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the third  作者: 深雪
68/83

63イベント

第六ブロック、全ブロック中もっとも問題の多い区域であるここには、犯罪とそれに対する粛清が絶えず行われた。


どういうわけか、人々皆が魔でもさしたかのように、老若男女問わずに様々な罪を犯す。


それゆえに、凶悪犯罪者への牽制の意を込めて造られたのが監獄塔だった。


この世のものとは思えぬほどの美しさを持つその真っ白な外観は、滑らかで、太陽の光をキラキラと反射し、輝く。


見上げるほど高く、天を貫かんと直方体の先端部分が円錐となっているその姿は、本当に、一級の芸術品に勝るとも劣らない。


カイ・ルートは監獄塔にたどり着いていた。


顔には汗一つなく、余裕の表情が浮かべられている。


すべて計画通りにことが運んでいる時の策士のような風格があった。


その背には、見慣れぬ真っ白な翼を携えて、しばし塔を見上げた。


本の数センチ先にある塔の表面をなぞるように触れてみる。


堅い、だがあんまり滑らかなその感触によって、クッションでも触っているかのような気分になる。


そのまま指が溶け込んでしまいそうなあの感覚だ。


カイはしばしその感触を楽しんだあと、見上げていた首を戻し、シャンと背筋を伸ばす。


別に寒かったわけではない。


ただ、気合をいれる必要があった。


監獄塔、タワーオブホワイトには昔で言う死刑囚かそれ以上の罪を犯したものたちが集められている。


殺さない程度に、罰を与え続けているのだ。


そう、この汚れなき真っ白な外観とは裏腹に、中では血なまぐさい匂いと糞尿の嫌な匂いでいっぱいだろうと思う。


まあ、それは覚悟の上として置いて置いて。


当然のことながら、一級の犯罪者を縛り付けておくということは、一級の鎖が必要である。


つまり、この塔の内部に所属する看守たちは皆がみな、エリートのはずだ。


それもとんでもない実績を持った者たちだろう。


例えば………いや、ダメだ、思い出せない…。


とにかく、監獄塔は関係者以外はどんな事情があろうと立ち入り禁止となっているから、そんな看守たちと相対することになるのだ。


計画があるにせよ、ないにせよ、覚悟なしには、流石に足がすくんでしまって入れない。


粋がっては見たものの、恐怖やら不安やらと言う奴はなかなか拭い去ることはできないのだ。


しかし、カイはさっぱりとした顔つきで、その監獄塔の扉を叩く。


覚悟を舐めてもらっては困る。


それなりに考え抜いてここまできたのだから、今更引き返すなんてことはありえない。


「ごめん下さ〜い!」


返事はない。


と言うことは、ぶち壊すのが一番。


カイが右手を扉に添える。


すると、一人でに光り出す。


「はぁっ!」


それから、一息。


扉はバンっ!と音を立てて、倒れた。


時間が足りないのだ。


手荒でもなんでもやらねばなるまい。


扉が倒れると同時に、予想していたよりもずっとおぞましい匂いがカイの鼻を襲う。


「うぅ…ごほっ!ごほっ!」


思わず咳き込むカイ。


しかし、どうやら落ち着いている暇は与えてくれないようだった。


「おいおい、この扉…蹴破れるような代物じゃないんだぞ?で、見にきて見たらボウズが立ってましたと。こりゃ、どう判断すりゃいいのかな」


男だ。


それもとんでもない巨漢の男。


カイの倍はあるであろうその体躯は縦だけでなく、横にも大きい。


巨大なタンスのような男だった。


男はカイと扉を交互に何度も何度も眺めてみるが、納得のいかない風らしかった。


カイも今しがた破った扉を改めて見てみると、男同様、自分でもその厚さに驚いた。


確かに、男が合点がいかないのも無理はない。


カイが普通に殴りつけただけならば、一生かかっても壊すことなどできないだろう。


まさか、厚みが三十センチもあるとは思わなかったなあ。


と、カイはひとりごちた。


『夕』って奴は本当に便利だ。


今のカイは自分に備わった『夕』のほぼすべてを使いこなすことができた。


もちろん、記憶に残っている範囲だけだが。


その一つ、物質の内部破壊によって扉は蹴破られたのだ。


この程度の『夕』なら、なんの詠唱もなく使用できる。


もちろん、本来言葉と夕とは直接は結びつかないものだから、魔法のように呪文を唱えれば炎を出せたり、ビームが撃てるなんてことはない。


しかし、夕を言葉によって分けることにより、より正確かつ容易に力を扱うことができるようになるのだ。


まあ、この方法はボスから学んだのだが。


散々思考を巡らしていると、タンス男は何を思ったか、突然に雄叫びをあげた。


「うぁぁぁぁぁうううう!!!」


とんでもない大声だった。


大気が震え、その振動がもろにカイの身体の至るところに伝わった。


「ひぃ…っ⁉」


そのあまりの爆音と、突然の出来事にカイはつい耳を塞ぎ、頭を抱え込む。


なんなんだ?


これは?


「いやあ、嬉しいぞ。お前、強い。俺と同じくらい、強いだろう」


身をかがめたまま、見上げると、数メートル男の瞳がギラリと光った。


嫌な雰囲気だ、とカイは何かを感じ取る。


びりりと痺れる空気に膨れ上がる緊張感。


今にも動き出しそうな男。


腕を振り上げたタンス男は案の定カイに向かってかけ出す。


「速いッ!」


次の瞬間、どんっという爆音と共にカイの身体が空中に投げ出される。


「……うわぁっ!」


とっさの判断のかいもなく、体勢はバラバラに崩れてしまっていた。


カイは空中で白翼を上下左右に動かしなんとか体制を立て直す。


白翼をはためかせ、水平に保つ。


それから、状況を再確認した。


信じられないことが起きていた。


カイは男の両腕が振り下ろされるのをぎりぎりのところで避けたのだ。


敵の隙を伺うのに最適であろうタイミングで。


それなのに結果は宙にぶっ飛ばされて、なんとか体制を立て直すというのが精一杯の状況。


これはどういうことだ?


思考回路を乱された、カイは注意深く見下ろした先の風景を見て、すぐにその疑問の答えを得た。


地面に巨大なクレーターができている。


直径、二メートルはあるだろう。


深さは…わからなかった。


ただ、そこからわかることは一つだ。カイは男の放った一撃の余波で吹き飛ばされたのだった。


「全く、一人目からとんでもない奴が出てきたもんだな…」


カイは嘆息すると、すぐに後ろから近づきつつある気配に気づいて驚いた。


空中も動き回れるっていうのか?


鍛えこんだはずの自分が情けないくらいに弱く思えてくるのを思考の片隅に追いやると、構える。


後ろから間髪いれずに叫び声。


あの、全身が総毛立つような音量と迫力。


「うおああああ!」


その動きは巨漢のわりに速く、正確だが、よけられないほどかと言われればそこまででもなかった。


カイがひょいと首を曲げると、頭からほんの数センチの距離の空気を男の腕が叩く。


そして、衝撃。


「あわわわ…」


またしてもカイはその余波に吹き飛ばされた。


いつの間にか、地上五メートルくらいにまで飛び上がる形になっていた。


しかし、どう言うわけだろうか?


生身の人間がどうやって空中に?


別段答えもでないまま、首だけ男の着地したであろうポイントに向けると、ようやく答えが見えた。


男は飛んでいるのでも、浮かんでいるのでもない。


跳んでいるのだ。


見れば、男の降り立ったであろうポイントには巨大なトランポリンのような物体が出現していた。


なるほど、あれを使ってここまで跳躍を…しかし、それにしたってここまでの距離にくるには…


「うおおおおおおお、がああああ!」


迫ってくる男。


しかし、カイもバカではない。


一度知った男のスピードよりも数段速くよけの動作に入り、十分な余裕のある状態で男を観察した。


そして、見つけた。


男の動きのもう一つの秘密を。


「がああああ!なぜ、当たらない?」


男が叫ぶ。


カイはその男の動向をのんびりと眺めてみる。


すると、男の身体は先ほどの着地ポイントの巨大なトランポリンへと吸い込まれるように落ちていく。


もちろん落ち始めたのは先ほどと違うポイントからだが、どういうわけか着地ポイントは全く同じなのだった。


そして、それこそが男の空中での移動を可能にする秘密にある。


その秘密は靴だった。


男の靴の裏に光によって造られた空気砲のようなものが取り付けられ、そいつの力加減、ないしコントロールによって数秒間だけあたかも自在に空中を飛び回れるかに思わせていたのだ。


種がわかればこっちのものだとは考えたものの、地上しか選択肢がなかったとすれば、かなりの苦戦をしいられていただろうなあと思い直すカイ。


そして、再び襲いかからんと、トランポリンへと自由落下のまま落ちて行く男めがけて、急降下。


白翼をちぎれんばかりに高速で動かし、不意を突かれてあっけに取られているタンス男に、拳を叩き込む。


「これぐらいで、いいかな?」


筋肉質な男の角ばった身体のわき腹当たりに、面白いくらいにねじ込まれた拳。


その感触はカイにとって不快以外の何物でもないものの、使命のためと振り切った拳。


ごうっ!と音を立てて吹き飛ばされた男の巨体が地面すれすれを数秒間だけ低空飛行してから、数十メートル先で落ち着いた。


見事に巨大な引っ掻き傷が生々しく地面に残るが、カイは仕方ないと首を振る。


……うん、死んではいまい。


これだから、大変なんだ。


殺さないように戦うのは。


カイが地に降り立つと、ちょうど男のトランポリンが光のかけらとなって破砕した瞬間が目に映った。


パラパラと、何色もの光が織り交ぜてできた幻想的な光が陽光をさらにその一部として混ぜ込むように無数の光を放ち、太陽の元へと帰っていく。


まずいな…まさか死んだりしてないだろうな…


それでは使命も本末転倒だ。


なんて不安を振り切り、扉のなくなったタワーオブホワイトの入り口をくぐる。


またしても、鼻を襲う刺激臭。


きっと、何日いても慣れはしないであろうその匂いを毎日嗅ぎ続けなければいけない看守たちは、きっとさっきのタンス男のように精神に異常をきたしてしまうのではないかと考えてしまうほどの衝撃がある。


しかし、鼻がもげてもやるしかあるまい。


使命が第一だ。




「しかし、入ってみると、案外あっさりしてるな」


現在・タワーオブホワイト第七階への階段をゆうゆうと登っている最中だった。


タワーオブホワイトは各階の造がほとんど同じ形であるため、迷うことがなく、楽な冒険となっていた。


それに、ここまで、とりあえず強敵なしと言ったところか。


血みどろの戦い、なんて展開には全然ならずここまできてしまったということに、カイは一抹の不安さえ抱くほどだった。


タワーオブホワイト全十階の塔だ。


つまり、目指す十階までもうすでに半分以上を登ってきてしまったのだ。


途中途中、看守と思しきものたちと手合わせすることになったはなったものの、だれもかれもが特別飛び抜けているわけでもなく、むしろ、一階で出会ったあのタンス男の方が手応えがあったと言わざる負えない程度のものだった。


まあ、途中でであったうちの一人が口走ったところによると、どうやら、ここの看守たちも半数以上が戦場に駆り出されているということらしい。


しかし、いくら戦争が大切とはいえ、大罪人が万が一にも決起して監獄を一斉に出て行ってしまったとすれば、それこそ、国が終わりかねないのではないのか。


まあ、そんなことはもうそろそろ関係なくなるわけだが。


と、そんな風に考え事なんかに意識を囚われていたカイは足元に転がっていた何かに気がつけなかった。


「………あっ⁉」


気づいた時にはもう遅かった。


せっかく登ってきた階段を真っ逆さまに転げ落ちる。


瞬時に夕を身体強化に使用した機転がなかったなら、危うく死んでいたところだろう。


とりあえず、壁にぶち当たり、止まったカイは節々が傷むからだをさすりながら、顔をあげた。


「いててて…ああもう、なんだよ、これ」


恐る恐る、身につけたレザーアーマーの肩口やら胸元やらを見回す。


「…最悪」


これはひどい。


べっとりと乾きかけた他者の血液と、体液、そして極め付けに糞尿が嫌という程ひっついていた。


一度の洗濯でどうこうなるレベルの話ではなかった。


別に戦場に格好つけておもむきたいとかそんなたいそうなおしゃれ意識は持ってないけれど、せめてこの匂いはやめて欲しかった。


「これは…本当に…」


鼻をつまみ、耐える。


ただでさえひどい匂いが身体中にまとわりつくことになるとは…。


夕で消臭とかってできないのかな…?


そんなことを考えていたら、おかしなことが起きた。


目の前に、女が立っていたのだ。


全く、気配も何もなかった。


ただ、唐突に現れ、かつあたかもずっとそこで待ち伏せしていたとばかりに自然にその存在はあった。


それもただの女ではない。


絶世の美女というやつだ。


切れ長の瞳、綺麗な二重まぶた。


細く尖った顎、シュッと通った鼻筋。


ほおと唇には同様に健康的な桃色が浮かび、女の年齢をうまく隠していた。


ゆえに、実際には女か少女かはわからなかった。


背丈はカイよりふた回りほど小さい。


メリハリのある肉感的な身体を着物でかくしているが、胸元は大きく開き、その豊満な胸の存在感を露わにしている。


見たこともないような無数の赤紫色の花が飾る紫色の着物がより女の妖艶さを増していた。


別に、カイはここに女がいることがおかしいと思ったわけではない。


看守が女ではダメだなどという規則はないだろうから。


そうではなくて、カイは転げ落ちたのだから、ここは六階のフロアと見て間違いはない、はずなのに、すでに全員を倒してきたはずの看守が残っているのがおかしいのだ。


「驚いた顔をしているわね」


女が口を開く。


驚くほど整った顔つきに、カイは自分が見惚れてしまうのがわかった。


ただ、女は答えを窮しているわけではないことが、すぐにカイにはわかった。


女の口調は他を圧倒し、押し付けるような、一方的な強さを持っていたのだ。


「そうね、あなたのその判断は正解だわ。あなたはどうあろうと私にはかなわないもの」


女は満足げにクスりと笑う。


口角が右上がりに釣り上がる。


しかし、整いすぎるその容姿は崩れて見えはしない。


「あなたも、目覚めたのね?嬉しいわ。第三世代、私が育てた子供たち」


女がカイに向かって進み出る。


ゆっくりと、だが確実に。


意図してかその歩にはカイを追い詰めるような強さがあった。


しかし、カイは動けなかった。


完全に圧倒されてしまっていた。


「そうよねぇ…名乗りもしないで、私ったら…私はベティ、あなたの名前は?」


女がようやく答えを求めた。


カイはすぐさま答える以外の道を見つけられなかった。


「カイ・ルート…」


「そう、カイ…ね。短くて、覚えやすい、いい名前ね。それじゃあ、また今度、お会いしましょう?」


それはまた、問いであって問いではなかった。


カイはこくこくと頷くしかできなかった。


「素直ないい子ね。あの子とは大違い。きっとあなたとは仲良くできそうだわ。それじゃあ、またね」


女はカイ顎をそっとつまむと、その首元にキスを落とし、そのまま掻き消えた。


文字通り、姿を消したのだ。


その場から、なんの形跡も残さず。


この女は何者か?


そんな風に疑問を抱くことすら許さぬとでも言いたげに、女はなんのヒントも残さずに消えたのだ。


ただ、一つ。


ベティと言う名だけを残し。


「なんだったんだ?本当に…」


ようやく我に帰ったカイは自分の状況を把握した瞬間、身震いした。


女が去ったことによって見えるようになったすぐ目の前に立てかけられたナンバープレートに描かれた数字は七。


全く、この世にはまだまだ得体のしれない存在がいたものだ。


冷静に考えても、答えは非現実的なものしかみあたらなかった。


俺は階段を踏み外したのではなく、女が世界を一瞬反転させたのだと。


でも、しかし、まさか、そんなはず…。


広がっていく思考の範囲、進んでいく考察の速度に、なんとか歯止めをかけると、結論づける。


「何が起こったっておかしくないじゃないか」


口をついて出てきた言葉は不思議なまでにカイの心を落ち着かせた。


そして、カイは改めて前へと歩を進める。


いいじゃないか。


少し、イベントがあったって。


ただ、なんの障害もなく進んでゴールしてしまう話なんて面白くない。


それに、あのギシギシときしむような音を立てる階段をカイはどうしても好きにはなれなかった。


一段踏み出すたびに、血だまりがあり、踏みつけると、びしゃっと嫌な感触が広がる。


この塔は登るものの想像力を逆に利用して登る意思すらそごうと意図しているのではないかとさえ思えたほどに、恐ろしい所だった。


無論、音だけではない。


少し首を回しただけで、飛び込んでくる光景は、赤黒かったり、生々しかったり、それはもう言葉にできないほどにひどい有様だ。


そして、もちろん、匂いだ。


これはやはり、耐え難い。


しかし、鼻を塞ごうと片手を使ってしまえば、不足の事態への対処に問題があるから、避けようもなかった。


だからこそ、一段でもさっさと進めてくれた女にむしろ感謝すべきである、と。


それにしても、恐るべし、監獄塔。


本当に名前が表すのは外観だけだったのだ。


少し見ただけでも壁が脈打ってるように見えるのを見ても、とてもではないが、あの外観と結びついているものとは思えない。


まるで巨大な怪物の胃の中にいるような気分になる。


それに、嫌な所といえば、明かりがないこともまた一つだった。


いや、厳密にいえばあることはあるのだが、各階ごとに一つの光玉が浮かんでいるだけで、それ以外にはなに一つとして光源がなく、窓がないから日の光が差し込むこともない。


すべての景色がぼんやりと浮かんでくるだけで、意識して見ない限り、色なんかは見分けもつかないような薄暗さだった。


そんなこんなで、カイの戦意をがつがつとすり減らしていく監獄塔だが、それでもカイの意志は堅くその足は自然に前へと繰り出された。


こんなところで足がすくむようでは意味がない、と、自らに鞭打ってカイはその歩を速める。


届け、届け、届け。


俺の意志よ。


終われ、終われ、終われ。


戦争よ。


目指すてっぺんまではもう少しだ。


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