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 窓から入る日差しが空気中のほこりを黄金色こがねいろに輝かす。ファミレスでの出来事をきっかけに武井たちとの間に距離ができてから半月が経っていた。拝島は放課後の図書室を一人うろついていた。

 本棚にならぶ文庫本の背表紙を彼は眺めている。『我が輩は猫である』『こころ』『門』『それから』どれを読むべきか分からずにのばした手がさまよう。

 人気小説が映画化されるたび、文字だけでは今の人々が満足しないことを感じ、小説が映画や漫画のための一時的な素材のように思えて彼は魅力を感じてこなかった。試験に必要な情報は覚えていても小説という媒体に興味はまるでなかった。

 寄り道せずに帰宅し、自室のベットで夕陽を浴びる時、彼は自分を空っぽな人間だと感じることがあった。何か一つに心を注げる人が羨ましく、胸を満たしてくれるものに憧れた。今日、図書室に足を向けたのもその胸の乾きのためだった。

 娯楽的な作品を求め、空手家の話しという気がして彼は『三四郎』を手にとる。適当な席に腰をおろして本を開く。

 予想したように話しは進まなかった。物語では大学に通うため田舎から出た青年が都会に戸惑っている。携帯電話で調べて『三四郎』を『姿三四郎』と勘違いしていたことに拝島は気づく。とたんに読む気が失せて本を返しに行った。

 受付の前を通る。手をすべらせ本を落とす。足が止まる。小さく視界に入っただけで分かる。彼の目に焼き付いた線と彼女の輪郭が重なる。渡部が受付に座っていた。

 彼女が図書委員だということを理解できず拝島は固まる。何をして良いか分からず、まず目に入った本を拾いあげ、引き寄せられるように彼女へと向かった。

 紺色の襟に包まれた白い首もと・細い首・小さな吹き出物のある頬、拝島が彼女を見つめ、二人の視線は重なる。彼女は瞬き、うつむいた。

 偶然、クラスメイトと休日の街で出会った時のように、この遭遇は普段は見ることの出来ないおのおのの私生活がふれあうような感覚を彼に与えた。適切に問いたずね、言葉を交わせさえすれば、彼女と個人的な繋がりを作ることも容易に思えた。彼はそれを渇望しているはずだった。

 高鳴る胸を押さえながら、拝島は文庫本を机の上に置く。格好つけた声をつくり彼女の目を見つめ話しかける。

「借りられますか?」

「……はい。こちらに書いてください」

 渡部の声を拝島は初めて耳にした気がした。彼女のやわらかな微笑みは大きな波となって彼を満たしていく。拝島は続く言葉を失う。本を受けとり逃げるように図書室を後にした。

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