36兄弟会議
「『光の成長』ってのを兄さんはご存知ですか」
パーツは不意に話題を転換した。
そこには先ほどまでの感傷的な雰囲気はもう存在しない。
普段通りのパーツ・ブラッドリー議員である。
「ああ、確か、本来の『光の創造数限界』を超えることだろう?徴兵制が表立っていた戦時中だったなら、よくあったことなのかもしれないが、今時はあまり聞かないな…というより、全く聞かないと言っていい」
「そうです。光の成長って奴はそれなりにレアなんですよ。まだ、原因がつかめていないのですがね。一説では急激な感情の変化や精神の成長に伴って発生するとあります。まあ、要するに光の成長にあった者は皆が皆人格者だという考えです。また、ある一説には厳しい鍛練に身を投じ身体的な意味で自分自身の限界を超えてしまうことで発生するというものという考え方。どちらも実証はされてませんが、言えることは一つ」
「なんだ」
「『光の成長』を起こした者が我々の手元に一人、いるじゃないですか」
「………」
オールはしばし考え込んだ。
そして、ある人物の顔がようやっと記憶の海から浮かび上がった。
「『千本の鎖』か」
そう、彼こそ光の限界を超えたもの。
通称『千本の鎖』彼こそまさしく、光の成長の体現者と言うにふさわしい。
選別官として名だたる彼の名はフラメル・ルート。
選別官の役割は極めて地味であるため、名こそ知られることは少ないものの、その線のものであれば逆に知らないものはいないはずだ。
選別官とは本来、このパール国への魔人族による侵入を防ぐというものだ。
「はい。彼はいわば人間の限界である『十の創造数限界』を超えてしまっているのです。それに彼は千本止まりなんかじゃありません」
「はぁ?なにを馬鹿な…千本でもこれまでの史上の英雄と比べてさえ現実離れした数字だというのに」
「僕が下調べでしくじったこと、ありましたか?」
オールは弟の問いかけに首を振った。
「千本かける千ってところです」
「ッ!?そ、それは事実なのか!?」
「先ほども言ったでしょう。裏つけの調査までぬかりありませんよ」
「そして、忘れてはいけません。『光の成長』により強化された光は闇と打ち消し合うという本来の性質とは異なる法則をえる。成長した光は、闇を、」
「喰らう…だろ」
弟の言葉を遮り、オールは顔をしかめた。
弟がどうしてここまで得意げに話をするのかという点だ。
今回の件に関して慢心とは一番避けなければならない態度であるにもかかわらず、黒板に書いた答えが正解であった時の小学生のように胸を張っているように見えたのだ。
「…ええ、さすがにわかってますか。それで今回、幸いなことにまだ魔人側に『光の成長』についても、『終戦の誓い』が破られたことについても伝えられていません。あの魔人の襲撃者は重大なミスを犯したのです」
「要するにノルマを達成するだけ達成しておいて報告書を出さないままにとらわれてしまったということだな」
「その通りです。つまり、今我々は最新の武器を持って、最高の奇襲作戦のための、最大のチャンスを手に入れたということになります」
パーツはただでさえそらせすぎにみえた胸をドン、といういい音と共に拳で叩いた。
どうですか!完璧でしょう?とその目がキラキラと輝いている。
オールはそんな弟を妙なところで子供っぽい男だ、などと思いつつ、考えたことをそのまま口に出した。
「だが、我々は向こう側をあまりに知らない。五十年という月日は人を育てるには十分すぎるものだし、文明がどこまで発達しているか想像もつかないぞ」
そう、口に出してからオールは身震いした。
そうだった。
と彼は思い返す。
人々や自分の意思でここまで動いてきたが、考えればこれから対峙する敵は幽霊よりずっと恐ろしい。
なにをしてくるかわからない。
なにができるのかわからない。
なにを持っているのかわからない。
情報が足りないというのは恐ろしい。
たとえ、敵が実際に我々よりずっと愚かであったとしても、果ては無害であったとしても、こちらからすれば得体のしれない怪物のようであるし。
逆に我々よりものすごい力や文明を持っているのだとしたら、単純に勝ち目がない争いになるということなのだから。
対策をこうじられない。
下準備ができない。
それはカンニングペーパーのないスピーチの何十倍も何百倍も恐ろしいものだった。
「では、今さら対策を練る時間もないのに、刺客を向こう側に送り込んで、使えない情報と引き換えに奇襲の機会を失えと?そんなのは失礼ながら愚か者のすることというしかありません」
「だが、勝機の掴めない戦いなど、奇襲をかけたとてさして防衛戦と変わらないではないか!」
オールはあまりの言われように目の前の黒塗りのテーブルをバンと拳で叩いた。
パーツはそんなものには微塵も動じず、変わらず胸を張ったまま言葉を紡ぎ出す。
「大丈夫です。その勝機を少しでもあげるためにある大実験を計画してますから」
「…大実験…だと?」
オールがなにやら得体のしれないものを見るような目でパーツを睨みつけた。
「ええ、まあ、具体的に上がるのはおそらく士気でしょうがね。やはり戦において士気は大事かと思われます。勝つかも負けるかもわからない戦いという認識から、勝つだろうというところまで持って行って見せますよ」
それだけ言うと、パーツ・ブラッドリーは議員の制服である青いコートをはためかせ、気まぐれな猫のように優雅な動作でドアを開けると、すり抜けた。
「では、御機嫌よう」
なんて決めゼリフをはきながら…
そんな弟のあまりの変容ぶりを見送るしかなかったオール・ブラッドリーはこう思わずにはいられなかった。
相変わらず極端な弟だ…
そして、薄暗い自室に取り残されたオールはタバコに手を伸ばすが、首を振ると手元でこれでもかと湯気を立ち上げていたカップを手に取ると、その中身を少しだけ口に含んでから顔をしかめた。
「甘すぎる」
カップの中にはぐるぐるとコーヒーと砂糖、それからミルクが混じり合い、溶け合っていた。
それはとてもよく調和し、見事なまで甘すぎず、苦すぎずという微妙なバランスを保っていた。
しかし、彼の好みは違った。
「ブラックじゃ…ないのか…」
ブラックコーヒー。
それはまさに色も苦味も彼の好みであるまさに完璧な飲み物。
その長所を見事に破壊した、カップの中の茶色い液体を睨みつけてから彼は静かに呟く。
「相変わらず気の利かない奴だ」




