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第2話「俺のある1日」

第2話を投ずるよ★

パラノーマルボーイズ<第2話>

「俺のある1日」


 夜中の11時半ごろ。俺は机の上に英語Rリーディングのプリント、A4サイズの大型ノート、電子辞書、英語辞書を展開していた。明日は俺が最も恐れる英語の藤木文彦ふじき・ふみひこ先生の授業がある。藤木先生と言うのは授業中の質問に答えられなかった奴を授業が終わるまで立ったままにさせる、場合によっては厳しく叱りつけるというという恐ろしい先生だ。生徒からはいつしか「ファイナルファンタジー(イニシャルのF.F.から)」と呼ばれて恐れられるようになった。俺は立たされるのも怒られるのもまっぴら御免だ。だから毎回馬鹿丁寧に予習をやっている。かなり細かい文法事項まで聞いてくるので、馬鹿丁寧にやらないと授業に対応できないのだ。


期末試験は終わって、もうすぐ夏休み。だが・・・まだ夏休みに入るまでには数日の猶予がある。明日の授業ではどこかの大学の入試問題を使って授業をするらしく、俺達には長文のプリントが配られ、予習をしてくるように言われた。


当たらなければどうということはない、などとどこぞの赤い彗星みたいなことを抜かす強者もいる。藤木先生はその日の日付の出席番号の生徒を当てていくので、ある程度当てられる生徒を予測することができる。実際俺のクラスのとある同志が、先生ごとの傾向を分析して予報を出している。まったく大したものだ。彼によれば、俺が明日当たる確率は低めらしい。まったく、一体どういう計算をしているんだか・・・。だが、先生の気まぐれと言う不確定要素もあるから油断はできない。当たらなければどうということはないかもしれないが、当たった場合は目も当てられないような目に合うことだろう。


英文をノートに写してから、単語を辞書で検索して意味をメモり。文章は品詞分解をしてアンダーラインを引いて、「s(主語)」とか「v(動詞)」などと書き込んでいき、文法事項を確認しておく。和訳は直訳と意訳の2つを併記する。これだけやらないと安心して授業に出ることができないのだ。。


 「よしっ!終了!」

誰にともなくつぶやく。時計を見ると午前0時ちょっと過ぎ。早く寝るぞ。俺は教科書やらなんやらをカバンにしまう。忘れたらアホだもんな。そしてケシカスだらけの机を掃除すると、我が6畳の王国に向かった。






寝る前に机の上に置いた携帯電話から、けたたましい音でアップテンポのアニソンが流れ始める。ベッドから這い出て、机の上でけたたましい音を発しながら激しく振動している携帯電話を手に取る。水曜日、午前5時半。いつも通りの朝がやってきたようだ。俺は学校のある月曜日から土曜日までは午前5時半起床。日曜日は8時起床と決めている。早起きだろ?「早起きは三文の徳」って言うしな。それに俺は超朝型だから、午前中までの方が調子がいい。昼過ぎからだんだん調子が落ちてくる。健康的なんだろうけど、試験前とかの夜なべができないという欠点もある。アラームを止めた俺は伸びをして立ち上がると、カーテン、雨戸を開ける。心地よい朝の風と眩しい朝日を浴びる。

 

おはよう諸君。俺の名前は橋口遊人。また会ったな。皆俺のこと覚えてていてくれたか? 


さて俺はそれから風呂場に向かう。この季節は朝シャワーを浴びないとなんか調子が出ない。体、顔、髪を念入りに洗って、やっと覚醒した気になる。今日も今日という日が無事にやってきたようだ・・・。俺は寝間着を洗濯かごにぶち込んで、食卓に向かう。


高校入学と同時に始まった一人暮らしにも慣れた。この社宅には俺と同じような一人暮らしの子供が多い。邦夫や秀吉もそうだ。この社宅は快適だ。無料の食堂、浴場があるし、中央管理棟にはコンビニも入っている。セキュリティも厳重だから安心だ。その上CATVがタダで見れて、PCの利用料金も安い。本当に快適な環境だ。俺も将来、この企業に就職しようかな、なんて密かに考えていたりする。


いつものようにコーンフレークの朝食を食べる。俺はいつもこれだ。片付けが簡単だし、栄養バランスにも優れている・・・とパッケージに書かれているからな。朝食を食い終わったら、皿を洗う。それから弁当を用意する。弁当と言ってもご飯をアルマイトの弁当箱に詰めて持っていくだけだ。昼飯はご飯を持参して、学食で惣菜を買って食べる。


俺は通学かばんの中身を確認する。通学かばんは規定がないので、俺はリュックサックを使っている。やっぱ使いやすいだろ?リュックサック?だけどあんまり人気じゃないみたいだな。この前クラスの女どもが「リュックサックはダサい」とか何とか話していたような気がする。実際クラスメイトのほとんどは手持ちカバンかワンショルダーを使っている。世間の連中はわかってねぇな。こういうものは使いやすさと実用性が最優先に決まっているだろ?


忘れ物が無いことを確認して時計を確認すると午前6時半。俺は制服に着替えて掃除機をかける。この掃除機は音が静かだから朝早くにもかけられるし、夜中に部屋を汚した時なんかにも便利だ。掃除機をかけ終えて、トイレも掃除する。やっぱり家は綺麗にしておかないとな。こう見えても綺麗好きなんだぜ俺?


いつも俺が家を出るのは午前7時半。学校には午前8時20分までにつけばいいことになっているが、午前8時ごろは通学路が異常に混むからいつも早く登校している。教室に一番乗りするのはかなり気持ちがいい。


俺はDVDプレイヤーにいつも朝見ることにしているアニメDVDをセットしてアニメを鑑賞する。これが毎日の日課だ。何ていうか、エンジンスタートって感じか。


アニメが終わるともうすぐ7時半。よし、出撃するぞ。俺は靴を履いて戸締りを確認すると、学校に出発した。


通学路にはまだ学生の姿は少ない。体育会系のクラブに参加している生徒は俺よりも早く来ているし、ほとんどの生徒は俺より登校時間が遅いからこの時間が一番生徒が少ない時間帯だ。俺はウォークマンでアニソンを聴きながら一人学校を目指している。ちなみに通学路の途中にあるお地蔵様に手を合わせるのは日課だ。家から徒歩で学校に行けるというのは実にいい。ん?なんで邦夫や秀吉と一緒に登校しないのかって?ああ、邦夫や秀吉は俺より起きるのが遅いからな。1年のころは俺が二人に合わせて一緒に登校していたんだが、2年の初めごろから、何より毎回秀吉と邦夫はなぜかある女子と登校するようになった。そいつは毎朝団地の入り口で律儀に邦夫と秀吉を待ってやがる。どっちかを好きなんじゃないか?ありゃ?俺はこの女子が苦手と、つーか嫌いだ。向こうも俺のことを嫌っている様だしな。もっとも、邦夫や秀吉はそれは俺の思い過ごしだといつも言っているが・・・。あの二人は俺にいつも人付き合いを何とかしろと言っている。我が親友たちのアドバイスはおそらく正しいのだろうが、俺は誰もから好かれる人間になるなんて無理だと思う。俺のことを嫌うなら嫌えばいい。それが俺の外交方針だ。と、ここで学校が近くなってきたのでウォークマンをポケットにしまう。


 「おはようございます。」

校門の前に立っているおっさんは校長先生だ。体育会系のクラブの連中が登校してくるころにはもう校門の前にいるらしい。それから8時20分のぎりぎりの時間まで校門の前に立ち続けて、生徒に「おはようございます」と挨拶をしているそうだ。まったく、小学校ならまだしもここは高校だぜ?毎朝校長が校門の前に立って挨拶してるってどうなんだろうな?とにかくご苦労なこった。

 

 「おはようございます」

俺は一度立ち止まって軽く礼をする。こんな俺だけど、生徒としての最低限の礼儀は心得ているつもりだぜ?

ちなみに我が橋口家の家訓は「権力を敬い、権力に服従せよ」らしい。俺の親はうるさい親ではなかったが、この点だけにはやたら厳しかった。何でなんだろうな?

校門をくぐり、昇降口に入る。上靴に履き替えて、ロッカーから辞書を出して教室に向かう。俺達2年生の教室は2階だ。

 

 「おはよーっす。」

俺は誰にともなく挨拶をする。だが現在の教室内に俺のあいさつに応える人間はどこにもいない。実際には体育会系クラブの連中が俺より先に登校しているが、今はいない。だから今教室は俺一人だ。俺の声が無人の教室に虚しく響くが、それがなんか好きだ。理由は特にない。理由は無いけどなんか好きだ。朝誰もいない教室で一人あいさつするのも俺の日課になっている。


俺の机は中央の列の一番前。つまり教卓の正面。まぁ俺はあんまり目が良くないし、席替えの移動もかったるいから席をここに固定してもらっている。教卓のゼロ距離に好き好んで座る変人なんて全国広しと言えど俺くらいしかいないだろうな。でも別に俺できますよアピールをしてる訳じゃあないぜ。それだけはわかってくれ。そんな俺は下衆な俗物ではないぞ。


適当に教科書を眺めたり、持ってきた文庫本を読んだりしていると、他のクラスメイトがぽつぽつと登校してきた。だがほとんど女子生徒なのでつまらない。俺は基本的に女子と関わることがまったくと言ってないからな。ここ男女共学だよな?まぁ、自分から話しかけなければ他者と関わることなんてできないが、クラスの女子と積極的にかかわる必要性が俺には見いだせない・・・。



あ、そういえば俺、今日日直だったわ。いかんいかん忘れてたぜ。俺は席を立って職員室に学級日誌を取りに向かった。日直の仕事は面倒くさいが大したことはない。だが授業中に当てられる確率も大きくなるし、朝礼で先生が無茶振りをしてくる。俺のクラスの担任は毎回朝礼で日直に無茶振りを強いてくるのだ。例えば「英語で1分間スピーチしろ」とか「好きな食べ物について熱く語れ」とか色々。今日は何をされるのやら?この前は英語でスピーチをさせられた。その時は飼ってもいないペットの犬の話をでっち上げてしゃべった。


生徒で混雑する廊下を通って教室に戻ると、続々と生徒が到着していた。俺は自分の机の上に日誌を置くと、教室の後ろの方のある生徒の座席に向かった。そこには二人の男子生徒がいた。一人はサンバイザーをかぶった生徒で銃器マガジンを読んでいる。もう一人は小柄な生徒でPCをいじっている。サンバイザーの方は朝倉博人あさくら・ひろと、クールで冷静沈着な二枚目だが、なぜか常にサンバイザーをかぶっている。かつてエアライフルの全国大会で優勝したことがあるらしい。一方PCをいじっている男子は平沢裕輔ひらさわ・ゆうすけだ。通称「ポケモン(『ポケット・モンキー』の略)」、この妙なあだ名は裕輔本人が考えたらしい。PCの扱いにかけては彼の右に出るものはいないと言われるPCのエキスパートだ。ちなみに毎回授業で誰が当てられるかを予報しているのはこいつだ。クラスの男子の間では「平沢予報」として有名になっている。


「おはよ。」

俺は二人に挨拶した。

「おはよう同志。ちょっとこいつ、なんとかしてくれないか?」

俺の方を向いた博人が嫌そうな顔をして言った。


 「黙れムッツリーニ。本当は好きな癖に・・・。おい遊人、お前も見ろよ。」

にやりとして裕輔がパソコンの画面を俺の方に向ける。それは・・・それは・・・水着姿でセクシーなポーズをとる国民的人気アイドルのグラビアだった。平沢裕輔と言う男は「超」のつく女好きだ。こいつの頭の中はPCの事と女の子の事で2分されていると言っても過言ではない。だが実際に女子に声をかけたり、AVや18禁のエロ画像を見る度胸はないらしい。


 「この胸の谷間、ヤヴァイよなぁ?あ?ムラムラするだろ?え?」

となんか一人でエキサイトしている。だが残念だが俺は3次元の女には興味が無い。

 

 「悪いが俺は3次元には興味が無いからな。ところでポケモン、今日の俺の予報はどうなってるんだ?」

裕輔は呆れた顔で俺に言う。

 「お前、一生童貞のつもりか?」

こいつ・・・!

 「それもいいかもな。30まで童貞でいると超能力が使えるようになるらしいからな。」

俺はさらりと流した・・・、ってさらりと流せてるかこれ?まあいい。

 「童貞力を極限まで高めるつもりか・・・?まったく、お前本当に人間か?ほい」



裕輔は素早くPCを操作して「早期警戒システム」なるものを開く。学校から生徒に支給されるPCはすべて同じ仕様のノートPCだが、裕輔のそれには独自の魔改造が施されているらしい。


 「きょうの警戒レベルはBだ。充分に警戒しろ。」

 「お、そうかそうか。で、お前らは?」


裕輔がまたPCをいじる。


「俺も博人もD。今日は低めらしい。今日は中野さんが当たるからまぁ大丈夫だろ。しかし中野さんって可愛いよな~。最近ツインテに変えたんだよなー。ストレートも似合ってたけどさ、ツインテだぜ?ツインテ。くーっ罪なコトしやがるぜええええ!!」

こんどは2年生のマドンナ、中野里奈のことでエキサイトしている。忙しい男だ。良くも悪くも本当に裕輔は楽しいやつだよ。ちなみに「中野里奈非公式ファンクラブ」なるものを極秘裏に立ち上げたのはこいつだ。もちろん本人の了解も承諾も受けてはいない。

 

 「ドゥーサムシング」

博人に向かって言うと。博人は呆れた顔で返す。

 「ムリだ。」


と、ここにまた一人男子生徒が現れた。

 「おはよ。」


こいつは鷲尾碧わしお・みどり隣の2-H(外部文系乙類)の生徒だ。「みどり」と言う可愛いらしい名前に反し、長身でたくましい体格をしている。水泳部に所属する傍ら、ミリヲタの彼は某人気ガールズバンドの名前を文字って「砲火後ティータイム」なるサバイバルゲーム部を設立した。「部」とは言っても非公式で顧問も部室もなく、特に何か活動をしている訳ではない。本部と称されている碧の自宅の碧の自室に集まってFPSゲームをやるくらいだ。ちなみに碧が部長で、レギュラー部員が博人と裕輔。俺と邦夫と秀吉が準レギュラー部員だ。


 「おいポケモン、今日俺1時間目がリーディングなんだが、どうなってる?」

碧は若干慌て気味に裕輔に尋ねた。

 「待ちな。・・・おい今日お前確実に当てられるぞ。」

裕輔は若干楽しそうに言った。裕輔は「平沢予報」の噂を聞きつけた他クラスの男子の依頼で、最近事業を拡大したらしい。今や2年生の全クラスの全授業の予報を行っているという。


 「マジかー!?おい遊人、ノート貸してくれ頼む。一生のお願いだ。」

碧は俺に手を合わせた。

「お前の一生は何回あるんだ。まぁいい。終わったらすぐに返してくれよ。机の中に入ってるから持ってけ。」

碧はよく俺にノートを借りにくるからもう彼の「一生のお願い」には慣れている。


 「恩に着るぜ!」

碧は俺のノートを手に2-Hに戻って行った。


と、そこでキーンコーンカーンコーンと始業を知らせるチャイムが鳴った。生徒はそれぞれの座席につく。ほどなくして俺たちの担任、矢島早智子やじま・さちこ先生が教室に入ってきた。


 「Good morning class!」

日本人離れした発音の英語で朝の挨拶をしたのは俺たちの担任、矢島先生。英語の新任教師で可愛く茶目っ気のある美人教師として男女問わず人気が高い。


「起立!礼!おはようございます!」

このクラスの学級委員を務める博人の号令が響く。彼のサンバイザーに突っ込む人間はもういなくなって久しい。


朝礼が始まった。出欠確認があって、連絡事項の伝達が行われる。いつも通りの朝礼だ。


 「それじゃあ今日のお楽しみといきましょうか。今日の日直はー?」

あ~あ。まったく何がお楽しみだ。今日はどんな無茶振りがくるのやら?もう逃げられない。俺は観念して手を挙げた。

 「俺です。」


 「それじゃあ橋口くん、今日は・・・今日は・・・。」

先生は実に楽しそうに思案している。あーもう、煮るなり焼くなり好きにしてくれ。だから一思いに頼む。


 「それじゃあ今日は橋口くんに何か歌ってもらいましょうかね?」

歌う!?マジか!?頭の中が真っ白になった。


 「おおっ!?」

 「これは?」

ノリのいいクラスの男子どもが騒ぎ出した。


やべ・・・どうしよ。俺アニソンしか聴かないし歌わないんだけど?でもこの状況じゃ・・・?

 「じゃあお願いします。ワン、ツー、ワンツースリーフォー」


先生、少しは考えさせろよ!?う、うわああああ!?とっさに口から出てきたのはあり得ない曲だった。

 「さ、サールティー ロイヤーリー タマリーエ パースティアラーヤー レースティングァー・・・」


とっさに口から出てきたのはなんと某魔法少女アニメの挿入歌だった。確かにセリフ入りのキャラソンよりかはマシかもしれないが・・・。とりあえず歌い続ける。この道に入ってからずっと、俺はアニメ声というものに憧れ、それを性別の壁を越えて再現しようとしてきた。「女の子の声で歌おう」という怪しげな書物を購入し、夜な夜なボイトレに励んでいた。今は自由自在に女の子っぽい声を出すことができる。いや、できていると信じたい。でもこういう声で歌うのは同志たちと行くカラオケだけだ。


 「 ・・・サールティー ロイヤーリー タマリーエ パーッティアライアーリーーィヤーー」

大して長くない曲だが、俺にはそれが永遠の時間のように感じられた。大笑いが響いた後、一応皆拍手してくれた。でも何人かは確実にドン引きしてるに違いない。これでもともと低い俺の評価も落ちるとこまで落ちた気がする。


 「いいぞ遊人、いいぞーいいぞー」

裕輔の声だ。あんちきしょう・・・。


 「ありがとう。・・・どこからそんな女の子みたいな声出してるの?何て曲?」

先生は大笑いしながら聞いてきた。声なんて声帯を震わせて出してるに決まってるだろ?


 「え、えっと・・・これはクレーデンス・ユースティティアム、という・・・讃美歌です。」

讃美歌と言うのは大嘘だ。しかしこのクラスでこの曲の正体がわかるのは博人と裕輔くらいだろうから大丈夫だ・・・と思う。


 「讃美歌かー、まったくすごいな。はい。ありがとー。それじゃあ今日も頑張りましょう。」

この方面に関する知識を先生がまったく持っていなかったのが幸いだ。・・・今ので寿命が10年縮んだ気がする。


 「起立!礼!」

朝礼は博人の号令で締めくくられた。


 「何が讃美歌だよ?お前―?」

裕輔がにやにやしながら俺の席までやってきた。博人も一緒だ。

 「ま、放課後ティータイムよりかはマシだがな。」


とここに邦夫と秀吉が現れた。

 「さっきの歌、お前だろ?」

聞こえてたのかよ!?邦夫がにやにやしながら言った。こんちくしょう・・・。

 「ああ俺だ。だからほっといてくれ・・・。」


 「あの声はカラオケだけにしとくにゃ。」

秀吉・・・てめぇ・・・!

 「わ、わかったからいじめないでくれよ・・・。」


今日はこの話題で一日中イジり倒されると思うとめまいがした。俺の1日はまだ始まったばかりだ。


1時間目の世界史の授業は問題なく過ぎた。だが・・・。授業直後、碧が慌てて走ってきた。

 「す、すまん遊人、ノートを藤木先生に没収されちまった!!」


え?え!?何だ!?どうして俺のノートが没収されるんだ!?

 「何でだよ!?」


 「あのノートで授業受けたら、こんなに上手く受け答えできるわけないだろ、って疑われて・・・それでバレて・・・。とにかくゴメン。」

碧は申し訳なさそうに頭を下げた。  

 「わかった。もういいから。俺は大丈夫。」

とりあえず碧は自分の教室に戻って行ったが、これはヤバい。入学以来最大の危機だ!と、ここでチャイムが鳴る。ああ・・・。


藤木先生が教室に入ってくる。手には俺のノート・・・。終わった・・・。先生は俺にノートを手渡して言った。

 「橋口、他人にノートを貸すなって言ったろ?ハイ起立。」


有無を言わさず立たされた。なんという不条理、なんという屈辱だ。今日は歴史的な恥辱の日だ。

俺はそれから立ったままで授業を受けた。立ったままなのでノートを書くのがものすごく難しかった。






あと少しでこの地獄の時間も終わる。今当てられているのは中野さんだ。今日は珍しく先生の質問に対する答えに窮している模様だ。

 「わからないか中野?」

先生は少し楽しそうだ。まったく恐ろしい先生だ。

 「それじゃあ助っ人を呼んでいいぞ。誰か男子を指名しろ。」

先生の一言に中野さんは少し考えた後・・・。

 「ええっと、じゃあ橋口くんで。」

あろうことか俺を指名した。何で俺なんだ?きっと立っているから目立ったのだろう。でもちょっと嬉しかった・・・気がする。

 「お呼びだ。橋口。答えろ。」

幸いその質問には答えることができた。でも座らせてはくれなかった。理不尽にもほどがある。俺が悪いわけじゃないのに。適切に答えたんだから座らせろよ。

 

 「それじゃあ終わりだ。もう他人にノートを貸すなよ、橋口?」

チャイムが鳴って授業が終わった。他の生徒達が席を立ち始めるのに対し、俺は逆に席に崩れ落ちた。

 「災難だったな。」

いつの間にか後ろにやってきた博人が言った。

 「本当だな。まさかこの俺が立たされるなんてな。そろそろ焼きが回ったかな・・・ははは・・・。」

 「災難!?お前、何が災難なんだよ!?あの中野さんから直々にご指名されたんだぞ!?」

なんか騒いでいるやつが若干1名。こいつ、やっぱりバカだ。

 「ご指名・・・って俺が立っていたから当てやすかったんだろ?」

個人的には中野は俺の「敵」と認定している。だから嬉しくもなんともないが・・・。

 「この野郎羨ましすぎるぜえええ!?男子なら他にもたくさいいいるし、俺だってあの質問答えられたのによお・・・。」

一体何だこいつは?一体これのどこが羨ましいのやら?だが裕輔が指名されることはないだろう。裕輔は俺以上の変人として女子からは嫌われているし。

まぁ、こんなことを本人に言おうものなら裕輔は首を吊りかねんから言わないけどな。

 「でもリーディングが終わってほっとしたぜ・・・。」





この後の授業はこれと言って問題もなく進行した。やっと昼休みになった。

俺は2-Fの教室に向かった。裕輔と博人は碧と食べるらしい。彼らと食べることも多いが、大抵は同じ一人暮らし組の邦夫や秀吉と食べる。もっとも、邦夫は春姫さんの手作り弁当、秀吉はコンビニ弁当だが・・・。


俺は2-Fの教室に向かった。弁当のいいにおいがする。2-Fの教室に少し入ると、嫌な光景が目に飛び込んできた。教室の前の方で、邦夫と秀吉・・・そしてショートカットのメガネっ娘が一緒に飯を食べている。あの女は俺の天敵だ。天野美里(あまの・みり、演劇部で脚本担当。いわゆる文学少女で少し腐女子気味でもある。毎朝邦夫や秀吉と一緒に登校するようになった女ってのはこいつだ。こいつは大嫌いだ。向こうだって俺を嫌っている。邦夫と秀吉は俺の思い過ごしだって言うけどな。でも俺はこいつがどうしても好きになれない。クールぶってて可愛げがないし、口が悪いし、腐女子だし、俺はこいつとだけは仲良くなれない。ちょっと待て、俺が仲良くできる女子なんざこの世界にいるのか?・・・いや、いないかもな。


さてどうしようか。古人曰く「虎穴に入らずんば虎児を得ず」・・・だが、たとえ今俺がこの「虎穴」に入ったところで得るべき「虎児」はいない。ハイリスク・ノーリターンだ。俺がいかにバカでも、さすがにそこまでバカではない。3人で楽しく食べているのならば、敢えてそれを邪魔することもないだろう。俺は一人学食に向かった。


学食についたが、生徒でごった返している。食券の券売機の前には長蛇の列、料理を受け取るカウンターの前にも長蛇の列。もちろんテーブルはほぼ満席。もっと早く行くべきだった・・・。どこで食べよう?屋上、という選択肢もあるが、アニメなんかとは違って屋上は施錠されている。となると・・・俺は弁当箱を下げて校庭を囲む土手に向かった。土手は芝生になっている。芝生に腰かけ、弁当箱を開いて白ごはんを口に運ぶ。


「俺は・・・一人ぼっちか?」

何となく口の中に生まれた言葉を呟いてみる。


目の前の無人の校庭には土埃が舞うのみだ。

「孤独の闇は、時に人を癒してくれる・・・。」

またも口の中に生まれた言葉を誰にともなく呟いてみる。

目の前には砂漠のような校庭の茶色の大地が広がるのみ。空は抜けるような青さだった。


白ごはんを食べ終わって腕時計を見る。休み時間はまだまだたっぷりある。俺は食べるのが早い方だが、一緒に食べる人がいない分余計に早く食べ終わったみたいだ。

弁当箱を傍に置き、土手に寝そべる。「人はパンだけでは生きられぬ」と言うのはイエスの言葉だったと思う。だが、誰にだって一人になりたい時はあると思う。しかし校舎内はどこに行っても人の気が多過ぎる。この土手は俺が一人になれる数少ない場所だった。でもそれも束の間だ。すぐに飯を食い終わった連中がサッカーをしに来るだろう。と、思ってたら来た。俺は教室に戻ることにした。


生徒たちは思い思いに休み時間を過ごしている。俺の机の周りで博人と裕輔、それから秀吉が何やら駄弁っている。

「何してんの?お前?」

俺は声をかけた。

「あ、どこに行ってたにゃ?昼休み来なかったし・・・・」

「あ、いや、ちょっとな。」

俺はお茶を濁した。

「ちょっとって何だよ?」

裕輔が聞いてくる。空気読めこの野郎。仕方ないので本音を吐露する。

「あの女がいたし・・・。」

秀吉は呆れ顔だ。呆れられても困るのだが・・・。

「またそんなことを・・・。被害妄想だにゃ!ところで漢文のノート持っているかにゃ?」

知るか!別にいいだろ?嫌なものは嫌なんだよ!

「被害妄想じゃねえよ。あいつは俺の事を嫌っている。俺もあいつが嫌いだし。漢文?あるけど・・・?貸してほしいのか?」

そう言えばさっき他人にノート貸してひどい目にあったばっかりだったな・・・。しかし無下に断る訳にもいかない。

「貸してくれにゃ!」

「わかったよ。」

俺は学習能力が無い・・・。今度は何事もないことを祈るのみだ。適当に駄弁っているとチャイムが休み時間の終わりを告げた。





5時限目は体育だ。気分はディープブルーだ。俺のテンションは深海の底に沈んでいる。体育などと言う文部省の陰謀など即刻打破すべきだが、俺が叫んだところでどうにもならないし、体に異常もないのに見学するわけにもいかん。やれやれ・・・。


チャイムと同時に女子が教室からぞろぞろと出ていく。女子は体育館の更衣室で着替えることになっている。俺を含めた男子の多くはもう服を脱ぎ始めているが、博人はまだ着替えようとしない。そういえばあいつ、いつも女子が見えなくなってから着替えているよな?何でだろう?俺は校庭まで移動する途中に聞いてみた。


博人の答えは驚くべきものだった。

「女子に裸を見られたくないからだ。」

博人は結構鍛えているから、別に見られても恥ずかしくないと思うが・・・。世の中色々なんだな・・・。


砂埃舞う、小さな砂漠・・・校庭。今日はサッカーらしい。ちなみに校庭の半分は内部の女子が短距離走で使っている。

体育のクラスは2-F、2-I合同。クラスを二分し、結構広い校庭の端から端まで使ってサッカーをする。


「おいお前らはディフェンスだ。裕輔はあっち、遊人はこっちだ。」

キーパーを務めるサッカー部の男子生徒が指示を出す。裕輔も体育は苦手だ。俺ほどではないが。

試合が始まった。俺のチームが勝っているらしく、正直ヒマだった。

キーパーも、俺達をほったらかして攻めに加わった。アホかい。


暇なので裕輔と職務を放棄して駄弁ることにした。

「おいお前、どの娘がいい?」

裕輔は短距離走をしている内部の女子の方を見て言った。本当に平沢裕輔という男は・・・。黙っていればそこそこの顔だと思うが・・・。

「内部の女子生徒は嫌いだ。」

俺は率直な意見を述べた。偏見かもしれないが、内部の女子なんて気位ばっかり高くて性格がアレな奴らばかりに決まっている。

「俺も嫌いだ。だが顔だけならどうだ?」

顔だけねぇ・・・。平均的に言って、内部女子の方が外部女子より可愛いとは思う。だが、俺は3次元に興味はない。

「俺は3次元に興味はない。」

何度となく言ったセリフをまた言う。

「とりあえず可愛いと思う娘を言ってみろよ。」

なるほどね・・・。誰だろうな・・・?

「あの娘かな?ほらあの・・・ポニーテールの娘?」

俺は目についたポニーテールの娘を指さした。

「成程・・・でもちっぱいだな・・・。」

「きもいぞ。」

そんなことを駄弁っていると・・・。


「平沢!橋口!何やってんだ!」

同じチームのサッカー部員が叫んでいる。敵チームが攻めて来たらしい。

ボールをドリブルしているのは博人だ。博人は体育会系の部には入っていないものの、運動神経がいい。

「うわあああああああああ!?」

何か知らないが裕輔は慌てて走り出した。俺も走る。

「甘いっ!!」

慣れない動作でスライディングタックルをかけた裕輔を躱し、博人はサッカー部員の男子にボールをパスする。

そしてサッカー部員の男子はシュートした。まだゴールまでは少し距離があったが、ゴールをとれない距離でもなかった。

「うわあああああああああああ!?」

俺はとっさの判断で飛び出した・・・シュートの射線上に・・・。

ボールは俺の腹にクリーンヒットした。俺は衝撃でぶっ飛んだが、ボールは動きを止めた。

別の男子がボールをけり出した。だが、あまりに強く蹴ったのでボールは女子の方へ飛んで行った・・・。


「ナイスディフェンスだ橋口。ボールを取ってこい。」

倒れた俺を助け起こしてくれたサッカー部員に言われて俺はボールを取りに走った。

ある女子がボールを拾ってくれている。奇しくもさっき可愛いと思った内部の女子生徒だ。改めて見ると不覚にも確かに可愛いと思ってしまった。

「あ、すみませ~ん!!投げてくださ~い!!」

俺の言葉にその娘はくすりと笑ってボールを俺の方に投げた。コントロールがいい。投げたボールは・・。


「んぎゃっ!!」

吸い込まれるように俺の顔面に当たった。俺は情けない声を出して倒れた。すぐに起き上れたが、メガネを飛ばされてしまって前が見えない。

「メガネ・・・メガネ・・・?」

よくあるネタだ。だが、俺は猛烈に恥ずかしかった。笑いたきゃ笑えよ。バカ野郎。

「ご、ごめん!大丈夫?」

その女子が駆け寄ってきて、メガネを拾ってくれた。


「よかった、壊れてなかった・・・。ごめんね!」

その女の子は安心したように言うと、女子グループの方に戻って行った。あ、これはお礼しないと悪い!走る女子の後ろ姿に向かって

「あ、ありがとう!」

と叫んだ。心なしか少しばかり声が裏返っていたかもしれない。その女子は少し振り返ってにっこりと笑いかけてくれた。

俺は少しの間彼女の後姿を見つめたいた。何か知らないけど嬉しかった。だが、甘美な感傷に浸っている暇は無かった。


「お前、何やってるんだ?大丈夫か?」

裕輔の声で俺は現実に引き戻された。


試合は予備のボールで再開したらしい。

「暑さでやられちまったのかと思ったぜ。しかし・・・よかったな!あの娘と話せて!羨ましいヤツ!」

裕輔は肘でつついてくる。正直まんざらでもなかったが・・・・。

「何言ってやがる。大したことねえよ。」

ちょっと強がってみた。

「強がらなくてもいいぞこの~。」

裕輔は俺を小突いている・・・とそこに・・・・


「平沢!来たぞ!」

ある生徒の一声に反応して、裕輔は声の方向に顔を向けた。

「んがぁっ!?」

裕輔の顔をボールが直撃し、裕輔はその場にぶっ倒れる。裕輔の顔に当たって進路が変わったボールは味方チームの男子に渡り、反撃が始まっていた。


「イテテ・・・。」

裕輔は顔を抑えながらなんとか立ち上がる。

「ナイスディフェンス。」

俺のその言葉に裕輔は

「だろ?女子の連中に見せてやりたかったぜ・・・。」

と若干ドヤ顔で応じた。本当に調子のいい男だ。



試合は2-0で俺のいるチームが勝った。



体育の授業が終わって教室で着替えていた時、事件は起こった。

教室は制汗スプレーの煙とにおいで満ちている。俺も汗臭い体に制汗スプレーをかけていた。

そこにいきなり裕輔が襲ってきたのである。裕輔は後ろから俺の胸を揉みながら言う。

「ゆ~とく~ん・・・グヘヘヘヘ・・・」

「い、いやあああああああああああああ!?」

反射的に出てきたのは女声の叫び声だった。

「へっへっへ・・・いいカラダしてんじゃね~か?あ?」

裕輔は完全に変態モードだ。クラスの男子諸君はやんやとはやし立てる。

「いいぞいいぞ~!」

「お前男性ホルモンどうなってるんだよ!?」

「お前普通に金稼げるぜ?」

ああ、そろそろ夏だから皆頭をやられてしまっているのだろう。しかし俺も変な声を出してしまっているのはなぜだろう?

「い、いや、ら、らめええええええええええ!?」

俺は裕輔のおふざけに少しノってやったあと、裕輔を投げ飛ばす。

「テメェ!いきなり何しやがる!?」

俺は裕輔の胸倉をつかんで言った。

「や、ごめんごめん。なあにちょっとしたジョークだって・・・。」

「俺の貞操どうしてくれるんだ!?」


ここまでだったら男子高校生のおふざけで済んだかもしれない。だが・・・ここで教室のドアが勢い良く開いた。矢島先生だ。

「こら~野郎ども、ふざけてないでさっさと着替えろ~。女子入れるぞ~。」

「うえええええええええええ!?」

「先生待ってくれ!」

女子を入れるという一言に慌てる。着替え終わっている男子はほとんどいない。慌てて着替えを再開する。

そんな中一人制服に着替え終わって自分の席についていた博人は慌てて着替える男子を面白いものを見るような目で見ていた。あの野郎・・・。


度重なる災難続きでクタクタだったが、どういか6時限目の英語Wライティングの授業を真面目に受ける。授業は何の問題もなく終わった。


授業が終わった後、俺は2-Fの教室に向かった。秀吉から漢文のノートを回収するためだ。どうせアイツの事だ、よく寝てるに違いない。

案の定、秀吉はぐっすり眠っていた。ノートを開いた形跡もない。せっかく貸してやったというのになんて奴だ。ノートを回収して教室に戻る。

だが俺は天野にからまれなかったことや、やっと解放されたことで若干気を良くしていた。だから気が緩んでいたのだろう。

「うああああああああああああ!?」

教室に入る時にドア枠に躓いて派手に叫び声をあげて転んでしまった。

クラスの連中は大笑いした。最低だ・・・。

「笑うんじゃねーよ!!」

俺は絞り出すように言って席に着いた。俺、今日はもうダメだ・・・。早く帰りたい・・・だが、今日は図書委員会の仕事でそうもいかないのだ・・・。






ホームルームが終わり、放課後になった。各種部活動が活動を始めたらしく、学校のあちこちから掛け声や楽器の音などが聞こえている。

俺は今図書室で受け付けの仕事をしている。とはいえ、図書館を利用する生徒は意外に少ないもので、人影はまばらだ。

受付カウンターの座席に腰かけて、持ってきた文庫本を開く。正直言ってヒマなので、さっさと帰りたいが、さすがにそれはできない。仕事はちゃんとこなさなきゃな。

でないと橋口遊人の名が廃る。しかし・・・本当に暇だ。静かで人影もまばらなので、カウンターの上に飛び乗って歌でも歌ってみたい、という危ない衝動にかられる。

もっとも、そんなことをした日にゃ精神病院にぶち込まれるだろうからそんなことはしないが。時計を確認すると・・・、あと30分か・・・。

アニメの30分は矢のように過ぎ去るが、こういうつまらん30分は物凄く長く感じる。

「ずみませ~ん。」

不意に声をかけられ。顔を上げる。そこに立っていたのはあのポニーテールの女子生徒だった。どうやら本を借りたいらしい。

本を数冊カウンターの上に載せていた。

「あ、はい。貸出ですね。学生証をお願いします。」

内心結構嬉しかったが、平静を装ってみる。

「あ、はい。図書委員だったんだね。橋口くん。」

思いがけない一言に結構驚く。誰だこいつ!?なぜ俺の名前を知っているんだ!?話したことないのに・・・!?

「ええっと・・・。どうして僕の名前を?」

俺は尋ねた。

「わたし、英語の補講のクラス、橋口くんと一緒なんだよ。いつも英語できてすごいな~って思ってたんだ。」

土曜日の放課後に俺は英語の補講クラスを取っている。希望者が受講できる追加の特別クラスだ。入試問題の英作文についての授業だった。

俺は博人、裕輔と共にこの授業に出ている。言われてみれば確かにいたような気がしないでもない。俺は差し出された学生証の名前をさっと確認した。

『2-E 霧島彩雲きりしま・あやも』ああ~確かにいたいた。頭の中で歯車がかっちりとかみ合ったような気がした。

「あ、霧島さんかぁ。さっきの授業ではどうも。僕、体育は苦手でさ・・・。」

俺は言った。ちなみに『霧島彩雲』という名前を見て、旧日本軍の戦艦「霧島」と偵察機「彩雲さいうん」を思い出したのはナイショだ。


「気にしなくていいよ。頑張ってたね、橋口君。」

「いやはやお恥ずかしい・・・。」

5分くらい適当に駄弁ると、霧島さんは帰って行った。優しい子だな。内部にもいいやつっているんだな。


結局そのあと、誰も本を借りに来る人は現れず。俺は図書委員の任務から解放されたのだった。




下校時間を知らせる「蛍の光」のメロディがスピーカーから流れている。



俺は昇降口のロッカーに辞書をしまって、ローファーに履き替えていた。

そこに、一人のハンサムな生徒が現れた。


「ちょっと失礼」

「あ、すみません。」

俺はスペースを開けた。どうやらロッカーが俺のロッカーの真上にあるらしい。


「あれ?橋口遊人くん?」

その男子生徒がいきなり声をかけてきた。正直言って面食らったが。


「そうだけど・・・何か?」

誰だこいつは?


「やだなぁ。英語の補講のクラスで一緒の藤原だよ。」


藤原・・・?ああ!藤原。藤原義久ふじわら・よしひさか!

藤原義久と言えば相当の有名人だ。何せ2学年トップの秀才で、現生徒会長だからな。


「あ、ああ・・・。藤原君かぁ。橋口です。」

俺はぎこちなく手を差し出した。


藤原は握手に応じてくれた。

「いやぁ。一度話してみたいと思ってたんだ!」


何だこいつは?彼には悪いが・・・少し気味が悪い。



「そ、そうかい?俺は大して面白くもないけど?」


「いやいや、君は面白いよ。」

学年1位の超秀才君は意外に好人物だった。





適当に藤原と駄弁りながら通学路を歩いていた。

彼とは友達になれたと思う。



「あ、春姫さん!!」

急に藤原が手を振り出した。


ん・・・はるひさん?・・・もしや!?


なんとそこにいたのは我が同志尾藤邦夫の姉、尾藤春姫!!

「あ、義久君!それに、遊人君!」

春姫さんはこちらに駆け寄ってきた。


もしや・・・?



「紹介するよ橋口君。僕の・・・その・・・ガールフレンドの・・・尾藤春姫さん。」

藤原は真っ赤になりながら俺に春姫さんを紹介した。


「やーねー義久君。彼は弟の友達よー。」

「あ、そうなんですか?」

なかいいなぁ・・・。これがリア充ってやつか?



目の前で甘々な展開になっていたので、俺は二人の邪魔をしないように、その場を離脱することにした。


「えっと、俺、ちょっと寄るところがあるので・・・。それじゃあ二人とも・・・お幸せに!!」


俺は二人と別れて商店街に向かった。



色々あった今日だけど、新しい友達ができた。

日々マジライブだし待ったなし。ふわふわ生きている訳でもないのに、俺の日常は事件ばっかりだ。


だからこそ面白い!だからこそ楽しい!



第2話 FIN


製作:見滝原人民学芸講談会

 






つづく(と思う)

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