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the third  作者: 深雪
32/83

29パール上層部と弟

どれだけ手を延ばしても決して自由を手に入れることができない場所。


白く輝く仮面をまとい、人々を欺き続けた場所。


罪を罪で殺す罪人キラー。


地獄を内包した塔、監獄塔タワーオブホワイト。


その最上階にはその名を口に出すのもはばかられる、大罪人たちが収容されていた。


その中でも一際今を時めく2人の男。


魔人族の男と、光を持たない者が収容されたという。


その二人は組みしてパルディアの主要ブロックである、第七、第四ブロックを復興が難しいまでに破壊、及び大量虐殺の罪により拘束されていた。


現在、数えきれないほどの種類の拘束具に埋もれ、二十四時間体制で監視を行っている状態だという。


まあ、無理もない。


彼らにはもう一つ犯してしまった大罪がある。


それこそ、最も恐れられていた事態でありながら、人々の心から少しずつ存在感を無くそうとしていた過去の遺物の破棄。


『終戦の誓い』の破棄。


それは重要な文書を破り捨てただけに他ならない。


だが、それによって引き起こされる事態はとてつもなく大きく、重く、禍々しい。


そして、それが意味するのは、戦争の火蓋がまた、切られてしまったということだ。




「ふぅ…」


何もかもが黒で統一された部屋。


壁紙も、カーテンも、テーブルも、テーブルクロスも、椅子も、本棚も、食器も、カーペットも、みな、黒一色だ。


黒づくしというより黒のみと言った方が正しいか。


黒でないところを探す方が大変なような、そんな部屋。


そこで男はタバコの煙と共に静かなため息を吐き出した。


灰色の煙が少しずつ天井に吸い込まれて消えていく。


薄暗い部屋の中で、立ち上った煙は、あたかも光源にでもなりえるかのように見えた。


天井では確かに光玉が輝いているが、暗幕によってその光は見事に遮られており、わずかばかりに漏れ出た光だけがこの部屋をかろうじて暗闇から薄暗い部屋へと変えていた。


「魔人、か……。また、あの長い長い争いを始めるつもりか。邪魔者はいない、今度こそ息の根を止めるとでも言いたいわけか」


男は手に持っていた報告書をテーブルの角で整えるてから正面にそっとおき、艶めく黒髪をかきあげた。


彼の困った時のくせだった。


「お爺様、僕は臆病だ。とてもではないけれど、武力を捨てることなんてできないよ」


男は首を横に振る。


苦々しげに。


「それに、案外情に厚いんだよ。僕は。だから、決して奴らを許すことなんてできない。戦争は止めることはできないし、そのつもりもない。徹底的に、僕の大好きな黒色で、死の色で彼らの息の根を止めるんだ」


男は激情を込めたその闇色の瞳で、窓の外を睨みつけた。


その視線の先に映るは、監獄塔タワーオブホワイト。


罪深き白をまとった邪悪の塔、罪人ごろしの塔、この都市のありとあらゆる悪を集めたその輝きは目障りなまでに明るく、月を押しのけてその光を惜しみなく放っていた。


そうして照らし出された第七第四ブロックの路上に広がる痛々しい光景。


血、肉、臓物、金属片、木片、崩れたレンガ。


男の見守り上げてきた大切な宝物。


お爺様の残してくれた何物にも変え難い価値のある遺産。


それを、一夜にしてぶち壊しにした彼らを許すことは断じてできない。


泣き叫び、傷を負い、死んでいったたくさんの人々の怒りをないがしろになどできないのだ。


でも、そんなのは虚勢だ。


本当は、戦争なんて、したくない。


「戦争になれば、さらに多くの人死にがでることになる」


男の胸に、むせ返るような苦い味が広がる。


自分の決断一つでこの国を決めることになるのだから。


そのことは重々承知のことだ、しかし、いざ、決断の時となれば自らの判断をより深く、正確に吟味しなくてはならない。


あまりに大きな責任に胸が苦しくなる。


腹が減ってもないのに、きゅうきゅうと鳴る。


塩っ辛い液体が一筋、こめかみから流れ落ちた。


やらねばならない。


僕以外に誰がやるというのだ。


しかし、いや、それでも…。


男は思い悩み、悩み抜いた末、何かをひらめいたように顔をあげた。


だが、その動作はただ煙草の二本目に火を付けるためのものだった。


ライターの明かりが揺らめく。


今の男のように、ぐらりぐらりと揺れ動く。


男は一本目の煙草をテーブルの上にある灰皿に投げ込み、二本目の煙草を咥えた。


少しだけ途絶えていた灰色がまた、部屋を一時的に装飾する。


黒一色の部屋にまるで絵の具でも混ぜたかのように灰色が混ざりこんだのだ。


だけれど、また、絵の具のようにすぐさま煙も闇に飲み込まれた。


男は一瞬だけ頭の隅に浮かび上がった策を『正確な判断』によってかき消すと、諦めたように言葉を吐き出した。


「やはり戦うことでしか憎しみや怒りを発散することはできない…か」


男はそのままお気に入りの黒いテーブルクロスの上に突っ伏すと、顔をあげた先にはまた、あの塔が映った。


「なぁ…魔人族よ…これで満足か?また、あの悲劇の幕開けだ」


男の声は小さく、誰の耳にも届かず、ただ、黒ずくめの部屋の中に重苦しい空気を作り出しただけだった。


この男は現パール国最高議長代理。


その名もオール・ブラットリー。


髪もその瞳も闇に紛れる黒。


その顔はまるで有名な絵画からそのまま飛び出してきたかのように、この世のものとは思えないほど整っていた。


身に纏う黒衣はブラッドⅡ社製の最新モデルだ。


羽のように軽く、着心地が素晴らしい。


その上、強度が高く、安物の鎧よりも耐久度はあるだろう。


首元に灰色のファーがついており、その中に飾りすぎない程度に黒色がまざりこんでいる。


ブラッドⅡは彼のお気に入りのブランドだった。(ちなみにかなりマイナーな上、値段も法外である)


「実に遅い。らしくないぞパーツ・ブラッドリー」


そんな彼はある人物を待っていた。


弟のパーツ・ブラッドリーである。


パーツは普段からキッチリとした人で、遅刻などとは縁のない男だった。


とくに、このような重要な場になどは予定よりも一時間早くくるのが彼の常だ。


であるのに、そんな彼が約束の時刻を等に過ぎているにもかかわらず、一向に姿を見せる気配がない。


それは、多いにオールを焦らせた。


なにか、あったのではないか。


もしや昨日の惨劇に巻き込まれでもしたか?


「考え過ぎか」


オールはまた自己解決し、首を横に振る。


ここ、第七ブロックの中枢部に位置するパルディア大会議場には奇跡的に被害が全くなかった。


昨日はたまたまパーツと会えずにいたが、同じパルディア大会議場内に部屋を持ち、よっぽどの理由がない限り外にでない弟が惨劇に巻き込まれるはずがなかった。


まあ、パーツが無事でも、そうでなくても、疑問なことがひとつある。


どうして…


「どうして、僕を選んだんだ…お爺様…」


最高議長代理であるオールは幼い頃に両親を亡くし、祖父母に育てられたのだ。


オールの祖父はパルディア大会議における、最高議長。


すなわち、国のトップだったのである。


会議と言っても、最終判断は最高議長に委ねられる形となるため、実質的に祖父がこの国を操っているといってよかった。


だが、つい先日、突然に病に倒れた祖父が言い残した言葉によってその権利がオールへと移ることとなった。


その言葉とは、


「オールよ。ワシが戻るまで、お前に国を預けることとする。異論は認めん。いいな」


というものだった。


代理というのはそこからきている。


願わくば一日でも早く祖父が戻ってこられるようにと。


だが、祖父が再び議会に足を運べるような状態ではないということは誰の目から見ても明らかだった。


それにオールが後を継ぐというのは決して突拍子もない話などではなかった。


なぜなら、大会議員はずっと昔から世襲制であるので、祖父が立てないとなれば、次に立つのは必然的にオールと決まっていたのだ。


ただ、オールの心の準備ができていなかっただけなのである。


そんなオールの心を揺さぶるように、ここ最近の流行りとして、議員の子息が二人以上いたばあい、長男だから後継ぎと決めつけるのではなく、その兄弟の中から選んで後継ぎを決めるというのが流行っていたものだからついつい考えてしまう。


その習慣に乗った場合、弟のパーツが選ばれるべきだったのだと。


弟のパーツの方が明らかにオールよりも優秀だった。


頭脳も、精神も、僕なんかよりずっとマシだ。


その上、パーツはすでに大会議より一つ格下の中会議で議員をしていたのだ。


中会議の議員は大会議と違い、立候補したものの中から国民が選ぶというシステムをとっていた。


パーツは紛れもなく国民に選ばれた人間なのである。


なのに、どうして…。


オールにはこんなことを考えるのは逃げだということぐらいわかっていた。


でも、そう考えずにはいられない。


確かにこれまでは自分なりに精一杯頑張ってきた。


汗水垂らし、脳をフル回転させ、動かなくなるまで身体を酷使した。


うまくそれが報われて、国もなんの問題もなく発展したし、国民からも支持を得られていた。


だから、


『少しは祖父に近づけた』


『僕にだって国を治められる』


そう、思えたのだ。


でも、こうやって大きな事件が起き、国を左右する大きな決断が必要な場面に直面して初めて気がつく。


己の無力さに…。


「パーツ、早く来きてくれ。僕の頭は壊れてしまいそうだ」


これまでとは違う二つしかない選択肢。


戦争をするかしないか、それだけ。


できれば後者を選びたい。


でも、それでは人々の心は静められない。


それに、きっと魔人族はこうなることを狙ってきたのではないだろうか?


いくら、条件が揃ってはいたとはいえ、ここまでの迅速な動きは普通できない。


きっと、魔人族が紛れ込んでいたのだろう。


それとも、今現在在住中の人族に服した魔人どもの仕業だろうか?


わからない。


だか、確かなことはひとつだけある。


魔人族はまた戦争の続きを始めようとして、着々と準備をしていることだ。


「お爺様、やはり、魔人たちと外交をするべきだったのか。今となってはもう、奴らがわからないよ…」


また、消え入りそうな灰色が混ざり込んだ。


それと同時に部屋に外の光がカッと差し込んだ。


オールは光に慣れない目を凝らし、光の源泉である扉の向こうを見つめた。


その光の向こうにいた人物はオールの心に希望を運んだ。


彼の名は、


「遅刻だぞ。パーツ」


パーツ・ブラッドリー。


青を基調とした議会の制服に身を固めた痩身の男。


オールとそっくりの造られたように、怖いくらいに端正な顔立ち、髪も同じ黒色だ。


だが、その瞳は不思議な色をたたえていた。


瞳の色は白、それを囲むように虹彩は緑色だ。


生まれてこの方、このような目を持つものは彼以外見たことがない。


だから、そこだけでわかる。


こいつは……


……自慢の弟だ。


「ごめんよ、兄さん。遅れた罰として殺してくれないか?」


そして、極端な弟だ………。




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