしまった。そのために彼を泣かせるほど心配させた。
けれど、そんな心配をさせることなど、もうないのだ。
嬉しい。こんなに走れるような身体になったのが。
心配させないで済む身体になったのが。
いろいろと悩んで、やっとゴールに着くとそこには既に着いていた勇也の姿。少し悔しそうに顔を歪ませる彼女に苦笑を漏らして、勇也は抱き締めた。
「え?え?」
「さて、ここで問題です。今日は何日でしょう?」
「えっと、十四日」
「何月の?」
「……………?三月」
「はい、よくできました」
解放されて茫然とする彼女の首元には先ほどではなかった首飾り。きらりと光る白い輝きは勇也がプロポーズしてくれた時にもらった指輪と同じ輝きをしていた。
驚いて彼を見つめれば、勇也はただ破顔を向けるだけだった。
「ホワイトデー、甘いチョコのお返しさ」
「嘘、こんな………」
勇也は目を丸くした。当然のことをしたのに、彼女が感動で涙を流したからだ。
「嬉しい、ありがとう」
「どういたしまして。じゃぁ、そろそろ帰るか」
「え?でも、観覧車は?」
「……………今の状況で乗ったら、俺何するかわからないよ?」
「〜〜〜っっ!!馬鹿」
二人はそうして遊園地から出た。出口を通って、その場を見る。一番、辛い思い出。それはこの場所。楽しんで、幸せいっぱいで帰ろうとしたその瞬間。
千歳も勇也もその場所で立ち止まる。顔を歪めて、息を詰める。
「大丈夫、変わるよ。思い出は」
「え?」
綺麗な月が二人を照らす。一瞬、その綺麗さに心を奪われた千歳だが、その視界はすぐに消えて、彼の顔しか見れなくなった。
そして、甘い時間が一時流れる。
「愛してる、一生、貴方だけを」
普段言わないその言葉。
何よりも、
心に響く。
私の哀しい思い出は、そうして彼の手によって変わる。
そう、甘い、恥ずかしい想い出に。
「もう、何であんな所でするのよ!」
「あそこでしないと意味がないだろ?」
「だって、あんな!」
「何だよ、つべこべ言うなら今日、キス以上のことするぞ?」
大胆な発言に千歳は顔を赤くする。そういった反応をされると本当にしたくなって困るのだと心の中で呟きながら、勇也は笑ってみせる。
「え、エッチ!馬鹿!」
最後はそういった文句を述べられながら家に帰宅したのは言うまでもなく、勇也にとっていいのか悪いのかわからないデートとなった。
私の中であの人の存在が大きくなる。
いつも、いつも、大切にしてくれる。
だから、いつか私もあの人を…、
受け止めたいと思うんだ。
「じゃぁ、おやすみ、千歳」
家に帰り、互いにお風呂に入った二人はおやすみの挨拶をする。千歳は少し恥ずかしそうに顔を赤くして、うつむいた。
「千歳?」
「あのね、」
勇也の服を引っ張り、彼の耳元に口を近づける。そこで呟かれた内容に目を大きくして、勇也は耳を疑った。
「え?」
「だから、キス以上のことはもう少し待って。ちゃんと、心の準備ができたら、勇也を受け入れるから」
耳まで真っ赤にしている彼女に思わず吹き出して、抱き締めた。
「仕方ないな。じゃぁ、今日は甘い甘いキスを」
私達は徐々に進んでいく。
甘い甘い、時間の中で。
流されるままに。
番外編パート2です。おそらくこれでもうこの話は書かないとは思います。でも、希望があるならお気軽に申してください。
キス以上のことは限られた時間の中での中の番外編で初めて行われます。かなり彼は我慢したと思いますよ(笑)
できれば、感想評価くださると嬉しいです。