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the third  作者: 深雪
54/83

50あなたになら

ずるいんですよ。


そうやって、あなたは私の大事な人の心を奪って去っていく。


あちらの世界へ帰って行ってしまう。


正しくある方へ。


いるべき位置に。


でも、違うんですよ?


あなたが居なくなっても、『彼女』の心は帰ってこない。


いや、むしろ、あなたの死にざまを知ったら、彼女の心は、もう帰ってこられないかもしれない。


私にはわかるんですよね…。


見ることができるんです。


いや、見えてしまうんですよ。


どれだけ目を覆いたくても、どれだけ信じたくなくても、そこには、私の目の前には真実が横たわっていて、それはどうやっても目を逸らすことができないんです。


だから、つらいんです。


もう、あんな顔を見るのは。


どうして、想い人のあんなに顔や心を見て平然としていろっていうんですか?


私には、到底できません。


顔ではなんともない、少しだけさみしげな表情で、笑う彼女の心は泣いています。


それは、心からの、嘘偽りのない涙だ。


それも、全てあなたへの気持ちでいっぱいなんですよ?


ハワード、ハワード、ハワード、ハワード…。


もう、聞き飽きました。


見飽きました。


知ってましたよ。


彼女に会った瞬間、見えた心はもうすでにあなたで一杯だったのを。


彼女が外見とは全然違う年齢だと言うこともね。


その過去があまりに辛いものだったということも。


でもっ!


私は、心を惹かれてしまった。


過去を完全に断ち切ることができず、辛すぎる、暗い洞穴の中で、その暗さに、寒さに、にもがき苦しみながらも、わずかに差し込む光の方へ必死に進もうとしている。


そんな彼女にどうして魅力を感じずに居られましょうか?


無理です。


たとえ、どんなに苦しい結末になろうとも、そんなこと、知ったことじゃないと思ってました。


それぐらい彼女を愛し尽くしてやろうと思ったんです。


一生、二番目でもいい。


ただ、彼女の苦しみを和らげることのできる、痛み止めみたいな存在でいい、とそう思ってきました。


でも、あなたはなんの前触れもなく蘇って、なんにも考えずに彼女とまた会った。


その時の彼女の喜びようを見ましたか?


見えないでしょうね、たとえ、あなたにも私と同じ力があったとしても、見抜けなかったはずです。


彼女は、彼女は、死んでもいいって言ったんです。


もちろん、そんな言葉は誰だって口にできます。


軽々しく、何度でも。


でもね、彼女のそれは違いますよ。


心の底から、それも自発的にでてきたんですよ。


私はそれを見た時、やっぱり敵わないと思いました。


一番が帰ってきてしまったのだから、補欠は完全に用済みだ。


とね。


本当に、死ぬほど辛かった。


生まれてこの方死ぬほど辛いってのは結構な数味わってきたとは思いましたが、今回はちょっとばかり、痛過ぎましたね。


でも、割り切りましたよ。


一番が、レギュラーが、帰ってきたなら、二番目も補欠もいらないですからね。


なのに、あなたはこう言った。


特に感情を浮かばせない、平坦な表情で、


『我はおそらく、じきにまた死者の国へ戻ることになるだろう。それが今更になって分かった』


ってね。


ふざけるのもいい加減にしてくれませんかね?


私、こう見えて結構短気な方なんですよ?


あなたは、確かに英雄にほど近い存在で、最後まであなたの信念を貫いたかもしれない。


でも、でもね、私はあんたがただの自己中ヤローにしか見えないんですよ。


どうして、そんなに物事が短絡的にしかとれないんですか?


死んだら、償える?


死んだら、許してもらえる?


もしかして、死んだらかっこいいとか思ってませんか?


全然違いますよ。


そんなに加害者だと主張するなら、これまで被害を与えた人々全員に謝って見せろってんです。


壮絶な人生歩んできたくせに、最後だけ、 一番楽な道選んでる場合ですか?


そんなに謝りたいなら、生きて、苦しんで、生きて、悶えて、生きて、悔やんで、生きろってんです!


別にあんたに生きてて欲しいわけじゃないです。


ていうか、私はあんたのことが大嫌いです!


でも、あんたは生きるべきだった。


もし仮に、死ぬことが有意義なことだとしましょう。


そん時、あんたは考えましたか?


残された者達のことを。


彼女の心を。


ええ、わかってますよ。


考えてなかったでしょうねぇ、私だったら、そんなことできません。


あんたは大きな、大きすぎる自己満足のために、盲目になってたんですよ。


確かに私はあんたに比べたら、小さい存在だ。


私なんて、『見えている』くせに、面と向かってまともな会話をすることさえままならない。


見えているくせに、他のものよりずっと有利な立場にあるはずなのに、ただ、目の前にするだけで、胸がいっぱいになって、恥ずかしくなって、バカなことを口走ってしまう。


口では表せないくらいに想っているのに、形にしたら安っぽくなってしまうとわかっているのに、バカっぽい言葉と共に口走ってしまう。


私は本当に、誇るところのない、小さな者です。


昔からそう評価されてきましたし、それを否定する気も術もありません。


でも、そんな私が、強大なあんたという存在に言えることがあるんですよ!


私の方が、ずっと、ずっと、彼女のことを、リリアのことを…考えてます。


想っています、いたわっています、思いやれています、好いています…愛、してます。


だから、あんたが本当に帰ってしまうのなら、あんたがリリアの愛に応えられないんだったら、断ち切って行ってくださいよ…お願いしますよ。


ねえ、この通り…です、から…





「この通り…っ⁉」


アランは思い切り目を開いた。


意識を覚醒させた。


自らの言葉で目が覚めたようだった。


状況はわざわざ把握しようとしなくても、すぐに視界に飛び込んできた。


目の前には信じられないことに、まだまだあの、恐怖の外面軍団がさらに膨れ上がっていた。


嘘、でしょう?


はじめの…これ、何倍ぐらいに?


もう、数えるのも嫌になってきました。


まあ、そもそも、自分がどれくらい寝ていたのかもわかりかねますが。


アランは、頬杖をついて居たらしい、腕をそっと手元に戻すと、そのしびれ具合に顔をしかめつつ、あらゆる方向から向けられていた視線にいづらさを感じた。


「カイ、そろそろ行きましょうか」


「はい。えっと、その、大丈夫ですか。疲れてません?」


「大丈夫ですよ。私を誰だと思ってるんですか」


そう、彼の、カイの心は本心だ。


そんな風に、まだ会ってからそれこそほんの少ししかたって居ない相手に対して真剣に心配りができる者なんてあまりいないだろう。


その上、アランの目に映ったカイはこれまでになく強い決意で満たされていた。


先ほどまでの、ぐるぐると同じ道を回り続けるような、負のスパイラルからはしっかりと抜け出せたようだ。


きっと、答えが見出せたのだろう。


「それなら、良かった。あんまり頬杖つきながら寝てる人って見たことなかったもので」


カイはハハっと人の良さそうな笑みを浮かべた。


これも、本心。


どこまでも、本心。


嘘偽りないいたわり。


嘘偽りない心配。


もちろん、人は上辺だけの同情を表情に出すことができるし、それらを、アランはたくさん見てきた。


いい人に見られたい、好かれたい、そんな思いから行動するものもたくさん見てきた。


たくさん、たくさん。


でも、カイは本当だ。


紛れもない本物のお人好しだ。


だから、心地いい。


ボスのそれとは違う、もっと暖かな真っ直ぐがそこにある。


不器用だけれど、いつだって人のことを考え、見ている。


あの英雄になりたかった気取りとは違う。


近くのものを守るのに精一杯であいつみたいに大きなものはきっと背負えないだろう。


でも、カイにはあいつには見えなかったものが見えるはずだ。


それがよかった。


ねえ、カイ。


あなたの目に私はどう映っているのでしょう?


とか、尋ねる場面でしょうか?


でもね、答えは見えてるからつまらないんです。


「それでは帰りましょう。いつまでもここに居てもしょうがないですし」


「そうですね。アランさん。でも、その前に見えたかもしれないんですけど、一応、言っておこうと思うことがあって」


「どうぞ」


「決めました。やっぱり僕はその記憶をいじらないと強くなれない。そもそも、他力本願みたいな『夕』ですから、自分も少しは代償を払わないといけないなと思います」


「いいんですか。記憶、消えるかもしれないんですよ?」


アランは鎌をかけた。


その想いを、カイの口から聞いてみたかった。


「いいえ、確かに記憶が消えたら困ります。僕はつい最近まで、消したくない記憶の方が

多かった。でも、今は消しちゃいけない、いや消すのがもったいない、いや、消したくない記憶がたくさんあるんです。だから、悩んだんですけど…」


カイの唇が動きを止める。


真っ黒な切れ長の瞳を伏せて、少しだけ申し訳なさそうな、それでいて恥ずかしそうな表情を浮かべた。


きっと、さっきまでの自分の悩む姿を思い返しているのだろう。


でも、そんな表情はすぐに消えて、その端正な顔は新しい色を見せた。


「ちょっと精神論かもしれないし、漫画の読みすぎだなんて言われるかもしれないんですけど、本当に大事な記憶って、いつまでも心に残ってると思うんです。だから、たとえ、なんらかの事故で自分が記憶を失うとしても、それは失ったのではなくて、見失っただけなんだとおもいます。自分から求めて、探していれば、きっと…って、アランさん?なんで、泣いてるんです?」


カイが心配そうにアランの顔を覗き込む。


本物だ。


「…い、いえ、なんでも、ありません。あんまり…カイがいいことを言うものですから、目から鼻水が出てきてしまったみたいです…」


嘘だ。


「なんですか、それ?アランさん、それじゃあ感動してるのかしてないのかわからないですよ?それに、鼻水とか、全然に合いません…よ?」


カイは戸惑った顔をする。


次に何をしたらいいかわからない顔をする。


それは、そうだ。


突然、それも、全く違う話題を重ねてしまうなんて…私も、弱くなりましたね。


アランは服の袖口で図らずも流れ出たそれを拭き取る。


少し、強引だったかもしれない。


でも、まあ、鼻水、ですから。


『心に残る』、『いつまでも』、『いつまでも』…。


アランの頭にガンガンと強く響いた。


何かで、硬く尖った何かで内側から頭を打ち付けられているみたいに。


痛い、痛いですよ、カイ。


でも、そんなことをあなたは知らない。


私がどれだけのいたみを感じているのかなんて、あなたにはわからない。


だって、あなたには心が読めないから、見えないから。


私はずっと、心が見えるなんて悪夢だとか、地獄だとか、またはそれよりもっとひどい状態だと思っていました。


でも、案外、喜ぶべきものなのかもしれませんね?


これがあるから、私は人の痛みがわかる。


これがあるから、人の本質を見抜けるわけですから。


「いえ、大丈夫です。鼻水はもう、拭き取りましたから。カイの鼻水恐怖症に気づかないなんて、このアラン、一生の不覚です」


アランはおどけた。


精一杯の笑顔を繕って、貼り付けて、きっと最高のできだったはずだ。


でも、どうして?


カイは心配そうな顔にさらに深刻な色をにじませた。


「本当に大丈夫ですか?」


本物だ。


本当で、真実だ。


どうして見透かされた?


この仮面を使って私は、私は、これまで生きてきたと言うのに。


「そんなに苦しそうにしてたら、誰だって心配しますよ?僕はなんたって…ええと、アランさんの護衛対象ですから、護衛者がそんなんじゃあ、心配にもなりますよ」


嘘だ。


心では…、もういい。


でも、私は『苦しそう』に見せようとはしていなかったはずだ。


しくじったのか、カイが鋭いのか?


いや、そんなことも、もういい…。


なんだか、痛みも抜けて行った。


それどころか、痛みを受ける前よりも、身体が、心が楽になったような気さえする。


「ご心配どうも、あなたは優しいですね。カイ?」


「いやいや、全然そんなんじゃないですから、ホント、心配だなんて。僕はただ、自分の身ぐらいです、よ…?」


ほら、またすぐに見抜いた。


やっぱりあなたは鋭いんですね。


いや、でも、そうか、スノウさんに対してはかなり鈍感みたいですから…人の負の感情にだけ、鋭いんでしょうか?


どちらにしても、優しい、優し過ぎますよ。


あなたの心にだって、十分すぎる痛みが詰まっているのに、内側からチクチクと、ザクザクと、その棘が痛いはずなのに、どうして人のことなんて気にしてられるんですか?


そんなあなたを見てたら、嫌でも涙が出てしまうじゃないですか。


弱く、なってしまうじゃないですか…。


「…あり、がとう」


思わず口からこぼれ落ちた言葉はひどく乾いていて、コーヒーが欲しい、と思った。


アランはまた、笑顔を作り直して、状況を把握しきれていないカイを導くように言う。


「さあ、いきましょう。出ないと、ホントに心配されてしまいますからね?スノウさんに」


カイはまだ心配と疑念の色を残しつつも、アランの言葉に多少なりとも焦ったようで、どうしよう…忘れてたな…なんて呟き出す。


アランはホッと一息つくと、胸をなでおろし、思った。


なんで、見えている私の方が、ペースを乱されているんでしょうか?と。


それは、今までにないパターンであり、その分、アランを困惑させた。


まあ、いい。


それだって、また、自室でコーヒーを飲みさえすれば、問題は解決だ。


そんなことを思いながら、アランは手元のカップを見つめた。


あれ?もしかして、これって…コーヒー中毒だったりしませんよね?


顔を真っ青にしたカイが席を立ち、アランも少々腑に落ちない顔のまま席をたちあがる。


もちろん、手にはお気に入りのカップが忘れずに収まっている。


なんの素材出できているのか、あらん本人でさえわからないそれは、少しだけ透ける、乳白色の陶器に近い感触のするものだった。


どれだけ濃いコーヒーを淹れても、それを放置していても、このカップはその痕跡を一切残さない。


要するに、汚れたことがなかった。


何を飲んだあとでも、さっと水で流せば滑らかな、それこそ新品同様の素材の色がかえってくる。


この上なく便利かつ清潔、そして美しい。


美点しかない。


この私となんとも正反対ではないですか。


なんて考えながら手の中で転がしたカップはそこの方に少しだけ残った黒い液体をまるで拒絶するかのように、より白く、より透けて見えた。


どこで手に入れたのかもよく覚えていないけれど、きっと、もう何年も、いや何十年も昔かもしれない。


そのうち、立ち止まっていたアランをカイがせかし、アランは彼に背中を押されるようにして、図書館をあとにした。


非常に面倒な作業として、あの、外面軍団の壁を精一杯どけるというものが必要となったが、焦ったカイがここにきて彼らの身体のちょうど触れても犯罪にはおそらくならないであろうポイントのみをつき、押しのけるというなんとも器用でなければできない荒技を使い、無理やり道切り開いてくれた。


その間、もちろんカイには言わなかったが、アランは恐ろしい視線と感情の炎を感じ取っていた。


一応、終始カイに注がれていたその、熱く、燃え盛る視線には気がつかないふりをして。


「カイ…あなたはなかなか大変な道を行くことになりそうですね…」


アランは心からの同情の意を口にした。


いや、思わず口に出してしまったというべきか。


「え、なんのことです?」


回廊の風に黒髪をなびかせながらアランの横を歩くカイは首をかしげた。


その瞬間、アランは恐ろしい真実に気がついてしまった。


「いいえ、なんでもありません。行きましょうか」


これまで、勝手に見えてしまう心の中ばかりを気にしてしまいがちで、気がつきませんでしたが…こいつは少々、いや、かなりまずいですね。


カイの横を表情を変えないまま歩くアランは内心ではかなり驚いていた。


いや、しかしですよ?まさか、ここまでとは…。


いろんな意味でこれは『誤り』かもしれないですね。


アランはカイのそれと同じようになびく自分の髪の毛を鬱陶しく感じながらも、清々しい地上からの風に当たる快感を喜んだ。


こういったものがないと、とてもじゃないですが、やってられませんよ。


そしてアランは、以前は冗談で言ったものの、本当に危ないかもしれないとあの忠告を改めてするべきだと判断した。


「カイ、あのですね…あなたは本当に、大変…」


遅かった。


カイの死角から、赤の奔流が一つ、これは…まあ、わかってましたけどね?


「え、なんです?さっきから、途中でやめないでくださいよ!なんかモヤモヤ…って、うわぁっ⁉」


カイへと、燃えさかる炎がついに牙を剥いた。


まあ、もちろん、牙なんてないですし、炎なんていったらあとで怖いんですが…。


冷静に場の分析をし始めたアランはかなり引き気味である。


こういった熱すぎるアプローチは控えるべきだと思われますが…。


とくに、今日はロボさんが外出中で少々気温が高めですし…。


そんなアランの見解は無視。


現状として、どんどん炎はその温度と煌めきを増し、カイの驚きに満ちた顔はだんだんと不快の色へと腐食していく。


ああ、なんて騒がしい…こんなとこにスノウさんがきたりしたら、大変な…って、私、別に本当に何も知りませんよ?


いやいやいや、まさか本当にこのタイミングで登場しちゃいますか?普通?


なんて思いつつ、アランの口元は緩んでいた。


そして、その眼前には烈火のごとく燃えさかる赤い髪の少女レイピアに抱きつかれたカイ。


それから、その光景を見ただけで人を殺せるような(いや、おそらく確実に殺せる)視線で睨みつけている、雪のように白い髪をポニーテールにまとめ上げた、雪のような透明感のある肌を持つ美しい少女。


その横に、ハムスターが一匹。


「ハムスターとはなんだにゃ!」


わあ、すごいです。


世の中に、まさか、人語を話せる上に人の心を読めるハムスターなんて…。


しかも、語尾が猫。


「ふぬぬぬぅぅ⁉…アランさん、聞き捨てなりませんですよ~?」


あ、まずいですね…からかい過ぎました。


あ、こっちに…確か、ロボさんは…力自慢なんでした…って、これは少しまずいですね。


アランは飛びかかってきたハムスターのような見かけの小動物系少女(年齢はどうやら外見とはかなり違うようだ)を身体をそらしてよけた。


それに伴う風が彼のコートを揺らし、彼の金髪が同じになびく。


その際、ちょうど目の前でつんのめった彼女の背を支えるように手を伸ばす。


アランの鍛え抜かれていながら、細く長い腕の中に吸い込まれるようにしてロボのその小さな身体が収まる。


そうして、アランがロボを抱き寄せるかたちになった。


そして、その耳元に囁きかける。


「大丈夫ですか?お嬢さん?」


ふっと息を吐きかける。


「はぅ…」


その耳はすぐさま茹で上がり、ハムスターは耳から一気に顔まで真っ赤にして、ぐったりと力を失った。


アランにとっては簡単なことだ。


心を読み取ることで相手の動きを読み取り、その時点での最も無駄のない完璧な動作を行う。


まあ、わかってはいても、身体がなっていなければ、実行に移すことはできないだろうが、その点は問題なかった。


そう、アランは『夕暮れ時』の十人しかいない幹部のうちの一人であるから。


そして、『夕暮れ時』の中でその権利はいつだって誰かに狙われているものの上、その誰かには下剋上の権利が常にある、それらの条件の中で彼は幹部の地位にいるのだから。


アランは手の中に収まった、湯上りのように熱い状態のハムスターをちらっとだけ視界にいれてから、呟いた。


「…軽いですね」


大丈夫、聞こえていない。


だから、アランの目がどれだけ冷めたものかなんて誰も気がつかない。


アランはそれから、視線を大変な目にあっている、黒髪の美青年へと移した。


そこに浮かぶ色が何色かなんて誰も、本人でさえもきっと、わからない。


が、少しだけ暖かなものになったのではないだろうか?


でもね、少しだけ羨ましいとは思っていますよ?


だってカイ、あなたはもう、通じ合えているから。


誰かさんとね。


石造りの壁、石造りの天井、開拓しきれずにまだ土が残る地面。


無数に貼り付けられた、龍と剣の描かれた、紋章。


ありきたりで、どこまでも続く風景の中でアランは一つだけ面白みのある風景を見つけることができた。


ああ、あなたは面白いですよ。


カイ…。


アランは熱っぽく、心の中で、呼んでみた。


答えは当然返ってきやしない。


それが普通だ。


でも、あなたになら、カイになら伝わっているんじゃないか?


そんな、気がしたんです。

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