2話
H君視点です。
はっきり言って疲れている。仕事につまずいている。営業の人間の誰もが通る道のようだ。営業の先輩が飯に連れて行ってくれるが、それが逆にプレッシャーになっている。
昨日は早く帰らされたため、早く出社しようと思ったが足取りが重く感じる。やはりもう少し時間をつぶしてからにしようと振り返ると、S子さんがいた。新入者研修以来だし覚えていないかと思っていると声をかけられた。
「あぁ、H君か…おはよう、早いね。」
「S子さん、おはようございます。後ろからついてくるから、ストーカーかと思いました。」
嘘だ。後ろなんて見てなかった。ついつい突っかかるような言い方をしてしまった。まるで子供だ。
S子さんは気にもとめてないようで、僕の心の奥底を見透かしているような目をして
「隈ができてるぞ。寝癖ついてるし。背筋を伸ばせ。痩せたか?ちゃんと、食べてるのか?」
「突っ込むところ、そこですか…まるで母親のようですね。朝早い理由とか聞かないんですか?」
母親のような科白に思わず余計なことを言ってしまった。これでは理由を聞いてくれと言っているようなものだ。思わず頭を抱えそうになる。
S子さんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐ真顔に戻し
「何?聞いて欲しいの?どうせ、営業部の洗礼受ける頃でしょ。そう簡単に手を貸せる問題ではないな。私は部署も違うし、君次第だ。」
やはり言われた。手厳しい人だ。
「相変わらず、真顔でズバッと言いますね…」
「飲みに行くくらいなら付きやってやらんでもない。愚痴くらいなら聞いてやる。ちょうど今日は金曜日だしな。」
素直じゃないが彼女なりの気遣い。
身長は僕のが30cm程大きく、ヒールの靴を履いているのにS子さんは肩にも届かない。それなのに、彼女の方が大きく感じる。それに大学院まで出た僕は彼女と年は1つしか変わらない。不甲斐ない僕に嫌気がさす。
「二人で、ですか?」
普段の僕なら断るだろうに、聞くつもりのないことを聞いてしまった。
「先輩が二人で飲むの嫌でなければ、愚痴聞いてください。」
さっきから何を口走ってんだ…でも断る意地を張る元気も残っていないのだ。
「うん、じゃ『栗の木』って居酒屋知ってる?仕事終わったらそこにいるから。」
何回か行ったことがある、ご飯のおいしいところだ。S子さんと飲むことが少し楽しみに思っている自分に驚きつつ
「わかりました。遅くなるときはまた連絡します。」
営業部で鍛えた表情筋を駆使しながら、何でもないように答えた。
そうしていると会社の前についたので別れた。