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the third  作者: 深雪
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62全部背負ってやる

「へええ、それで、本当かよ?ほら、司令部から指示がこないって、はな…しっ!」


器用な男。


口を動かしながら、常人になし得ない動きで敵兵のぶっとい首を刈り取る。


男のナイフがふしゅーと命の終わりの音楽を奏出す。


それはひどく淀んでいる。


汚らわしいその響きは、それでいてどこまでも美しい。


人生の死に花であって、人生の残骸でもある。


男はその一瞬の輝きの美しさとその儚さに、目を奪われた。


しかし、男はそのあとに待つものが大嫌いだった。


それは、そのものの身体を流れていたであろう、赤く熱い液体。


男にとって好ましいものは、その瞬間だけなのだ。


その飛沫は刀身の動きに一拍も置かずに流れ出る。


避けようのないもの。


だが、男には避けられる。


男の身体から黒い、黒い、どこまでも黒い何かが伸び上がっている。


そして、その伸び上がっている何かは一瞬よりもさらに刹那的に男とすり替わった。


そう、その何かは男の影だったのだ。


男と等身大の黒い塊は、少しずつ男と同じ形へと作り変わって行く。


もう、影ではなかった。


敷いていえば男の彫像。


それは、完成と同時に赤い飛沫の餌食となる。


それは、ほんとうに、ほんとうに短い間に行われた出来事。


「グッジョブ」


男は吐き捨てた。


倒れこんだうら若き敵兵はすでに絶命している。


その背に生えた黒い翼はその動きをやめ、ぺたりと長い長い体躯を地面に横たえた。


当然の結果だろう。


男は口元をほころばす。


男の腕は確実だ。


そして、完璧だった。


『夕暮れ時』隊長の一人、セイ。


といっても、現在、たまりに溜まったフラストレーションのせいで、隊列も何もあったものではないハーフ軍にはもはや隊長も何もないのだった。


今朝の足音まで揃った行進が見事なまでに水泡にきしていた。


「セイ。お前、よく、そんな風に、簡単に、命を…うらあっ!」


銀髪の男…これまた『夕暮れ時』隊長の一人、レイモンドは涙で顔をべちゃくちゃにしながら、斬った。


奴らは空を占拠する。


ゆえに、自然と上を見上げねばならず、戦いづらくなる。


だが、敵とて、飛んでいるだけでは戦いにならない。


ゆえに、敵は飛び道具を用いる。


『闇』だ。


どこまでも黒く暗い光。


それは、先ほどの男の影にもにているものだが、性質は全く違う。


『闇』は穏やかでない力だ。


ありとあらゆるものを破壊し消滅させる。


無へと帰す。


だからこそ、やられる前にやらねばならぬ。


男が構えた大刀は先ほどの男よりも力強く、いとも簡単に上空へ向けて振り上げられる。


そして、その一振りは容易に人命を経つ。


レイモンドは戦いが好きだ。


人と人とのぶつかり合いが好きだ。


たまらなく好きだ。


しかし、これは違う、と憤る。


眼前に広がる光景、切り捨てた魔人の首の落ちる様、噴き上がる赤い噴水、ほとんど感触の残らない腕に乗りかかる見えない重み。


どれもみな、馬鹿げている。


ふざけるな!


レイモンドは叫び出したくなる衝動を押さえつけた。


ダメだ、俺は皆を導かなくてはいけない。


この戦争を切り抜けなくてはいけない。


そのためには…


レイモンドはギリギリと歯噛みする。


少しだけ覗いたその真っ白な歯の列にどろどろと赤い何かが降りかかる。


それは、斬った敵の体液だった。


セイなら、嫌な顔をしたなんてものでは済まないだろう。


しかし、レイモンドはそれらすべてを受け止める。


ただ、ただ、受け止めておくだけ。


それしかできない、でも、それだけでもしなければならない。


斬ったという事実、命を絶ったという事実は変わらないのだから。


どれだけ念入りに身体中を隅々まで洗っても、ダメだ。


斬る前には戻れない。


斬ったものはもう…


ああ…。


レイモンドは呻く。


あんたがたと一体一で真剣勝負がしたかったなあ。


こんな、寝首をかくような行為の許される場じゃなくてよ。


フェアに、純粋に、互いの強さを競いたかったなあ。


レイモンドの腕は斬るたびに重くなった。


彼は自分の腕を、まるで他人のものを見るような目で眺めた。


汚れちまった。


彼の頭に浮かぶは、天井の破壊されてしまった、かの闘技場。


血みどろの殺し合いをしていたはずの、あのコロシアムが不思議と神聖なものに見えてくる。


戻りてえなあ…。


とひとりごちた。


だが…そのためには、いくら腕が重くなろうと、また斬らなきゃならねえ。


レイモンドの決心は堅い。


「…セイ、やっぱりお前はお前のやり方でいい。とにかく、生きて、帰ろう」


口に出した言葉は無責任で、嘘くさい。


だが、言えることなんて、それぐらいのものだった。


届いているかもわからない声の返事を待つ暇もなく、敵軍の一人が殴りかかってくる。


珍しい。


『闇』さえあれば、簡単に害せるものをあえて危険な素手で攻撃するなど。


だが、おそらく、レイモンドが切った中に同志か、友人か、あるいは恋人がいたのだろう。


わかる、わかるぞ。


本当に大切なものを壊された時、奪われた時、その原因を力で壊すんじゃ気が済まない。


己の拳で、きっちりと、激しく、もう二度とこんなことができないまでに、殴りつけなければ。


レイモンドは力一杯頷き、敵の攻撃を大刀の腹で受ける。


軽い、だが、違う意味では重い衝撃。


「かかってこい。あんたみたいな奴は嫌いじゃない」


レイモンドは兜の中から声を発した届くはずもない、声。


それでも、レイモンドには敵が頷くように首をわずかに上下させるのを見た気がした。


たくさんの、ほんとうにたくさんの、叫び、唸り声、呻き声、泣き声、断末魔、音で溢れてる。


それらすべてが否応無く耳を叩き続ける。


それが戦場だ。


しかしながら、その中にあるのにもかかわらず、この二人には何一つとして音は聞こえなかった。


いや、視界にもそれぞれの姿しか映していないようだった。


二人はもう構えていた。


どちらからともなく、動き出す。


普段の冷静さ、判断力、そんなものはこの空間の中に存在しない。


私怨をはらすものと、それをくじかんとするものの力と力とのぶつかり合いだけ。


ほんのわずかな距離であるのにもかかわらず、移動するのに刹那的な時だけしか要求しないその距離が、二人にはとてつもなく長い距離に感じられた。


二人の息はピッタリとあっている。


双方が同じことを考えた。


『誰にも邪魔させるものか』


この瞬間、二人の中の時間がかっちりとある。


そして実際には数秒だが二人にとっては永遠にも近い時間、を駆け抜けた二人は、次の瞬間、互いの立ち位置を入れ替えていた。


双方ともに片や剣を片や拳を、振り抜いた形で立ち尽くした。


一陣の風が吹き荒れた。


チリやら砂やらとともに巻き散らかされた遺体の兜や帽子が天へと帰される。


崩れ落ちた方の敗北…そんなルールが無言のうちに見える。


そして、崩れ落ちたるは、復讐者。


ガクン、とその膝が折れ、地を叩く。


それとともに、男の上半身が下半身から、斜めにずり落ちた。


あまりに綺麗に落としさられたおかげで血はそんなに出てこない。


その光景は本当の意味でのレイモンドの勝利を意味していた。


レイモンドは一欠片の喜びも感じられないままの胸を抑え、何かに耐え忍ぶように言った。


「見事であった」


彼は敗北者へと、深々と頭を下げた。


それから、また重くなった手で兜を押し上げ、いつの間にか流れ出ていた透き通るそれを拭った。


その時、信じられないことが起きた。


押し上げられた兜が、音もなく、一人でにバラバラと崩れたのだ。


何百というかけらとなった兜がフィールドオブグレーの砂にズブズブと沈んで行く。


呆気にとられたレイモンドはそれでもすぐに冷静さを取り戻し、もう一筋の涙と共に流した言葉。


「本当に、見事であった」


心からの賞賛。


敗北者はしかし、これを聞き取ることも、意義を申し立てることも許されずただ、早くも赤く染まり出した灰色の大地に飲み込まれて行くだけ。


帰ってくるのを期待するかのように、ただ、名残惜しそうに、無様な真っ二つの男を眺めていたレイモンドに意外なところから返事は帰ってきた。


「わかったよ、今日だけはあんたのいう通りにするさ」


いつの間にか、真横に並んだセイの声。


耳障りなはずのそれはその時だけやけに優しかった。


「死者に敬意を、民には平和を」


耳元で囁かれたその言葉に、嘘はなかった。


「ああ、当然だろう」


レイモンドはなんとか耐えた。


目の周りに自然と力がこもった。


何に?


そんなもの、聞くな。


ただ、口から出た言葉はぶっきらぼうだ。


感謝、している。


やはり仲間だと実感できる。


「でもよ、銀ゴリ。そんなにペースダウンしてたら、すぐに第二部隊にやられるぞ」


…前言撤回、やはりこいつは…


と、なんとか怒りの方も堪えたレイモンドはようやっと視界を広げた。


映り込んだのは、はるか前方の敵軍の第二波だ。


「確かにな…」


「おい、ていうか、あんた、今初めて気がついたって顔してるけど、さっきの野郎が最後じゃなかったら、体の何箇所かは確実に闇とやらで吹っ飛ばされてるぞ?」


「…ふん、この俺が気づかないわけがないだろうが」


レイモンドは本当に意識の外にあった事態に、自分でも怖くなった胸をもう大丈夫となでおろしてから言った。


「ふーん…あんた、普段兜つけてるからポーカーフェイス気どれるけどさ、あんた今、それつけてないんだからな」


レイモンドはセイの言葉にようやく自分の状況を確認し直すと、急に首から上の体温が上がった感じを覚えた。


「いや、これはだな…」


口ごもるレイモンド。


それを見てゲラゲラ笑うセイ。


いつものいがみ合いと同じ状況。


今回はセイの勝ちだ。


でも、とレイモンドは心の中で考え直す。


不思議と怒りは浮かんでこない。


むしろ、


「はっはっはっはっはっは、はーはっはははは…」


一緒になって笑っていた。


腹を抱えるくらい。


顎が疲れるくらい。


戦場は不思議なところだ。


改めて思った。


ただ恐ろしい場所ではないのだ。


日常にあるものがほとんどないここでは、日常にないものがたくさんある。


レイモンドはすっかり笑い疲れた腹を片手で抑えもう一方の手の手袋を外して、動かしてみた。


重い、重いけれど…少しだけ軽くなった気がしたのは気のせいだろうか?


もう、いつの間にか暮れた日の代わりに姿を現した月が黄色い光をたたえて見下ろしていた。


ああ、戦場でも、月だけは変わらねえ…


いや、仲間も、かわんねえか。


自分でも恥ずかしくなるような思考回路をブンブンと頭を振ることで正気に戻そうとしたレイモンド。


でも、彼は知っている。


ちっともおかしくなんかない。


レイモンドの足元に散らばった兜の欠片もまた、黄色い光に当てられて、なんとも言いようのない色でそれを反射していた。


そのうちの一つをレイモンドつまみ上げ、無意識につぶやいていた。


つぶやかずにはいられなかった。


「ぜんぶ、背負ってやる」


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