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the third  作者: 深雪
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37ツアー『夕暮れ時』?No.5(目覚まし編)

「うぅ…ううん…。ここ…は?」


僕は目を覚ました。


とくにきっかけも原因もなく、このタイミングで起きるということがあらかじめ決められていたかのように。


背中から温かく、柔らかな感触が伝わってくる。


とても気持ち良くて、そのまま身を預けてしまいたくなるような感触。


どうやら、僕は布団に寝ていたようだった。


首のすぐした辺りまでふかふかの羽毛ぶとんが僕の体を包んでいた。


僕はそっとその羽毛ぶとんをめくりあげ、身体を起こすと、寝起きとは思えないまでにスッキリとしている目で状況判断をしようとする。


だが、身を起こした瞬間、その行為は何者かによって阻まれることとなった。


起こそうとした身体の腹辺りに金縛りがあった。


いや、正確にいえば、重い荷物がのせられているような感じといえばいいだろうか。


まあ、実際にはそいつは金縛りでも荷物の重さでもなくて、僕の体にもたれかかった少女の重さだったのだが…


「……スノウか」


いわゆる寝顔を僕の目の前に惜しげもなくさらしている少女に目を移す。


めくり上げた羽毛ぶとんにその端正な顔が半分隠れてしまっていた。


見えている上方の部分はスースーという寝息と連動して上下する。


彼女の珍しい白色の髪はふとんの上で扇を形作り、そのサラサラと美しい様を存分に見せつけている。


僕は少しの間その光景に目を奪われた。


しかし、彼女の目元を見た途端、現実に引き戻される。


うっすらと紅潮したそこには、透き通った綺麗な液体か一筋、スゥーと流れ出していた。


少しだけ布団をめくると、その涙が、羽毛ぶとんの表に描かれた模様を黒いシミと共に歪めていた。


キューと胸が締め付けられて、息が苦しくなる。


彼女は眠っていて、僕とは全く関わりのない夢の世界にさまよっているのだろうか、それとも、現実とほとんど変わらない世界で僕と共にいるのだろうか…わからない。


だけれど、わかることはある。


彼女は苦しんでいる。


ひどく、涙をこらえることができないほど、涙とともに洗い流してしまいたいほど…


でも、夢の中の『僕』が彼女を傷つけているのかもしれない。


彼女の心を知らず知らずのうちに壊しかけているかもしれない。


わからない。


そんなのは、傲慢だってこともわかってる。


どうしてスノウの夢に自分なんかが出てくる?


そんな可能性は万に一つもないだろう?


僕はどれが正しいのかわからない。


正解なんてこの中にないのかもしれない。


そう、逃げようとすると、頭の中によぎったセリフがあった。


『だからぁ…あんたのことが好きなのよぉ!気づいてよ!このバカッ!ていうかもう何度も言ったじゃない!アホ!カイのアホ!』


「これは…スノウの…声?」


でも、そんな記憶はない。


そもそもなぜ僕がここにいるのかすらわからない状況なのだ。


どうして、ここでそんな言葉がでてくるんだ?


これじゃあ…まるで…スノウが…僕のことを…


「「好き」」


重なった。


好きみたいじゃないか、と言おうとした僕の声と、スノウの高く透き通った声とが。


それはなにを意味するのだろう?


なんて、僕は逃げようとする。


だけれど、そんなこと、許されなかった。


「好き、好き、大好き…あの日から…あの日から…」


好きという言葉が連呼された。


それは僕の心から何か大切なものを切り取って行く…まるではさみのようだった。


それも、ひどく斬れ味の良い、なにを切っても刃こぼれしたりしないような、鈍い銀色に光る刃を持っている。


誰を?


と言うような野暮なことはいわない。


いえない。


でもさ…


「それは重過ぎるよ…」


自分すら好きになれず、愛することができない者が、他人を愛することができるわけがない。


正直にいえば、確かに僕はスノウのことが好きだ。


少し怒りっぽかったりすぐ拗ねたりするところも、少しだけ暴力的だったりするところも、なかなか素直になれないところも含めて好きだ。


でも、その『好き』という感情は何なのか、そこから発展した『愛すること』とはどういうことなのか、さっぱりわからない。


そんな僕には、彼女の気持ちなんかに応えられないだろう。


だから、僕は…『鈍感』なままで…いいや…。


ごめんと心の中で謝りながら、スノウの頬を伝う涙を拭い、そのいつもより小さく映る頭をそっと撫でる。


彼女が壊れてしまわないように、少しでも安心できるように、そして、自分満足したいがゆえに。


そうして、彼女の柔らかな髪を指で梳くたび、恐ろしいまでの自己嫌悪と無力感に襲われる。


「僕は、強くならなくちゃいけない」


と自分に言い聞かせるように吐く。


彼女の想いに応えられるように。


自分を好きになるために、他人を愛せるようになるために。


「ふふーん、なんだかいいムードですねー」


と、いつからいたのか、背丈が僕の腹ぐらいまでしかない少女…?がベット脇に立っていた。


その存在を認識した僕の身体は一気にこわばった。


もちろん、彼女のことが苦手だとか、そんなんじゃあなくて…これってかなり見られたらマズイ場面を見られた…?ということに気がついたからである。


「わわわわわ…ろ、ロボさんじゃあないですかっ。どどどどうしてここに?」


僕はスノウの頭においていたてをささっと後ろに引っ込めた。


それから、口をついてでてきた言葉は噛みすぎて、とてもみっともない。


「ひどいですー。私があなたを運んだんですよー?」


彼女のクリクリと大きな目がいたずらっぽく光る。


「そ、そうだったんですか…すみません、なんだか記憶が曖昧で…とりあえずありがとうございました」


「いえいえー。上司として当然ですー」


ん?待てまて…なんかおかしいぞ。


僕は少しだけ冷静になった頭で考えを巡らす。


今、『私があなたを運んだんですよー』と言ったか?


一人で?


いくらなんでもそれはないよな…。


とは思いつつ、かまをかけてみることにする。


「あの…重かったんじゃないですか?ほら、僕、痩せぎすってわけじゃないし」


「大丈夫でしたですー。あたし一人で十分でしたですよー?」


うーん、どうやら勘違いしていたみたいだ。


そう思って、見直すと、ロボと目線があっていることに気がついた。


まあ、僕が寝ているせいではあるけれど、かなりの違和感を感じる。


彼女が大きくなったと感じるというより、自分がとてもちいさくなったという感じがした。


言われてみれば、ロボさんにぶっ飛ばされたんだっけ…掌で。


そんな芸当ができるのだから、見た目どうこうじゃなくて、彼女は『力』を持っているのだ。


それに確か、年齢が僕より上なんだっけか?


人は見かけによらない。


両親の言った通りだ。


「そんなにジロジロ見ないでくださいですー」


僕の視界の先でロボが顔を赤らめた。


何時の間にか見つめる形になっていたようだった。


「ああ、すみません」


短く返事をすると、起き上がろうとして、また状況を思い出した。


…起き出せない。


ストッパーをかけられたみたい僕の身体は動かない。


スノウの重みが柔らかく、優しく、僕の身体を押さえつける。


それは抗い難い心地よさと温かさを伴っていたが、今の僕にはそんなものを感じる権利などない。


そう割り切ってスノウの耳元にそっと囁く。


「…スノウ」


「うう…ん…もう朝かぁ…て、ええええええ⁉どうしてカイが私の寝顔を覗き込みながら私を起こそうとしちゃったりしてるわけ⁉」


半ば思った通りのスノウの反応がちょびっと可笑しくて口元が綻ぶのを感じながら、僕は芝居がかった動作で耳に指を突っ込む。


「ああー。僕も寝起きなんだからあんまり大声出さないでよー」


「そ、そそそうだけど!…うう…そ、それもそうね…あんたも寝起きか…はぁ、心配したんだからね…ホントに…じゃなくて!あんたどれだけアルコールに弱いのよ?」


「うーんと、なんかもういろいろしっちゃかめっちゃかだよ?」


「うう…うるさい!」


「はいはい。でも、心配してくれてありがとう」


「な、なんでそこで悟ったような顔するのよう!」


「だって…ねぇ?」


「ねぇ?じゃないわよ!ねぇじゃ!」


そんなスノウの反応を楽しみながら、ふと思い至ったことがあった。


「そういやあ、スノウ、昨日の包帯ってもう大丈夫なの?ていうか、あれ?考えてみたらもう昨日のうちからなかったような…」


「ん?ああ、言われてみればそうね…なんだったんだろ?」


「いやいや、なんだったんだろ?じゃなくて傷とかケガとかはもう問題ないの?階段から落とされたんだよ?」


「ううーん、私も不思議に思ってたんだけど、もう大丈夫みたい」


「あの包帯が特殊なものなのか…それとも…」


「それとも?」


「スノウの能力なのか…」


「ねえ、ちょっと、どうしてそんなふうに身を引いてるわけ?ちょっと、そんな私は怪物じゃないんだから!」


「そ、そうだよね。良かった」


「うん」


「………」


「………」


「ところでなんだけどさ…そろそろ僕、起きてもいいかな」


「あ、ああ⁉ごめんなさい」


そう、スノウはいまのいままでずっと僕の寝ているベットの上に頭を押し付けたままだったのだ。


やっと気がついたスノウは慌てて頭をあげると、数メートル後ろへと飛びすさった。


ものすごい脚力だ…そっちの方向から聞こえたボキッという音は気にしないことにしよう。


「あのですねー。お二人さん…仲がいいのはいいことですが!あたしを忘れるなんて許しませんですよー!!」


ロボが急に身構えた。


しかし、回廊で見せた掌底の構えではなくて、猫のように身体を丸めたのだ。


それがなにを意味するのかはわからないが、とてつもなく嫌な感じのオーラが湧き出ている。


僕の脳内では危険信号が出されている。


危険度レベル赤ゾーンだ。


でも、身を起こして気がつく。


ここは…密室だ。


真っ白な、外界から遮断されたような空間。


天井も、壁も床も、漂白したかのような清潔感のあふれる白一色。


本当になにもない部屋だ。


僕の寝ているベッドと、スノウが座っているイスぐらいしか目に付くものはない。


それ以外、なにもない。


生活感のあるものがないとか無駄なものがないとかではなくて、もはや必要なものさえない、何もない空間だった。


ドアさえも見当たらなかった。


あまりにも清潔すぎて、やや潔癖にさえみえる。


母さんがここにきたらさぞ喜ぶだろう…でも、今の僕にとっては、どこにも逃げ場のない密室だ。


それからすぐに僕は人型ハムスターに襲われ、そのあと、顔を真っ赤に染め上げた白髪の美少女にぶん殴られたのだった。

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