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the third  作者: 深雪
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4雨と傘

教室は光学実習室よりもだいぶ狭い部屋だ。


40人という人数を収容するには少々狭すぎる空間。


ただ、いるだけで狭苦しさを感じるこの教室が、今はさらに窮屈に思える。


それは、クラスメートがガヤガヤとうるさいからと言うわけではないし、決して話す相手がいないから肩身が狭いというわけでもない。


全部、彼女のせいなのだ。


スノウ・ラクサーヌ、珍しい白色の長い髪をポニーテールにしている女の子で、例によって、光学実習室と変わらず僕の後ろの席に腰掛けている。


「………」


「………」


それから沈黙である。


うるさい教室の中、僕とスノウだけ、音のない空間に隔離されてしまったような…


普段なら必ず、スノウの方から、会話を振ってくるのに、今は何もしゃべらない。


だから僕はうるさい教室から、狭苦しさから逃げるように、視線を窓に逃がした。


雨が降っていた。


不意に強い風が吹いて、窓からササーっと雨が入って来た。


僕の顔やシャツをまくっている腕を濡らす。


それは、なんだか皮膚に刺さるような冷たさを持ち、僕の内側になんの抵抗もなく、吸い込まれていく。


ああ、やっぱり降って来たかと思いながら、窓を閉めると、ため息を一つ。


「…はぁ…」


なんだか今日はため息をつく回数が多い気がするな…。


傘を持って来ていないし、どうしたものか…。


窓を閉めても聞こえてくる雨音は僕の心に直接響いてくる。


サァーっと音がして、それが、すぐにザァーという音に変わって、心に響いた音は、すぐに耳にうるさい音となった。


傘持って来てないや…どうしよう?、なんて言えたらそのまま会話を続けてくれそうな気もするけれど、自分から話し出すと言うのはなんだか癪だ。


それに、あんな嘘をつかれたとはいったものの、キライと言ってしまった手前、どう接していいかわからないと言うこともある。


ああ、コミュニケーション能力が欲しい…って、あれ?どうしてこんな風に僕が悩まなくちゃいけないんだろう?スノウにだって悪いところがあるだろ?


なんて考え出して、なんだかスノウに対して怒りに近い感情を覚えてしまった僕はまだ子供なのだろうか?


「…傘、持ってきた?」


気まずい沈黙を破ってくれたのはスノウだった。


うるさい教室の中でも、スノウの声だけは僕の耳にはっきりと響く。


すごいな、スノウは僕よりずっと大人だ。


なんだか人として負けているようで悔しくはあるが、それ以上にありがたかった。


「持って来てないや。スノウは?」


振り向きざまに問い返す。


「私も持って来てないよ。朝、すごくいい天気だったから、まさかこんなに雨が降るとは思ってなくて」


スノウはなんだか、少しだけ沈んだ顔をしていたけれど、声の調子だけはいつもと変わらない。


「そうだよね。それに、雨対策といったら、傘をいつも持ち歩くしかないけど、そんなことはなかなか面倒だし…かなり難しい問題だよね?」


「そんなことないわよ?あるじゃない。対策なんて簡単にできるわ」


「本当に?例えばどんな?」


「まず、一つが…」


「え⁉たくさんあるのっ⁉」


と、真面目くさった顔の彼女に、本能的にツッコミをいれた。


「いいえ、二つだけよ」


「二つも⁉」


僕は二度目のツッコミをいれた。


もう今度は裏拳付きのツッコミだ…もちろん当てたりはしないけれど。


だってそうではないか?僕を悩ませる天候の一つである雨への対策を二つも知っているなんて…スノウはとんでもない天才少女なのかもしれない。


彼女はそんな僕に、呆れたような、馬鹿にしたような、なんともいえない上から目線を向ける。


それから、僕を両手でなだめようとする。


僕は早く聞きたくて聞きたくてしょうがなかったが、彼女に従ってはやる心を無理やり落ち着かせることに成功すると、彼女の口元が動くのを今か今かと凝視する。


スノウはもったいぶるように拳のグーに握った状態から、人差し指だけたてて、それを僕の顔の前で左右に振る。


チッチッチ。


スノウが舌を軽快に鳴らした。


これはどう言う意味だろう、と僕は考えつつその口元を睨み続ける。


そしてやっと彼女の唇が動き、そこから出た言葉は…


「簡単なことよ。予測すればいいのよ。雨をね」


そうか。


雨を予測すればいいのか。


「って、それができないから困ってるんだろーがっ!………で、二つめは?」


これはもう完全に馬鹿にされてるとはわかっているものの、好奇心に負けて二つめを仰いだ。


「ふふっ、聞いて驚かないでよ?」


「もうこれ以上引っ張らないでくれよ」


早く好奇心の鎖から解放してくれ。


「それもそうね。じゃあ、もう一つはね…」


スノウの言葉はそこで途切れた。




「これで、帰りのホームルームを終了としまーす。皆さん、雨が降っていますが、風邪をひかないように気をつけて帰ってくださいね」


僕の大嫌いな先生の声が教室中に響き渡ったのだ。


たく、その風邪にならないための会話を区切ったのはあんただぞ!と僕は心の中で悪態をついた。


本当にイライラするな…なんでこの先生と言う人間は僕の邪魔ばかりするのか?


まあ今は先生の意図的なものとは言えないけれど。


「ええーと、それから、一番前の席で堂々と後ろを向いているカイくんは私の話を聞いていましたか?」


と、先生はいつも通り名指しで僕を陥れようとする。


「はい。風邪をひかないように気をつけろって話ですよね?」


顔を見るのも癪だけれど、一応椅子に真っ直ぐ座り直して、右斜め前に立つ先生の目をしっかりとみて答えた。


「ふふふふ、違いますよ。私が言いたいのはそちらの話ではなくて、ちゃんと特別課題をやって来て欲しいって言う話の方です。『初心者向け光学』をしっかりとマスターしてくるように。いいですね?」


「はい…」


くそ、ちゃんと聞いていたのに…


まるで僕が何も聞いていなかったかのような口ぶりで言うなんてズルい。


教室中に笑い声がポツリ、ポツリと響き始め、それらは共鳴して僕の耳に頭に心に、負の感情を振りまく。


僕のことをおもしろがっている、嘲笑っている、馬鹿にしている。


悔しさと怒りとを、歯を食いしばって抑えていると…


「先生、そんなに釘を刺さなくても大丈夫です!カイが課題を忘れたことなんてありませんからっ!」


スノウの声がした。


後ろを振り返って見ると、立ち上がっているスノウが見える。


唇をわなわなと震わせて、真っ赤な顔で立っていた。


そんなスノウの姿は大事なものを傷つけられて怒っているライオンのようであった。


その口から出た言葉は信じられないくらいに、僕をきづかってくれていて、どうしようも無いくらいに嬉しいものであった。


「そ、そうでしたね…では、この辺でホームルームを終わりましょうか」


先生はスノウの勢いに押されて、中途半端に僕を言葉攻めから解放すると、話を逸らした。


スノウの勝ちだ。


心から礼を言いたい。


ありがとう!スノウ!


今だけはスノウがすごくいい奴に見える…あれ?前にもこんなことがあったような…?


しかしながら、今日のスノウはいつもと違う感じがする。


格好がいいというか、正義の味方みたいというか、端的にいえば僕の味方だというところだ。


普段なら…野次を飛ばす対象の、僕にとてもよく気を遣ってくれている。


多分、今日雨が振り出したのはそのせいかも?なんて思う僕は恩知らずなのだろうか?


でも、なんだかスノウがいつもより、魅力的に見えてしまって、もしかしてスノウってめちゃくちゃいい子なんじゃないか?とも思ってしまう。


スノウが席に腰をおろした後も、彼女から目が離せなかった。


まずいな…スノウが理想の女子に見えて来た…。


雪のように白くてサラサラな長い髪をポニーテールにしていて、その髪型にピッタリの小さくて端正な顔。


瞳は浅い湖のように綺麗に透き通った水色。


薄い唇は健康的な桃色。


シャツから覗く手は白く透き通る肌を思わせる。


ああ、ヤバい。


よくよく見たらすごい美人だな…スノウって…。


「あのさ…そんなにジロジロ見られると、さすがに恥ずかしいんだけど…?」


スノウが少しだけほおを赤らめて、僕を上目遣いにみながら言う。


「あ、ああ、ゴメン」


いつの間にか目を奪われてしまっていたようだった。


指摘されると急に恥ずかしくなって、急いで前に向き直る。


顔がなんかすごく熱い、顔だけ熱湯につけられたような…そんな感じ。


胸がドキドキする。


スノウから目を離したくせに、振り向きたいと思う自分がいる。


頭がうまく回らなくて、頭の中からスノウの姿がいつまでも消えない。


「キリーツ!」


日直の号令が響き、教室が急に静かな空間へと様変わりする。


皆が日直の声に従い、まっすぐに立ち上がる。


みな、早く帰りたいのだろう、授業の終わりの号令と違って全く私語が見受けられない。


「キョウツケー!」


「レイ!」


という日直の掛け声と共に、今度は教室のドアをみな我先にと押し合いへし合いをしている。


まあ、今回は理由があって、学校の傘の貸出サービスを利用しようとしているのだ。


それには定数があって、生徒全員分なんか用意されてはいないので、雨が突然降った日はいつもこうなるのだ。


でも、僕とスノウは参加しない。


なぜなら、ツテがあるからである。


というより…あれ…何か忘れているような?


そうだ!スノウにまだ二つ目の雨対策を聞いてなかったではないか!


と、僕は後ろに振り返った。


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