45長い長い夢のあとに
「…ン!」
ん?
「…レン!」
な…んだ?
「シュ…レン!」
う、ううん…。
「シュンレン!」
「は、はいっ⁉」
少年はガバリと夢の世界から帰ってきた。
部屋の中を探すまでもなく、声の主は彼の起き上がったその視線の先に立っていた。
「なんだ、おじさんか」
「シュンレンッ!!」
「……ッ⁉」
少年はその声に驚いてベットから危うく身を落としかけた。
「おお、起きたか」
「お、おじさん!何するのさ!」
少年はムッとして目の前に立つ小柄な男を睨みつける。
「いやいや、せっかくお前の大好きなおじさんがきてやったってゆうにによ、お前があまりに反応薄いからまだ寝てんのかと思ったぜ」
「ったく、冗談もほどほどにしてよ。危うくベットから落ちるところだったじゃないか」
「大丈夫。ベットから落ちても死にゃあしないぜ」
「ああ、でたでた。老人の口癖だ。おじさん、かなり老け込んだんじゃない?」
少年が目の前にいる男を観察する。
40くらいだろうか?
白髪の割合が高めのせいか、ちょっと老けて見える髪の毛は、禿げたりとか薄くなったりはしていなかった。
けれど、それは少年のそれよりずっとまともだった。
観察しながら、少年は『真っ白な』自らの髪を寝起きの瞬間だけに、軽くかくと、またつまらなそうに、まるで夢の中の方が良かったと言わんばかりの表情だ。
そうして、再び目を向けられた男は、今時珍しく、髪の量が多すぎて持て余してるという感じにさえ見えた。
背丈は結構高い。
ベッドから身を起こした少年の座高のはるかに高いところから、その少しだけくたびれた細面が見下ろしていた。
割に整ったその顔には、現在、年齢不詳のイタズラっぽい笑みが浮かんでいる。
「なあに、言ってるんだよ。お前が老け無いだけだろ。まあ、その分頭の発達が遅いみたいだがな」
「なんてこというんだよ!僕はいつだって絶賛成長中さ。今なんて身長に倍キャンペーンまでやってるんだよ?」
「ふん、まあいいけどな」
「ねえねぇ、やっぱり同い年なのにおじさんって呼ばれんのはやなの?」
「いや、大丈夫だ。慣れてるからな」
「なにせ、お前に会う前から、ずっとおじさんだからな」
「うん、大変だよね。僕はこの通り、もう何年前からか忘れちゃったけどさ、それから歳ほとんど食ってないけど、おじさんはついこないだからだもんね」
「ああ、ちなみにお前の嘘を見抜くのも時間がかかったぜ」
「まあ、あのまま親戚みたいな関係でも良かったとは思うけどなぁ。さすがに、それも飽きたしね」
おじさんと呼ばれた男の顔が不意に真剣な表情に切り替わる。
「で、お前、なにかあったのか?この二日、寝続けてたんだぞ?」
「ちょぉっと、過去の記憶がね。なんとか早送りしたんだけど、それでもこれだけかかっちゃったんだ」
「ふぅん。で、どんな夢なんだ?」
「からっからに乾いた荒野でさ、すっごい悪趣味な夢を見てた夢だよ」
「夢の中で『夢』か、そいつはあの魔女を思い出すな」
「あれあれ?おじさん、もしかして面識あったの?あの性悪女とさ」
「いいや、噂を聞いたことがあるだけさ悪趣味な夢の中にいる間、その中を自由に作り変えられるんだよ」
「ふぅん、まぁ、いっか。それでさぁ、その夢の中の『夢』だと、僕はネロって名前でその魔女ベティと一緒に暮らしてるんだ」
「おかしな夢だな。もちろん落ちはあるんだろ?」
「いいや、落ちに行く前におじさんが起こしちゃうから、わかんなかったよ。まあ、実際にあった過去の記憶だとおもうから、『再生』すれば問題無いはずなんだけどね」
はぁ、と少年は深くも浅くもないため息をはいた。
「でもさ、面白かったなぁ。その『夢』の中だとさぁ、魔女の方は僕とかもう一人の『来訪者』をさぁ、完全に普通の少年少女と勘違いしててさぁ。少女の方は少女の方で自分の存在意義わかってないし、僕の正体に気づかないし、笑っちゃうよ。全くさぁ」
「少女?」
「ああ、そうそう、一緒にベティの『罠の夢』に巻き込まれてた子だったんだけど、めちゃくちゃ可愛い子だったよ。僕のお嫁さん候補の一人さぁ。でもねぇ、僕らがどれだけ『重要な存在』で、どれほど『希少な存在』かわかってないなんてねぇ、頭悪いし、もったいないよ。その点は最近までの君も同じだけど」
「仕方ないさ。俺だって下手したらずっと気がつきはしなかったよ、『証』がでてくるまではな」
男は苦笑する。
「まあ、夢の話はそれくらいにしてさ。僕らはもっと楽しいものを見に出向くことにしようよ」
「ああ、そうだな。今となっては逃げようとした自分が馬鹿みたいに思えてくるぜ」
男はおもしろくなさそうにボソッと言うと、後ろ手でドアノブをつかむ。
そんな男を見て、少年は答える。
「いやいや、まだ待って、いま、出て行っちゃうとややこしくなるから」
「『ややこしくなるから』?」
「うん、今はまだダメだよ。せっかくこれから、一対一の対決が二対一のさらに楽しい戦いに変わるんだからさ」
少年は邪悪な笑みに口元を歪めた。
男は一瞬目を見開いてから、また落ち着いた表情に戻ると、ドアノブから手を離した。
「シュンレン、お前って奴は本当に変わっちまったな。昔は可愛いやつだったのによ」
「違うよ。僕の名前はシュンレンじゃないし、僕が変わったんじゃなくて、おじさんが気づいただけさぁ」
そう言うと少年は口元を歪めたままクツクツと笑った。
「ああ、それから、おじさん。僕の本当の名前教えとくよ。ネロって言うんだ。よろしくね」
「わかった。だが、俺の名前はおじさんじゃない」
「いいやいいよ。呼びやすいし…」
とここで男がネロの言葉を遮った。
「バァカもん!名前ってのは其れなりに重要なんだぞ。で、俺はドランだよろしく」
「えぇー、ドラゴン?」
「ドランだ!」
「ドラム?」
「ドランだ!って言ってるだろうが!」
「うーっんと、ドラム缶?」
「缶をつけるんじゃない!なんかちょっとだけ想像して笑っちまったじゃねえかよ!ドラム缶風呂とかはいってみてえ、とか思っちまったじゃぁねえか!」
「ふーん、ドラム缶風呂ってそんなに気持ちいいの?」
「いやぁ、そりゃそうだろうよ~、そもそもドラム缶って奴はなかなか味があっていい…て、なに、ドラム缶で話題変えようとしてんだよ、おい」
黒々と夜に染まり切った雲は月明かりを遮り、部屋の中には真性の闇が立ち込めていた。
目の前に誰が立っているのかもわからない闇の中で、二人の会話は後を絶たずに続いて行くのだった。




