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the third  作者: 深雪
71/83

66距離

看護用毛布の上に、彼女はいた。


仰向けに寝かせられた身体はまるで自分のものではないかのように、ほとんど動かない。


そんな彼女にできることは、ただ空を見上げることだけ。


そこからは空がとても近く見えた。


晴れ渡った空に、まるで黒い布の上に光玉をちりばめたみたいに、星屑が溢れて、とても綺麗だった。


そこには屋根がなかったから、仰向けになっただけで空が見える。


急ごしらえのテントからもあぶれた場所。


ここにはすぐそこに、明るい夜空があった。


もちろん、この扱いは誰かの意図などではなく、これが今できる一番応対なのは彼女も承知済みだった。


それだけ、被害が大きかったのだ。


そんなことを彼女は実感した。


実際に見てきたのだから、再確認というべきかもしれないけれど。


何度も消えかけた意識がまた遠のかんとするが、毛布越しに背中に伝わってくるゴツゴツした感触が妙にリアルで、彼女を現実から逃がさなかった。


そうして、結局逃げ場がなくなった彼女は傷の痛みと向き合うこととなる。


あまりの痛みに悲鳴をあげそうになるのを堪えて、ただ歯を食いしばった。


みな、そうだ。


なにも知らなかった。


ほんの小さな切り傷が、打撲が、擦り傷が、こんなに苦しいものだなんて。


ただ、感情に任せ、敵を殴り、殴り返され、敵を切り、切り返された。


どうして、こんな単純なことに気がつかないのだろうか、と思いながら、ぽっかりと浮かんだ月を見つめた。


満月だった。


まん丸く、満たされ、それを覆い隠すものもなにもありはしなかった。


あまりに完全なその存在感に、それが放つ光より他にまぶしさを感じてしまうほどだった。


月を見上げるなんて、いつぐらいぶりだろうかと思った。


少し、首を曲げると、自分の髪の毛が月明かりを受け、普段より一層赤色に輝いて見えた。


よく、父親が言っていたことを思い出した。


「お前の髪は誰よりも綺麗だ。だが、そんなものが誇れたとてなんの意味もない」




頭の中でばさっという音が聞こえてくるような気がした。


「やめて!切らないで!」


幼少の頃の声が響く。


いつだったかは忘れてしまった。


でも、決して忘れることはできない、記憶。


「お前は…お前は…たった一人の跡取りだ。だのに、どうしてっ!どうして…女なぞに生まれてきた…」


父の落胆する顔が浮かび上がった。


あの時はまだ髪の毛も真っ黒で、白髪なんて一本もない。


黒い羽織を見事にきこなしていた父。


そして、目の前に座らされ、ただ、行方になにもありはしない言葉を埋め込まれた。


「我々、レッドウィル家当主は古くから武芸の達人であるのが定めだ。それは、人がまだ王国を作っていた時代の話から、変わらぬ。時の王、ウィリアン様より、武芸の腕を認められ、宴の席に招かれた時より始まった我らがレッドウィル家は代々その武芸の腕を引継ぎ、伝えてきた」


父がぐいと髪を引っ張り上げた。


びりびりと地肌が痛むのをこらえ、叫んだ。


「じゃあ、武芸を習わせればいいじゃない!女でも、やれば…」


「ならん!先代も仰られた。当主は男でなければならないと。女が一度、舞えば色気しか振りまけんとな」


父の上から押さえつけるような声。


すかさず言い返していたのを覚えている。


「わからないじゃない!」


「ふむ。そうだな、わからん。それに、ライヤももう子は産めん。そこまでいうのならば試してみるか」


「うん!だから、髪は…」


「必要なかろう。お前は今日から男となるのだからな」


ぱつんっと音がした。


とたんに頭が軽くなった。


もう、痛みもなかった。


しかし…


私は焦って後ろ手で髪の毛を確かめた


半分もなくなった雑な毛先のザラザラとした感触だけが残った。


「似合うぞ?レイピア」


「…う、うう…うわあああん!」


泣いた。


おそらく、何年か分くらいどっと泣いたはずだ。


それだけ悲しかった。


そして、なにより、その時の父が怖かったのだろうと思う。


「自覚することが大切だ。自分は何者であるのか」


泣き叫ぶ私の前で、父はたんたんと告げた。


「お前はレイピア・レッドウィル。レッドウィル家の長男であり、一人息子だ」


ふふふ、と父が笑った。


見上げた時、苦味のきいた父の顔が意地の悪い笑みで歪んで、とても、まともには見えなかった。


恐怖ゆえか冬だというのに全身がぐっしょりと濡れていた。


されど、張り付く衣服など気にしていられはしなかった。


身体がガタガタと震えて、歯はガチガチとなり出す。


全身が壊れた楽器みたいに様々な音を奏でていた。


それでも、目は父から離せなかった。


右手に鈍く光る銀製のハサミを。


左手に月明かりを綺麗に反射する赤色の髪の毛を。


「それから、次は実践だ。自覚さえあればどうともなろう。しかし、条件は多々あるがな。とりあえず…まあ、明日からみっちり鍛えてやるから覚悟しなさい」


そうして、始まった、過酷な日々。


父は…もともと厳しい人ではあったけど…稽古は普段とは比べ物にならないくらいに厳しかった。


その度合いは、私からすればもう、日頃の鬱憤を晴らしているだけなのではないか?私を苦しめるためだけにここまでやるのではないか?そんな、気がしてしまうほどだった。


基礎、基礎、基礎…何週間もその繰り返し。


稽古のあとはもう、身体中のどこにも力が入らなくなって、ただ、その場に崩れ落ちているしかできなかった。


毎日繰り返される稽古に一日たりとて休みはなく、友人と遊ぶことも、勉強をすることも、趣味に時間を割くことすらゆるされなかった。


まあ、たとえ一日の休みが許されたとしても、ただ、一日中、疲れた体を休ませるので精一杯だっただろうが。


無論、何度も逃げ出そうと思った。


しかし、敵は父親なのだ。


つまり、逃げ出すということは家を出るのと同義だ。


そうなると、まだ十代の私が家から飛び出してなにができるというのだろう?と考えた私はそもそもの父親には負けたくないという気迫とあいまって、むしろ、稽古に没頭して行くこととなった。


すると、だんだんと成果も上がってくる。


どんな人間だろうと、長い時間を割き、力を込めた分野で進歩がないはずなかった。


私の才能いかんはわからないけれど、数年明け暮れたのち、私の身体は自然の摂理か、稽古に慣れてきていた。


もう身体中から力が抜けて、倒れこむこともない。


それに、初めの頃は厳しい指導をただ静かに告げ、私をただ監視していた父親も大声をあげたり、興奮するように、なってきていた。


それを、私は自分の力がついてきたからだと喜んだ。


もちろん、口には出さないし、態度にも示さないようにしたけれど。(だって、そんなの知られたら恥ずかしいし)


どこかで、褒めて欲しい。


そんな欲求があったのかもしれなかった。


いや、もしかすれば、私が女として生まれてきたがゆえに、私を嫌っていた父と唯一一緒に熱くなれた瞬間が嬉しかったのかもしれなかった。


だけれど、そんなのはただの思い込みだった。


ついに、数年後のある日、父は話があると私を呼び出した。


そして、普段の稽古とは比べ物にならない平坦な声でこう言ったのだ。


「これまでやってきて、わかった。お前には才能がある。だが、それはあくまで女としてだ。やはり、女では男と同じようにはいかん。もう、やめた方がいい」


「っ⁉」


私は文字通り言葉を失った。


自分がなにを言おうとしたかもわからなかった。


ただ、そこにはひとかけらの救いもなかったのは確かだった。


その時、私は、私の努力を、数年間の努力をまるまる、完全に、否定されたのだ。


付き合いが悪い、と友人たちは私から離れていき、あまりに出来が悪すぎる、と学校の担任の先生皆から嫌われた。


それでも、続けた。


そのために何もかも犠牲にした、私の努力の結晶を、たった一つの救いを、父は一瞬で消し飛ばしたのだ。


その時、私はなにも口をきけず、ただ、家を飛び出したのだ。


しかし、昔考えたとおり、何も知らない、何も持っていない十代の娘が家出などしてなにができるのだろう?


事実、なにもできなかった。


親族には頼れず、親しい友人も恩師もない。


こんな私に頼れる人脈なんて、あるはずもなかった。


それでも、途方に暮れ、路頭に迷っていた私に手を差し伸べた人たちがいた。


それが、レイモンドさんとセイさんだった。


「何があった。女がこんな時間にこんな場所にいたら危ないだろう」


パール国首都、パルティア、第二ブロック。


貴族街の中央、にあるレッドウィル大通り。


私の先祖が五百年くらい前、まだパールが王国だった時、千年戦争で多大な戦果をあげ、王からいただいた土地の名残として地名となっていた。


昔はよくからかわれたものだ。


そんな場所で、上から声をかけられた。


遥か頭上だった。


私は見上げてから座り込んでいたのを思い出した。


昔から考え事をしているとそちらに没頭してしまうくせがあったのだ。


同時に手も差し伸べられていた。


しかし、その手をすぐに信用することなんて、出来もしなかった。


手を差し伸べたのは男で、それも大柄で鍛えこまれた筋肉質の身体に、オールバックにされた銀髪、ギラギラしたその緑色の瞳、その特徴と呼べるすべてが私の警戒心を解くことを許さなかった。


「あらあら、警戒されまくりじゃないすか、銀ゴ…」


いつからいたのか、小洒落た民族衣装で身を包んだ男がぬっと顔を突き出した。


見え見えの作り笑いで一杯の顔は人懐っこいというには少々クセがありすぎた。


そんな彼の紡ごうとした言葉は最後まで発音される前に、銀髪の男の一にらみで制止された。


それから、一言。


「お前、それ以上言ったらわかってるだろうな」


静かだが、圧倒的な力を秘めた声だった。


私は思わず、震え上がったのを覚えている。


あの夜の、父を見た時と同じように、全身から汗が噴き出してきた。


「…おおこわ…。わかった、わかったから、そんな怖い顔しないでくださいよ。俺が言いたいのはつまり……」


そこから先は何を思ったのか、民族衣装の男は最後のなん語かだけ銀髪男に耳打ちをした。


こちらとしては一刻も早くその場を離れたい一心だったけれど、その時の私は何日も食べ物にありつけてなくて、身体を動かそうにも全然力が足りなかった。


まあ、力があったにせよ、その場の恐怖が蛇みたいに体に巻きついて、動くことを許さなかったと思う。


その証拠に私はその時点ではまだ一言も言葉を発することができていないのだ。


質問どころか、悲鳴もあげられない、情けない状態だった。


それから、民族衣装の男が銀髪男の耳から口を離した。


そうすると、すぐに、銀髪男が屈み込んだ。


私には童話の中みたいに男の身体がしぼんでいく、かのような不思議な光景に見えた。


そして、男は私と同じ目線まで屈み込むと、言った。


「心配、しなくても、大丈夫だぜ、お姉ちゃん、おりゃ、あやしいもんじゃ、ねえからよ」


さっきと話し方が違う…それになんだか片言だ、と思った。


私はその違和感に戸惑い、もう一人の方を見上げ…る必要はなかった。


私の前に銀髪男と同じように、私と同じ目線まで屈み込んで…笑っていた。


「…ふふ…ふふふ…ふふふふ…」


口元を抑え、なんともない表情を取り繕おうとしているが、漏れ出した笑気やら何やらで笑っているのはバレバレだった。


案の定、男は堪えきれず、噴き出す。


「ぷっははははははははっ!やっばい、ちょおーおもしろいよ、レイモンドさんさあ…」


ひいひい、いいながらなおも笑い転げていた。


完全にツボに入っていたようだ。


そんな男の方に向き直ったレイモンドとよばれた男は、ギロリと凄んだ。


それだけで、ピタッと、民族衣装の男は笑うのをやめ、真剣な表情になった。


一体、この二人の関係はなんなのだろう?


それに、何があんなにおもしろかったのだろうか?


私はもう、困惑し切って、無意識に何度も首をかしげていたのではないか、と思う。


でも、不思議と、もう、怖くなくなっていた。


気がつくと、民族衣装の男がこちらに笑いかけていた。


ニッと白い歯をむき出しにした明るい笑顔はさきほどの作りものとは全然違う、人間的な温度があった。


私はそんなささいなところにもホッと息をついた。


それだけ、怖かったのだ。


不意をつくように男は言った。


「それにしても、ひどいと思わない?あだ名の一つや二つぐらい許してくれたっていいよね?お嬢さん」


よくみると、まだ同年代くらいのはずなのに、妙に老成した雰囲気で男は言った。


…いや、その時の私がただたんにコミュニケーション不足だったのかもしれないが。


私はどう反応していいかわからず、ただ、黙っていた。


「それにさ、この人、俺がからかっただけですぐ怒るんだよ。全く、前世は銀ゴ…」


そこで、またあの目だ。


男はピタリと言葉を喉元にしまい込み、別の言葉を選ぶ。


「ま、そんなのが連れってのも嫌なんだけどさ…こう見えて彼、俺よりも優秀なんだ。だから、保身でついてきてもらってるってわけなんだけど、気難しくてね…」


男はペラペラと身の上を語り出した。


それも、とくに銀髪の方のだ。


私は男の話の中盤あたりでようやく、男が私の警戒を解くために、『情報』を渡してくれていたのだ。


気づいて、男の器用さに驚いた。


そして、こう話されてしまうと、私の方も話をしなければいけない空気になってしまう。


そう、仕向けたのだろう。


おそらく、さっきの耳打ちでは、相手と目線を合わせることでたいとうに話せるとか俺がうまく話すから黙ってろとかそんなことでも吹き込んだのだろう。


現に、銀髪の男は謎の片言以来一言も話していなかった。


すべて、民族衣装の男に任せ切りだった。


つまり、すべて、この男が計算し、動いていたのだ。


そして、その計算通り、私の警戒は解け、今まさに何を話そうか考えていた。


「…て、感じなわけですよ。あーあ、ね?俺ってかなり災難な人生送ってると思わない?まあ、若い頃に苦労した分、老後にかえってくるといいんだけど…。いや、待て、やっぱり中年ぐらいにはかえってきて欲しいかな…老後とかだと、ほら、せっかくいろんなチャンスがきてもさ…それに乗れる元気がないっていうか、気力もなかったりとか…って、聞いてる?ああ、ごめんね?俺、長話になっちゃうんだよね。君みたいな美人さん相手だとさ」


男はそこまで言うと、挑戦的な笑みを浮かべた。


私は、嘘だ、と思いつつも答える。


もう、いい感じに声が出せそうだった。


「ちゃんと聞いてましたよ。それに、私は美人ではありませんし、さっきからお前とか俺とかばっかりで、ちゃんとお名前を教えていただけませんか?」


よし、と思った。


なんとか、恐怖心やら何やらは抑え込んで落ち着いて話せた。


「おっと、これは失礼。俺はセイ。こちらの銀…いや、紳士はレイモンドだ。よろしく頼む」


頼む?頼むって何を?


私が首を傾げると、それにすぐに気づいた民族衣装の男、セイさんは告げた。


「いや、なんだ、その、見たところ、身寄りがないのかな、と思って」


「確かに身寄りがないのは合ってますけど…」


答えると、そう!よかった!とセイさんは嬉しそうに言った。


それから、続けた。


「俺らとこない?今、絶賛仲間募集中なんだけど…」


「仲間…ですか…犯罪に手を染めたりはしたくありませんよ?」


「うっわあ…ひどいなあ…俺たちが犯罪者なんかに見える?」


「………」


「おいおい…傷ついたね…これは…って、まあまだ説明もしてないし怪しまれても仕方ないか…」


そこで、大きなため息を一つ付き、すぐに話し出した。


傍のレイモンドさんは相変わらず寡黙だった。


そう、それが、私の『夕暮れ時』との出会いだった。


彼らは私の能力をかってくれた。


必要としてくれた。


だから、私は応えようと思った。


そのために、幹部まで上り詰め、どんなに厳しい任務にもついた。


そして、もっと役に立ちたいと思って出向いた戦場は…勝手が違ったのだ。


入り乱れる人々。


空をかける異民族。


そして、仲間の裏切りやトラップ。


戦場はまるで魔物のようだった。


読みきれず、いつでも飲み込まれそうになる。


結局私は役立たずだった。


その魔物の前では鍛えこんだ身体も磨き上げた剣技もほとんど無意味に近かった。


何しろ私は…魔人と第一線で交戦した際の混乱のさなか、気狂いしたのか裏切ったのかわからない仲間の刃にかかり、ここに至るのだから。


助けてくれたのは…案の定、あの二人だった。


今も、戦い続けているんだろうな。


そんなことを考え出すと、申し訳なさでいっぱいになってくる。


救われてばっかりだ。


感謝してもしきれない。


どうすればこの恩を返せるのだろう?


そして、彼女はまた救われることとなった。




回想に意識を奪われた彼女に近づいた影が一つ。


ほっそりとした身体を非戦闘員であることを意味する白衣に包んだ女。


彼女の名はスノウ・ラクサーヌ。


奇異なまるで雪のような美しい白色の髪の毛をポニーテールにまとめ上げていた。


彼女の白髪が月明かりを受け、黄金色に染まっていた。


彼女は意識を失いかけている、レイピアの傍に片膝をつくと、告げた。


「レイピアさん!大丈夫ですかっ!すぐに、治しますから、頑張ってください!」


スノウは患部を一目みただけでどっと汗が噴き出すのを感じた。


ひたいの汗を拭うと、すぐに、あの力を使う。


そのために精神統一、無我の境地に入らなければならなかった。


数秒後、患部に当てられた彼女の手のひらから白い包帯が放出される。


それらは例によって患部と完全に同化し、それがだんだんと青い光を帯び始める。


「ふぅ…。よかった」


スノウはホッと息をついた。


慣れてきた力の扱いとはいえ、友の身となれば緊張や焦り、不安などで胸がいっぱいになる。


失いたくない。


そんな気持ちばかりが先行して、作業への集中力が逆に削がれてしまうのだ。


焦りはミスを生み、それはますます私の不安を煽る。


だけど、もう、大丈夫。


だが、そこからは時間がかなりかかった。


それほど、重傷だったのだ。


現に、患部に張り付いた包帯の、同化し代替物とかしている部分が多すぎる。


こんなの、どうやったらできるんだろう?


スノウは自分がこんな重傷となっているところを想像してしまい、身震いした。


だからこそ、自分にできることをしなくちゃいけないんだ。


と思った。


さすがに術式発動の時は精神統一が必要だが、術中は慣れたおかげか考えごともできるようになった。


そのおかげで、気がついた。


カイもこんな風に傷を負って、ここに運ばれてくるのだろうか?とか、もしかしたら戦場で果ててしまっているかもしれないとか。


恐くて、仕方が無い。


カイがいなくなった世界なんて、戦後にあったという廃墟と同じだ。


ただ、みていて虚しいだけの、何もかも奪われたあとの世界。


そんなのは嫌だ。


でも、信じて待つことしか私にはできないのだ。


彼は何かを企てているのは間違えない。


しかし、それは私にも言えないような内容だとしたら…とても危険なんじゃ…。


いつだってそばにいたい。


どこだってそばにいたい。


彼以外いらない。


それなのに、こんなにも彼は遠くて、こんなにも私は彼にとって役立たずなんだ…。


そう考え出すと、無償に自分に腹が立った。


そんな彼女はポツリと落とされたつぶやきを聞いた。


「結局私は役立たず…」


ほとんど意識のないレイピアの声だった。


本当に申し訳なさそうな、弱々しい、一言。


そのどこまでも自分を貶めるかのような口調に驚くスノウ。


思わず、その手を握った。


白くてほっそりとした手だった。


とてもさっきまで剣を振るっていたとは思えないような華奢なそれは妙な痛々しさを感じさせる。


女の子が、駆り出され命をかけて戦い、重傷をおいながら、私は役立たずなどと言わせる…こんなもののどこに正しさなんてあるのだろう?


そう、憤った。


だから、スノウは言ったのだ。


「あなたは役立たずなんかじゃないわ!」


私は役立たずなんかじゃないわ!


「大丈夫!自信を持ってよ!」


そうだ!自信を持とう!


「私たちは精一杯やってる!それでいいのよ!」


そうスノウが叫んだと同時に、レイピアが跳ね起きた。


それから、その少し釣り気味なぱっちりとした二重まぶたを見開き、燃えるような赤色の瞳をまんまるにして、白髪の少女を見つめた。


「あれ…スノウなの?」


恐る恐ると言った様子でレイピアが言う。


「ええ、そうよ。ほら、怪我は治したよ」


「あ、ありがとう…って、ええっ!?私、かなり重傷だったはずじゃ…。あとが残ってもおかしくないような…」


「大丈夫!跡形もなく、しっかりバッチリ治しておいたから!身体を動かしてみて」


「す、すごい…本当に痛まない…⁉もしかして、あなたの夕って…」


続けて飛び出した治療系という単語にスノウは頷いた。


「そうなの。だから、いつでも怪我したらここにおいで。絶対治すから」


「すごい…すごいよ、スノウは。本当にすごい。それに比べて私は…」


レイピアがもう傷が跡形もなく消え去った場所をあたかも痛んでいるかのようにさすった。


見かねたスノウが大声を出した。


「なあに言ってるのよ。私なんか、戦闘能力ゼロだから、ここにまとまって、看護とかしながら戦争なんてなくなればいいのに!なんて綺麗事吐くことしかできない、甘ちゃんよ。それに比べてあなたは…戦場で戦ってる。みんなを守るために、理不尽に打ち勝つために。それって本当にすごいと思うわ。私には、できない」


「………でも…」


レイピアは口ごもった。


「でも、じゃないわよ。じゃないと、私が虚しいじゃない!」


スノウの瞳が月明かりに一際光った。


「だから、頑張ってよ。いつでもここで待ってるから!どんな傷だって治して見せるから」


「ん…わかった。ありがと」


スノウの叫びはレイピアの心を揺さぶったのだ。


そして、レイピアはほとんど衣服を整えるのも忘れて、飛び出した。


スノウはその速度に驚きながらも、ああいいな…と羨望の念を覚えた。


「私もあんな風になれたら、カイにもっと近づけたのかな…」


見上げた空に浮かんだ綺麗な満月は月自体が巨大化したかのような錯覚にとらわれるくらいにまんまるで、近くて、手が届きそうに見えた。


届くはずなんてないのにさ…。




夜風がスノウの身体を冷まし、失望感が胸を押しつぶそうとしていた。


そんな時『彼女』は現れた。


「あらあら、ついにご登場ね。ごきげんよう。ニューパーツのお嬢さん」


振り向いた先に、見えたのはスッと姿勢のいい背中だった。


彼女はヒラリと身につけた衣をはためかせ、振り向く。


「あなたも…そろそろかしらねえ」


ようやく見えたそのものの容姿は…とても言葉では言い尽くせぬものだった。


だが、あえてありきたりな言葉を称するとすれば、『絶世の美女』であった。

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