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the third  作者: 深雪
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68終わらぬ夢

すみません…遅くなりました…。


見所は…今回はリリアが怖いです…はい。

フィールドオブグレース、最北端のポイントで彼女は見上げていた。


目先には早くも夜が明けつつある空が広がっていた。


白みだした空はこの戦争が二日目に入ったことを意味していた。


そんな空のしたで、することもなく、ただ、見上げる彼女は内心の憤りを抑えきれずにいた。


その痩身には何本も突き刺さった剣。


それらは既製品だが、使い手によってサイズが少しずつ違い、極端な場合は全く別種のものにさえ見えた。


また、そのせいか、彼女の身につけていた衣服はもはや、露出が高いだのという騒ぎを超えていた。


とてもではないが、人に見せられる格好ではない。


だが、ここは戦場だった。


赤みだした空を、こぼれそうなオレンジ色の光を、見つめる余裕があったとしたって、そこが戦場であることに変わりはない。


死に絶えたものを踏みつけ、追い越し、辱めを受けるものを、その場で斬り殺し、先へ先へと必死に足を進める、そんな場所。


彼女もこの場所のならいに従った大多数のうちの一人だ。


それは、もしかすれば、正しいことなのかもしれない、当然のことなのかもしれない。


生きるために。


殺される前に殺しました。


それでなにも間違っていないのかもしれない。


でも、そんなことを考え、敵を切り裂き、転がる死体の山や死にかけの負傷者の群れを見て見ぬ振りをし、その時々に安堵する。


そんな自分に、彼女は憤っていた。


彼に、ロイ・ハワードにどんな顔をして会えばいいのだろう。


せっかく救ってもらったのに、せっかく、あの荒野から手を引いてきてもらったのに…また、私は、ここにいる。


穢れのないまま、優しく包んでもらったのに、自分から汚してしまった。


もう…私は…


彼の手の中に戻れない。


帰れない。


私のしてしまったことは、決して消えはしない烙印として残る。


そして、私は、それを見るたび、罪の意識に苛まれ、自分が嫌いになる。


これは呪いだ。


苦しいよ…。


彼女は手を伸ばした。


縋るように、震えを必死で抑えながら。


今なら、届きそうに見えたのだ、その赤々と美しく、強く、優しい光へと。


でも、それはあまりにまぶし過ぎて、彼女は思わず目をつむった。


そうして、目裏に残った多彩な六角形の残滓を必死でかき集める。


でも、それはすぐに消えてしまう。


そして、目を開き、もう一度光を求めた空は、見計らったようにどんよりと曇っていた。


渦を巻く黒味がかった雲が彼女をあざ笑うかのように、形を急速に変えながら、それでも光を隠し続けた。


彼女は悟る。


自分にはあの雲のような穢れがこぶりついているのだ。


もう、引き剥がすことも、吹き飛ばすこともできない。


もう、決して、あの明るい英雄のいる世界へは戻れないのだと。


そうだ。


だったら、こんな世界…


彼女は諦めたように首を振った。


それでは、何もかもあの時と同じになってしまう。


それじゃあだめだ。


じゃあ、どうすればいい。


こんな時、ハワードなら…。


そこで少女は気がついた。


ハワードは今、どこにいるんだろう?


会う資格なんてない、そう思う、思うけれど、会いたくてたまらないのだ。


ああ、どうしてなの、ハワード。


あなたは一番会いたい時にいないんだから。


そんなことを思いながら、ずぶりと突き刺さった剣の一本を引き抜く。


腹の中で、残りの剣とかすれ、嫌な音を立てた。


ぎちちちち。


血になれない者が見れば、気絶必至の光景だが、あいにく周りに生き残ったものなどいなかった。


彼女は罪の意識をもう一度噛み締めようと、殺した者の命の重みを確かめようと、剣を抜こうとした。


されど、痛みはない。


わかっていたけれど、異常だと思う。


不死。


それは、ずっと以前からわかっていた特性だった。


でも、これは…もっと別だ。


痛みがないのは理屈からすれば、おかしいけれど、なんとなく感覚はつかめる話だった。


死がないのだから、身体が警告として痛みを出す必要がないのだから。


そこまでなら。


でも、超再生?


思い切り力を込めて引き抜いた剣。


噴き出した赤い液体。


灰色の砂地にそれらは吸い込まれ、やがて見えなくなる。


だが、それらはものの数秒後にはその姿をもう一度現した。


それぞれがそれぞれで意志を持つがごとく、人体のうちもとあった場所へと戻って行く。


「ああ…あ…ああ…」


彼女は頭を抱える。


私は、怪物なんてものじゃない。


もっと異質だ。


すっかり元どおりになった、腹部があまりにおかしくて、とてもではないが、自分のものとは思えなかった。


変わらない、身体状態。


やはり、ダメージはなかった。


ああ…化け物め。


お前は、進化しているのだ。


そうだ。


まるで、人の皮をかぶった…


彼女は諦めたように身体中の力を抜いた。


もう、やめよう。


彼女は自分のことを考えるのが怖かった。


でも、すぐには振り払えない。


私は…一体…なんなのだろう?


風が吹き、乾いた空気が彼女をたたいた。


なびいた髪が、彼女の目に映る。


染めてもいないのに、鮮やかな青色であり続ける、髪。


日の光など浴びずとも、いつだって輝いていた。


まるで、ツクリモノみたいに。


「教えてあげましょうか?」


不意にした背後からの声。


驚きはしない。


ここは戦場だ。


誰がどんなタイミングで襲いかかってきたとて、おかしくない。


だが、なぜそこに言葉などが必要なのだろう?


敵の背中を取れば、勝ちだ。


敵が気づいた時にはもう、そいつの命はなくなってる。


それなのに…そうしない、者。


仲間の援軍?


いや、それはない。


司令部がなぜか指示を出してこないという噂通りだとすれば、援軍がくるはずもない。


じゃあ、誰だ?


そもそも正体よりセリフがおかしかった。


まるで、私の心を見透かしたような…。


彼女、リリアは考えるのをやめ、おそるおそる声の方へ振り返ろうとする。


それでも、嫌な予感がした。


むしろ嫌な予感しかしない。




それでも、割り切り、転換した視界の中に入ったのは、美女。


身にまとった着物には紫の布地に大輪の赤紫色の花が乱れ咲いていた。


ただ、着物をきこなしているだけで、女であるところのリリアでさえ魅了されてしまうほどの艶かしさを演出していた。


きっと、上物ではない、ただの着物が、まるで…最高級品のように美しく、映える。


その容姿については、もう、何も言うまい。


語ろうとすればするほど、言葉の足りなさゆえに、その価値を下げてしまうようにさえ思われた。


こんなに綺麗な人、見たことが………


そこで、リリアは考えに詰まった。


慎重に記憶をたどる。


取り柄とも言える、優秀な記憶力の限りを尽くして、情報を集める。


何かの演出のように、陰っていた空がぱあっと開けたと同時に、リリアにはわかってしまった。


あの、夢。


あの、幸せな時間。


裏切り。


「久しぶりね、リリアちゃん。五十年ぶりかしら?」


女は艶やかな声で懐かしそうに言う。


恍惚としたその表情は見るものをやたらと不安にさせた。


ここは夢か現かわからなくなる。


とてもではないが、こんな感想はしょっちゅう覚えられるものではない。


「ああ、ベティ…どうして?」


口をついてでた言葉のなんと愚かなことか。


わかっていた。


私は…


「あなたは私の大切な部品なのよ。リリアちゃん。だからね、そんな風に体を傷つけたりはしないでちょうだい」


ベティは笑う。


人を食ったリリアをあざ笑う笑み。


彼女をスポットライトのように照らし出す陽光がその存在感をさらにます。


まるで、演劇の舞台を見せられているかのような情景の中に、一人、浮いていた。


そう、彼女は主役で私は…


「脇役?ううん、小道具よ」


そう言うと、女は続けた。


「ねえ、リリアちゃん。知ってる?私ね、本当はあなたのこと大嫌いなの」


リリアの表情がみるみる凍りついて行く。


読まれた心。


まるっきり、肌から温度がなくなったような感覚。


ベティは目を細め、これまでのしたしげな雰囲気を全く消し去った、その瞳で告げていた。


そこにある感情は、底がなく、暗い。


「だって、そうでしょ?小道具が主役より目立っちゃ、舞台が台無しじゃない」


氷のような眼差しでベティはリリアを射抜く。


それは、あまりに効果があり過ぎた。


「あ、ああ…」


リリアは怯え切り、後ずさる。


その足元がぐらついていた。


収まらない震えと戦っているように見えた。


額には意識せずともわかるほどの水量の汗が浮かんでいる。


「あらあら、ごめんなさい。怖がらないでよ。私だって、あなたに何かしたって無駄ってことぐらいわかってるもの」


そこで一度言葉を切り、さらに強い口調で女は語った。


「ただ、いい?主役が誰なのか、それだけはちゃんと覚えておきなさい。今さら何をしようが、あなたには何もできないわよ?この魔女が」


呆気に取られ、目を見開いているリリアにできたことはただ、少しでも本能に従い、ゆっくりと後退することだけだった。


なんの…こと?


一歩下がるたびに、ざざ、ざざと砂が音を立てた。


そんな様子を見て、ベティは、


「また会える時を楽しみに待ってるわ」


それじゃあ。


それだけ言い残し、魔女は仰々しく片手を振った。


すると、一瞬でその姿はこのフィールドオブグレースの閑散とした情景から、かき消えてしまった。


取り残されたリリアの体はまだ、震えていた。


照らす対象をなくした陽光は仕方なく、万物へとその光を提供した。


空はひらけた。


身体がかあっとなるようなその熱量はしかし、リリアの冷え切った身体を温めるまでにはいかなかった。


遠方でガラリと音を立て、死者の鎧が崩れ落ちる。


同じように、足から力が抜けてしまったリリアは支えを失い、倒れこむ。


舞い上がった砂が否応無くその気管に入り込み、むせかえる、リリア。


「ごほっ、ごほっ…。ベティ…」


まだ、夢は終わっていないんだ。


咳き込みながら、リリアは考える。


これからは…それもただの夢では済まない気がした。


夢は、一歩間違えれば、悪夢となりえるのだから。


ゾッとするような寒気と、それに矛盾する、何かを期待するような弾けた気分が痩身を駆け抜ける。


そう、初めて彼女と出会ったあの日のように…。


これから、何が始まるのだろう。


不意に遠方からガシャガシャという甲冑の音が聞こえてくる。


ああ、始るのだ。


私はまた、あなたと離れて行く。


ねえ、ハワード、どこにいるの?


あの日みたいに私を救い出して…


でないと、もう…本当に、帰れないかもしれない。


だって、私は夢が嫌いじゃないんだもの。


怒号とともに、敵軍が一気に攻め入ってくる。


その数…星に同じ。


リリアは身軽なその身体を起こし、突き刺さった剣のうち二本を引き抜いた。


もう、彼女の身体からは血も流れない。


いつの間にか結わえていた髪飾りが取れ、振り乱した髪はより一層青く輝いた。


五十年。


私はもしかして、あなたを求めていたんじゃないのかもしれない。


私が本当に欲しかったのは…


リリアは駆け出す。


残像のようにその背から青い光が尾を引いた。


その速度はもはや人のものではない。


「な、なんだ…あれは…」


「単独で突っ込んできますよ!」


「馬鹿なっ!ここは敵軍の全滅が確認されたポイントだぞ!」


慌てふためく敵陣営。


すでに大将と見える中央の赤い甲冑の男は、逃げ腰になっている。


ごたごた言わないで逃げたらいいのに。


「りゃあああああああああっ!!」


雄叫びと共に、駆け抜ける。


敵陣営の縫い目をかいくぐり、太刀という太刀を全てかわし切った。


やはり、以前より、よく見える。


自分のものじゃないみたいに。


いや、それでいて、普段よりしっくりきている気さえする。


突然に走った青い閃光に、もう眼前の軍隊は倒壊寸前だった。


あちこちから、悲鳴が上がる。


だが、まだリリアは剣を使ってなどいなかった。


すんでのところで思いとどまったのだ。


私と彼らは違う。


私に彼らが殺せても、彼らが私を殺せることはないのだ。


つまり、もし私が剣を使い、彼らを殺してしまったなら、それは…私が一方的に殺戮を行っているだけ。


そうだ。


どうしてこんな簡単なことも気がつかなかったんだ?


戦う必要なんてなかったのに。


彼女は歯噛みする。


自分の愚かさに、反吐がでた。


しかし、一方で理解できる心理もある。


仲間の敵討ち。


だから、私は…。


でも、もうやめだ。


それは、新たな火種を生むだけ。


彼女は悠然と振り返り、顔に張り付いた髪を大仰な動作で振り払った。


「お手合わせ願えるかしら?」


口元に不敵な笑みを浮かべた彼女は本当に童話の中から飛び出してきた魔女のように見えた。


その、いで立ちもまた、そのぽさを増していた。


なんといっても、彼女は今、ほとんど、裸に近かった。


だが、それは、男たちの性欲をかき立てるような類の低俗な美では済まなかった。


浮世離れした、その語り尽くせぬほどの美貌はまるで、あの女…ベティに近いものさえあった。


敵軍はそんな彼女に恐れをなし、動きを止めた。


うまく行った。


そう、思った彼女は口元に本当の笑みがこぼれるのを感じた。


しかし、すぐに気がつく。


こんなにうまく行くはずがない。


それに、なぜ彼らは?


闇を使わないのだ?


そうだ、おかしい。


闇を使えば、今くらい遠方からでも…。


…何かが動き出しているのかもしれない。


大きな計画やら、存在やらが。


やはり、あのベティが…。


リリアはそれでも、考え事は振り払い、もともといたところへ、またあの閃光と共に走り戻ると、敵陣をさらに後退させるよう、誘導する。


身体中にまとう風が妙に心地よかった。


「ねえ、誰か、いないの?」


手を腰に当て、小首をかしげながら言う。


口元にはあの余裕にゆがんだ笑みをたたえて。


とりあえず、これが小道具にできることだよ。


ねえ、ベティ?



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