1話
S子さん視点です
朝の通勤ラッシュにはまだ早い時間。
多くの人が行き交い空気を汚す前の朝の駅のこの空気が好きだ。
駅員が掃除をしている、朝練があるだろう学生が電車に乗り込んでいく。
目まぐるしく人が行き交う都会の駅でどこかすがすがしさを感じるこの時間
に、私は会社の最寄りの駅にいつも通り降り立つ。
出社するには早すぎるため、この時間に同じ会社の人と会うとは思えない。いつもならば…
ふと、前を行く人に目がいった。さっきから、会社に行く道を同じ方向に進んでいる。
見たことある気がするなと思っていると、前の人が振り返った。
「あぁ、H君か…おはよう、早いね。」
私の会社は、入社するとまず人事部による研修があり、各々の部署にわかれていく。人事部の私は今年初めて研修を担当した。
H君は今年新入社員でたしか、営業部配属だったはずだ。
「S子さん、おはようございます。後ろからついてくるから、ストーカーかと思いました。」
相変わらずの減らず口健在。研修以来会ってなかったが覚えていたようだ。
「隈ができてるぞ。寝癖ついてるし。背筋を伸ばせ。痩せたか?ちゃんと、食べてるのか?」
「突っ込むところ、そこですか…まるで母親のようですね。朝早い理由とか聞かないんですか?」
「何?聞いて欲しいのか?どうせ、営業部の洗礼受ける頃でしょ。そう簡単に手を貸せる問題ではないな。私は部署も違うし、君次第だ。」
気まずそうな顔してる。
「相変わらず、真顔でズバッと言いますね…」
「飲みに行くくらいなら付きやってやらんでもない。愚痴くらいなら聞いてやる。ちょうど今日は金曜日だしな。」
ドヤ顔で言ってやった。彼なら、断るはずだ。これで、断らなければそれほど追いつめられていると言うことだ。
「二人で、ですか?」
ちょっと躊躇った顔。予想外に私は黙る。二人の間のわずかな沈黙を破ったのはH君、
「先輩が二人で飲むの嫌でなければ、愚痴聞いてください。」
「うん、じゃ『栗の木』って居酒屋知ってる?仕事終わったらそこにいるから。」
会社から近くも遠くもない店を指定したが、さすが営業部なだけはある。知っていたようだ。
「わかりました。遅くなるときはまた連絡します。」
会社の前についたのでそこで別れた。