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the third  作者: 深雪
65/83

60彼こそは

「スノウちゃん、このガーゼ向こうへ」


「はい!今すぐに!」


「スノウ、こっちにも包帯を一巻き!」


「はい!ただいま!」


「おおーい、まだきてないぞ、水はどこだ!」


「ちょっと待ってください順番がありますから!」


たくさんの声が、罵声が、要求が、飛び交う。


巨大なテントの下に設けられた、完璧とは言えないまでもそれなりに医療機器の揃った施設があった。


戦争開始から、ほぼ丸一日経った今、収容される患者の数は、用意されたベッドの数をゆうに越していた。


さすがに、ただ床に寝せるという事態はないものの、マットレスと毛布とを一枚ずつセットで配布することしかままならないのが、現状だった。


テントの中にいるものよりも、はみ出して陽射しに当たっているものの方が多かった。


しかし、この事態への打開策はなく…いや、あるのかもしれないが、なぜか司令部と連絡が取れないらしく、とりあえず、現状維持が精一杯の状況だった。


そういったたくさんの事情と、血みどろだったり、局所的に闇によって体を消し飛ばされた者たちが溢れかえる、端の方がすでに赤黒いシミで染まってきた、テントの中に、スノウはいた。


特徴的な白色の髪の毛で構成されたポニーテールをゆさゆさとほとんど立体的に揺らしながら、彼女は動きまくっていた。


もちろん、テントの内で、戦力として。


彼女には力があったのだ。


それも、強い強い力が。


ただ、これまで気づいていなかっただけなのだ。


カイが猛特訓に励み、周りの者たちが沈み込んでいるこの一ヶ月という長い時間の中で、彼女が獲得したものがそれらだった。


それはカイの変化を信じたからこそ起こった奇跡。


スノウに心を読む力なんてなかった。


だから、辛かった。


信じ続けることも、ただ遠目から見ていることも。


でも、そんなもの、関係ない。


私たちには本当の信頼がある。


親友の変化にはなかなかついていけないときもあった。


母親を亡くしただけで、ここまで変わり果ててしまうものかと、一時はカイの精神力を疑りさえした。


『しかし、カイにとってやはり母親の存在は大きかったのだろう』


それが散々に考えあぐねたスノウの結論だった。


『きっと彼にとっての母親は私にとっての母親とはわけが違うのだろう』


ありきたりな言葉だが、『子は親を選べない』…それなのに、いろんな親がいる。


人によっては、子に暴力を振るうものも、果ては殺してしまうものまでいる。


だから…わからない。


だけれど、カイを育て上げた親なのだ。悪い人じゃないに決まってる。いや、もっと、きっと聖人みたいな人なんじゃないかとさえ彼女は考えた。


だって、カイの数々の素敵な一面はその父親の教えから来ているし、そんな父親を選んだ母親だって、そうだろうと。


もちろん、確証はないし、推理ともとても呼べないただの予想だけれど、間違っていない、そんな気がしていた。


それゆえに、彼は本当に辛かったのだろうと彼女は思う。


状況からすれば、カイは母親を何者かに殺され、カイは父親に裏切られたのだから。


私だったらどんな気分だろう、と彼女は考えて見た時もあった。


しかし、そんなことになんの意味があるだろう、と考え直した。


そうだ。


なにもかも、当事者にしかわからない。


絶対に理解なんてできっこない。


わかろうとすることはできたって、正しい答えなんてわかるはずもない。


だから、スノウは見ていた。


憐れむでもない、同情するでもない、蔑むでも感心するでもない、無表情な目で。


心の奥に、いつものカイが必ず戻ってきてくれると信じて。


結果、彼は以前より少しがっしりした身体になり、瞳にたたえた光が暗くなった。


物静かになり、考え込むことが増え、時折苦しそうな顔をするようになった。


そして、言葉遣いが荒くなった。


たくさんの変化がある。


どれも、小さいように見えて、大きい。


だから戸惑うことも多かった。


時には機械的ともとれる観察を続けることができなくなりそうにもなった。


でも、耐え切った。


この一ヶ月、長かったけれど、私は耐え切ったのだ。


そして、彼は今朝がた、羽化した。


たくさんの要素が詰まった蛹から美しい蝶へと。


これから、その大きな羽でどれだけ高く飛び立てるのだろう?どれだけ大きな風を巻き起こせるのだろう?その美しい羽でどれだけの人々を感激させられるだろう?わからない。


どんなことになっても、これまでも、これからも信じている。


だって、彼は、彼こそは、私の…


「スノウちゃんっ!手が止まってる!そんなんじゃ間に合わないよっ!て、もともと間に合うはずもないんだけどさっ…て、弱気になるな!私!」


スノウの考え事を見事に打ち破った声の主はこのテント全体の指揮を取る、ドラ。


ちなみに、自分を元気付けるのが癖だ…というより、元気付けないと、やってられないらしい。


なんでも、夫が死んでから鬱にかかり、その負のスパイラルを抜け出す方法として、選んだのがそれらしい。


まあ、そんなことは、どうでもよくて…視線を下ろすと、目を離した隙に、担当している患者の患部の傷が開き始めているのが見えた。


グズグズと音を立てて、包帯の上に不健康な赤色が元気よく広がって行く。


それは、あまりいい気分のしない光景だった。


「ご、ごめんなさいっ!」


スノウは慌てて謝罪の言葉を叫ぶと、半ばだらりと垂れていた、両の腕を患者の患部に持っていく。


そして、心の中で唱える。


…『代替の白』


唱えると同時に、スノウの両手のひらが光だし、『ゲート』が出現する。


それは白色の光の、輪っかだ。


そのど真ん中をぶち抜いて、まるで別の次元からこちら側に抜け出してくるように現れたのは白く輝く、『包帯』


患部へと、伸びて行く白く長細い布。


それは、すぐに患部に巻きつく。


まんべんなく、いっぺんの隙間もなく。


少しずつ、患部とシンクロして行く。


患部の欠落部分を補うように、どんどん形を変え、最終的に患部を通常時と同じように機能させるようにすることができた。


包帯は、元の姿がわからないくらいに変形し、臓器の一部分となり、神経となり、骨となった。


完璧なる代替物。


完全無欠の応急処置。


しかし、あくまでスノウの力であるところのこの包帯は、スノウの意識が少しでも離れれば、その形を保つどころか、存在しつづけることもできず、光のかけらとなって、霧散してしまう。


つまり、患者の命をつなぎとめるためには他のことは何も考えず、ただ患部に集中しているしかない。


だが、それでは話は先に進まない。


そこで、出てくるのが、この一ヶ月のうちに自ら発見した、生まれ持った力の内の二つ目である。


『遡りの青』


彼女はまたも心の中で命じ、それによって、変化が現れる。


患部とシンクロしている、今となっては包帯の面影のない、その白い代替物が淡く、ほんの少しだけ、青色を纏い出す。


その奥の方から、ほそぼそと光が漏れ出すみたいに。


やがて、それは、代替物全体を光らせ、だんだんと、その効力を発揮し出す。


身体の機能を、元に戻す。


『代替物』によって補われた患部を少しずつ、『再生』していく。


以上のある部分を、全て、健全な元の状態へと時間を遡らせるのだ。


それゆえに、遡りの青というわけだ。


実は、彼女も持ち得る力が多すぎたため、ボスと同じように分類したのだ。


だが、少し違うのは、精神力の続く限り、力を併用できるというものだ。


ボスの場合は、大きすぎる一つの力を分類したがゆえに、その力を使い分けることはできても、併用はできない。


しかし、彼女の場合、多すぎるからこそ、自分の中で混同してしまうのを恐れ、名をつけたのであって、おおもとの力があるわけではないから、当然ながら、併用も可能なのだ。


彼女には二十の力が眠っているのだから、区別をつけるのも大変なわけだが、上手くすれば、併用がもたらす力の連動がは完全な療法になり得る。


いわゆる身体的欠陥なら、彼女一人でその全てを健全な状態へ戻すことができた。


したがって、彼女はテントの中での最高の戦力だったのだ。


その完璧な力と、誰にも、拒まずに、体力の続く限りそれを行使する彼女の真摯さ、そして、彼女の美貌にあてられた患者たちの間では、まだ一日目でありながら『白雪の女神』だなんてたいそうな通り名までできあがっていた。


待ってなさいよ、カイ!


あんたの怪我なんか、簡単に治してやるんだから!


…だって…そのために、この力を手にいれたんだから…。


「ちょっとぉ!スノウちゃん、傷口開いてる!もお、こんなんじゃ何人スノウちゃんがいたって足りないわよっ!返してっ!私の夫!…じゃなかった、弱気になるな!私!」


また、ドラの声が響く。


「す、すみません…」


スノウはぺこりと頭を下げ、また、『治療』を再開する。


何度もいうようだが、治療には集中力が必要なのだ。

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