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the third  作者: 深雪
77/83

71天上の

タワーオブホワイト最上階、最深部。


パールにおいて最も罪の重い存在とされたものの行き着く先がそこだった。


立ち並んだ無数の檻。


しかし、そこにあるのはただの檻ではない。


それは、絶対に抜け出すことのできぬ、永遠の苦痛を見事なまでに体現していた。


中で罪人はありとあらゆる拘束具につながれ、生きる希望並びに死への諦めさえ与えられない。


ただ、自らの犯した過ちを悔やみ続けることだけを許された。


そこはまさに、地獄という名を冠するにふさわしい場所だった。


その『地獄』へとハワードは手を伸ばした。


それは一辺三メートルの立方体をかたづくる、無数の鉄棒の中の一本だった。


一概に棒と言っても、その表面は棘のような突起で覆われ、安易に触れることさえ許さなかった。


それは、なにもその一本だけでなく、その檻をかたどるすべての鉄棒が特殊な加工により、その棘だらけの、まるで茨のような造形だった。


なにより、外から中に投獄された本人を見ることさえままならない。


茨のようなその棘だらけの鉄棒がほとんど隙間なく、並べられていた。


これでは、壁と大差ない。


それらは、文字通り、外界を拒絶する。


とても、囚人を更生させるために用いるものと言えたものではない。


これは、隔離するためにつくられたのだ。


中に入ったものの気持ちが窺い知れない。


棘は例外なくかの英雄の腕をも突き刺した。


ざくりと肉に食い込んだそれは硬い。


ハワードは同時に、腕を襲うその痛覚に顔をしかめはしたものの、中にいるはずの親友のことを思った。


なにを思っている?


なにを考えている?


そう、心の中で尋ねておきながら、実際は、ハワードの胸に希望的観測などありはしなかった。


先ほどの言葉を言い換えるなら、


どれだけ苦しいか?


どれだけ気が狂ってしまったか?


そんな救いのない問いだった。


ハワードはそんな心うちの虚しさからか、聞こえているかもわからない親友へと…いや、よもや自分自身へと声を発した。


「ボス…お前はいつも、我の味方だった。周りがどれだけこっぴどく我をこき下ろしたとしても、お前だけはいつも、我のそばに居てくれたな」


英雄の声はどこかさみしげで、もはや、聞くものを求めていないかのような響きさえ含まれて居た。


それが意味するものは…彼の諦めかもしれなかった。


「なあ、今からお前を救い出すと言ったら、お前は信じるか?今の我は少しだけ力が戻っているからできないこともない。ただ、我が踏みとどまるのにもわけがある。我は旧友がお前と同じような目にあってな、冤罪でその中に入れられたことがあったのだよ。そして、その時も我が助けたのだが…そいつはもう…」


英雄は一度言葉を切り、なにかを振り払うように、頭を振ってから、続けた。


「死んでいたよ。命は助けられたが彼は…もうこの世にはいなかった。壊れていた。ようやく助け出し、その顔をこの両腕でひっつかんで、大丈夫かと大声で語りかけた。だが、彼の視線はもう、この世でないところを見ていた。それは、遠い記憶かもしれないし、ありもしない幻想かもしれない。うつろな目で彼は言ったよ。まだ、生きてるんだ…とな」


彼がまた、首を振った。


何かを、振り落とすように。


「だから、我には、正直なところ…お前を解放するのが怖いのだよ。以前と同じ、あれを見なければならないかもしれないと思うとな…」


そこまで言うと、それきり英雄は黙り込む。


誰も立ちいることの叶わない場所であるところのタワーオブホワイト最上階は異様な静けさを保っていた。


物音一つ、聞こえやしない。


まるで、投獄された者たちすべてが、すでに死に絶えてしまった…そんな錯覚さえ覚えてしまうほどに、それは恐ろしい静寂だった。


英雄はあと少しの勇気を持たず、その場であの棘だらけの鉄棒の痛みを感じながら過去と戦っていた。


そんなおり…不意にパタンと開く最深部への扉。


入り込んだものは…女。


いや、違うな。


英雄は思い直す。


こいつは…ベティ…か…。


「こんなところにまで混乱を振りまこうというのか?ベティよ」


「あらあら、そういうあなた様こそ、そんなに人間のお友達が大切なの?元は天上の神であるところのあなたが、下人の、それも、合いの子をそんな風に愛情を注ぐなんて…ああ、泣けちゃうわね」


女はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、戸口から、数十メートルあるハワードのもとまで一瞬で移動してしまった。


それから、ハワードの目の前に立つと、その顔に手を伸ばす。


「ここはお前のくる場所じゃない」


神は静かにそう告げた。


だが、有無を言わさぬ波動があった。


しかし、女は目の前にあってさえ、動じることも臆することもなかった。


ただ、そのあまりに優美に完成された顔を歪ませて言う。


「あなたの言いなりにはならない。私はあなたの呪いの言いなりなんだから」


「わかっている、だが…」


「いいえ、あなたはなにもわかっていないわ。私が今、なにをしようとしているのかも、あなたにはわかりようがない。あなたにはもう、その力は残されていないんですから」


「知っていたのか…」


「とっくに。それも、あなたがあのカイとかいう顔以外取り柄のない子に、神降ろしをしたのも知ってる。どうして?あれは私が受けるはずだったものよ。あなたが望んだから、こんな世界になったのに。こんな世界を私は保ってきたのに。いまさら、何が惜しくなったというの?」


「悪かったと思っている。しかし、我が本当に作りたかったのはこんな世界ではない」


「そうよ。あなたはそう言って五十年前もその姿を借りてまで戦争を止めたのよ。そして、あなたの呪い通りに、あの子が生まれた」


「そうだ。あの子はリリアはこの世界を救う唯一の救いだ。我は堕ちてしまったせいでほとんど力は残っていないが、あの子にはその力が宿りはじめている」


神はそこまで言うと、汚れものを払うかのように、女の手をはたき落とした。


「どうしてっ!!あなたが言ったから、私はっ!あなたの呪いのせいでっ!」


女が叫ぶ。


それはあまりに悲痛な救いのない響き。


その静けさゆえに、余計に最上階のフロアー中に響き渡る。


強く握られた女の腕が、ハワードの顔面を殴りつけようとする。


しかし、すんでのところで、その力は効力を失う。


神により成り立つ世界において、何人も神に傷をつけることはできない。


それは、堕天した神にさえおんなじことだった。


女はそれでも、力の奪い取られた腕を残った膂力で振り上げ、また殴りつけようとする。


だが、今度はハワードの手が自ら女の腕を掴み取った。


「やめろ。無意味なだけだ。お前は愚かな人間とは違うのだろう」


「こんなことならっ!愚かな人間の方がましよ!」


彼女は激情とともに吐き出した。


「私のことをただのおもちゃだと思わない方がいいわよ!今さら用済みになったからっておとなしく捨てられる私じゃない!」


そこまで言うと、ベティは身を引き、もときた方へと歩き、戻ろうとする。


その時、ベティを呼び止めたものがあった。


「待て!お前も、お前もこのゲームに疲れたのではないのか?だから!ここにきたのではないのか?」


神が柄にもなく叫んだのだ。


だが、かつて、最も神に近づいた女は立ち止まり、振り向きもせずにいった。


「言ったでしょう。私は、今のあなたのしもべじゃない。私の存在価値は混沌の中にしかないのよ。勝つてのあなたがそう望んだように」


捨て台詞にしては、妙に長い言葉の列を言い終えると、彼女はもう、動き出していた。


その足は確固たる方向へと踏み出されていた。


いましかない。


それは、この世界の創造主たる神にとって、痛いほどわかったことだ。


しかし、神には彼女を止める手だてはなかった。


かつて、神の気まぐれによって作り出された彼女は、その気まぐれに呪いのようにつきまとわれていたのだ。


そして、それを彼女が拒絶したとするならば、彼女の美貌が、力が、その存在自体が、一瞬にして、この世の塵と化してしまうから。


かつて、人の社会から意図的に隔絶されたものが、どうして人を救い出すために、動くことなどできようか。


そして、彼女の出て行った扉がもう一度開いた。


彼だ。



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