73その程度
「いいんですか?仮にも白い翼を持つあなた方が、その程度で」
男は不敵に、不遜に笑った。
しかし、その実力は本物だった。
しなやかな身体は一握りの無駄さえなく動き回り、的確に対峙する二人の急所へと打ち込まれた。
それはもう容赦なく、防ぎようのない速さで。
男の背丈と同じくらいある太刀が風を切り裂き、またも目の前の並んだ敵へと襲いかかる。
間合い数メートルを簡単に突き破る突きはしっかりと敵に突き刺さる。
だが、それは陽動だ。
よもや彼らは自らが不死身であることを理解していた。
自らの身体を陽動に、敵を追い詰める。
「そちらこそ、二体一では分が悪いだろーが、よっ!」
その脇腹に突き刺さった太刀を掴み取り、ドランはぐいと引き寄せた。
その片腕には戦場ゆえに無数に落ちていた遺留品の一つである小刀が握られていた。
これでしまいだとばかりに一気に腕の筋肉を爆発させる。
生まれた力は面白いくらい簡単に金髪の男を引き寄せるが、それはアラン自身ではなかった。
「見え見えの戦法が通用するとでも?」
そうして、刀から手を放したアランはその場で拾い上げた適当な得物をそちらを見もせずに投げつけた。
それは見事に彼の背後へと回り込んでいたネロへと突き刺さった。
「いったいなぁ…」
だが、ネロはそのまま、アランへとつっこんでいくが、それもまた、横薙ぎに振るわれたアランの武具により、完全に防がれた。
白翼を展開し、飛び上がった勢いのままの最高速の攻撃をタイミングを外すこともなく、膂力で負けることもなく、アランはなぎ払った。
「ちぃっ!何だこいつはぁっ!」
ネロが柄にもなく叫び、そのあまりの音量に大地がビリビリと音を立てた。
それは、天上の力。
地上界において、真似することのできない力によるものだ。
しかし、故郷を同じくするアランもまたその力を有している。
彼が臆することなどなかった。
彼からすれば、それは負け犬のとおぼえ程度のものにしか映らない。
「残念ですよ。歯ごたえがない。これくらいなら普通の人の方があなた方よりずっと魔女殺しに向いてますよ?きっと」
反動の勢いに負け、地に跪いたドランと空中で叫び声をあげるネロを順にゆっくりと見回し、アランは皮肉と余裕のたっぷりと入ったセリフを吐いた。
その額には汗一つ浮かんでいない。
「シュンレン…こいつはやべぇ。かなりやるぜ」
ドランが大声でネロへと声をかけるが、それは届かない。
久しぶりの戦闘への楽しみと、完全なる敗北感とのせめぎ合いに巻き込まれたネロはただ、絶叫していた。
その言葉、いや、その発音一つ一つが地を揺るがし、風を巻き起こす。
「仕方ない。うちの大将があんなんだから、俺が相手してやる」
ドランは半ば飽きれながらネロを見上げ、言った。
すっくと立ち上がり、アランの長刀をその手に構える。
「いいんですか?二人であの程度のあなたがたが、別れてしまっては、もともとないに等しい勝ち目が本当になくなってしまいますよ?」
「言ってろ。勝負は計算問題じゃない。百パーセントなんてありえねえんだよっ!」
ドランが上段に構えた長刀をそのままに、アランめがけ、その背の白翼の勢いに任せて、突っ込んだ。
「せめて、奇策を用意してください。同じことをやっても、無意味ですよ」
アランはドランの最高速の突きをあっさりと交わし、その横をすり抜けるようにして、背後を取ると、諦め掛けたドランから自らの長刀を奪い去る。
そのあまりに鮮やかな手つきのせいか、ドランはその得物がなくなっているのに気がつくまで、若干のタイムラグがあった。
そこへ、アランが反撃する。
「なっ!」
「ダメですよ。敵に背後なんかとられちゃ」
アランはドランの耳元で囁くようにいう。
その腕が、『通り抜け』によって、ドランの胸の中心を通り、突き抜けていた。
ドランにしっかりとそれがわかるように、悪趣味に手を動かす。
「いくら不死身でも痛みはあるんでしょう?ほら、冷や汗かいてますよ。さっきのは痛かったでしょうから」
そういいながら、利き腕の方に持った長刀でグリグリとドランの傷をえぐる。
「ダメですよ。ちゃんと演技し切らなきゃ。種明かししてしまったら、途端に手品は面白くなくなってしまいますから」
「ぐがぁっ!…はぁはぁ…お前…俺たちの仲間じゃないのか?腐った世を変えるんじゃないのか?」
ドランの心臓がどくどくとはねていた。
それは痛みのせいかもしれないし、得体のしれないアランという男の存在に対する恐怖のせいかもしれなかった。
頭上では、まだ『叫び声』が続き、大地をびりびりと破かんとする。
「腐った世?ああ、そんなことを言ってた時期もありましたっけ。でも、もういいんですよ。私はベティさんの虜です。恥ずかしながら、一目惚れです。そんな私があなた方、ベティさん暗殺部隊を敵とみなすことが果たしておかしいことでしょうか?」
「あの女はっ!あの女はこの世を永久の戦場にしている、魔女だ。いや、魔女なんてものではない。悪魔なんだぞ?」
「それがどうしました?私だってこんな世の中好きじゃありませんよ。救うとかそんな綺麗事で済ませられるものではありません。滅んだっていいじゃないですか。別に。こんな世の中。腐った世なんて」
「お前は…」
「あ、すみません。あなたにもう発言権はありませんよ。でないとこの腕を実体化して、今すぐにでもあなたの心臓をひねり潰しますよ?」
「…っ…!」
「いいですね。わかります。痛いのは誰だって嫌ですからね。でも、残念。私、あなたが邪魔なんですよね。さっきも言ったとおりっ!」
アランが通り抜けをとき、一気にドランの心臓を潰さんとした瞬間だった。
キイーンという音と共に、とても視認できない速度でそれは飛来した。
長い戦闘のさなか、血にまみれ、錆びつき、元の色を失ったそれは槍だった。
それは、アランが気づく間もなく、アランの肩胛骨の左の方から、右足の先までを見事に貫き、ひどく趣味の悪い串刺しにした。
「ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
アランがけたたましい悲鳴と共になすすべなく、ほとんど垂直に倒れこんだ。
棒倒しの如く。
その刹那、力を失ったアランの左腕がするりとドランの胸から抜け落ちる。
「がはぁっ⁉はぁ、はぁ…はぁ…お、俺…まだ生きてる…」
ドランが息の上がったまま、立ち尽くす。
「当たり前でしょ。僕らは不死身なんだから。ふぅ…全く、手間取らせやがって」
ネロがアランのすぐそばまでいくと、その身体に突き刺さる槍ごとこのっこのっと踏みつけた。
「はぁっ、はぁっ…し、しかし、これは、どうゆう…わけだ…ネロ…」
ドランが生きも絶え絶えで問う。
わけがわからないとばかりに。
そんなドランに呆れ顔を向けたネロ。
「あのさ…おじさん、わかってないよね。僕が未来読めるのさ?」
「はぁっ…ま、まさか…」
そこまで聞いて、ドランが目を見開いた。
しかし、辛いのか、その場に倒れこむ。
「そうだよ。そいつの能力を把握しておいた。で、おじさんに陽動になってもらったのに」
「陽動って…はぁっ…はぁ…お前…なぁ…」
笑う元気もないドランは口元を無理やり歪めた。
精一杯の強がりだ。
「そいつ、人の心が読めるみたいなんだ。戦いにはいる前、もうそいつが見えた時点で、一応能力を把握しておいたおかげでわかったけど。もちろん、完全には無理だから、あんな無茶につっこんだりとかして探ってみたけどさ」
「だ、だが、はぁ…さっきの叫びは…はぁ…はぁ…どうして?」
「あ、それはさ、あれだよ。そいつの心の読める範囲がだいたい把握できたから、その圏外から攻撃しないと勝ち目なくてね。それで、キチガイになったと思わせて、空中に逃げたんだ。まあ、心をさけびでいっぱいにしておきたかったのもあるんだけどさ」
「だが空中行ってからも…はぁ…はぁ…その、叫び続けてたろう?」
「あれは、力を体にねじ込むため。僕の力は『声』に同調して強くなるらしくて。さすがにあの距離から投擲するにはただの膂力じゃ無理そうだったんでね。あ、あとおじさん、はぁはぁうるさいからもうしゃべんなくていいよ」
「…あ…はぁ…はぁ…」
ドランはしゅんとなり、口をとじた。
それでも漏れ出した息が面白い音を立てて、ネロを面白がらせた。
「で、初の投擲で、近くにいたおじさんを巻き込まないでターゲットを討ち取ったわけなんだよ。すごくない?僕さぁ!」
誇らしげに胸を張るネロ。
その腹からは切り払われたときの傷口からぼたぼたと血が流れていた。
「おまえも…はぁ…ボロボロだな…はぁ…」
「しゃべんなくていいから。もうおじさんの発言権ないから」
ムッとしてネロは答えるが、不死身とはいえ、消耗し切った身体の痛みと疲れには勝つことはできなかった。
そこまで言って、ぐらついた身体。
支えるものなど、この場にいやしなかった。
どうにもならない身体は少しずつ、その場に崩れ落ち…てはいかなかった。
「お元気ですか、御二方。私は、元気です」
なすすべなく、ネロは不意に伸びた男の腕に抱きかかえられた。
その光景を、ただ、目を見開き、見ているしかできなかったドラン。
ほとんど全裸の金髪碧眼の男だ。
その身にまとわりつくようなボロ布はネロが貫いた、男の白いコート。
その手にはあの長刀が握られている。
男の顔から、滴り落ちた血は、大地に吸われ、なくなる。
一つ、二つ。
しかし、男には取り乱す様子も、なにもなかった。
感心したような目で、腕に抱えた、ぐったりとしたネロを見据えていた。
「たいしたものです。私、ここまで追い詰められたのはいつ以来でしょうか?しかし…これじゃあ、足りませんよ」
男が不敵に笑う。
それは、戦闘前に見せたものとほとんど変わらない。
それは、ドランとネロ、二人の完全な敗北を意味していた。
ドランはかすかに動かすことができた拳を握り、息の上がった声で、くそっと吐き捨てた。
「それでは、お別れの時間ですね。さあ、お二人さん、さようなら」
アランがそう言い放ち、使い慣れた長刀を振り上げようとした瞬間だった。
その筋肉へと力がこもったその瞬間、それは起こった。
『ひと…く、い…魔女よ…永遠に…眠…れ…』
震えながらアランの首元に添えられた手。
息も絶え絶えに吐かれた言葉。
そして、光が、あたり一帯を包んだ。
莫大な、量の白。
あまりに洗練された、光を超えた光。
陽光なんかよりずっと強く、美しく、輝く。
墓石のように、無造作に突き立てられた剣の群れを、バラバラに散らばった鎧や兜を、まるで本来の輝きを取り戻さんとばかりに、強烈に照らし出した。
何もかもを作り変えてしまうような、一抹の恐ろしささえ含んだ光。
そこにあるすべてを塗りつぶしていくかのようだった。
これは、浄化だった。
この光の中で、邪悪なものがあり続けるわけがない。
そう、思わせる、そんな光景。
ドランはただ、なにが起きたのかわからず、口をぽかんと開けて見ていた。
それ以外にどうしろというのだろう?
わかったことといえば、その光がネロの手先から発せられ、金髪碧眼の男の存在がその光の中にかき消えてしまったということだけだ。
やがて、支えを失ったネロの身体が、ドサリと地に落ちる。
何もかもを使い尽くした。
そう、無言で伝わってくる、まるでタバコの吸殻のように、干からびて、いた。
まだ、光は収まらない。
それどころか、拡大しているようにさえ見える。
直進して、この世を浄化せんとしているのかもしれないとドランは無責任に思った。
馬鹿野郎、それが俺のやることじゃねえか。
そうして、この世の果てへと少しずつ消えて行く光とは裏腹に、だんだんと浮かび上がる男のシルエットに目を疑った。
まだ…終わらねえっていうのかよ!クソがっ!
「そうです。まだ最終回まで時間はありますよ。長くはありませんが」
少しずつ、遠ざかって行く光の作り出す景色の中、消せないシルエットとして残った男はようやく念願かなったとばかりに振り上げた腕、その手に握られた愛刀を振り下ろした。
ズパァン!
それは、肉だけを断つ、一撃。
嫌な音ともに、痛みと絶望をあたり一帯に振りまいた。
それから、男は狂気的に笑いながら、付け加える。
「不死の者の殺し方、私は知っていますよ。簡単です。命が壊せないのなら、心を壊してしまえばいいんですよ」
アランのツクリモノのように、整いすぎた顔から不意に表情が抜け落ちた。
だが、それに気がつくものなど、あたりにいるはずもなかった。
彼方へとただ進んで行く光。
それはもはや最終兵器ではなかった。
まるで、二人の中の希望が遠くへ、二度と戻ってこられない場所まで行ってしまった。
そんなことをただ暗示しているようにさえ、見えた。




