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the third  作者: 深雪
33/83

30本当の理由

第一ブロック、通称『田舎ブロック』これと言って取り立てて話すような特色や重要な設備がないことと、開発が他のブロックにかなり遅れをとっていると言う点からついたものだった。


地元に住む者たちはそれに抗うように、『緑のブロック』と呼ぶ。


開発が進んでいないここ、第一ブロックは他のブロックには見られないような自然に溢れている。


開発されていない、山肌が木々で埋め尽くされた山々、さっそうと緑の生い茂る雑木林などなど、それはもう数えきれないほどに。


まあ言ってしまえば結局は開発が進んでいないというだけなのだが。


それゆえ、当然ながら交通の便もわるい。


そんな第一ブロックの居住区の片隅にちょこんと建てられた小さな二階建ての家。


すっかり満ち満ちた闇に呑まれたその家の二階の一室に、金色の月明かりが差し込む中で声が上がった。


「なぜ戦争が終わったのか、知ってっか?ボウズ」


男はしゃがみ込み、目の前にいる小さな少年の頭に手をおいた。


「うーんと、えーとねぇ、ちょっと待って」


少年はその小さな腕を胸の前で組み、幼く可愛いらしい顔に難しい表情を浮かべてうなる。


頭の上に置かれた手がくすぐったいのか腕を組んだまま頭をふるふると震わしている。


「うーん、うーんと、えーとぉ、あと少しなんだけどぉ…」


うんうん唸り続ける少年を見かねて、男は口を開く。


「ロイ…」


「あ、思い出したよ!ロイ・ハワードって人が新しいシソウを吹き込んだんだよねっ!」


少年の言葉に男は少しだけ感心した様子だった。


男の手が少年の髪を優しく撫でる。


「ほう、ボウズ、なかなかやるじゃないか。それによく思想なんていう難しい言葉を知っていたな」


「うん?シソウってなあに?」


少年が首を傾げる。


何もわかってない風だった。


ただ、純粋に好奇心を掻き立てられた者の反応だ。


「なるほど、言葉として理解したんじゃなく、そう覚えさせられただけか。まあ、そんなもんだろう。しかし、それを理解してもなお、歴史を知ったことにはならないんだぜ、ボウズ」


「???」


少年はあまりにわからないことが多過ぎたのか、傾げた首をそのままぐるぐると回し始めた。


「少し、難しかったか、ボウズ」


「う、うん。もう、なにがなんだかさっぱり」


「じゃあこれだけは覚えておくんだな。『教科書と大人は大嘘つき』とな」


「へ?じゃあおじさんも嘘つきなの?」


「ははは、痛いところをつくなあ、ボウズ。だが、俺はおじさんだが、大人じゃないんだ。わかるか?」


「全然わからないよ。だって十八歳になったらみんな大人になるんでしょ?」


「ああ、それも嘘だぜ。十八歳になったら成人になるんだよ」


「じゃあ、大人ってどうやってなるの?」


「それはなあ、おっと、時間だ。俺はもういかなきゃいけねえ」


「ええ!教えてよー。気になって寝られないよ。それに、シソウってなんなのさー」


「それは宿題だ。また会う日までにじ・ぶ・ん・で調べろ」


「ええー、おじさんの意地悪!僕がフミンショーになってもいいの?」


「おお、ボウズ、不眠症なんて言葉良く知ってるな」


「へ?いや、お父さんがよく言ってるから」


「そういうことか。知らないにしては使うタイミングが良過ぎたな」


「へへっ!褒められちゃった」


「褒めてるつもりはないけどな…」


まあ、いいかと男は呟くと、すっくと立ち上がった。


「ああー、おじさん、いっちゃやだぁー」


すかさず少年が男の腰や長い足に全身を使って巻きついた。


「ふふ、また会えるさ。シュンレン」


男はそう少年の耳元に囁くと、パチンっと指を鳴らした。


と同時に煙が立ち上がる。


煙が消え去った時には…。


少年は自分の身体を思い切り抱きしめる形になっていた。


「また、そうやって逃げるんだ。オモワセブリなことだけ言って」


少年は寂しそうな顔で静かに呟いた。


そして、ぎゅうっと腕が食い込んでしまうくらいに、きつく強く、その線の細い華奢な身体を抱きしめた。


「それに……名前で呼ぶなぁ!!」




十年後…



第一ブロックの片隅、誰の目にも印象としても残らないような小さく平凡な家屋の一室で静かに男は声をあげた。


「ボウズ。また会ったな。宿題の方はどうだ?」


男はあの時と同じように目の前の少年の頭に手を置いた。


だが、今度はしゃがむ必要なんてなかった。


「シュクダイ?何それ」


青年はその端正な顔にいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「とりあえず、ジョークの方は上手くなったといっておこうか。だがな、大人を怒らせたら怖いぞ」


男は苦々しげに言う。


「おじさんは大人じゃないんでしょ?」


「ぐぐ、よくわかってるじゃねえか、ボウズ」


「それに、僕はもうボウズじゃないよ。おじさん」


青年は自らの背丈を目の前にいる男と手で比べて見せた。


男と並んでたち、男の頭に手を置いて、それを自らの方に平行移動させる。


青年の手は自らの肩のあたりで止まった。


少しだけ自慢げに胸をそらした青年の横顔を窓から差し込んだ黄金の光が照らし出した。


「そうだなあ。少年ってところか?」


「いいや、成人だね。おじさんの話通りだと」


「それじゃあ俺もおじさんじゃあないな」


「なんなの?」


「お爺さんだ」


「うわぁ、それって自虐ネタ?確かにしわは増えたし、その、今僕の頭を撫でちゃってる方の手は骨張ってるけどさ…。そういうのって自分でいうもんじゃないんじゃない?それに、せっかく自分のプライドを捨ててまで笑い取ろうとしたのに、全然面白くないよ?」


男は鼻を鳴らした。


「ふん、その様子だと、着々と大人に近づいているようだな。シュンレン」


「ああ、僕が名前で呼ばれるのやなこと知ってるくせにぃ!」


「お互い様だろ。俺だっておじさんって呼ばれるのは昔から好きじゃあなかったぞ」


「う、嘘だ!前にあった時は全然嫌な顔しなかったじゃないか!」


「いい名前だと思うけどな、シュンレン」


「僕の名前使ってごまかすな!ていうか、その名で呼ぶなっ!」


「おうおう、えらくなったもんだなシュンレン。この俺に指図するなんてよぉ、シュンレン」


「語尾にいちいちつけないでぇ!…ったく、もういいよ。おじさんの意地悪!」


「イジワル?」


「僕と同じノリを使うな!」


「おうおう、えらくなったもんだなシュンレン。この俺に指図するなんてよぉ、シュンレン」


「自分のセリフ繰り返すのもやめてくださいお願いします」


「ふむ、よろしい」


「で、今度は何のようで帰ってきたの?おじさん」


「だからおじさんはもうやめろっ!!」


男の語気が突然荒くなり、対する青年はそのあまりの突拍子のなさと音量に大いに驚き、尻餅をついた。


「なぁーんてよっ」


「なぁーんてよっ。じゃないですよ!悪ふざけが過ぎるんじゃないですか!お爺様」


「おうおう、お前、どこら辺が成長したんだ?まさかより臆病になっただけ、なんてこたぁないよな。にしても、うーん、お爺様か。いい響きだ。シュンレン、今は気分がいいから手土産に面白い話をしてやろう」


「僕の気分は最悪ですけれどね」


悪態をつきながら青年は立ち上がる。


そのままジト目で男を睨みつけていた。


「まあ、気分なんてすぐに良くなる。そんな類の話さ。お前、俺が前にあった時にお前が言った戦争が終わった理由を今でも信じてるか?」


「信じるもなにも、それが真実でしょう?」


「お前の目はどうやら大穴のようだな」


「節穴でしょ?」


「フシアナ?」


「はいはい、それでどうして僕の目が節穴だと?」


「なんとまあ可愛げがない奴だ…。まあ、いい。教えてやろう。お前は以前、何と言ったか覚えているか?」


「ええ、まあ。ロイ・ハワードという人が新しい思想を見出し、それが我々にも魔人族にもそれを広めた。それは戦争のない世界へと両種族を導いた。そうですよね?」


「ああ、まあ多少口が達者になったようだがだいたいその通りだ。だが、それは真実のようで真実でない。限りなく現実に近い虚構だ」


「……なんですか、つまりお爺様は歴史を否定しようとでも言うのですか」


「ああ、だが、俺が否定したいのは歴史じゃあなく、その解釈だよ」


「その解釈…」


「そうだ。確かにロイ・ハワードは思想を広めたかもしれないが、そんなの、自然に広まったんじゃないんだよ」


「それって、どういうことです?」


「いいか、落ち着いて聞け。この前、お前がガキの頃には話したくとも話せなかった話だ」


「話したくとも話せなかったって、どういうことです」


「質問の多いやつだなお前は。とりあえず、最後まで聞け。質問はそれからだ」


「はい」


「五十年前、我々も、魔人族も確かに教科書に書いてあるような状態だった。国力は衰え、国民の大半が飢えに苦しみ、まともに生活することも、ごく少数のいわゆる選ばれた者たちにしかできなかった。そんな時に、これまた教科書通り奴は現れた。光研究の大権威、ロイ・ハワードがな」


ここで男は一息つくと、シュンレンと呼ばれた青年に水を要求した。


青年は話の続きをするようせがんだが、すぐに諦めてキッチンからとって付きのコップになみなみに注いだ水を持ってきた。


「それでそれで」


「ぷはぁ!美味い!これは水道水じゃあないな。きっと湧き水かなにかだろう。甘さが違うぞ」


「そうだよ。話してくれるからお返しに貯蔵庫から持ってきたんだ。だからさあ、続きを聞かせてよ。まだ教科書通りのことしか言ってないよ」


青年の家の裏庭にはつい先日から突然水が湧くようになり、その水を飲んでみたところ、あんまり美味しかったもので、一日に一回水をそこから汲んで貯蔵庫に貯めておくという習慣ができたのだ。


「そうだったな。ここからだよ。ここからが大変重大なところなのだよ」


「うんうん」


「お前は『穢れた血』を知っているか?」


「ケガレタチ?」


「ふむ、そこから説明しなければならないな。我々と魔人族は長い間、戦い続けてきた。互いを恨みを込めた血走った目で睨み合い、手に持った血濡れた得物で傷つけ合い、殺しあった。我々と魔人族には底なしと言っていいほどの溝が出来上がっていたのだそこまでは知っているだろう?」


「うん」


「だが、例外もあった」


「例外…それって、もしかして……」


「ああ、そうだ。あいつらだよ。ハーフの連中さ。奴らは我々と魔人の間にできた子。つまり、当時の人間からすれば穢れた血ってことさ」


「そっか、あ、確かに、クラスで一人そんなことを言われてるやつがいたっけ」



「それはよくねえな。それは偏見を呼ぶ。いくらそいつがいい奴だって、穢れた血と言う言葉だけで、簡単に貶めることができるんだからな」


「うん、僕もあんまりいい響きじゃないとおもって呼ばなかったよ」


「うむ、それがいい。で、話は戻るがその穢れた血、我々と魔人のハーフのものはな、我々の持つ光と魔人族の持つ闇、その両方をその身に宿していたのだ」


「そりゃあすごい!いいとこ取りじゃないですか」


青年は興奮したように足をばたつかせた。


男はそれを昔と変わらないな、なんて思いながら見つめた。


「それだけじゃあないんだよ。彼らにはもう一つ、新しい力が宿るんだ。それがこそ、戦争を終わらせることとなる強大すぎる力、『夕』なのだ」


「『夕』…それってどんな力なの?」


「それがわからないのだ。例えば光なら創造の力、闇なら破壊の力だと割り切ることができるだろう」


「うんうん」


「だが、『夕』の力の効力は個々によって全く異なるようなのだ」


「一人一人が違う力を持つってこと?」


「そう言うことだ。そうして、そんな力を持つ穢れた血の一人に終戦の英雄がいたのさ」


「だけど、結局結論は変わらないじゃないですか。いくらロイ・ハワードが不思議な力を持っていたからってどちらにせよ、人々は彼を信じたんでしょう」


「違うな、全く持って違う。彼は恐ろしい男だよ。とんでもなく危険で、手のつけようのない力を持っていた。『夕』の中でも特に危険でとびきり強力なものをな」


男は真剣な眼差しで青年の目を見つめた。


青年はいつにない男の態度に身構えると同時に、息を呑み込んだ。


「ど、どんな力だったの…」


「好きな場所で、好きなところに雷を落とせる力、『気まぐれな紫電』…世界を滅ぼせる力さ」


「なあんだ。おどかさないでよお爺様。雷が落ちただけで世界滅亡なんて大げさな!」


「それが、代償が必要なものだったならな。だけれど彼の力は違ったのだよ。なにも代償とせず、ただ、好きな場所に雷を落とせるのさ。脅威以外のなにものでもない力だ」


「てことは…まさか…」


「そうだ。まるで現実的でない話だが、事実として、今お前の考えた通りのことが起こっちまったんだ。彼はその力で我々と魔人族を脅しつけ、戦争をむ・り・や・り終わらせたのさ。誓いの文書を作らせ、我々と魔人族に調印させた。その内容はこうだ。『一つ、魔人族と人族はいかなる場合であっても争うことはできない。一つ、ロイ・ハワードの行った行動はいかなる場合であっても口外できない。………』とな」


「じゃ、じゃあ、つまり、今お爺様が僕にその真実を話しているってことは…」


「そうだ。誓いが解けちまったんだよ」


「そんな…じゃあ本当はこの前会った時には意地悪したんじゃなくて、話せなかったんだ…」


「そういうことだ。そして、事態はさらにマズイことになってる」


「マズイこと?」


「そうか、お前は知らないのか…まあ無理もない、ここは第一ブロック、田舎ブロックだからな」


「だから、なんなの?そのマズイことってのは」


「実は、誓いが破られた日、まあ昨日なんだが、第七ブロックと第四ブロックがとある2人組によってほとんど壊滅した。半端ではない数の人が死んだよ。被害者は百人を超える」


「そんなことが起こってたなんて…全然知らなかった…それで、どうなったの?」


「いいや、どうなったかじゃあないんだよ。問題はな、誰がやったか、なんだよ」


「誰が、やったか?」


「そうだ。もし、この誓いが切れた状態で魔人が犯人だったとしたら、どうなると思う?」


「そりゃあもう!ただじゃあ済まさないでしょ!ていうか、ただでさえ和解したんじゃないんだから、そのまま全面戦…争…」


青年は身体を震わせた。


じわじわと広がる恐怖に身がすくむ。


とんでもなく恐ろしく、それでいて最も起こってはいけない事態、それでいて最も起こる可能性の高い事態、最悪の結論が頭に浮かんでしまったのだ。


「シュンレン、相変わらずお前は察しがいいな…始まるんだ。戦争がな」


男は低い声で言い放った。


身体の奥深くまで響く、重い言葉。


それはこれから始まるであろうたくさんの悲劇を予期させる、不吉な波動と共に、青年を襲った。


差し込んでいた月明かりは何時の間にか消え去り、夜の帳が部屋の中にも満ちていた。




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