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the third  作者: 深雪
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3予兆

あの忌まわしい光学実習室、その夕日の差し込む窓際の最前列の席で、僕はスノウから光学実習の初歩を習っていた。


スノウの声が授業中にそぐわない大声のため、これが結構恥ずかしいかったりするのだが。


教室を見回すと、予想通りクラスメートの半数くらいが、何だなんだとこちらを見てきているのがわかった。


その内の数人の男子が睨みつけるような鋭い視線を向けてきているように見えるのは気のせいか?


でも、まあ僕からお願いしたわけだから今さら断るわけにもいかないし。


「だから、どうしてそこができないのよ。もう!基本でしょ?基本!」


僕のあまりの出来の悪さにスノウはお怒りのようだった。


こうなるといつものうるさい野次がまた始まるかもしれない。


まあ、でも、今はわりと気分がいいから見逃してやることにしようと思う。


「だからっ!光を扱う基本はまず、想像よ!さあもう一度自分の思い描いた光のイメージをそのまま書き出すのよ!ほら~」


と彼女は甲高い声を惜しみなく使って説明しながら、手元のプリントの中央をその白くて細い指先で差す。


「いや、だからさ…そのイメージができたら僕も苦労しないんだって…。僕にはやっぱり光を使うのは無理なんだよ…。もう五年間も光学学んでるんだしさ…」


「へぇ。知ったような口聞くわね?でも、カイ、あんた、このクラスにはあなたと同じ様に光の初歩ができてないひとだっているのよ?」


「はぁ?そんなのいないに決ま…て、ほんとだ!いたよ、一人…」


まさか、本当に僕以外にも光学が思わしくない子がいたとは…。


僕のいる席の右に三つ行った列の前から四番目の席に座った男の子だった。


彼は僕と同じように光学実習の初歩の本の同じページを穴の空く程見つめていた。


たしか名前は…ダメだ、思い出せない。


とにかく、赤い眼鏡が良くにあっている男の子だ。


僕はほとんどこのクラスの人間と関わりを持たない。


というより、人と基本的に関わりを持たないから自然とその名前を忘れてしまうのだ。


しかしながら、完全に盲点だった。


僕だけが使えないと言う言い方ばかりされていたから、自然と、ああ僕だけが落ちこぼれているんだと思ってきたけど…。


「彼だけじゃないわよ!あんたの二つ隣の席に座ってる、女の子」


今度はスノウが直接、僕の二つ隣の席に座って、光玉をふわふわと目の前に浮かばせている女の子を指差した。


え?彼女は普通にクリアしちゃってますけれど?課題。


疑問を持ちながらも、彼女を見る。


黒髪を長く伸ばし、前髪を眉の上で同じ長さに整えていて、なんだかとても落ち着いた雰囲気の女の子だ。


その子はスノウの大きな声を聞いてしまったようで、なんだか、身体を椅子の上でそわそわと揺らしている。


見た目通りのおとなしい性格の女の子のようだった。


彼女の名前を思い出そうと頭をひねってみたが、一向に出てくる気配がない。


ていうか、そもそもこんな子がクラスにいたか?と考える僕はおそらく深刻なコミュニケーション能力不足だ。


「あんた、キョトンとしてるけど、まさか名前わからないなんてことないわよね?クラスメートなんだし」


「そ、そんなわけないじゃないか」


と、内心どうしてそんなことまではっきりと大声で言ってしまうんだこの子は…なんて焦りつつ、強がってみた。


「はい、じゃあなんか今のすっごく怪しいから彼女の名前を言ってみて?」


この時ばかりは僕もスノウに降参して、ごめん思い出せない、とスノウ以外には聞こえないような小さな声で言った。


「ったく、まあいいわ。正解よ。彼女の名前はタカナシ・スズリで合ってるわ!」


彼女なりのフォローが見受けられて嬉しいのだが、それならもっと声のトーンを落としてくれと強く言いたい。


いや、言ってやる。


「フォローありがと。でも、もう少し声の大きさを控えてもらっていい?それにほら、一応授業中だしさ。みんなに見られちゃってる感じだし…」


僕は彼女に囁くと彼女は顔を真っ赤に染めてから、


「やだ!早く言いなさいよっ!バカッ!」


と言い、それから僕のほっぺたを思い切りつねった。


これが彼女の得意技であり、怒った時に発動するカウンター技でもある。


そして…痛い、非常に痛い。


「イテテ…痛い、わーかったから離して。ね?」


全くもって被害者の僕がどうしてこんな目に遭わなければいけないのか疑問だが、それよりも、つねられている僕をみて羨ましそうな表情をする男子達の方が謎だった。


これ、本当に痛いのだけれど…。




彼女は僕のほっぺたをつまんだ指から力を抜くと、


「で、仕切り直しね。私が言いたいのは、この授業中のついさっきまで、彼女があの光玉を作ることができなかったということ」


と言った。


この言葉が何を示すのか僕にはわからなかった。


「またキョトンとしてるわね。つまり私が言いたいのはカイも続けていけばいつかはできるってこと」


なるほど。


僕はなんだかこころが内側からジンワリと温まる感じと、なんだか背中の辺りにかゆくなったような感じを覚えた。


なんだか、秋の暮れの冷え込む時期であるのに僕だけ春の陽気に当てられたような、そんな感じ。


「スノウ…そんなに…僕のことを考えて…」


僕は感極まってしまって、なんだかいつもと違う感じのセリフを吐き出してしまっていた。


目も、今にも泣き出しそうなくらいに涙が込み上げてしまって、こらえるのがキツイ。


これでは格好がつかないではないか。


「べ、別に、そんなんじゃないからっ!」


なんて彼女はまた大声に戻ってごまかすけれど、僕にはわかる。


彼女は素直になれないのだと思う。


恥ずかしがり屋で、人に褒められたり、感謝されたりすると、なんだか無性に恥ずかしくなってしまって、思ってもないことを言ってしまうんじゃないだろうか。


僕はそれが痛いほどわかる。


だから…。


「そっか、でもありがとう…なんかやる気でてきたよ」


と僕は言った。


「ふ、ふん…そんなつもりじゃなかったけど、良かったじゃない!でも、手加減なしよ?」


「おう!望む所だ」


かっこ良つけて返したはいいものの、ここでチャイムが鳴ってしまい、なんだか微妙な感じで授業が終わってしまった。


それに、クラスメートの注目が半端ではない。


皆がみな、スノウと僕を交互にみて、首をひねっている。


それが何を意図するのかわからないけれど、居心地が悪いのだけは確かだ。




「キリーツ!」


と今日の日直の声がする。


それと同時に教室の生徒みんなが一斉に立ち上がる。


それに従って立ち上がり、先生の方に向き直る。


「キョウツケー!」


みんなが姿勢を正す。


僕もそれに従って正す。


「レイ!」


これまた皆に習って先生に向かって頭を下げる。


「はい、では皆さん。今週はもう光学実習の時間はありませんが、来週の月曜日までに課題をしっかりと終わらせておくように。いいですね?特にカイ、あなたは特別課題をちゃんとやってきなさいな」


そう言って先生は教室の教卓のすぐ右にあるドアから颯爽と出ていった。


僕はあの先生が嫌いだ。


いつもいつもあんな風に僕にだけ太い釘を刺し、テストが悪くないのに個人的に呼び出されて補習を受けさせられたり、授業態度をいくらよくしても返ってきた成績表には授業態度がひどいと赤いペンで書かれていたという始末。


こんなにひどい教師がこの世にいていいはずが無いなんて真剣に思っていたりするのだけれど、スノウからすれば、先生に気に入られてるからこそあえて厳しくされているだけと言うことなのだが、僕は納得がいかない。


とはいったものの、先生に対抗意識を燃やしたところで何も変わらない。


その上、何か行動に移したとしても成績を下げられるか罰を食らうだけ。


だから僕はただ、心の中で嫌いだと思うだけ無駄だとはわかるものの、どうしたって意識はプラスに向かないのだ。


むしろマイナスである。


僕の思考なんかお構いなしに、先生に続いて生徒達が我先にと、光学実習室の小さなドアにドッと集まり、押し合いへし合いをし始めた。


なんとまあ、毎度毎度よくやるなあ、と思いながらその様子を見つめる僕はやっぱり、コミュニケーション能力がないのだろうか?


僕はいつものように、のんびりと机の上に広げた教科書とノート、数枚のプリントを集めて、トントンと机でそれを整える。


決してあんな連中のように焦って出て行こうとはしない。


あんな風に無駄に体力を使う学校生活は嫌だ。


決して教室に戻ってもやることがないからとか、校庭に出ても遊ぶ友達がいないなんてことではない。


決してだ。


「何をブツブツ言っているのよ?そろそろみんな出て行ったから、私たちも行こうよ」


スノウがとても素晴らしいタイミングで僕の思考を邪魔した。


イヤー、この時ばかりは助けられたと僕は思いながらその言葉に従って席を立つ。


いつも、大きな口を叩いているスノウだけれど、実は僕の方が大分身長が高い。


僕が百七十五センチで、スノウは百五十五センチと、その差二十センチ。


それなのに、どうしてだか普段、席に座っている時のスノウは、僕より高い位置でものを言っている気がする。


座高が高いと言いたいのではなくて、もっと別の…。


「まーた、ブツブツ言って!もう、本人の前でそう言うこと言うのやめなさいよね。私だからいいものの」


あれ?そういえばさっき突っ込むのを忘れるくらいにさらっと言われたことだけれど、二度言われて見ると、非常に気になる。


「もしかして、口に出ちゃってた?」


恐る恐る、聞いてみた。


「うん、バリバリね。ついでに授業中、ずっとそうだったよ?」


あれあれ?なんだかサラッと本当に怖いことを言われたな…もしそれが本当なら、僕はかなりプライバシーのない人間になってしまっている。


人間とは一概に言えないのだけれども…一応背中に黒い翼なんて生えてはいないから、人間の血の方が多いと考えていいと思われるし…て、そんなことはどうでもいい。


「スノウ…じゃあ、全部聞いてたの…その、僕の独り言…?」


一応、一縷の望みをかけて聞いてみた。


そうしたら、案の定、彼女はポッと音を立てて、顔の温度を急上昇させた。


それはもう、沸騰もいいところである。


「…はぁ…」


僕はもう、最悪の事態に、ため息をつくしかやれることがない。


それで、僕は本気で頭を抱えていたから、


「なあんてね、どう?ビックリした?」


と彼女が普段の表情に戻った時には、本気で彼女に殴りかかりそうになった。


なんとかして震える拳を抑えてから、


「やっぱりスノウのことなんかキライだっ!」


光学実習室の小さなドアから廊下へ駆け出した。


廊下の空気は、いつもよりどんよりとして、湿っぽい。


あんな奴、なんて心の中で呪いの言葉を吐くけれど、どうしたって心の底からスノウのことを嫌うことなどできなくて…。


やりきれなくなって特に意味もなく、廊下に出てすぐに見える開け放たれた窓の外を眺める。


視界が、日はすっかり暮れて、夜の黒に染まった空でいっぱいになる。


そこには、紫色の雲がこれでもかと言わんばかりに敷き詰められていた。


「イヤな雲だな…傘、持って来てないのに…」


そのまま、窓から顔を離し、教室に向けて重い足を踏み出した。


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