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the third  作者: 深雪
31/83

28ツアー『夕暮れ時』?No.1

べたつくような湿気に包まれた、暑い風が否応なく全身に吹き付けられる。


シャツが不快な汗とともに背中に張り付く。


とても快適とは言えない環境だ。


だが、逃げ場はない。


まあ、当然と言えば当然のことだった。


なにせここは、地下およそ十メートルの地点。


通称『穴の淵』。


そこは地下からせり上がってくる熱気を処理する場所だった。


地下熱を地下基地グレース中に供給したり、それを調節したりする役割を持ち、組織の隊員達が快適に過ごせるか過ごせないかを決める重要な場である。


その上、余った地下熱を他のものに応用する役割も持っており、地下熱を処理するというより管理する場でもあった。


地下熱は様々な用途に応用できる上、自然発生しているわけで、突然なくなるなんてことはない。


尽きない燃料なのだった。


だから、組織の中でもかなり重きをおかれる場所、軽視のできないポイントだった。


今、僕の目の前には見上げるような大きさの装置がおかれている。


いろんな色のボタンやらレバーやらがたくさん取り付けてあって、それぞれの近くにメーターや文字盤が張り付くようにある。


何をどうすればどうなるのか、そもそも何をするための装置なのかすら検討もつかない。


アランにあらかじめ話されていた穴の淵の役割はわかっているが、この装置が(いや、他にもたくさんあるから装置たちか)それに直接的に関与するのか間接的に関与するのかすら皆目検討もつかなかった。


で、あるのに…。


「よくきたですねー、新入りさんですかー」


その管理人がたった一人とは…。


その上、今目の前にいるのは、子供?


でも、どうしてこんなところに?


「ねぇねぇー、新入りさんは返事もできないですかー?」


僕の腹ぐらいまでの小さな女の子が目の前に立っていた。


距離が近すぎるのと、彼女の背が低過ぎるのもあって、僕は首を思い切り曲げないとこちらを見上げる少女と目を合わせることができなかった。


やっとのことで観察する機会を得た少女は…一言でいうと、ハムスター。


クリクリとした大きくて零れ落ちそうな瞳は橙色で少しだけ垂れている。


睫毛はその目の大きさを際立たせるように、長い。


ショートボブの髪はふわふわと柔らかそうだ。


顎はほっそりとしているのに、その頬は少しだけふっくらとしていて、健康的に珠がさしている。


身体の線は細く、幼いがそこはご愛嬌だ。


そうしてアンバランスなはずのパーツが完璧に組み合わさって、彼女は未知の美しさ、可愛さを醸し出す。


そんな彼女がぽわぽわした雰囲気を全開の話し方をするものだから見ているだけで、その声を聞くだけで、癒される。


はぁー。


なんか疲れが取れてきたような気がする。


「もー、どうして返事してくれないですかー」


見下ろす少女の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。


少し怒らせてしまったようだ。


でも、これはこれで見る価値ありだ。


もう少しだんまり決め込もう。


「こらー。礼儀から教えてやるんですよー!」


わぁ、なんかすごく怒られてる。


でも、全然怖くない。


むしろ癒される、ていうか癒されまくりだ。


彼女の小さくて形の良い口元が揺れ動くたび、その頬がプリプリと膨らむたび、その橙色の瞳がパチパチと瞬きするたび癒される。


寝心地のいい布団に潜り込んでいるような気分になる。


「くらえー!ですよー!」


だから、僕にはその次の瞬間に起こったことが信じられなかった。


「……ッがぁ!!」


吹き飛ばされた。


そう思った時にはもう、回廊の土だらけの壁に打ち付けられていて、全身が鋭い痛みに襲われたあとだった。


「……へ?」


今だに今現在起こったことが理解できない。


見えてはいたのだけれど、頭が分析理解しようとしないし、信じたくない。


でも、さっきまで僕の目の前にいた彼女が数メートル離れた場所で腰を低くし、掌底を放ったあとの構えをとっているところは明らか過ぎるくらいに僕の視界にあって、事実として僕はここに体をしたたかにぶつけ、尻餅をついている…。


これらのヒントから導き出せる答えは、考えたくないけれど、一つしかない。


「き、君がやったの⁉」


「うぅー、アランさーん、リリアさーん、どうして最近の新入りさんは言葉遣いも知らないのですかー」


驚きを隠せず、目を見開いたままの僕に不満げな視線を向けると、少女はアランとリリアの顔を順々にみた。


「うーんと、あなたの見た目の問題じゃないかしら?」


「そうですよ、ロボさん。あなたがあまりに若々しいものだから、お年を勘違いしたのですよ、この新入りくんは」


「そうなのですかー。そういうことでしたら許しますですー。あたしはロボロ・マロマージュです。皆さんからはロボと呼ばれておりますですー、いご、よろしくですー」


少女は掌底を放った構えをやめ、背筋をピンと伸ばしてスタスタとこちらまで歩いてくる。


そうして僕の目の前までくると、そのままその小さな手を差し出す。


「ロボとお呼びくださいですー。」


ロボと名乗った少女は柔らかな笑みを浮かべている。


とても、さっき僕をぶっ飛ばした張本人とは思えない。


「僕はカイ・ルートです。よろしくお願いします」


差し出された小さな手をとると、やはり小さくて柔らかい。


それゆえ、あまりのギャップに、つい口にしてしまった一言。


「ところでなのですが、おいくつなんですか?」


少女の目がギラリと光った気がした。


オレンジ色の瞳が、一瞬だけ紅く染まったように見えた。


もう一回ぶっ飛ばされたいか?あん?


と言うフレーズがその口から飛び出してきそうな気がして、僕はとっさに身を起こし、構えた。


身体の節々が痛い。


「いや、あの、すみません…失礼なことを聞いてしまって…」


鋭い視線を受けながら、胸の前でブンブンと両手を振る。


「いやいや、いいのですよー。わかってもらえればオーケーオーケーですー」


ロボはその目を通常モード?に戻すと握手した腕をそっと引いた。


「ロボさんは、えと、お一人でここの管理をしてらっしゃるんですよね」


「はいですー」


「ここって、重要なばしょなんですよね、組織にとって」


「はいです」


「それを一人に任せるっていうのは少しおかしくないですか?普通、より重要な部署にはよりたくさんの人材を人事するのが妥当だと思われるのですけど…あ、すみません。なんだか失礼な言い方になってしまって…」


少しだけ、さっきと同じような目にあいそうなきがして身構えてしまった僕は臆病者なのだろうか?


「うーんとですねー、そこらへんのことはあたしにもわからないのですー。全部上層会議で決められたことですからー」


ロボは特別気を悪くした風でもなく、落ち着いた雰囲気で語る。


「そうですか」


てことは、アランとかリリアみたいな幹部が決めたのか。


では、なぜなんだろうか?


今いるのは穴の淵の熱源制御室という場所らしい。


少し首を回しただけで説明を受けても簡単には扱えないような機械がたくさんあるのに。


これを彼女が動かしているところを想像するのはとても難しい。


彼女が実はハムスターだったという話の方がまだ信憑性はある。


「それはね、彼女にしかできないからですよ。カイ?」


アランが僕の思考を遮る。


彼女にしかできない…とはどういうことだろう?


「それって、どういう意味ですか」


「言葉通りの意味ですよ。彼女の持つ『夕』が特殊なタイプなのでそれを利用させてもらっているのですよ。というよりも、彼女の夕がなければこの地下基地自体がうまく機能しないのです」


「へぇー。そうなんですか。すごいや、ロボさん」


「いやー、そんなあたしはできることやってるだけですよー。アランさん、おだてても何もでてきませんですよー。このこのー」


彼女は片手をそのぷにぷにと柔らかそうなほっぺたにあて、もう片方の手をないないと胸の前で上下させながら言った。


明らかに照れ隠しだ。


ていうか、その動きとか言葉遣いとか顔が紅くなってるとことかもう全部最強に愛らしい。


見ているだけで心が浄化されて行くようなそんな力がある。


「いえいえ、ご謙遜を。あなたのおかげでこの組織は機能しているのですから、胸を張ってください」


「ありがたいお言葉ですー。アランさん。あたしもあなた様のような素晴らしい幹部となれるよう頑張ります」


「はい。近いうちに上層会議で会いましょう」




ロボはその橙いろの瞳を感激に潤ませて、アランを見上げる。


尊敬されている。


アランという男が尊敬されている。


そんな場面を初めてみた。


そうしてわかる幹部という役職の重みと僕との立場の違い。


今さっきまですごく近く感じていたけれど、やはり、僕とアランの間には取りされない壁があった。


敬語を忘れたって、じゃれあったって、近づけたわけではないのだ。


本当にわかり合うにはまだまだ時間がかかる。


そういうことなのだろう。


でも、これからだ。


これから、彼のことをもっと知ればいい。


時間はいくらだってあるのだから。


あれ…?何かがおかしい。


実におかしい。


なんか変だ。


なにが?


わからない…いや、閃いた。


なんだ?


なんで僕はアランとわかり合いたいなんて思っているんだ?


わからない。


わからない。


わからない。


自分の心の動きがわからない。


自分の頭の中なのに、まるで別人のものを覗いているような気になる。


その別人の頭の中では、アランの道化師のような仮面を剥がして、本当の素顔を見てみたいと思っていて、時折見せる深い悲しみに打ちひしがれたような瞳の意味を解読したいと思っていた。


それは好奇心にとても近しいものだ。


でも、違う気がする。


わからないけれど、違う。


もっと別の感情、もっと別の理由がある。


どうしてなのだろうか。


「どうしたんですか。カイ?とても難しい顔をして」


「わかっているんだから、聞かないでください」


そうだ。


彼は心が読める。


だから、今考えていたことも全て筒抜けだ。


その効果範囲とか同時に何人の心が読めるか、とかどのように読めるのかとか重要な部分はわからない。


しかし、きっと読まれた。


そんな気がした。


「カイ?私がそうやっていつもいつも人の心ばかり覗き見ている嫌な奴とでも思っているのですか?」


「それだって今みればわかるでしょう」


「ええ、そうですよ。しかし、見れば、ではなく見えてしまってわかるのですよ」


やっぱりな。


ほら、そうやって人の心をいつもいつも覗く、覗き魔なんだ。


あれ、でも何か重要な部分を見落としている気がする。


もう一度アランの言葉を反芻して見る。


ええ、そうですよ。しかし、見れば、ではなく見えてしまってわかるのですよ。


見れば、ではなく見えてしまってわかる…それってつまり…


見たくもないのに見えてしまう。


そういうことか。


だとしたら、だとしたら、僕は愚かだ。


今までの自分の言動が全て、なんの気遣いもない、なんの思いやりもない、氷よりも冷たく冷め切ったものだったことを悟った。


「あ、アランさん…その…あの…えっと…」


「いいんですよ。私にこの力があるのがいけないんですから。気にしないでください。そうやって突然しおらしくされてしまうと、からかいがいがなくなってしまいます」


金髪碧眼の男は朗らかな表情でこちらに言葉を投げた。


そこには、僕なんかが預かるには恥ずかしいほどのいたわり、気遣い、思いやりが溢れていて、その言葉を、声を聞いただけで、ふわっと心が浮かび上がってしまいそうになる。


なんと美しい響きなんだろう。


なんと優しい響きなんだろう。


これもまた、アランの一部だ。


知りたい。


もっと近づいて、アランという男の全てを知り尽くしたいと思う。


「そうですよね。突然対応を変えるのもあれですし、しばらくは生意気な新入りという姿勢で対応します」


「やれやれ、厄介な者が入ってきてしまったものです。ふふっ」


金髪が揺れた。


天井を揺らめくランプの光に照らされて、キラキラと光るその髪は赤にもオレンジにも見えた。


薄青色の瞳が優しげな光をたたえている。


魅入られたようにそこから目が離せない。


「では、そろそろ行きますか」


アランはその薄青色の瞳を僕からそらすと、ロボの方へ向き直る。


「ロボさん。ありがとうございました」




「はいですー。でもー、もういいのですかー?もう少しここにいらしても問題ないですよー?というより、いて欲しいですー」


ロボが何時の間にかアランのそばに居て、猫なで声をあげながら、抱きつくと、その腰に頬をこすりつける。


「………す、すみません。私たちも忙しい身ですから」


「そんなこと言わないでくださいですよー。アランさーん」


もう擦り付けるというか、アランの身体の一部にでもなりそうなレベルでくっついている。


くっつくというより貼りつく、貼りつくというより同化している。


そんな感じだ。


対するアランはなんだか、珍しく動揺している。


その瞳がこちらを向いて、助けを訴えている。


なんだか、おかしかった。


「ロボロよ。アランが困っている。やめてやれ」


「は、はいですー。ハワードさん…て、ええ!?ええええええ!!!ななな、なんでここにー?!ていうか、どうやってこの世に⁉もうもうそもそも生きてらしたのですかっ⁉いや、でも、そんな、あたし、見たんですですよー?あなた様が倒れてるのをですですですーー!!!」


どうやら、ハワードの存在に今更気がついたようで、当然のことながら動揺している。


というかもう、たぶん頭の中で大地震が起きていることだろう。


死んだはずの人間が生きている。(ハーフだけど)


それはあまりに常識はずれな話で、とてもではないが受け入れられない。


でも、それが今、目の前に起こっている現実だった。


あまりに突然に失ったはずのものが帰ってくる。


それは歓喜にまみれた再会というよりも、きっと疑いに頭を悩ませる再会なのではないだろうか。


常識に囚われず、その者を見ることができるのだろうか、本物だと信じることができるのだろうか。


わからないけれど、目の前のロボは言動からもわかるとおりその判断の真っ只中だった。


「ああ、ええと、その、ああ、合言葉は?」


「ふむ、そのようなもの、我とお前の間にかわした覚えはないが」


「ほ、本物ですー。本物の反応ですー。こんな会話前にもしましたですよねー?」


「ああ、したような気がする。その時お前は、あまりに話題がないから、つい出来心ですーとかなんとか言っていたな」


「はいー。でも、どういうカラクリなのですー?皆さんそう出であなた様の葬式までしたのですよー。これではあまりにたちの悪い冗談ですー」


「それには事情があってな。少しお前には難しいだろうとおもう」


ハワードは静かで耳に心地よい声を出す。


だが、その言葉はロボを笑えないくらいに怒らせた。


まあ、いや、ええと、まあさっきの僕に対して怒ったのと変わらないんだけれど、その威力を知ってしまった僕からするとあの構えは恐怖だ。


左手を前方へまっすぐに伸ばし、腰をさげ、左足を前に出して、地を踏みしめる。


本気だ。


さっきと全く同じ。


ていうか、ついさっきまでアランに夢中だったのに…何時の間に…。


まあどちらにせよ、あの構えから繰り出される掌底は半端なものではない。


思わず身震いした。


「すまんな。だが、説明できないのだ」


ハワードは構えたロボの目をみようともせず、ただ、首を左右に振っただけ。


本当に申し訳なさそうな雰囲気だけれど、この状況では挑発的としかとられないはずだ。


今にも、ロボがハワードにそれを繰り出すのではないかと僕としては気が気じゃなかったけれど、事態は意外な人物の手によって鎮められた。


「ロボさん、あなたのことは嫌いじゃないけれど、ハワードに手を出そうっていうなら、容赦はできないわよ」


ザザーッという音と共にリリアがハワードとロボの間に割って入った。


電光石火、残像すら見えない、瞬間的加速とそれにともなう移動。


もはやどこから出てきたのかさえわからなかった。


これが、幹部の力。


さすがだ、以前にもポカポカ殴られたりとかしたし、抱きしめられたまま窒息死させられそうになったりしたけど、それらを小手調べと思わせるほど素晴らしい動きだった。


しかし、こうして見ていると、なんだか、『夕暮れ時』が戦闘集団のように見えてきてしまう。


他の隊員の方々も同じように体を鍛えたり、戦闘的スキルを磨いたりしているのだろうか?


だとしたら、やっぱり僕もそのうちの一人になるわけで、当然同じように訓練を受けなければならないのだろう。


まあ、それもいいか。


平凡でつまらない毎日よりずっといい。


欠陥品呼ばわりされて、自分で自分を貶めていた時よりずっといい。


「はいですー。幹部の方には敵わないですし、そもそもハワードさんになんて指一本触れられるはずがないのですー。ただ…その…悲しかった、それほど辛かったということをわかって欲しいですー」


渋々と言った様子でロボは構えを解いた。


そうしてそのままうつむく。


きっとその目に溜まった塩っ辛い雫を見られたくなかったのだろう。


複雑な感情に歪んだ顔を見られたくなかったのだろう。


「本当にすまない」


ハワードは深々と頭を下げた。


結局、なぜ死んだふりをしたのか、いやそもそも本当に死ななかったのか、それとも一度死んで生き返ったのか…なにもいわなかった。


いや、言えなかったのか?


この男はなにを考えているのかわからない。


深々と下げた顔はどんな感情を浮かべているのだろう。


詫びているのか、それとも、笑っているのか?


「では、今度こそ行きましょうか、いいですか?皆さん」


「はい。いいですけど、どうしてアランさんが仕切っているんですか。確か、この企画はハワードさんが組織内を案内する、みたいな話だったような気が…?」


「ハワードさんに頼まれたのですよ。ご自分で我は口下手だからと」


「おい、アランよ。それは言わない約束ではなかったか」


ハワードがその表情をうかがわせない氷の彫像のような顔を少しだけ苦々しげに歪めた。


「知りませんでしたか?約束とは破るためにあるものです」


きっぱりとアランは言い切った。


仮にも英雄?に対する態度とは思えない。


「なるほどな、ではこういうのはどうだ?でどんどん言いふらしてくれ、やくそくだ」


ハワードらしくない言葉が飛び出した。


アランと張り合おうとしている。


だけれど、いくら英雄でもアランを唸らせるのは無理だと思う。


「了解しました」


アランはそこですぅーと思い切り口の中に空気を溜めたかと思うと、思い切り吐き出した。


「ハワードさんはぁぁぁぁ!!!!!口下手なんですよぉぉぉぉぉ!!!!!!」


とっさに耳を塞いでいた。


でなければ危うかったかもしれない。


横幅の狭く、どこまでも続いていく回廊中に、アランの叫びが反響し、いつまでもぼわんぼわんと響き合って、収まらない。


全く、いい迷惑だ。


というより、どれだけ肺活量があるんだろ?


普通の人ではこの半分もだせないんではないだろうか。


「ふむ、いい度胸だな、アランよ。あとで決闘場までついてきてもらおうか」


ハワードが今度こそあからさまに不快感を表にだした。


その漆黒の瞳がアランを睨みつける。


そこには有無を言わさぬ威圧感が含まれていた。


「いいですよ。あとでと言わず、今から行きましょう。ちょうど次はあそこを案内しようと思ってましたから」


対するアランは英雄相手だというのに少しも臆する様子もなく、余裕そうに口元に笑みさえ浮かべてみせた。


これは、大変なことになった。


幹部VS英雄、なんともまあ豪華な対戦カードだ。


「け、決闘って、あの、お二人で戦うのですか!」


「当然だ。それとも貴様が闘うつもりか。若造」


「い、いえ、なんでもありませんでした」


我ながら情けない。


僕は臆病者だ。


言葉を発すれば発するほど、自分の弱さを、もろさを、ズルさを垣間みることになる。


悔しくて、泣きそうになる。


噛み締めた歯がギチギチと嫌な音をたてる。


そんな自分を変えたい。


そう思った。


こころから。


でも、まさか自分でもこんなことを口にすることになるとは思いもよらなかった。


「でも、あの、やっぱり、僕も参加したいです!」


「「「「はぁ⁉」」」」


ハワードを除くこの場にいた四人が一斉に驚きの声をあげた。


その中にはまだ一度も声を発してないスノウの声すらあった。


「あんた、決闘がどんなものか知ってるの?」


リリアの声が冷たい。


そのままこころまで冷え切るような声。


軽々しくそんなことを口にするなっ!


そう言われたような気になった。


「知りません」


うつむくしかできない。


「命をかけて戦士と戦士が闘うのですよー。カイさんはその覚悟がおありなのですかー?」


ロボはあわれむような調子で言った。


きっと愚か者を見下すような目をしているのだろう。


私より軟弱なくせに。


耳元で囁かれたような気がした。


「ありません」


うなだれるしかない。


「一度エントリーしたら取り消せないのですけれど、本当に参加したいのですか?」


アランが無表情な声でただ問うた。


違う、違う、ちがう!


「いえ、本当は参加したくありません。命なんてかけたくありません。血だって見たくない!」


知らぬ間に叫んでいた。


回廊はよく声が響く。


叫んでから、その声の大きさに驚いた。


「でも、こんな自分が嫌なんです。臆病で、弱っちくて、いつも相手の機嫌を取ろうとしてて、少しでも自分よりも大きな存在を見ると恐くて縮こまっているだけ!そんなの嫌なんです!」


本音をぶちまけた。


ただ、それだけ。


そうやってただ、スッキリしたいだけ、自分が変わりたいと思っている、そのことを思い切り吐き出すことで今までの自分よりマシな自分をアピールしたいだけだ。


心の中ではまだやめて置いた方がいい、とか、誰か止めてくれ、なんて思っている、真性の臆病者だ。


「いいんじゃない。やれば」


あっさりとした声が、涼やかな秋風のように僕の身を駆け抜けた。


その声の方を見上げた。


白い髪をポニーテールにまとめた美少女。


いつだってそばにいてくれた、唯一の理解者。


そんな彼女はあっさりと承諾した。


背中を押してくれた。


でも、どうして?


「そんなにやりたいならやればいいじゃない。危ないとか、やめて置いた方がいいなんて言われても関係ないわ。参加の権利は誰にでもあるんですか?アランさん」


「え、ええ、まあ?そうですけれど…」


アランが少しだけ圧倒されているように見えた。


「良かったわね、カイ。私は応援するわよ。

私は今のあなたも悪くないと思うけれど、きっと参加したらあなたは成長する。そんな気がするの」


「スノウ…」


「でも、あなたが死ぬのは嫌。だから、特別ルールを設定してもらえないかしら?」


「特別ルール?」


「そ、ギブアップって言った方の負けっていうのはどう?たぶん決闘するような人って身体を相当鍛えてるんでしょう?」


「そうですね。この組織でも選りすぐりの者たちです」


「だから、ハンデが必要だと思って。長年訓練してきた戦士と、昨日今日入ったばかりのヒョロヒョロの新人とじゃあいい勝負にならないでしょう。で、そのハンデを埋めるのが特別ルールともう一つ、これから何ヶ月か修行期間を設けたらいいんじゃないですか?」


「なるほど。それなら確かに護衛役の私からでも承諾できます」


「これでいい?カイ」


スノウがこちらに顔を向けた。


穏やかな笑顔だ。


「あ、うん。じゃあそれでお願いします」


不意打ちのような言葉にすこしどもってしまった。


スノウという名の少女がこんなにも強く揺るぎない存在だとは気がつかなかった。


そうして気がついた。


ずっとこの笑顔に支えられてきたことに。


彼女こそ僕の支えであり、希望だったのだ。


周囲の人間に欠陥品と蔑まれ、自分すらもそれを認めてしまっていた時でさえ、彼女だけは欠陥品だなんて一言も言わなかった。


ただ、そばにいてくれた。


だから、僕はここに立っているんだ。


立っていられるんだ。


だから、そんな彼女に目一杯の感謝を込めた笑顔を向ける。


「ありがとう、スノウ」


でも、きっと、どういたしまして、なんて彼女の口から聞くのは難しいだろう。


そう思った矢先、彼女は動揺し切った様子で、もはや自分がさっきまで言ったことがなんだったのか忘れる勢いで挙動不審に陥っていた。


「べ、別に、カイのためじゃないんだからっ!カイなんてひょろひょろだし、せもそんなに高くないし、力無さそうだし、頭でっかちだし、だから、だから…」


「わかってるよ。だからほっとけないんだろ?」


と、フォローをいれてやると、彼女は面白いように頷いた。


それこそ首がもげそうなくらいに。


「そう、そうなのよ!ほっとけないから。全く、ホントにあんたって危なっかしくて見てられないんだから!」


少し余裕ができたようで、得意げに腕を組んだ。


そして、これが一番彼女を落ち着かせるのに向いた方法なのだ。


ちょっとだけフォローをいれてやるのがベスト。


でないと、いつ必殺技が飛んでくるかわからないから。


なんとか大事に至らなかったことに安堵しながら、アランに視線を移すと、なんだか、やや強張った顔つきでスノウを見つめていた。


なにか、変態チックなことでも考えているのだろうか?


わからないけれど、なんだかその視線を他ならぬスノウに向けられているのが、僕としてはとても気に入らなかった(どうしてかはわからないけど)ので話題を変えることにした。


「あの、そろそろ行きませんか?騒ぎの原因である僕が言うのもなんなんですけど、時間、なくなっちゃいますよ。まあ、こんな地下じゃあ時間なんてわからないですけど」


「うむ、そうであった。では、皆、今度こそ思い残すことはないか」


ハワードが威厳たっぷりの声を響かせる。


すると、またも金髪が絡んだ。


「ふふっ。思い残すこと、なんて戦場じゃないんですからおおげさですよ」


英雄を鼻で笑った。


本当に命知らずな人である。(ハーフだけれど)


「ふむ、どうやら決着は決闘でつけるしかないようだな」


「決着ですか。結果のわかっている勝負なんて面白くもなんともありませんが、どうしてもというならお受けして差し上げてもいいですよ」


二人の間に見えない火花が散る。


どうしてこの二人は毎回喧嘩ごしなんだろう。


いや、その答えは簡単に出てきた。


今も僕の斜め前あたりに位置する、青い髪の少女だろう。


当の本人は首を傾げているけれど、これは本当に鈍いな。




それから一時間。


一向に火花が収まりそうにないので、ロボさんに案内を頼むこととした。


リリアは離れたくない!と駄々をこねた。


説得しようと三人がかりで散々粘ったのだが、しまいにはこれもアランとハワードの関係と同じように、収まらない性質のものと判断しおいてきた。


ということで、今現在、スノウ、ロボ、僕の三人で組織内の新たな施設へと回廊を歩いている。


ロボの仕事が大丈夫なのかは気になって聞いたところ、今日は定休日なのだという。


それで、『穴の淵』周辺の熱の処理が行われておらず、あのような蒸されるような暑さに見舞われていたのだ。


なぜ、休みの日なのにもかかわらず、ロボが職場にいたのかは不思議だったので聞いたところ、彼女は仕事大好き人間(ハーフですよ!ハーフ)なので休日も仕事はしないものの、機械を眺めずにはいられないのだとか。


うーん、小さいのに、本当に良くできた人間ハーフである。


なかなか真似できない。


僕の休日の過ごし方を思い返すと、とてもではないが、話題にできたものではない。


さて、そんなこんなで次なる目的地は『加工屋』の本部。


楽しみ半分、不安半分と言った感じだけれど、とりあえず、行って見るしかない。


できればまともな方々でありますように。


そう祈りながら、繰り出した一歩はなんだか、これまでにないくらいに軽くて、回廊を吹き抜けた清涼な風に乗ってどこまでも飛んでいけそうな、そんな気がした。




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