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the third  作者: 深雪
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6侵入者

「で、もう一つは?」


「…なんのこと?」


スノウはもったいぶるように言う。


二人しかいない教室はとても静かで、窓から響く雨音と僕らの声が存在感をあらわにしていた。


「いやいや、さっき言ってたやつだよ!雨対策!」


「ああ、そんな話してたかも」


「だからその続きを!」


スノウは急かす僕をなだめるように、片手のひらを僕の顔の前に突き出した。


「それはね、雨が止むまで待てば良いのよ」


「おいおい、流石に馬鹿にしすぎじゃないの?」


「あら、お気に触ったのなら謝るわ。ごめんなさい」


彼女は完全に僕をからかって遊んでいることが判明した。


その上、棒読みの謝罪とはなおさら気分が悪い。


「ったく、なんだよ!本気で期待したじゃないか!」


「そう?私はかなり現実的だと思うけれど?特に二つ目は」


「へ?」


わけがわからない。


どうして、そんなに真面目くさった顔で雨を止むまで待つのが得策というのだろうか?


「私は別に悪くないと思う。こうやって話しながら、雨が止むのを待つというのも」


「そういう意味かっ!」


全く、どこまでが冗談でどこまでが本気なのかわからなくなる喋り方をするな!


「…ゴメン…私…あんまり、正直じゃないから…ね?」


なんでか突然スノウの顔がシュンと淋しそうな表情を浮かべた。


ここまでくるともう、わけがわからない。


ひたすら僕が首をひねっていると、彼女は…


「だから、カイだって嫌いになるよね…私なんか…」


と続けた。


なんだ、そんなことで悩んでたのか。


「違うよ。スノウ。僕は君を嫌ったりしないさ。君が僕を嫌いになってもね。僕が君に言ったキライというのは、嫌いとは違う意味の違った単語なんだよ」


「…本当?」


僕は力強く頷く。


「良かった…私、結構気にしちゃったよ」


良かった。


わかってもらえたようだ。


僕はホッと胸を撫で下ろした。


スノウは身体に溜まった、なんだか重い空気を口から吐きだす。


それから、スノウは


「じゃあ、どんな意味だったの?」


と身を乗り出した。


なんだかその様子がすごく可愛く見えた僕の頭の中はかなり重症かもしれない。


冷静になれ!


なんて自分にツッコミを入れたい気分だ。


「嫌いの、反対…かな」


「………」


まずいな、沈黙が僕の胸をグサグサと刺し貫く。


もしかして今、僕はすごいことをやらかしてしまったのでは?なんて考えながらもスノウの顔から目を離せない。


どこかで僕は期待しているのかもしれない…て、何かはわからないけれど。


そんな僕の目の前で彼女はみるみる顔をなんかもう火が出てくるとかいう騒ぎじゃないくらいに赤々とさせている。


そして、その火は今も温度急上昇中であった。


ああ、僕は取り返しの付かないことをしてしまった…どうしたら…。


恥ずかしさで頭がおかしくなりそうだ…いや、そもそもあんなことを言ってしまった僕の頭はすでにおかしいのかもしれないけれど。


「うん…私も、カイのこと…キライだよ」


スノウはやっとのことで口を開いた感じで、そんなことを言った。


キライ…イコール…嫌いの反対…イコール…好き?


自分で言ったくせに情けないけれど、うまく返されたものだ。


なかなかの心理戦である。


とはいったものの…スノウの表情は反則だ。


綺麗なその薄水色の瞳を潤ませて、赤い顔のまま、上目遣いで僕を見上げている。


これで、落ちない男はいないだろう…。


ここまでくるともはや殺人兵器の域である。


気がつくと、彼女の顔に近づいていた。


心の奥の方から、もっと彼女の近くに行きたい、もっと近くで見つめ、触れたい、と声が響いてくる。


それは抗いがたい力で僕を支配しようとした。


僕はいつの間にかスノウの方へ伸びていた手を、なんとか、少しだけ残った理性で止めることに成功すると、ふぅ、と一息つく。


そんな僕にスノウが首を傾げるが、僕はその端正な顔にお前のせいだー!なんてツッコミたい気分である。




と、その時。


「いつまでもいちゃついてんな!早く避難しろ!」


とクラスメートの一人、クラスをいつもし切っている背の高い男の子がかなり焦った様子で、荒っぽく教室のドアを開いて叫んだ。


「どうして?」


スノウが急に真剣な顔となって、冷静に状況を尋ねる。


見習いたいくらいの切り替えの早さである。


「今、不審者が入り込んでいるらしい!お前らも早く学校から離れるんだ!」


天邪鬼な僕は君こそ早く避難したまえ!なんて、嫌味な言葉が口をついて出そうになるけれど…それを押さえ込んで、


「伝えてくれてありがとう。じゃあ、スノウ、僕らも逃げよう!」


と言った。


「ああ、そうしてくれ!俺は他のクラスの奴を誘導してから行く!」


彼は勇敢にも自分の生命より他のクラスの生徒に警告する仕事を優先しようとしている。


正直、すごいと思う。


もちろん、信用はできないけれど、同時に、僕にはこんな真似はできない。


僕はただ、異常なこういう状況を楽しいと思うだけ。


現に今だって不審者と聞いて胸が高鳴っている。


自分でも、鼓動が高まっているのを感じるくらいに。


そして、そんな風に思うくせに、自分の命だけは大事なのだ。


いつだって、非日常を求める臆病者…それが僕という人間だった。


「うん。じゃあ、急ご!」


スノウの声とともに僕らは立ち上がって、そのまま、教室の教壇と黒板の間をまっすぐに抜け、ドアをくぐり、廊下にでる。


そうすると、一気に耳にこれまでにない音が響き始めた。


「おい、まだ見つからないのか!」


「赤いコートを着た者が入り込んだらしいぞっ!」


「腰に短剣をさしていると報告も入ったぞ!」


なんて真偽のわからない内容の叫びがそこかしこからあがり、それを聞くだけで学校全体がパニックに陥っていると予測がつく。


4000人も収容している大きな学校がたったの一人の不審者によってここまで混乱するとは…なんだかとても頼りないものだ。


なんて考えながらとりあえず僕はスノウと共に昇降口に向かって走り出す。


ここが四階だから、階段を三つも降りなくてはならない。


まあ、そう入っても上りよりは楽だ。


もしこれがかけ上がらなくてはいけない、となったら運動をほとんどしたことのない僕にはかなりキツイ。


まあ、そんな状況は不審者と鉢合わせしたりしない限り、起こり得ないけれど。


ダッダッと、足音を盛大にたてながら、僕とスノウは二階まで一気に駆け下りた。


しかし…


「見ーつけた!会いたかったわよー!ハワード!!」


そこから先を青く長い髪の先の方をピンク色の小さなリボンで結んでいる、赤いコートを着た女に行方を阻まれた。


いや、女の子と言うべきか。


勘、というより、顔からしてだいたい同年くらいの女の子だ。


えらいほど、顔が整っている、いわゆる美少女だけれど。


そして、彼女はどういうわけか、僕の至近距離にいた。


ゼロ距離と言うべきか?


まあ、端的に言うと、突然抱きつかれたのだ。


階段を降りようとした僕を、女の子が上手く身体で受け止めていた。


どうやってこんな風に支えているのかわからないけれど…。


でも、確かに僕の足は階段を降りる途中で止まっていて、そのまま地に足ついていない状態だ。


そんな僕を彼女は階段の半分辺りのところで、爪先立ちになって支えていた。


こんなの、とても人間にできるようなことじゃない。


それに、この女の子、さっき廊下で聞いた不審者情報に当てはまりすぎているし…なにより、近すぎるんですが…?


「ちょっ⁉あの…ち、近いんですけど…」


不審者かもしれない女の子と抱き合ってなどいられない。


すっごい美人だから嬉しくもあったし、柔らかかったけれど…。


自分の顔が赤くなっているのがわかる。


なんだか心臓の動きがとても早い。


「いいじゃない。久しぶりね。ハワード!」


彼女はぐっしょりと濡れた赤いコートを僕の身体にすりつける様に、抱きしめる腕の力を強くした。


傘なしで外を歩いていたのだろうか?


女の子の身体はコートの上からでもわかるくらいに冷えきっていた。


そんなの普通じゃない。


それに、ここら一帯にパルディア学院以外の学校なんて存在しないのだから、今この時間、同年代の女の子が私服で出歩くなんてことは絶対にない時間帯だ。


考えれば考えるほど怪しい。


しかし、抱きつかれたままでは、不審者かどうかの最終判断材料である短剣を、確認することができない。


「カイ!どうしてにやけてるのよっ!」


スノウの声がした。


でも、ツッコむポイント…そこ?


この状況が嬉しくない男子なんかいないだろう?…じゃあなくて…。


「ちょ、見てないで助けてくれよ!この子、力がものすごく強くて離れないんだ!」


そうだ!僕は今不審者に襲われてるのかも知れないんだぞ!


「そんなの嘘よ!もう…カイなんてしらないんだからっ!」


ああ、本当に話のわからない子だな…。


「わかったよ!知らなくていいから、彼女の腰、見て見てくれ!」


半ば切羽詰まった様子で僕がお願いすると、流石にスノウもしたがってくれた。


「こ、腰…?…あ、ああ…これって…本物の短剣?」


スノウが怯え切った声を上げた。


チッ!やっぱりそうか…じゃあ僕はとてつもなく危険な状況下にあることとなる。


男としては喜ばしいけれど…命には変えられない。


でも、どうすれば彼女の腕の中から抜け出せる?


現状を見ただけで、彼女の膂力がとんでもないことはわかっている。


僕なんかでは到底太刀打ち出来ない力だ。


それに、彼女は僕を片手で、僕の両腕の上ごと抱く形となっているため、彼女のもう片方の手は自由に動かせる。


つまり、今彼女は僕をいつでも殺せるという状況を作り出していた。


幸い、まだ殺気も、悪意も、敵意すらも全く感じられない。


一つだけ、引っかかったのは、僕のことをどうやら誰かと勘違いしているかもしれないということだ。


ハワードとは…あの、戦争終結の立役者であるロイ・ハワードのことか?


でも、彼は戦争終結後すぐに表舞台から姿を消し、今では生き死にもわからない人物のはずだ。


「ハワード?どうしたの?せっかく会いに来たのに…私よ?リリアなのよ?青髮のリリアよ?ねえ、ねえ、ねえ…」


彼女はまた、僕をハワードと呼んだ。


それに答えられない僕に、彼女はみるに耐えないような、辛そうな顔をした。


見ているこちらまで、辛くなってしまうような、身を切られるような痛み、悲しみがそこにはあった。


僕はその変貌ぶりに、戸惑ってなおさらわけがわからなくなる。


そして、そんな僕の戸惑いなどお構いなしに、彼女は何を思ったか、ポカポカと僕の頭を殴り始めた。


「バカッ!ばかっ!馬鹿っ!ハワードの意地悪!ろくでなし!この…この…この…」


すごくいたい。


一発殴られるごとに意識が何処かへ飛びそうになる。


頭を鉄製のパイプで殴られているみたいだ。


ガーン、ガーン、ガーンと、痛みとともに金属音みたいな音が、頭の隅々にまで響く。


もういっそ、意識が飛んでしまった方が楽かもしれない…なんて考えてしまう僕は痛がりなのだろうか?


「やめて!カイが死んじゃう!」


短剣に怯えていたスノウが女の子にすがりつく。


どうやら、僕が苦しんでいるとわかってくれたらしい。


心配は嬉しい。


でも、こいつは本当に危険だ。


この子となんていってられない。


僕がいくら体に力を込めても、予測の通りビクともしないし、そんな力を扱っているのに、一向に疲れる様子をみせない。


つまり、自らの力を心得、それを自由自在に操っているのだ。


只者ではない。


「スノウ、ダメだ!こいつは本当に危険な…ッ!?ガハッ!」


突然今度は腹を殴られた。


その威力は凄まじく、腹筋だけではとても太刀打ちできないものだった。


身体がくの字になり、肺から一気に空気が抜けてしまった感じがする。


それでも、僕はまだこいつの腕から逃れることができない。


「いくらハワードだって、私をこいつ呼ばわりは許さないわっ!」


「それに、邪魔なのよッ!」


さらに、不審者は僕を支えている方の腕に絡みついていたスノウの腹を、片足で蹴り上げる。


「…ッ…痛いっ!?痛いよ…カイ…」


スノウが僕の目の前で、蹴り飛ばされて、階段を転げ落ちて行った。


ドンドン、ガタン、と大きな音をたてて、落ちていく。


彼女の悲鳴が聞こえた。


短く、細く、弱々しい。


その時、頭の中で何かがブチ切れる音を聞いた気がした。


僕の頭を怒りが支配したのだ。


際限のない、無限の怒り、収まることのない、逆上の嵐。


それこそ意識が飛びそうなくらいの怒りである。


漫画のように、クソッ!とか、コイツ!なんていう言葉に置き換えることなんかできないような途方もなく大きな怒り。


目には見えない何者かが僕の体を勝手に動かすような感覚。


僕の腕はいとも簡単に女の腕を振りほどいた。


僕は無意識に口を動かしていた。


否、動かされていた。


「リリア、お前がまさか私に横暴を振るうとは予想の外であったぞ!」


勝手に開いた口は、動き出した舌は、止まらない。


「いくらお前でも、私の宿主を傷つけるというのであれば、容赦はしない」


僕の体はさらに勝手に動き、女にボカッ!といい音のする鉄拳を浴びせた。


これはいいと僕は思った。


しかし、容赦しないと言ったわりに威力は低過ぎた。


親しい者を小突く程度のものだった。


その上、なんで勝手に身体が動くのかわからないのはやはり不気味だ。


まるで、誰かに操り糸でいいように動かされているような感覚。


体の全運動神経がその操作に委ねられ、かろうじて、思考だけが残されている、そんな状態だった。


「ごめんなさい…ハワード…久しぶりに会ったのに、忘れられてたとおもったら、つい…」


女がもう一人の僕の目の前でシュンとなった。


なんだか一回り小さく見える。


で、スノウは?スノウはどうなった?


僕はスノウが転がって行ったであろう階段の下辺りをみようと首に力を込めたが、どうやっても首はそちらを向こうとしなかった。


完全に操られているのだ。


しかし、どうやって?


くそ、何もわからない…。


それにどういうわけか、少しずつ意識が薄れていく。


頭の中にどんどんもやがかかっていくような感じだ。


まさか、意識がなくなった時、僕は完全に乗っ取られてしまうというのではないだろうか?


その可能性を拭えず、必死に耐えようとした。


「それにな、リリアよ、さっき蹴り飛ばした女は、お前の仲間となるべきものなのだぞ!その目は節穴か!」


僕は自分の口をついて出た言葉に困惑した。


スノウが仲間となるべきものだと?


不審者の仲間だって?


意味がわからない。


自分の口から自分のわからない言葉が紡ぎ出されるなんてとんでもない皮肉。


なんて、思っては見たものの、結局、そこで僕は意識を失ってしまったのだった…。


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