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the third  作者: 深雪
42/83

38ツアー『夕暮れ時』?No.6

「ロボさんもスノウも手加減を知らないんだから…」


僕は回廊を歩きながら深々とため息をひとつつく。


回廊の埃っぽくて少し土臭い空気は僕の胸いっぱいにつぎ込まれて、窮屈な肺から自然と息が漏れ出したのだ。


そんな状態でいると、なんだかとてもナイーブな気分になる。


それから、そういう意味でも、強くならなきゃいけないな…なんて冗談混じりに思える僕は案外タフなんだろうか?


いや、現実的に見てそうとは言えない。


「…ィッテテ…」


相変わらずの威力で飛んできたスノウの鉄拳(今回は『嫉妬の鉄拳』とでも言っておこうか…)によって鳩尾に甚大なダメージを負ったのだ。


普段から喰らってきたスノウの無意識攻撃によってかなり身体的には強化されたと思ったのだが…どうやらまだまだだったらしく、一歩足を踏み出すたびに、その振動が鳩尾に伝わって、筋肉痛とも打ち身ともとれず、かつそれら以上の痛みが僕を襲う。


それは僕を唸らせるのに十分な痛みだった。


昔からスノウに限らず、たくさんの人に殴られてきた。


その大抵のものはなんとかしのいできたものの、やはりスノウの鉄拳は次元が違うものがある。


あれでもし、僕が相手だからと無意識的にストッパーをかけているとすれば、フルパワーの威力は…想像したくない。


僕は痛む鳩尾辺りをさすりながらもう一度ため息をついた。


「はぁ…」


「なんですかー。若いのに二度もため息なんかついちゃってー。老けちゃいますですよー」


隣を歩くロボが諭すように言った。


「…その原因を作ったのはあなたでしょうが」


僕はありったけの負の感情を込めた目で隣を歩く外見幼女の年齢不詳ハムスターを睨みつける。


「あれあれー。おかしいですー。なんで睨まれてるですかー?」


「………」


ぶっ飛ばしたい。


ぶん殴ってやりたい。


何歳かとか聞いてやりたい。


ロボットとかからかってやりたい。


でも、そんなことをしたらまた誰かが涙を流す。


だから、そんな自分勝手なことはしない。


しちゃあいけないんじゃない。


誰が強制するわけでもない。


僕が、嫌なんだ。


「もう…いいです」


「ほほう、カイは大人ですねー。スノウがほ…とこれは禁句でしたですー」


ロボが僕をからかおうと高らかにセリフを紡ぐが…途中でそれは遮られた。


いや、ロボが自主規制したのだ。


それもそのはず、僕の右隣にいる白髪姫が危うく通称『鬼モード』になりかけていたのだ。


僕なら直接見なくてもわかる。


あの、禍々しいオーラは…きっとそれだ。


ロボが答えた瞬間、背筋がビビッと無意識に伸びるのを感じたし、全身に鳥肌が立っていた。


きっと、角が一本はでていたはずだ。(感覚)


カバンを消し去られた時は二本目まで行っていたから、正直な話、本気で死ぬかと思ったけれど、今回も今回でその半分は威力があるのだからバカにはできない。


ていうか、単純に怖い。


恐ろしくてとてもではないが彼女に向き直るなんてことはできない。


「もう、ロボさん!その話はなしって言ったでしょ」


スノウが笑った。


クスッと。


顔を見なくてもわかる。


きっと花が春を迎えて、ふわぁと開くような笑顔だろう。


僕は迷わず後ろを向いた。


そこには予測通りの花が咲いたような笑顔…いや、花よりもずっと美しくて、芸術的で、超自然的で、絶対的に綺麗な笑顔がそこにあった。


普段は少しだけつり目で気が強く見えそうなその顔が、柔らかく、包み込んでくれるような優しさに溢れていた。


僕は思わず目をこすった。


「うわぁ…まだ夢の中だったのかぁ。リアルな夢だなぁ」


なんてつぶやきながら。


でも、おかしい。


鳩尾の痛みは紛れもなく現実だ。


今、踏みつけた小石は紛れもなく本物だ。


ていうことは…現実?


いや、でも、スノウが怒りを鎮めるなんて…鬼モードを中断するなんてことは今までにないことだ。


「ホントに…スノウ?」


「どういうことよ…私はスノウ以外でいるつもりはないんだけど?」


「で、でもさ、ほら、怒ったりとか、大声だしたりとか、殴ったりとかしないのかなぁってさ」


「あんた、私のこと何だと思ってるのよ!私だって落ち着く時だってあるわよ。…て、あれ?それじゃあ怒りっぽいってことになるわね…あれ?じゃあなんていえばいいんだろ?」


半信半疑の僕を差し置いて、自問自答を始めたスノウ。


機から見ると、非常に、かわいそうとか頭悪そうとかいうような印象を受けそうなシーンだが、僕としては慣れてるので問題ない。


それどころか、むしろ、そういった挙動がとても可愛く見えてしまうのだが…そんな僕は重症なのか?


まあ、そんな僕はおかしなことに、この笑顔に対して単に感動するだけでなく、少しだけさみしいような気もしていた。


例えるなら、『○○しない○○君なんて…○○君じゃない!』ていうような感じだろうか?


「相変わらずお二人のラブラブ度には敵わないですー。お二人さん、お暑いところ悪いのですが、つきましたですよー」


「つきましたってどこへです?」


「そうですよ。今日はもうツアー終了だって…」


僕もスノウもラブラブとかいうくだりにはもう反応しない。


周りが社交辞令みたいに何度も言ってくるせいで、耐性がついたのだ。


言われるたびに赤くなったり、挙動不審になっていたら、とてもではないが精神的にも身体的にも保たないのだ。


「ふふーん、お二人ともなかなかのスルースキルですにゃー」


あれ?


今『にゃー』って言ったか?


まさか…


「酔ってる!スノウ!この人酔ってるよ!」


僕は叫ぶ。


ロボからできるだけ離れ、その場で身構えた。


さきほど起こった『事件』の再発を防ぐためだ。


結果的にさっきの謎の白部屋で僕に危害を加えたのはスノウだったが、ことの発端は彼女であり、実際に彼女にされそうになった『行為』はスノウの『鉄拳』よりも恐ろしい。


「まずいわね、天敵だわ…私仔猫なら好きだけど…こんな大きいのは流石に嫌…」


スノウがうつむき加減に言う。


そこにふざけた調子がないのがなお、頭にきた。


「いやいや、そんなんじゃなくて…さっきの行動も酔ってるからってことでしょ?てことは、またあの発作みたいな症状が‼」


僕はやや必死な感じにで言葉を連ねる。


「えぇ⁉だめよ!そんなの!カイの貞操は私が守るわ!」


「にゃー」


「うわぁ、そうこう言ってる間に間合いを詰められた…スノウ…助けて…この人、すごく力強いんだよ…」


僕は何の抵抗もできず、床に押し倒された。


この体格差で…なんていう力だ!…なんて感心してる場合じゃないんだけれど…。


「そんなこといわれても…上司なんでしょ?下手に手出ししたら…スパッ!何じゃないの?」


かろうじてロボの身体ごしに見えたスノウがどうしたらいいかわからないという感じで足をバタバタさせている。


そうしながら、自分の首の前辺りを、親指を立てた右拳で、スパッとカッターでものを切るような真似をした。


「そんなこと言ってる場合じゃないって…うわぁ、もうさっきと同じパターン入ってる…ズボン脱がされるぅぅ…」


ロボの細くて小さな手が僕の借り物のジーンズのチャックにかかった。


「きゃー!もう、最低!カイは私のものなんだからぁぁ!」


スノウが暴走した。


もうだいたいびっくりマークの量でわかるようになってきた。


スノウは拳を振り上げる(無意識に)そいつを自分で砕いてしまうのではないかと心配になるくらいに強く、強く握り込む。(無意識に)


やがてそれは僕にのしかかっているロボさんの頭へと照準を合わせて…発射された!


スノウの鉄拳は恐ろしい早さでこちらへ飛んでくる。


まっすぐに構えられた右拳の先に、よくわからない赤い光が宿る。


それはやがてスノウの全身を包み、スノウという存在自体を兵器と化す…て、いやいやいや、まずいだろ!それ!


それは少しずつ、少しずつ加速し、対象を破壊するためだけの最大威力を作り出して行く。


そして…インパクト⁉


「にゃにゃニャー…ニヤリ…」


というロボの笑い声が聞こえた気がした。


《直後、


ドガッという破壊的な音と共に『僕』の身体がぶっ飛ばされた。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー⁉!!!」


僕はただ叫ぶしかできなかった。


回廊の壁まで、蹴られた空き缶のように叩きつけられ、全身を強く打った。


頭から、足の先まで、まるで計算されたみたいに逃げ場のない痛みに襲われた。


身体が部分と言う部分が全て痛みと言う支配者によって乗っ取られていた。


そいつは独裁的で、独善的で、その裏で利己的な支配をし、僕を苦しめる。


僕はその支配に対抗するため、例の社交辞令のように、そうしなければならないと決められた義務みたいに叫び続けた。


「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぉぉ!!!」


身体が、ヒットした部分から、壊れる。


崩れる、罅が入る、亀裂が走り、何もかもがバラバラにされる…。


想像を絶する痛みは失神することも許さなかった…。


こんなところで死にたくない…とか、もう命の問題だ。


でも、逃れようのない痛みと破壊に、もう、死んでもいいから楽になりたいなんて考え出してしまう。


そして、僕は力尽きた…。》


と、いう結末を予測していた。


確信に近いものを持って、人生の終わりを覚悟していた。


でも、そんなバットエンドが訪れるにはまだ早すぎたらしい。


インパクトの直前、スノウは意識的にか無意識的にか、その赤い光につつまれた超破壊的な拳を瞬時に引き、格段に威力を落とした。


そいつはインパクトというより、触れたと言った方が正しいだろう。


スノウの鉄拳は空中で開き、その手のひらで、僕の鳩尾に優しく触れた。


衝撃はかなり抑えられたものの、其れなりの威力はあったはずだが、僕は不思議と鳩尾に痛みを感じたりしなかった。


必然的にすぐそばにきていたスノウを見上げた。


僕の鳩尾にてをやりながら、しゃがみこんでいるスノウの小さな顔には、満足げな笑みが浮かべられていた。


「スノウ?」


「ふふっ。良かった。今度はあなたに痛い思いをさせないですんだわ」


スノウの微笑みが優しく、深くなる。


僕はその美しい笑みをまっすぐに見返すことができなかった。


そんな権利は僕にはなかった。


疑い深く、臆病な僕には…


だから僕は逃げ道をさがすように、立ち上がりわざとらしくロボを睨むと、こういった。


「ロボさん!なに自分で煽って置いて避けてるんですか」


「いやはや…上司に手を上げるということは、組織に背を向けると同義にゃー。従って今のはよけなければならなかったのにゃー。お二人のた・め・に・にゃ!」


ロボの切り返しはとても早い上に正確で、僕の心という的をしっかりと捉えていた。


「……クゥ…」


僕はギリギリと歯噛みするしかできなかった。


立場という奴が僕とロボとの間に高く、厚く、堅く、重い壁を構築していた。


「わかったにゃらいきますにゃー。二人とも、次はもときた方に戻らなきゃだにゃ」


「はーい」


ロボの言葉に答える形でスノウが腰を上げた。


その顔は軽い声の調子とは裏腹に腑に落ちないとでも言いたげな雰囲気を漂わせていた。


そのままスノウがこちらに顔を向けてくる。


「は、はい。帰りましょう!」


僕はスノウの視線から逃れるように言うと元きた方へと歩き始める。


無論、すでに先を歩いていたロボのあとを追いかけるように…。


回廊ないを歩き出した僕らに調子を合わせるみたいに涼やかな風が吹き抜ける。


ロボさんいわく、この風は定期的なもので、『入れ替え屋』という『加工屋』と同じような組織内にある特殊なグループがその仕事をになっているらしい。


しかし、どうやってこんなふうに新鮮というか、清涼な風を地上から取り込むのかはわからない。


だけれど、きっと『夕』によって不可能が可能になっているのは間違いない。


ここでは、地上ではあり得ない現象やなんかがたくさん起こる。


だから、今更そういった現象にいちいち驚いたりすることは野暮だ。


でも、こうなってくるとやはり、僕自身の力についてもっと知りたくもなるし、それを何かに役立てたい……ていうよりは好奇心から純粋に使って見たいと思う。


そんな思いにふけって歩いている僕の方に、クルッと音が立つほどあざやかなターンでロボが振り向いた。


「あ、そうそう、あしたからはお二人の強化訓練を開始しますのでよろしくにゃー」


とさらっと言った。


「「強化訓練!それって一体…?」」


僕とスノウは図らずも重なった声で問う。


すると、対するロボの答えは、


「まあ、明日ににゃったら説明しますにゃー」


という言葉だった。


まあ、アランもそうだけど、本当にここの人たちは(ハーフです)要領得ない喋り方っていうか、大事な部分をぼかす喋り方をする。


こんなんで組織内の情報伝達は成り立つのだろうか?


まあ、これ以上追求しても無駄なのは確かなわけで、その話題は流すとしよう。


しかし、その前になんだかすごく大事なことを忘れてる気がする…て、ああそうだった。


「そういえば…どうしてあんなことしたんですか」


「あんなことって?」


「そ、その、僕の上に馬乗りになって…」


「ズボンに手をかけたこと」


「そ、それです!」


僕は顔を赤くする。


女兄弟とか女友達がいたわけではないから、この手の会話はダメなのだ。


いや、そもそもこうやってロボと話ができていること自体自分でもおかしく思うくらいにおかしい。


「ああ、あんなこと!あんまりしないほほ、ほうがいいですよ!」


僕は何を言ってるんだぁぁぁぁ⁉とさけびたい。


だけれど、口から出て行った言葉はもう帰ってくることはないのだ。


「どうして」


「それは、その、安い女に見られる、から?」


またまた、何を言ってるんだぁぁぁぁあれ?


なんでそこで顔を赤くするんですか?


ロボさん?


「か、勘違いしにゃいで!あ、あんにゃこと、恥ずかしくて普通の人にはできにゃいし!」


うわぁ、なんだこりゃ…もう大変だ。


なんていうか、もう、猫である。


にゃーにゃーいわれてるうちになんかもう、またしてもロボの頭に仮想の耳が出現して見えるようになる。


赤くなった顔と潤んだ瞳のダブルパンチで、心がまるごと奪われてしまいそうなまでの破壊的な破滅的な威力を持った、対自制心型可愛さカスタムな兵器が完成していた。


その反則的なまでの攻撃力に僕の自制心はズタボロの濡れ雑巾となってしまったが、なんとか踏んばって最後の雑巾を守り抜く。


そうだ、にゃーにゃー言ってるってことは酔ってるんだ。


ロボさんは酔っているだけ、その場の勢いでこんなこと言ってるだけ。


「スゥー、ハァー…よし」


僕は折れそうな精神に気合を入れ、それから続ける。


「そ、それじゃあ、帰りましょうか!」


真面目な顔で、無茶苦茶な話題の転換を、それも清々しいまでの噛み具合で。


対するロボは…


「ちぇ、つまんないですねー。せっかくの休日が盛り上がらないですー」


なんて何事もなかったかのような涼しい顔で応えた。


あれあれ?


猫語は?


酔っていたのでは?


僕に気があったのでは…?て、それはどうでもいい!


「ロボさん。酔ってたんじゃないんですか⁈」


僕は素っ頓狂な叫び声をあげる。


回廊はよく声が響き、僕の声は二人に対して変わらないくらい僕自身にもうるさい。


叫んだ張本人の僕でさえ、こだまするその耳障りな響きに顔をしかめ、片耳を抑えてしまったほどだ。


「アルコールが入らなくても酔えるなんて者がいるとしたら、乗り物酔いする方ぐらいですよー」


「……ッ⁉つまり、僕はロボさんの手のひらの上で踊りに踊っていたということですか⁉」


「そういうことになりますかにゃー」


「………ッ⁉にゃーていった⁉やっぱり酔ってる!」


「演技ニャー」


「え、嘘!でも、なんかこれまでとイントネーションが違うような…?」


「それじゃ帰りますですにゃー」


「こ、今度は口癖プラス『にゃー』⁉もはやどこまでが癖でどこまでが本気かわからなくなったぁぁぁぁ」


そんな風に踊る僕の肩に、ロボは芝居がかった動作でポンと手を置くと、急にキリッとした顔になった。(やっぱりハムスターだけど)


「少年、世の中にはよ、知らない方がいい事実ってのが少なからずあんのさ…フッ」


なんだ…これ?


なんかロボはノリノリではあるけれど、僕からすると結論はぼかされているし、なにより…これはなんの真似なんだろう?


それとも、持ちネタ?


うーん、どう反応したものか…ふざけなのか真剣なのかわからないし…よし、ここは!


「それでも、僕は真実が知りたいんだぁぁ!」


と、熱く拳を突き出して見たり…した。


その結果…


「あははははは!なぁーんですか?それ!あははははは!!!」


笑われた。


徹底的に、破壊的に、一方的に…。


穴があれば入りたい。


ビルの影でもいい、とりあえず一目につかないところに隠れてしまいたい。


「あは、あは、あはははは…ハァハァ…す、すみません、ツボに入ってしまいましたですー」


ロボは目尻の涙を拭いながら言った。


対する僕はもう、カンカン…と言いたいところだが、もう人としての尊厳を失ったようなレベルで落ち窪んでいた。


「………」


黙り込むしかできない。



「ま、まあまあ、冗談ですよー。カイさん、ノリ良かったですー。本当ですよー?」


「…フォローしなくて、いいです」


そう言って僕は逃げ出した…となったら良かったのだけれど…


「そうよ、カイ。気にすることないわ」


と、スノウにまでなだめられ、頭を撫でられてしまった僕って一体…


「何なんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


苛立ちと羞恥心とが入り混じって新しい響きを持った叫び声は、まるで回廊の古臭い空気を吹き飛ばし、新しく空気を吹き込むような勢いがあった。


そして、それだけ僕は…追い詰められていた…。


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