4
緑・白・茶、さまざまな色の液体がガラスの器に注がれていく。放課後、ファミリーレストランでいつもの五人と拝島は暇をつぶしていた。
「そういや進路調査票、書いた?」
武井の問いに皆が答える。たずねた本人は安定を求めて公務員を、彼の隣にすわる美春は看護系の専門学校を目指す。他の三人も目標をかかげて大学や短大に入ることを決めていた。
「そういや、拝島はどうするん?」
「……私立の四大に行く予定。マーチのどっかにしようかな」
「四大はいいよねー。サークル・コンパにバイトって楽しそうだもん。拝島くんは成績良いから、指定校推薦とれるんじゃない」
美春の口にした出来事が自分に起こりうるような気もせず、拝島はうつむいてオレンジジュースの水面を見つめる。勉強が習慣になっていたので拝島の成績は良かった。だが研究も遊びも求めておらず、これから何をすべきか分からなかった。
分かれ道から一つを選べば、選ばれなかった風景はその人にとって存在しなくなり、過去から現在まで一本の道が残る。拝島は後ろを振り返り、この先も道が分かれることはないと勘違いした。時とともに進めばしかるべき場所に着く。そう言い聞かせて選択を後回しにしてきた。
「……溝口って汗くせえよなあ。野球部って毎朝、朝練やってんだって」
「甲子園に出られないのに、よくがんばるねー。うちはむり! 意味ないもん!」
いつものように皆が級友をこき下ろし始める。先ほどの不安が胸にくすぶり、拝島は話す気になれず口を閉ざしている。武井は彼を見て鼻で笑った。
「おい拝島。どうしたんだよ、むっつりした顔して」
「……いや、何でもないけど」
「渡部のことでも考えてたのか?」
拝島は顔を上げる。驚いた彼の目と蔑むような武井の目が互いを写す。
「……なんで急に彼女が出てくるんだ?」
「お前、最近あいつのことばかり見てるじゃん。分かりやすすぎ」
「ええ、そうなの? 拝島くん、ああいうのが好みなの?」
「いや、ありえないっしょ! 趣味わるすぎ。呪われそう!」
獣へ投げ出された肉塊のように拝島の弱みはさらされる。友人たちがこぞって彼を茶化し、馬鹿にした。
唐突な危機に拝島はあせる。みじめな金内のように没落しかけていることを察した。渡部を貶しさえすれば彼らの仲間でいられることは分かっている。保身するすべを知りつつも、拝島は迷う。
友人と一緒にいるのは楽しいはずだった。この集いから外されれば、ひとりぼっちになってしまう。見知らぬ女子の悪口を言うことで損することはない。彼は慣れきったように順序立てて考える。そうして出た答えは——
「……そういうのじゃない」
「はあ? じゃあどういうのなんだよ? 教えろよ」
渡部を見下す友人たちが不快で、拝島はするどい目つきで武井を見た。
「別に何でもないって言ってるだろ!」
「ああん? なんだよ、なに怒ってんだよ」
彼女を想うほど、胸に甘い痛みが走る。周りにあわせて嘘をいうことに慣れていたはずなのに、口先だけでも彼女を馬鹿にすることはできなかった。
財布から紙幣を取り出し、拝島は無言で席を立つ。友人らに見下されようと、孤独になろうと、どうでも良かった。
帰り道、拝島は自転車で駆けた。坂を登る間のペダルの重さが心地よかった。下り坂、秋の暖かな風が頬をなでる。夕空に浮かぶ白い雲、赤く染まる葉、道路に落ちたレシート、流れていく景色の中でとりとめのないものが彼の印象に残る。
他人が普通からはみ出せば得意げに馬鹿にしてきた。上とか下とか決めつけて、時には、上にいる相手を見下した。そうでもしなければ自分の価値を信じられなかったのだと彼は気づいた。
拝島は満たされていた。あの時、夕焼けに浮かんだ渡部の泣き顔は、五つの洞窟をそそぎながら彼の心に流れ込んだ。彼は見なれた町なみを新鮮な気持ちで眺める。かさぶたがはがれて現れた肌のように、彼の感じ方は今までと変わっていた。