58見事なまでに
国境地帯、フィールドオブグレー。
そこに千年戦争の傷跡を、記憶を忘るなとばかりに荒れ果てた大地の色は見まごうことなき、灰の色。
灰色の中になにが含まれているかは考えたくない。
それゆえ、シンプルにフィールドオブグレーというわけだった。
人族がパール内部を拠点化するのと一転、魔人族はマドゥからかなり離れた、国境地帯にほど近い、丘の上に、新たな拠点を築き上げていた。
しかしながら、つい最近できたものではないようだった。石造りのそれの外壁やら、塔やらはフィールドオブグレーの砂と時間によって作り出された、なんとも言えぬ威厳がある。
そんな、フィールドオブグレーが五十年の時を経て再び戦場へと姿を変えてしまってから、約半日。
人族とハーフの連合軍は、人徳から、不意をつく戦法をあえてとらなかったため、その動きは慎重をきすものとなった。
敵の素姓が掴みきれぬと言うのは、もどかしい。
ただ、わかることは、彼らの兵器が体内にあると言うことだ。
皆がみな、おそらく、あの襲撃と同じだけの力を持っていると思っていい。
となると、話は変わってくる。
それに、奴らは空を制するもの。
我々は地上から、見上げるのが常の場合を考えなくてはならないから、やりにくいことこのうえない。
だが、幸いなことに、彼らの文明はその壊す能力ゆえか、あまり進んでいなかったようで、新兵器という新兵器を持ち合わせてはいなかった。
ただ、闇を行使し、破壊する、破滅の使徒、それが奴らだった。
その力を存分に使い、我々の兵器と言う兵器を、兵士と言う兵士を破壊し尽くす。
これでは、いくらやっても切りがない。
だから、我々は用意した。英雄を。
彼は今、最前線で鎖を操る。
闇を喰らい、より輝く、恐ろしくも美しい、『千本の鎖』。
どちらにせよ、拮抗した勢力がぶつかれば
被害者は増えるだけ。
より早く決着をつけなくては、五十年前の繰り返しになってしまう。
奇抜な案が、いい。
誰も思いつかぬような、奇っ怪で、それでいて最高に効率のいい、策が。
そして、思いついた。
敵が空なら、我々も…
「空、と。なんとまあ、単純ですてきなお考えで。閣下」
異様な色の目からイタズラっぽい視線を兄へと向けるのは、パーツ・ブラッドリー。
「ふむ、戦場にきてまでまだそれをいうか?お前、絶対いじめっ子だったろう?」
と返すは兄、オール・ブラッドリー。
お決まりの黒いコートを風にはためかせている。
彼らは、地上へと襲撃するため低空飛行を保つ、魔人の闇の発動域から、ちょうど外れる高さにいた。
人が空を飛ぶ、それは、とても常識では考えられない、出来事だった。
しかし、彼の背にはそれを可能にするものがあった。
彼の背には翼があったのだ。
彼の名のとおりの血のような赤色の翼。
人が夢みてやまぬ、飛行の能力。
『血の翼』、そう呼ばれたそれは、美しい。
それは黒翼と競えるレベルの美しさだった。
それはまた、色彩を持たないという光の定義を否定する翼。
きっと彼の生まれがブラッドリー家でなければ、人体実験やらなにやらで刻まれていたかもしれなかった。
「そうですねえ、まあざっと五百人はいじめましたかね」
まぜっ返す弟、パーツは兄の背にしがみついている。
「⁉さすがに、ありえん、と言いたいところだが、お前がと考えると、もしかしたらとも思えてくるな…しかし、よくそんな軽口が言えたものだな。ここはもう戦場なんだぞ?」
「いいじゃないですか。それに、兄さんだって、迂闊ですよ?返事をしなければ、僕だって黙っているんですから」
「………」
「このタイミングで黙りこまないでください!うますぎですよ、人の扱い!兄さんだって絶対に人をいじめたことあるでしょ!」
「………」
オールブラッドリーは黙ったままだ。
「………」
ついに、パーツもその口を閉じた。
風のなびく音だけが、二人の耳をやけに強くたたく。
「兄さん…あれ…」
パーツはふっと地上に落とした視線の先で何かを見つけた。
そして、驚愕。
「ふむ、あれはなんだ?奴らもついに兵器とやらを出してきたのか?」
落ち着いたふりをするオールの目もまた驚きに見開かれている。
パーツはその方向にじーっと目を凝らし、ハッと息を飲んだ。
「いえ、よく見てください…あれ、切ってますよ…魔人を…」
「味方…だと?あんな力を持ったやつもいるのか?ハーフには?」
二人が見たもの…それは、持つべきものを間違えてしまったかのような、男の振り回す、棍棒だった。
いや、先端が尖っているところをみるに、棍棒とはまた違うかもしれぬ。
その男が身にまとうは、ロイ・ハワードを教祖とする、ロイ教の黒き祭服。
身の丈の悠に五倍はあるかと思われるそれを振り回す、ロイ教徒の男は、実のところ、誰一人として、傷つけてなどいなかった。
ただ、人族の英雄とその肩を並べ、ともに、動いている。
敵の恐怖を煽り、ジリジリと魔人軍の最前線を後退させているのだ。
降参へと。
そして、その棍棒の男が誰も傷つけぬという理念をある英雄から受け継いだ者だと言うことを、この兄弟が知るはずもなかった。
ただ、魔人をぶっ飛ばす、超人か何かにでも見えたのだろう。
「なんだか、今更ながら、あれですけど…厄介なの抱え込みましたね?」
パーツは苦笑する。
しかし、そこには別段反省の色はない。
「ああ、全部お前の策略だがな…」
「まあ、そう言わないでくださいよ。この戦争に勝った時は私の策のありがたみがわかりますって」
「ふん、まあそれもそうだな。あれがなしになっただけ。目には目を、ではなにも生まれんからな」
「しかし、今の現状も結局のところ五十歩百歩ですよ」
そう言って、パーツの指差す先に、死体の山が、海が、出来上がっていた。
本当に、人が死んでいる。
命が失われ、ただ、吹き荒ぶ砂粒のように、そこら辺に撒き散らされていた。
その光景は、それがつい最近知った感覚であると言うのにもう慣れて始めてしまっていた、オールをたしなめているかのようだった。
「…パーツ、捕まってろ、急ぐぞ」
オールの顔つきが神妙になり、目には緊張感が戻っていた。
兄弟のトークタイムは終わりだ。
死地に赴くまでの最後の瞬間だというのに、あんまりくだらないことばかりしゃべりすぎた気がしたオール。
「はいはい。大丈夫ですよ。昔から兄さんは乗り心地抜群ですから」
そう言ったパーツの顔は笑っていない。
そこに浮かぶ感情の色は、誰にも読めない。
「パーツ、死ぬなよ?」
「兄さんこそ」
オールは一気に速度をあげた。
それから、上空より目的地へと、急降下する。
パーツがタイミングを読み、光を発動させる。
それはまたも光の定義を否定する美しい緑の光を放つ鎧。
何一つとして、その鎧を貫くことはできぬ。
ゆえに誰一人として、パーツ・ブラッドリーに傷をつけることができたものはいない。
数ある光の創造形態の中で、異質にして、至高、装備型。
そして、また、オール・ブラッドリーの翼は飛行と同時に、何者も切り裂く、至高の武具となり得た。
一度その翼が振るわれれば、文字通り、血の雨が降るだろう、翼はより鮮やかな赤に染まり、戦場からは血の気が失せる。
二人は、戦場において、矛盾を体現するのだ。
「いざゆかん、敵陣の中央へ!」
オールはは叫びと同時に降り立った。
目的地、丘の上の古城へと。
さすがの二人も、古城内部には目立ちすぎると、城壁すれすれの場所にその身を置いた。
「なんだ!敵襲か!」
「人族も我らが同胞を利用し、空を飛べるようになったってのか!」
「こんのやろう、舐めやがって!」
たくさんの声が二人を出迎えた。
さすがに気づかれない方がおかしい状況だった。
戦場において、大将の首は一番に大きな意味を持つ…というのを二人は経験ではなく、知識として知っていた。
だから、取りにいく。
たとえ、自分らが国のトップだからって関係ない、危険かどうかも関係ない。
ひとえに、この戦争を終わらせるために。
だから、出迎えた魔人の兵士たちの言葉がどれ一つとして、二人に届くことはない。
ここは戦場、降り立った瞬間から、殺し合いの始まり。
決意に胸を燃やす二人の前で、下っ端の存在など、あまりに無意味。
奴らの声は、音にならず、彼らの心か、頭の中でただ、沈むだけだ。
オールの翼が剣の形状となり、彼らを切り裂いたのだった。
空かける翼は、無表情に命を奪う剣とかした。
「ヒュー、兄さん、容赦ないですねえ、これじゃあ私の出番、ないんじゃないですか?」
鎧の奥で、パーツはくつくつと笑った。
楽しくて、しょうがない、そんな空気だった。
「ふざけるな、気を緩めた途端にやられるぞ!奴らの力を発動させる前に、やらなければ、やられる!」
そう叫び声で返したオールはすでに構え直し、次の敵をその翼で捕まえる。
いくらでも伸び縮みできる、それは、もはや翼でも剣でもなかった。
自らの色と同じ、鮮烈な赤に濡れたそれは、対象者にただ理不尽な死をしいる破壊兵器だった。
「はいはい。でも、片っ端から兄さんがやっちゃうから出番ない…でも、なかったぁっ!」
背後から、放たれた、闇を驚くべき反応速度でかわすとそのままその方へと向き直った。
そして、残像が残るまでの目にも留まらぬ足さばきで、逆に目を見開いて驚いている敵の背後をとった。
「残念ですがねぇ、その力じゃあ、私は狩れないですよ」
そのまま、その者の鎧で固められた、胸をついた。
その腕は、まるでなんの障壁もなかったとでもいうかのように、簡単に貫通し、背の黒翼をつかむ。
「ぎぃ、ゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
鳴り響く悲鳴。
だが、苦痛はそれで終わらない。
「私の鎧はただの鎧じゃないんです。人体そのものも強化しちゃうんですよぉ!これがっ!」
言い終わると同時に、ブチっと言う嫌な音が辺りに響く。
パーツが男の胸元に開けた穴から、その翼ごと腕を引き抜いたのだ。
「あ、あ、ああ…がああああぁぁぁぁぁ!!」
「それでは、さようならっと」
パーツが腕を振り上げ、そのままおろした。
軽い、本当に少しの動作で、簡単に男の命は絶たれた。
倒れこんだ、魂の抜け殻を、まるで空き缶にするのと同じ風に、蹴っ飛ばすと叫ぶ。
「次はどいつだぁ!あん!」
て、一度言って見たかったんですよね…このセリフ、と小さくつぶやいた。
オールもそれに習う。
「命が惜しかったら、国に帰るんだな、ただし、我々に背を向けることができたなら、の話だがなあ!」
第一撃は、大きく。より、恐怖を扇ぎ、敵に動揺と、隙を作らせろ。
そして、可能な限り、迅速に、敵陣の大将の首をとる!
それこそが、愛すべき国民を一人でも守る、最善策だ!とオールはほとんど叫んだと同時に、心でも叫ぶ。
一人でも、守る。
そして、その時、弟は…
せっかくの戦場ですからねえ、こんなチャンス、なかなかないわけですし、楽しまなくっちゃあ、と、舌舐めずりをした。
抱くものは違っても、息だけはピッタリとあった、人族のトップに君臨する兄弟は、互いの背を守るように背中合わせになり、それぞれに構えた。
第二波がやってくる。
だが、二人に傷をつけられるものは、そうそういないだろう。
彼らは、人族で最強なのだから。
最強の矛と盾。
はたして、魔人族はこれを破り得るのか?
フィールドオブグレーの砂の色が、少しずつ、彼らを中心に円を描くように変わっていく。
それは、見まごうことなき赤。
彼らは文字通り、血の雨を降らせたのだ。
片一方は不本意ながらに、片一方は遊び半分に。
だが、それはやがて、違う感情に支配されて行くことだろう。
二人の進撃の結果、魔人族は押され、この異常な事態がやっと、魔人族上層部に伝わることとなった。
報告内容はこうだろう。
『人族と思われる者二名により、本部付近に襲撃あり。被害者は………約、一万をこ、超える模様⁉…現在別動隊を三隊が…か、壊滅⁉危険度レベルSの非常事態であります!』
と。
無数の骸の群れ。
大輪の花のごとく華やかに、地に咲いた朱色。
風に巻き上げられた砂すらも赤い、紅い、朱い。
少しだけ、ほおにひっついたその砂を肩口で拭った男は、いや、男たちは前を眺めこう言った。
「「まだまだ序ノ口ってか?」」
もう、二人を止められるものなど、目の前にはいなかった。
二人はどれだけ命を奪ってきたかもわからない、剣と拳とを確かめた。
ああ、傷一つとてありはしない。
なんと美しき、朱よ、緑よ。
すでに、揃って戦闘狂だった。
ただ、命の散りざま、飛び交う鮮血とが作り出す、美しき悪夢の中に、どっぷりと浸かりこんだ。
何人斬ったかもわからぬ。
何族を斬ったかもわからぬ。
ああ、命の価値もわからぬ。
だが、目的だけはしっかりとある。
彼らの見据えた先には、それがある。
どっしりと、重々しく、目を疑うばかりに、美しく、ある。
古城。
何年前からあるかもわからない、ただ、わかることは、はるか昔であることは間違えない。
そして、堅く、厚いはずだ。
これの王座こそが彼らの到達すべき場所なのだ。
まだ、距離はある、高さがある、しかし、彼ら二人も負けてはいない。
城外の衛兵のほとんどすべてを討ち取り、城門から中へと入って行く、堂々たるその姿。
そんな彼らの表情には疲れの色はない。
いや、彼らの顔に浮かぶその色は…狂喜。
戦は人を惑わし、血は人を魅了するのだ。
見事なまでに、ああ、本当に見事なまでに。




