53協定、そして矛盾点
天から舞い降りた男。
パーツ・ブラッドリー。
眩いばかりに光り輝く、鮮やかな緑をその身にまとったその男は、地下世界を大いに揺るがした。
人々は惑い、怒り、そして、呆然とした。
無知だった自らを恥じ、ボスの無念を悼み、人を憎んだ。
彼らにとって、ボス・フォアゲートという一人の男の存在は、絶対の強者であり、最高の人格者であり、唯一の指導者だった。
彼を中心に地下世界は発展し、彼の力によって回っていた。
彼という唯一の支えによってなんとか形作られてきた。
それが、突然に折られたのだ。
ポキリという音すらも立てずに、誰の目にもつかない地上世界で。
組織はそれだけで不確かなものになる。
ぼやけてしまう。
そんな中、男の提案があった。
それは、あまりに突拍子のないものだった。
「魔人と戦争するから、力を貸せ…だと?」
幹部、レイモンドが呻く。
「そうです。経緯は話したではありませんか。我れらが国民の皆さんは怒り狂っています。魔人に対する憎悪と、愛するものと作り上げてきたものを失った悲しみから」
パーツは言った。
「では、その目的のためにボスを餌に我々を利用しようというのは、妙案でしたな。しかし、人のやることではない。それは、悪魔の所業じゃ」
口ひげを床にたれてしまうほどの長さまで伸ばした、年老いた男が言った。
彼の名はモンフォード。
十幹部中の最年長の男だった。
しかし、任期はまだ浅い。
その声に軽薄さが浮かぶ。
それはあるはずの緊迫した空気を欠いていた。
そんな彼らはボスが不在のため、幹部の緊急招集を別室にて行っていた。
十幹部中の五人が部屋の中央の楕円形のテーブルにそれぞれ腰掛けている。
レイピア、アラン、リリア、レイモンド、セイ、モンフォードの五人だった。
「アクマとは?」
パーツが涼しい顔で言う。
モンフォードは舌打ちしたあと、深いため息をついた。
それから、そのあごひげをゴシゴシと音を立ててしごく。
「しかし、大事なお話だとは存じていますが、なにぶん、まだ我々のメンバーが揃っていないのですが…?」
セイは周りの表情を伺うように首をおりながら、言った。
身につけた、民族的な鮮やかな色合いのTシャツの裾をこれでもかとばかりに引っ張っている。
彼の緊張した時のくせだった。
「ふむ、まあ、あなたがたの選択でいいんじゃないですか?私としては、アクマだろうがなんだろうが知ったことじゃありませんからね。とりあえず、我々も焦っているわけですし」
パーツがサバサバとした口調でキッパリと言う。
そのまま、手元の書類まで真っ二つに裂いてしまいそうなくらいの斬れ味を持っていた。
「ようするに、こちらがどのような判断を下しても、そちらは関係ないと言うことですか?」
押し黙っていたリリアがようやく口を開く。
その細められた瞳からは黒く燃える感情が容易に伺えた。
「そうです。あの反応でまるわかりでしたから。ボスさんでしたっけ?の、この組織での重要性がね」
とパーツ。
「ボスさん…」
レイピアはうなだれた。
真紅の瞳、そこに燃え盛るはずの炎が細い。
あまりに細く、弱すぎた。
これでは、嫌でもわかるだろう。
取り繕うことなんてできないのだ。
ボスがなければ、ここが組織たり得ることはない。
パズルのピース動向では無い。
その絵柄がないのだ。
完成どころか、目的も、その形も、ないのだ。
ないのだ、ないのだ。
「断れば、人質を殺す。お前たちには断れないだろう?ってこと…ですか…」
アランが暗い顔で言う。
もちろん、彼には見えているのだ。
この組織が、ハーフの平和的な独立を何より求めてきたこの組織が、これから、どんな状態へ陥ることとなるのかを。
せっかく積み上げてきた、少しずつ少しずつ、ゆっくりとだが、精一杯に積み上げてきた努力が功績がたった一つの要因で壊れてしまう、崩れてしまう。
やるせない気分だった。
憤りを通り越し、悟りでも開いてしまったかのような気分だった。
しかし、アランは考える。
いや、ここにいる幹部達はみな考えているのかもしれない。
ボスは今、何を思っているだろうか、と。
その苦しみは痛みはわからない。
わかりようがない。
誰よりも目的のために身を粉にし、その上さらにプレスして粒子段階まですり潰すほどに尽くしてきた男。
その男は自らの立った一つの手抜かりのため、その努力の全てが無に帰ろうとしている。
いや、そればかりか、マイナスになろうとしているのだ。
それを考えると、胸がいたんだ。
生易しいものじゃない。
どこまでも硬く、容赦ない、刃物のように鋭く、逃げ場のない痛みだ。
その辺りを考えれば、この話を蹴った方がいいかもしれない。
しかし、結果は同じなのだ。
ここは、これまで一度たりとも人族の目に触れたことのなかったこの場所は、もうわれてしまった。
どういうわけか。
ボスは話すわけがない。
きっと、彼なら死を選ぶだろう。
そういう男なのだ。
仲間を愛し、組織を愛し、何もかもを愛し、そして、そのどれもと同じかそれ以上に平和を愛した。
だからこそ、かの英雄、ロイ・ハワードとも気があったのかもしれなかった。
そして、おそらく、力量も、単独なら互角に渡り合えただろう。
そんな彼が、今は囚われの身となっている。
それが意味するところ、それは…我々に抵抗の余地はないということだ。
「そうです。まさしくその通り。察しがいい…とは一口に言い難いですがね?あなたは」
「私のことはどうでもいい…しかし、わかりました。我々も加勢しましょう。その、対魔戦争とやらに」
「ほう、やはりそうきましたか、そうくるだろうと予測を立ててはいたんですが、これは思ったよりさらに話が早くすみそうですね。しかし、もちろん、代償はボスの解放だけではないのでしょう?」
「そちらこそ、十分に察しがいい…いや、それ以上ですね」
パーツはあっけらかんと笑った。
「はっはっは。よく言われます。そもそも、こういう仕事は察しが良くないとできないですしね?」
「全く持って、その通り」
「で?その条件をどうぞ」
「我々、全ハーフの独立国の成立を」
アランの言葉に、幹部四人は目を見開く。
彼らの個々の能力は高い。
だが、アランほど、気持ちよく判断(特に大きな判断)を下せる者はなかった。
ハワードにより、認められたのもまた、このアランだけだ。
「これはまた大きくでましたね?」
パーツは対して驚きもしないといった様子で言う。
その口元からは、完全に笑みの影が消えていた。
貼り付けた仮面のような無表情。
ポーカーフェイス。
アランは無償に引き剥がしてやりたいと思った。
その下にうまく隠された感情の色で、鮮やかに染め上げてやりたい、とそう思った。
しかし、それは今やるべきことではない。
「どうなんですか?イエスか、ノーか。半分はありません」
「ふふん、なるほどなるほど、面白い。いいでしょう。しかし、あなた方は少しばかり不利になるかもしれませんが、よろしいので?」
「構わない」
アランの言葉に、ニヤリと笑ったパーツはそのあり得ない色の瞳でウィンクを一つ。
「我々がそちらの建国と共に攻め込んでも?」
「構わない。それに、お前の上に立つ者はそこまで非道になれるものではないはずだ」
たんたんと言った。
その声からはアランらしさとも言える、丁寧さがかけていた。
だが、同時に、これまでにないまでの強さを持つ。
「ご名答。いやぁ、素晴らしい」
パーツはう、うん、と咳一つ挟んでから、話をまとめ上げる。
「では、確認しましょうか。我らは対魔同盟を組み、魔人族と対魔戦争を行う。そして、その成功の暁には、ボス・フォアゲートの解放、およびハーフの独立国の建国を約束する。こんな感じでいいですかね?」
「ああ、構わない」
アラン一人が強く頷き、他の幹部達は少々判断を焦りすぎでは?とでも言いたげに一度だけ首を傾げ、そのまま頷いた。
そうするしかないと、彼らはようやく悟ったのだ。
たとえ、幹部が全員揃っていて、多数決が行われたとしても、同じ結果だったろう。
「では、ここにサインを…」
「ということになってしまったのです…」
アランはまだ会議の内容の知らないロボ、スノウ、そして、カイにその内容を詳しく聞かせた。
「協…定…ってことは、私たちも戦わなくちゃならないんですね…」
スノウが沈み込むようにうつむき、
「…せっかく、ここまで…やってきたのに…」
ロボは絶望に打ちひしがれた。
そして、カイは…
「………アランさん」
「何でしょう?」
「さっき、よくわからなかった部分があったんですけど」
「どこでしょう?」
「魔人の襲撃って、どういうことですか?」
ようやく、カイの頭の中で何かが出来上がろうとしていた。
違和感はあった。
ただ、ずっと、深層意識に眠ったままだったのだ。
しかし、カイにはその何かの息づかいがわかる。
まるで、自分の体の一部にでもなったかのように、わかるのだ。
「文字通りの意味です。パーツ・ブラッドリーと名乗ったあの男によれば…襲撃は第七ブロックの中央部から、第四ブロックまで及んだといいます。被害は、甚大で」
被害は、甚大で。
第七ブロックの中央。
カイの頭の中で違和感はついに悪い予感となる。
そして、なぜだか、あの夢を思い出した。
花畑。
美しく咲き乱れる、そのあまりに色鮮やかで同時に四季を無視したかのようなまでのその種類に目を奪われる。
しかし、どこか、おかしい。
カイは気がつかない。
気がつくことができなかった。
目の前に両親が現れる。
生々しく、本当に生きて血の通っているように見える、両親が。
彼は手を伸ばす。
どうにかして抱きとめようと、抱きしめようとする。
でないと、彼らが何処かへ連れ去られてしまうから、絡みつく、花々に二人とも、埋れてしまうから。
「お前は何も、なにも知らない」
父の声が、腹の底に響くような低く深い声が再生される。
何度も、何度も…。
カイは決して察しの悪い方ではなかった。
人付き合いという面では鈍感とも言えるかもしれないが、直感なら、また話は別だ。
もう、わかってしまった。
あの夢がなにを表していたのか。
自分がどれだけ愚か者だったか。
「ほとんどの建物が倒壊、かつ、被害者はほとんど死傷者となりました…」
建物=倒壊
被害者=死傷者
カイの頭の中に衝撃が走る。
これでもかと言わんばかりの痛みと共に。
彼はこれまで辛い経験を、人並み以上にしてきたはずだった。
その上で出来上がった人格を、一度死んだことにしてまで否定し、さらなる成長を図ろうとしてきた。
それなのに、彼はまだまだ弱かった。
今の彼には余裕がなかった。
彼が口を開く。
「地上…地上へ行かせてください、お願いします!」
彼はなんとか敬語にとどめた自分を褒めてやりたい気分だった。
今すぐ、今すぐにでも、地上へ、両親の元へ、行きたい。
カイにはわかっている。
都合よく、自分を一度亡き者にして、切り離した大切なもの、日常。
つまらない、くだらないと切り捨ててきた日常。
焦がれてきた、非日常の中にありながら、元あったものを取り戻そうとしている。
そのことが、どれだけ自分勝手なことか。
そのことがどれだけ矛盾しているか。
だが、これだけは言えるとカイは考えた。
ここでそれを自分勝手なわがままだと認め、成り行きにまかせてしまったとしたら…きっと、後悔だけでは済まされないだろうということを。
そして、なにより、そんな自分のことを一生好きになることはできないだろうと。
だから、行くのだ。
行くしかないのだ。
行って確かめなければ気が狂ってしまいそうだ。
そんなカイを、アランは、イタズラっぽい笑みを浮かべた、その端正な顔で覗き込むようにして言った。
「はい。いやあ、奇遇ですね。ちょうど、行こうと考えていたところです」
言い切ってから、ウィンク一つ。
やばい、アランのことが好きになりそうだ。
わりと冗談の混じっていない想いに、カイは本当に矛盾だらけだな、と自分をののしった。
ただ、アランといるだけで、その声を聞くだけで、ここまで自分は落ち着くことができるのだ。
そんなことを噛み締めながら。




