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the third  作者: 深雪
44/83

40ツアー『夕暮れ時』?No.7(ワインレッド)

ガキィィン!キィィン!キンキン!という金属と金属のぶつかり合う音が大広間を割った。


赤を基調としたこの広間の装飾はよく印象に残る物だが、かといって自己主張の激し過ぎるものというわけではなかった。


色づかいは派手であるのに、その色合いの中に少しずつ『暗さ』を差し込んでいくことでその過度な華やかさを中和し、うまい具合に部屋に趣深さを与えていた。


カーペットと天井はそれにしたがった様式の模様で飾られていたが、壁は荒っぽい石造りの壁となっており、不思議な違和感を感じさせる。


壁に貼られた少し色あせている黒や赤の布にはそれぞれ龍と剣の紋章が刺繍されていた。


そもそもこの優雅な部屋で金属音が反響していること…さらに言ってしまえばその中央で鉄の塊を叩きつけあっているワインレッドの鎧をみにまとったものたちが存在すること自体がおかしいのだ。


たとえるなら、座学の授業中に生徒が突然踊りだすくらいに場違いな光景である。


だが、そんなことを思っているのはどうやらここに二人しかいないようだった。


広間の中央で汗にまみれたその腕を振るう数十人の方々を改めてまじまじと見た僕は、思ったことが一つある。


やはり…タイムスリップしてきたのではなかろうか?と。


なんだか、僕という存在がここにはいてはいけない、決して上手くはまらないパズルの間違ったピースのように思えた。


ポカンと部屋の奥の方を凝視していると…


「なぁに、やってるんですかー。今日からあなたもあそこの一員なんですよー」


ロボがやれやれと首を振る。


「はい?」


いやいやいや…ありえないありえない。


今度は僕が首を振る番だった。


「次元とか、時代とか大いに間違ってますよ」


言ってから改めて修練場を見回す。


やはり、一度目にきた時とはだいぶ違って見える。


もっと優雅なデザインであるし、もっと荒っぽいポイントもあった。


そんな違和感は決して大きくはないが、確かな『ずれ』だった。


きっと、突然の出来事に動転していて、目の前に繰り広げられた、ワインレッドの鎧の方々の打ち合いばかりに目がいったせいだと思う。


それに、すぐにリリアとかアランと会ったわけだし。


と、結論づけてから、ロボの返答を待った。


それから、そいつはすぐにやってきた。


「ええ?ああ、そういうことですかー。びっくりしましたですよー。アランさんから11colorsと聞かされていましたので、そんな方がまさかこの程度の非実践的な訓練を前に尻込みするなんておかしいと思ったのですが…そういうことですかー」


「いやいや、なんですか?その『そういうことですかー』ってきらきらした目で二回も繰り返して」


「いやはや、さすがだと思っただけですー。私も流石にこの程度のレベルで音をあげたりはしませんが、そこまで余裕に構えるのはちょぉーと厳しいですー」


「いや、あの、僕は純粋に感想を述べたまでなんですが…」


「そこがすごいんですよ。いやー、まさしく次元の違うお人ですー」


「僕がすごい?次元の違うお人?」


この小動物は何を言ってるんだ?


確かに僕はこの場にふさわしくない、非常にひ弱でのろまな無能の存在かもしれないけれど、そこまであからさまに馬鹿にしなくてもいいじゃないか!


と、少々頭に血がのぼった僕に対し、ロボさんはその茶色の瞳を宝石みたいに輝かせて、まるで、『尊敬』の念を込めているような視線を向けていた。


「いやー、痩せすぎなくらいに見えるのに…人は見かけによらないって本当ですねー」


「は、はぁ?」


僕の頭はついに困惑に支配された。


僕を馬鹿にしておいて、向けてくる眼差しは尊敬の色…?


これは一体どういうことなのだろう?


なんなんだ、この違和感は。


だが、そんな違和感を一言で見事に打ち砕いた者がいた。


その名も、スノウ・ラクサーヌ。


白い髪をポニーテールにまとめた美しい少女。


彼女のはなった言葉は僕とロボとの会話の違和感を真っ二つにして、払い去った。


「ロボさん、カイの体育の成績は私より悪いわよ?」


平坦な口調で紡がれた言葉は氷点下の気温を持ち合わせ、僕とロボさんをそれぞれ違った意味で凍りつかせた。


な、なんで…そんなこというんだぁぁぁ!?


せっかく、第二の人生踏み出した気分だったのに…。


「ていうか、クラスで一番下だったわよね?足なんて私より遅いし」


流石にこの補足説明はカチンときた。


「おい、そこまでいうことないじゃないか!」


スノウを睨みつける。


すると、スノウは素知らぬ顔で答えた。


「事実でしょー?それなのに、なぁに?嘘の噂をながされた被害者みたいな雰囲気だしてるのよ~」


スノウの顔にしてやったりという意地の悪い笑みが浮かびあがる。


これが他人の顔ならきっと非常に腹が立つ光景で、思い切りブチ切れるところなのだろうが、だめだ。


それがスノウの顔だとどうしてこう可愛いのだろうか?


僕は一瞬怒りを忘れてそのいたずらっぽい笑みに見惚れてしまった。


少し細くした切れ長の目も、はしだけ緩んだ薄桃色の色っぽいくちびるも、すごく、すごく…って、おいおい…これじゃあアランと同じじゃないか。


僕はすんでのところで自制心を取り戻し、我に返る。


自分がなにに対して怒っていたのか思い出すのに時間がかかった。


それから、


「……うぅ…」


呻くしかできなかった。


確かにどうしようも無いくらいに事実で、変えようがない現実だった。


僕はクラスで一番足が遅く、一番体力がなくて、一番…。


考えれば考えるほど自分の存在が薄くなり、自分の頭がうつむいていくのを感じた。


やっとの思いで浮かび上がった自己嫌悪の海にまた沈みそうになる。


「まあ、でもカイ得意分野はここだから。こ、こ」


スノウの声が響く。


しかしながら、うつむいた僕にその『ここ』というやつを知ることはできない。


気になって顔を上げると、目の前のスノウが毒気なしの満面の笑みを浮かべ、指差した先は自身の頭だった。


「成績はクラスでトップだったわよね?」


「う、うん。確かそうだったような」


僕はとっさに答えていた。


自分でも自信が戻ってくるのがわかる。


自己嫌悪の海が干上がって行き、ようやく僕はまた、自信の陸に立つことができた。


そうだ。


僕にだって得意分野はある。


漫画の主人公みたいに華やかではないけれど、それでも僕にだって才能があるのだ。


「ですから、身体の方も鍛えたら完璧なんですよ。ね?」


ね?って…それは僕へ遠回しに、このとんでも空間の一部になれということか…。


だけど、わかって欲しい。


僕は平穏無事でほとんど事件どころか事故すらない、少し日常の警備が甘すぎると問題になっているくらいの温度のぬるま湯のような都市で生まれてこのかた生きていたわけで…。


なにをするにも段階とかいろいろ踏まないといけないわけだしさ。


それに、ほら、僕はこの通り腹筋すら全然ないわけで…。


ここで僕はお借りしたシャツを豪快にめくって自分の『弱さ』を露出した。


あれ?


なんでスノウとロボが顔を赤くして目を逸らしちゃって変な言葉を口にしてるんだ?


「な、ななな…何やってるのよ!突然!ええと、こういうのをなんていうんだっけ…あ、そうだ、こ、この…露出狂!」


と、完熟トマトと化したスノウ。


「ちょ、ちょっとそれは刺激が強過ぎますぜ…旦那ぁ…」


と、どこかの暴力団の若頭となったロボさん。


「いやいやいや、その反応はおかしいでしょ?僕ちゃんと流れで…って、あ⁉アランさんと話してた時のくせで口に出すのを忘れてた⁉」


僕はなんだか支離滅裂な台詞をはきながら急いでシャツをおろした。


気まずくなってそのまま部屋の中央へと視線を逃がすと…目が合った。


いや、正確にはワインレッドの兜の中央より少し上辺りにある空白の部分と僕の目があったのだ。


何時の間にか鳴り響いていた剣戟の反響音止み、見渡すと他のワインレッド達もこちらに向き直り、なにやら首を傾げたり、手を叩いたり、こちらを指差して腹を抱えていたりいろいろしていた。


中身のハーフですねすみませんがどうあれみな同じ格好をしているのでとてもシュールな光景に見えた。


まあもちろん、中に入っている方はきっとムキムキのバッキバキで素手で壁に穴あけちゃうような筋骨隆々のオジサンなんだろうけど。


そのうちの一人がご丁寧にも兜を外して挨拶しようとしてくれているようで、モゾモゾと兜の後ろの首の付け根辺りをまさぐっていた。


いや、まあ確かに礼儀正しい人は好きだけれども、筋骨隆々のオジサンとかはちょっと…別に劣等感とかだけじゃなくて、ほらええと…衛生面とか生理的にとかそう言った意味でちょっと…ね?


でもあれだ。


僕も晴れてこの組織の一員になったわけだし、『挨拶もろくにできないやつ』だなんて思われたくないからさ。


僕はこう言った経緯でしばらくワインレッドの一人が兜を抜いでいる間ずっと背筋を伸ばし、それを眺めた。


それはとても退屈なものだった。


その上ワインレッドの方も兜を外すだけにしてはかかりすぎなくらい時間をかけていたため、だんだんと先ほどの気まずさも忘れてスノウとかロボさんとかと話し出そうかという考えに至ってしまうほど暇だった。


むしろ、他のもの達からみて背筋をピンとのばしてつまらない光景を見つめる僕の方がよっぽどシュールなのではないか?


まあ、そんな考えを振り切るために、目の前にある鎧の形を観察し始める。


博物館でやった『我々の歩み』とかゆう展示会で見たことがあるものに近い形だ。


確か、プレートメイルって言うんだったか?


敵陣へ突っ込む際、矢やフレイルから隙間なくつがれた鉄鋼の塊…あの時は単純にかっこいいとしか思わなかったけど…実際目の前にすると、なんていうか、迫力あるなぁ。


その動作は現在進行形で面白いのだけれど。


ただ、展示されていたものは光玉の光をキラッキラ反射していたけど、目の前のものはずいぶん違う。


材質が違うのかはわからないが、その塗装のせいか、ほとんど光を反射しない。


それでも金属は金属なわけで、鈍く光はするものの、とても地味なものだった。


僕からすればワインレッドという選択はとてもいいと思う。


ていうか、非常にいい。


すっごくかっこいい。


その上、展示されていたものより、所々角ばっていたり、角のようなものが肩から覗いていたりと、見映えのよさとしては改良版と言う他ない。


しかし、見た目がいくら良かったとしても、確か鎧はすごく重かったはずだ。


確か、二十キロから四十キロだったっけ?


つまり、結論として中から出てくるのはいかついおじさんと言うこと…だぁ?!




兜を下ろし、現れたのは…艶めく紅。


ワインレッドの金属光沢よりも、ずっと輝いて見える赤だ。


ふわっと兜を外した勢いに揺れる。


なびく髪から滴る汗が神聖なものにさえ見えた。


それから、赤の奔流があるべき場所に姿を戻し、さらに驚く。


真っ白な肌に汗を玉のように浮かべ、少々釣り気味で切れ長の瞳は真紅の炎をその奥で燃やす。


シュッとした口元には余裕の笑みが妖艶にこぼれた。


細くまとまった顎には無駄なものなんてなにもない…いや、この人に無駄なものなんて一つもないのかもしれない。


あえていうなら胸の肉付きだけはとてもいい…これは無駄なのか必要なのかは判断しかねる。


まあ、飛んでもなく美人な…お・ん・な・だ⁉


僕は自分の目が飛び出すのではないかと本気で心配した。


わざわざ目に手を当てて、ホッと胸を撫で下ろすくらいに。


「何をそんな風に驚くことがあるのかしら?」


僕と向き合う形となった女が口を開く。


ただそれだけの言葉なのに、身がすくむほどの重みがある。


僕は情けないことに後ずさりしそうなのを、なんとか足の裏に力を込めて踏ん張り、とどまってから答えようとした時、また女の唇がうごめき、言葉を連ねる。


「どうせ、貴方もどうして女が、なんて思っているんでしょう?」


女の真紅の炎がその輝きと火力を増しながらも細められる。


そこにあるのはおそらく怒り。


だが、僕にはその怒りのポイントがどこにあるのかつかめない。


どうして、女の人が鎧をきていることに感心し、驚いてはいけないのだろう?


「どうして、そう思ってはいけないんですか?」


僕は腰が引けっぱなしのまま、今度こそ答えた。


まあ、正確には問い返したというべきなのかもしれないが、これが精一杯。


「どうして、だと?その考えの根底にある常識がすでに女を馬鹿にしているではないか!」


女は叫ぶ。


炎があまりの高温に青く変色するのではないかと思われるくらいに火力をまし、より僕の精神力を焼き焦がし、磨り減らす。


なんとまあ迫力がおありで…もはやそこには憧れの念すら浮かぶ。


僕もこんな風だったら、良かったのに、と。


おそらくその時の僕が彼女を見る目は小さい頃、ヒーローものの漫画の主人公に対して向けていたものとほとんど同じだったと思う。


ただ、純粋な憧れ。


そんな僕に、女はひどく顔をゆがめた。


「………」


それから、か・わ・い・く、首を傾げた。


好奇心旺盛な少女のように。


そこには先ほどまで女の周りに漂う圧倒的な存在感とはとてもかけ離れたもので、ものすごく違和感のあるものであると同時に、清楚で何も知らない女の子のそれだった。


そのギャップに、呆気に取られた僕に少女と化した女は距離を詰める。


先ほどまでがどの位の距離感だったのかなんて今更考える余裕はなかった。


近すぎる。


近くにくると、なおさらその美しさや、スタイルのよさが鮮明に映り、思わず目を逸らしそうになったが、考えてみれば失礼かもしれないと思い直し、向き合う。


…はぁ…これだから女性は苦手なんだ…。


「ねぇねぇ、どうして貴方は私のことをあんな目でみたのかな?」


「あの、あんな目って言うのはその…なんていうか誤解を招きそうで嫌なんですが…?」


僕は後ろからなんとも言い難い殺気というか危険な波動というかを感じたので、顔から血がサーと引いてしまいながらもなんとか保険をかけた。


「それもそうだよね。ごめん」


うわぁ…さっきまでと本当に全然違うよ。


なんか色々間違えているというか、塗り絵で全然違う色塗っちゃったような感じだけど、それがまたいいなぁ…。


見た目は少しきつめの性格の大人な美人さんと言う感じなのに、今現在絶賛少女モードです、はい。


少し恥ずかしそうにうつむくところとか、若干頬が紅潮してるところとか、その時汗がカーペットに滴り落ちるところとか…っと、ここで僕は思考を一度中断した。


危ない危ない。


また、アランさんみたいになるところだった…。


本当に今日といい、昨日といい、僕の頭はどうかしている。


ぶんぶんと頭を振ってから、言う、


「いいや、それは全然いいんだ」


とここで少しだけ口を止めて、殺気が感じられないのを確認すると、一つ長いため息をつき、


「誤解はもう解けたみたいだから」


と少女に笑いかける。


すると、何故か目の前の、見た目は大人なっぽいが中身は少女モードの美人さんは、顔を赤くしてそっぽを向いた。


あれ?


僕なんか変なこと言ったか?


いやいや、ないない。


流石にそれはない。


そこまでアラン化は進んでないはずだ。


となると…なんで?


僕がウンウン悩んでいると、目の前の女の子もそれに合わせて逃げるように首をそっぽに向ける。


これは完全に嫌われてるな、うん。


なんていうか、雰囲気とかでわかる。


だってほら、そっぽ向いた首が赤くなってる…ていうか、もう耳までそうなってるしな。


きっと怒ってるんだろうな、僕の『何か』に対して。


でも、その『何か』がどうやってもわからないから嫌われっぱなしだ。


ああああ、今度は髪振り乱してぶんぶん首振ってるよ…きっと相当だな、これは。


もはや視界に入れたくないっていうね。


僕の中でどんどん彼女の株が下がって行く。


彼女の中で行われているであろうことと同じように。


目の前には赤い竜巻、旋風、いや、それを舞台とかで表すような小道具に見える乱れた長い赤髪だ。


なんにせよ、そんなに嫌いなら離れればいいし、視界に入れたくないなら目を瞑るか、後ろでも向けばいいのに…。


本当に謎だ。


こう言う子は将来苦労するのではないだろうか?


第一印象だけで人を判断するってのは、大変器の小さいことだ。


人間(ああそうです、ハーフですよ)、心を広く器をでかく持たないと。


なんて考えにふけっていると…


「なんで、少し見学するだけって言ったのに、思いっきり女の子と話し込んでんのよ!この露出狂!」


後ろから引っ叩かれた…いや、実際には肩にポンっと手を置かれただけなのだが、普段ならそうされているところだと考え、体が勝手に痛みを抑える動作の構えに移っていたのだ。


右肘を垂直にたて、左手の甲の上にのせる。


それから、膝を軽く曲げ、腰を落とし、体全体に力を均等に込める。


なんとか光線とか言うのをうってしまいそうな不思議な構えだが、何故だか痛みに対してより体を鈍感にできる上に、一瞬だけだが、筋肉の硬度を最高にまで上げることもできるのだ。


見た目は悪いが実に素晴らしい、僕をスノウの魔の手から助けてくれてきた戦友と呼んでも過言ではないほどの頼もしい体術なのだ。


しかし、いやぁ、スノウも成長したなぁ。


これで僕ももう殴られないですむな。


僕は『構え』をときつつ、少しだけひたいに浮かんだ冷や汗を手の甲で拭った。


そして、ようやく振り返った先のスノウは怒ってる怒ってるよ…。


『鬼モード』にまでは到達していないものの、かなりそれに近いところまで身体の負のオーラを高めている。


そこまでの負のオーラをまとった状態で普段通りの動作が可能だと言うことは、つまり、怒りを完全に制御したと言っても過言ではない。


もしかしたら、今のスノウならば怒りを力へと変換できる力すら持っているかもしれない…ッハ⁉これが、もしやスノウの『夕』なのか?!なんという兵器⁉恐ろしいまでの攻撃力と防御力を誇る最強の夕だ!


と、勝手にテンションが上がってしまっていた俺は何時の間にか赤い光に包まれた指にデコピンを食らわせられていた。


「ブバハッ⁉」


僕の体は面白いくらい簡単に吹き飛ばされ、あまりにも長い間宙を舞った。


まるで用済みのプリントをクシャクシャと丸めて投げ捨てるみたいに。


そのまま十メートルは飛ばされた気がする。


激痛を伴いながら…。


視界がぐるぐる回ったかと思うと、そのまま背中から始まった痛みに全身が押しつぶされたような感じを味わうこととなった。


口の中には床のカーペットの遠くからみると綺麗なのに近くでみるとゴミだらけという状況から発生した汚物が思い切り入り込んでむせた。


「…グガァ⁉ゲホッ!ゲホッ!」


全身が、痛い。


特に勢いのままにぶつけた背中が、痛い。


手加減なしだな…こりゃ…。


しっかし、おそらくデコピンで済ませたってことはそれが手加減ってわけか…でも、デコピンでここまでの威力が出るって、ちょっと反則かもしれない、なんて冷静に考え出す僕の頭の中から、すでに痛みは消えていた。


当然痛いものは痛いけれど、これくらいならまだまだ耐えられる。


まあ、これまでだって耐えられたからこうして一緒にいるわけで、それにほら、痛みってのはなれてくるとだんだん薄れてくるんだって話を聞いたことがあるし。


そしてなにより、とパンパン、ズボンをはたきながらと僕は白い髪の美少女へ目を向けた。


現行犯はあわあわと胸の前で両手を同時に振り回し、違うの!違うのっ!なんて手がしゃべっているみたいに見える。


その姿は見慣れたものだ。


何一つとして変わるところがない。


ポニーテールの揺れ具合も、両手を振る速度も、少しだけ揺れる胸元も、どうしたらいいかわからないという困惑した顔も、何も変わらない。


変わらないけど、そのどれもが僕にとっては魅力的で、いつまでもみていたいと思う。


それに、変わらないものがあるってことは素晴らしいことだ。


今回、僕が体験した非日常は確かに僕の望んでいたような刺激をくれているけれど、でも、いざその時になって分かった。


変わらない日常にだって価値はあったんだと。


帰る場所があるって素晴らしいことだと。


だから、『あの時』にだって、そばに居てくれた彼女の全てが、僕にとっての帰る場所なのだった。


僕のほおが自分の意思通りに緩み出し、唇から禁断の言葉を紡ぎ出してしまいそうになる。


それをなんとか抑えると、腰を上げ、立ち上がり、スノウの方へ歩み寄る。


そして、両腕のバリアーのちょうど穴のようなタイミングで手を突き出し、今度は彼女の肩に手を置いた。


そうすると、一瞬、彼女の身体がビクリ!と震え、それから、すぐに動きを止め、僕の顔を置いた腕越しに見上げてくる。


その綺麗な薄水色の瞳は少しだけ濡れていて、目尻のはしに一粒だけ涙が浮かんでいて、その顔は怒りとはおそらく違う色で赤く染まっている。


それらの要素全てがさらに僕の心をグラリとさせる。


しかし、僕は自分の決めたことを曲げようとは思わない。


だから、


「ちょっと時間かけすぎちゃったね。ごめんごめん」


なんて笑顔で言う。


そんな僕に彼女は怒ってないのかと無言で聞くけれど、そんな気は特にない。


過ぎたことは過ぎたことだ。


台風は去ったんだからあとは晴れるしかないじゃないか。


僕は精一杯に彼女へ笑いかける。


大丈夫だよ。


僕は慣れているから、と。


「あのですねー、お二人ともー。そろそろ帰りますですよー」


ロボがつまらなそうな声で呼び掛ける。


そちらを振り向くと、本当に退屈してる感じだ。


「「はい」」


僕らはほぼ同時に返事をすると、それから、ワインレッドに振り返りもせず、修練場をあとにしようとした。


すると、僕だけ、その勢いに乗ることはままならなかった。


なぜなら、何者かに、くいくいっと、後ろからシャツを引っ張られたのだ。


「なんですか?」


と、僕は少々声に苛立ちをにじませ、首だけで振り返る。


視界にはいるのはやっぱり赤髪だ。


でも…なんで?


嫌いな人のシャツを掴んでわざわざ引き止める必要あるのか?


そんな僕を見上げる形で彼女は口を開く。


その真紅の双眸はぐるぐると回転していた。


混乱(?)しているのだろうか。


「名前、教えてもらって、ない」


少女モードが解けかかっているのか、他に何か原因があるのか、よくわからないが、なぜか片言だ。


それも、ひどく顔が紅潮している…その上、見事なまでに僕と視線を合わせようとしない。


なんなんだろ?ほんとに。


そんなふうに思いながら一応名乗っておく。


これからここが僕のホームとなるわけだから、印象はできるだけ良くして置いた方がいい。


「僕はカイ・ルートです」


「あ、えっと、わ、私はレイピア・レッドウィル…です。よ、よろしく」


彼女は自分で言ってきたにもかかわらず、僕の言葉に戸惑ったような表情になりながら、噛みかみで名乗った。


「それじゃあ」


「う、うん、また明日ね…」


とそっけなく返して、彼女との会話を断つと、急いで広間の大きな両開きの扉に向かった。


スノウとロボさんにおいていかれたらやっかいだ。


僕は昔から道覚えるのが苦手で、簡単な道筋でも、一回で覚えられたことなんかない。


まあ、それを知ってるにしろ、知らないにしろ、知らない場所に人を置いて行くなんてひどくないか?


少し焦った僕の顔に扉から入ってくる回廊の真新しさと埃っぽさの混ざった風が当たって、気持ちいい。


回廊に出ると、左右を確認するが、すでに二人の姿はなかった。


「どうするかな…こりゃ…」


深いため息とともに吐いたつぶやきは会話の一部分へと変化することとなった。


「はいはーい。困った時はアランさんにお任せですよ」


聞き覚えのありすぎる、頼もしいのかやっかいなのかわからない、声が僕の後ろから回廊ないに解放された。


どうしてこう、いいタイミングで現れるんだろう?


きっと、仕事でも美味しいとことかは全部持って行くタイプの人なんだろうな、この人。


「それはもちろん、二十四時間体制であなたを見張ってるからに決まってるじゃありませんか?カイ?」


「カイ?じゃないですよ!怖過ぎです」


こうして僕の長い長いツアー一日目は後半戦に突入することとなる。



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