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the third  作者: 深雪
76/83

70叫び

すみません!遅くなりました…今回はフラメルさんとかの戦士のお話です。


あんまり登場しないので、忘れてしまった方も多いかもしれませんが…。


ともあれ、無事受験は終わったので…(合格発表はまだですが…)


これまでの目標だった一週間に一話のペースを戻していこうと思います。


最後に、暗い話ですが、楽しんでもらえたら、幸いです。

フィールドオブグレース、中央地帯。


いわゆる主戦場となっていたそこに、英雄と呼ばれた男がいた。


フラメル・ルート。


通称、『千本の鎖』。


おのが持つ力ゆえに、彼は自分に傷を受けることも、よもや敵の返り血を浴びることさえなかった。


その圧倒的な力は目の前の敵軍を彼の意思を介さず、そこいらの塵芥へと変えて行く。


それゆえ、彼のいる中央地帯ではほとんど勝利が決まったと言って良かった。


味方の死者はほぼゼロ。


代わりに、敵部隊の撃破、一万。


嘘のような好戦を続けていた。


しかして、彼はそこに喜びを得ることはなかった。


彼の頭に響くは仲間の歓喜の声ではない。


力をふるえば振るうほど、増えていく、悲痛な断末魔の嵐だけがそこにいつまでも残った。


彼は進軍中でありながら、その嵐から抜け出すことができず、今にも精神がやられてしまいそうな状況下にあった。


しかし、かといって、仲間の士気を下げるわけにもいかず、ほとんどなにも思われず、ただ崩れ落ちそうな心を必死に隠し、歩いていた。


その速度は進軍開始当初より、ずっと遅く、足どりはもっと重かった。


それはひとえに彼の気苦労だけのせいでもなかった。


彼と同様仲間たちも疲弊し切っていた。


無論、精神的に。


途中、死んだような目になり、ただ佇んだと思えば、いつの間にかいなくなっているというものの数も少なくなかった。


残ったものもみな、なにに対してか、頭を下げるように、あたかも自分の存在価値を呪い、その低さを提示するかのように、俯き加減となっていた。


士気と言っても、彼が気にするほどのそれはもう、彼らには残っていないと言ってよかった。


ただ、口にはせずともこの地獄の終わりを待ちわび、血に濡れた赤黒い自らの腕を見るたびに、途方もない罪悪感に見舞われる。


それが、彼らに出来たことだ。


それでもなお、彼らがその足を止めようとしないのは、ひとえに残してきたものたちのため、守るべきものたちのためだった。


無論、バーサーカーのような例外はいたが。


彼らの心をかつて一番に動かした、あの復讐の甘い毒は命の重みという苦すぎた解毒剤でとうにカケラも残ってやいなかった。


そんなおり、フラメルの横に立つ、ハーフ族の仲間だとする男が口を開いた。


「昨日は…悪かった。俺は…うわべだけの嘘つき野郎だ…」


片足をひきずるように言った男の目元は赤黒く腫れていた。


もとい、涙が原因であったであろう、それは違うもので上塗りされてしまった。


彼はもとはフラメルに突っかかっていた。


『どうして、そう簡単に、敵を殺すのだ!お前のような力のあるものが、そのようでは、どうしようもない!』


と。


彼は許せなかったのだ。


まるで、敵を殺すためだけにつくられたようなフラメルの力を。


しかし、息巻いた彼に力はなかった。


いや、その力は、あまりに足りなかった。


それゆえに、彼は知ってしまった。


己の口にした言葉の重みを。


フラメルが何故に全力で戦ってきたのかを。


だから、彼は謝るしかなかった。


「わかったなら、戦え。また言葉だけなら、今度は承知しない」


対するフラメルは手厳しい一言を返す。


それも、そのはずだった。


この主戦部隊において、少なからずでてしまった被害者はみな、彼のおかげで、生まれたようなものだったから。


「…ああ……」


彼が沈み込む。


彼はこの戦場において、最も気高いとさえ思われるまでの理想を、かつては抱いていた。


誰も傷つかず、この戦争を終える。


それは、彼が昔、出会った英雄になりたかった男が語った、英雄像だった。


しかし、その難しさを改めて知ったのだ。


そして、いかに英雄にならんとしたその男が偉大であったかを再確認したところだった。


そんな男をみかねて、フラメルも感情の抜け切った顔に少しだけ温度を戻す。


「私も昔はそんな風に理想を追いかけていた時があった。そのためになんだってやったつもりだった。だが、現実はどうにもならなかった。妻は死に、息子までも私の元を離れ、今はとりつかれたように、敵を殺すだけだ。この世界はむごい。まるで、大きな力で捻じ曲げられたようにな」


フラメルは打って変わって、饒舌になった。


溜まりすぎた鬱憤を体内に押さえつけておくことができず、それらを言葉として吐き出しているのかもしれなかった。


「そうか…あんたも奥さんを…」


彼もまた以前の痛みの記憶を少しだけ思い起こしていた。


二人は黙り込んだ。


それは、不意に思い出された、下手をすれば目の前に広がる地獄絵図より心にこたえるものかもしれないほどの苦痛を伴った記憶だった。


二人はただ、歩く。


なくした幻想や理想や大切なものを思いながら。


しかし、痛みは続いて行く。


この世界は呪われている。


そうとしか思われない。


ここまで救いのない世界があっていいのだろうか?


だが、二人ともそんな疑問は悩み尽くしていた。


そこから生まれるのは、後悔と、度重なる理不尽への当て付けのような結果論しかない。


そのことをよく知っていた。


だからこそ、再び二人に訪れた痛みは疑問となることも悩みとなることもなく、ただ救いのない痛みとして二人を苦しめた。


理不尽だ理不尽だ、理不尽だ。


二人は互いにそれだけを胸中で叫び、ザッザッと音を立ててかけてくる敵部隊を眺めた。


また、殺すのか。


また、死ぬのか。


また、また、また、また、また、また、また…。


彼らはよもや、英雄を待つしかなかった。


この戦争を今すぐにでも終わらせる、かの英雄を。


しかし、彼がとうの昔に死に、何をすることもできない場所へ行ってしまったことは、自明の事実だった。


そんな彼と同じように英雄になりたがった彼は思う。


英雄になりたかった。


そして、もう、身についたくせのようにいつの間にか振り上げていた自分の腕とその手先で握った棍棒を見て…その鮮血が乾き、いつぞやから黒色に染め上げられたのを見て、もう一度思う。


英雄になれなかった。


夢敗れた男たちは、武器を振り回す。


それは、ふるえば振るうほど、その重みをまし、何かを壊せば壊すほど、彼らの中の何かが壊れて行く。


そして、彼らは何もかもがなくなりかけている心でひたすら謝罪の言葉を吐く。


そこに、意味も何もないことを知りながらも、ただの戯れ言とわかってはいても、それをしないではいられなかった。


崩れ落ちそうな精神と体とを必死で大義名分で取り繕い、今日もまた命を奪う。


壊し、壊し、壊し、その分だけ壊されて行く。


ああ、英雄になりたかった。


ああ、平和を守りたかった。


懺悔のような言葉と共に、振り下ろされた武器が血を吹いて、身体に心に染み付いて離れない。


穢れが穢れを生み、それを取り繕うために穢れを作り出す。


それはまるで嘘のように心を蝕み、やがてすべてを穢れに変えてしまう。


帰りたい。


洗い流すことのできない穢れにまみれながら、彼らの心が叫ぶ。


血反吐を吐き出すような、魂を削るような、叫び声で。



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