My...
――あなたは何も考えなくていいの。ただ、こうして生きていてくれればね。
* * *
きれいな薄布越しの朝日に目を細める。
どうやら夢を見ていたらしい。
ずっと昔の、幸せでなかった頃の夢を。
ガチャリと音がして、滑るようにドアが開いた。
もうそんな時間かと、彼女の笑顔に喜びを感じつつ腕を伸ばす。
夢のことを話したら、彼女はやはり怒るだろうか。
優しい彼女のことだから、きっとまた微笑んで僕の話を聞いてくれるだろう。
「ねえ」
「なぁに? 朝ごはんなら持って来たわよ」
「違うよ。ちょっとね、夢を見たんだ」
「夢? ………昔の、夢?」
「そう、昔の夢。聞いてくれる?」
「、もちろん、いいわ」
「ありがとう。あのね――――」
* * *
僕には付き合っている人がいた。
彼女とは物心つく頃からの仲で、僕達三人は近所でも評判の仲良しだった。
その関係が変わったのは義務教育を終えて高校へ上がった時だった。
入学式の朝、僕は彼女から告白された。
たった一言、「好きです」と。
それから僕達は付き合い始めた。
‥‥‥相変わらず三人でいることが多かったけど。
そんな風に小さな変化はあったけど、やっぱり毎日楽しかった。
二人で、時には三人で、街の店をひやかして歩き、自転車で遠出して迷い、海へ行って真っ黒に日焼けした。
青春が凝縮された数年が過ぎ、僕達はそろって地元の大学へ進学した。
僕はアルバイトを始め、週末は三人で遊びに出掛けた。
恋人になった彼女ともうまくいっていた。
僕はそんな日々が楽しくて、幸せだった。
そう、思っていた。
* * *
「……今よりも幸せだった、の?」
「ううん、あれを幸せなんて呼べないよ」
「そう、そうよね。それならいいの。…さあ、朝ごはんを食べましょう。冷めてしまうわ」
「うん、わかった」
一匙ずつ、温かなシチューが掬われては僕の中へ消えていく。
僕は今幸せだ。
だけどあの二人はどうだろう。
仲良くしているかな。
元気でいるのかな。
楽しく生きているのかな。
じっくりと煮込まれた具はやわらかく、なめらかな旨味が口に広がる。
彼女に聞いてみたらどうなるだろうか。
考えるまでもない。
きっと二人のところへ行くだろう。
それは、嫌だなあ。
口の端についたかすが拭き取られる。
二人とは長い付き合いだったから、楽しく過ごして欲しいと思う。
特に彼女とは、一時だけとはいえ恋人同士だったのだし。
「「ごちそうさま」」
にっこりと微笑んだ彼女と声を合わせて、殺された命達への感謝を口にする。
彼女は僕の頭を優しく撫でると、食器の載った盆を持って部屋を出ていった。
* * *
僕は今幸せだ。
彼は彼女を昔から好いていたようだし、二人ならうまくやっていけるだろう。
手指形の痣が残る首の彼女も、僕への友情と良識よりも己の恐怖と恋情をとった彼も。
きっと、楽しく。
手紙を書くことはできないから、そうであることを時々願うことにしよう。
ああカミサマ
今日も変わらず
磨きぬかれた白銀の足枷は美しいです。
煌めくその表面に触れる手がないことが悔やまれるほどに。
ですからカミサマ
理解できないまま去った二人が
いつか幸せになるその時まで楽しくいられることを
いつか満ち足りた静かな最期を迎えることを
僕は望みます。
ですがカミサマ
銀色に反射する光のなかを翔る快感よりも
自由と呼ばれる、砂漠の海を彷徨うよろこびよりも
ただ燕の子のように口を開けて愛を享受するだけの停滞と閉塞の方が
幸せという言葉により近いように思えるのです。
鳥籠はなく、足枷は銀細工。
それでも、幸せだと思えるのです。
契り、千切られた翼。
ですから、幸せだと思えるのです。
母の狂気を独占する、怠惰な僕には。
過保護と享楽。狂人の子は変わり者。
くるっているのは、オカシイのは、誰でしょう?