1野次と光学
人の国パールの中心都市であるパルディア、その人口はとんでもないことに40万人。実に、国民の3分の1以上が住む大都市だ。
そして、その中でも特に光学を熱心に指導する点が特徴とされる、国立パルディア学院。その高等部の二年に所属している、僕カイ・ルートは光学実習の授業の真っ最中であった。
僕はいつものように先生に言われた課題、光学の基礎の基礎である、光玉を創り出す作業をいつまで立ってもできずにいた。それを半ば諦めて、光学の基礎の本を恨みを込めて睨みつけていた。
「カイっ、なんでそんな簡単なところができないのよっ!」
毎度のことながら後ろの席から飛んでくる野次にはもうなれた。声の主は僕の後ろの席に座る女子、スノウ・ラクサーヌだ。長く、珍しい白い髪をポニーテールにまとめていている。大きな瞳はあさい湖のような薄い水色。小さな顔にすらっとした顎がポニーテールと良くあっていた。一般にいう美人という枠にいる女子で、男子には絶大な人気がある。
でも、僕は彼女が苦手だった。
まあ僕にとってはこのクラスのもののほとんどが苦手…いや、強がっても意味ないか、僕はこのクラスで孤立してしまっていた。今現在友達と呼べる存在はこのクラスの四十人の中にはいないし、他のクラスにも皆無である。
ある意味では彼女とだけまともに会話できるといってもいいが……。
僕が何かするたびに
「どうしてできないの?」
とか
「いつもあんたは……」
なんて、野次を飛ばしてくるのだ。
そうしなければいけないとまるで大事な任務を遂行するみたいに……。
僕にとってはクラスメート以上友達未満と言ったところか……。でも、僕は彼女よりも今、受けている光学実習の授業がこの上なくキライだった。この授業は言って見れば僕にない物ねだりするのだ。無い物を出せ出せとしつこくせがむのだ。
光学、それは文字通り光という力について学ぶもので、僕にはその素質が、いやそもそも光という力そのものが僕には備わっていなかった。
であるのに、先生は想像力が足りないのだ、とか、普段から何も考えていないからそんなことになるのだとか、何の根拠もない理屈を並べたてる。しかし、僕は光学のペーパーテストならば文句なしの満点である。
先生のいうとおり、確かに光を利用するには想像力が大切であるが、それくらい僕にだってちゃんと備わっているはずなのだ。
だけれど、光はいっこうに僕の中から現れなかった。結局、僕に光は最初からそなわっていないのだとさえ思ってしまうほどに。
それに対して少なからずショックを受けている訳であるこの僕に、後ろの席からはそのショックをさらに強力にするアシストが飛んでくるわけで僕はそれに対してかなりの憤りを覚えるのだ。
「なんで君にそんなこと言われなきゃいけないんだい? 僕はもう五年もこうしていると言うのに、今さらこれ以上何をしろっていうんだよ? それとも、自慢でもしてくれるのかな?」
僕は皮肉っぽく彼女に言い返した。彼女は狙い通りに顔を真っ赤にして怒鳴る。
「なによ! そんな言い方しなくたっていいでしょ? せっかく……せっかく……教えてあげようと思ったのに…」
彼女の言葉の最後の方を聞き取ることができなかった。いや、もしかしたら耳に入りはしたが脳が理解しようとしなかったのかもしれないが。
「せっかく……何?」
僕はすかさず聞き返したが、彼女はもういいっ! というと赤い顔をそのままにそっぽを向いてしまった。たく、黙っていれば美人なのにもったいないといつも残念がっている僕であった。
こうして彼女を撃退することに成功したあと、暇を持て余した僕はなんとなく光学の初歩の本の最初の一ページを開いた。
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一般に光を使うというのは自らの心にもっとも印象になった物を思い浮かべ、それを具現化するのが基本である。
それらの段階として、Levelというものでその成績が区別される。
具現化ができるものをLevel 1。
それを操作できるものをLevel 2。
二つの物を一度に具現化できるものをLevel 3。
二つの物を一度に操作できるものをLevel 4。
具現化したものを自由に変化できるものをLevel 5
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とあった。
確かスノウはLevel4で……僕は規格外の……具現化ができないものLevel 0である。
なるほど、ためになるなあ、なんて皮肉が頭の中でぐるぐると回るのを感じながら本のページをパラパラとめくった。そこには様々な光を利用した道具が掲載されていた。
たとえば、この教室を照らしているのは、天井に浮かぶ光玉と呼ばれるもので、光を利用する上での基礎の基礎である。
また、先生がたった今、黒板に字走らせているペンのような道具は使用者の光を吸うことでそれを文字としてその空間にとどめる画期的な発明である。これでかかれた文字は見るもののほしい大きさで見ることができる。おかげでいくら目の悪いものにも、見えるようになっている。
他にも光を燃料とする光車や、光を利用して火を起こす光の発火装置など……たくさんある。で、僕はその基礎の基礎、光玉を創り出すことすらできない。そのせいでいじめられたこともある。
「はぁ…」
と思わずため息をついた。
「あ、またあんた光の初歩の本読んでたの?」
彼女は後ろの席から乗り出してきて、甲高い声で言った。
「ああ、僕なんてどうせ初歩ですらできませんよ」
両耳を指でふさぐ振りをしながら答える。
「だ、だから……その、そうじゃなくて……もう、いいわよっ!」
とスノウは授業中であるのにも関わらず、大声で叫ぶとまた自分の席へと普通に体を戻した。何が良かったのかさっぱりだが、まあ彼女の目的が果たされたのならそれでいいか……でもこの場合、本当に何が言いたかったのかはわからないのだが……。
そういえば、スノウのことは確かにかなり苦手だけれど、彼女だけは僕を無視したりはしなかった。
決して、優しかったわけでもないし、あんな風に人を馬鹿にするような言い方をしょっちゅうするけれど、僕に対してのイジメに唯一反対し、いつもそばにいたのだ。聞くとスノウはその変わった色の髪と瞳のせいでいじめられて居たことがあるのだという。だから、人をいじめるなんて吐き気がするし、人をけなして何が楽しいのかしら? と言う。
その意見にはかなり賛成なのだが、後者の方は僕に対して行っているような? まあ、その点から僕は認めなくちゃならない。
彼女はおそらく、根はいい奴なのだと。だから僕も無視したりはしないし、彼女を傷つけるようなことはしない、ついキツイ言い方をしてしまう時もあるけれど……さっきみたいに。
僕は後ろを振り向いて、
「スノウ? ちょっとここ教えてくれない?」
と自分の光学実習の教科書のはじめの方のページを指差した。
彼女は一瞬驚いたように目を見開いたが、そのあと桃色の薄い唇に笑みをこぼれるくらいに浮かべて言った。
「最初からそういえばいいのよっ!」
そうだよね。僕の心は天邪鬼だから本当に思っていることをなかなか口に出せない。でも、彼女はそんな僕と少しだけ似ていて、そんな僕のそばにいてくれる。
「君が、しっかりとわかりやすく教えられるのか、心配だけれど」
「大丈夫よ! 私は優秀なんだからっ!」
彼女はその薄い胸板をえっへんとそらした。その得意げな様子は見ていて飽きないと言うかおもしろいというか、なんだか小さい動物のマスコットキャラクターをみているみたいなそんな感じで、とても心が和んだ。ああ、僕は本当はきっと、彼女のことを……。なあんて思ったりはしないけれど。
少しだけまた前言撤回。彼女のことを苦手だとは思わない。
「わかったよ。じゃあよろしく頼む」
「うんっ! じゃあ、ここはね……うーんと、えーと…」
スノウとの距離がなんだかいつもより近い。僕が彼女の机の上に置いた教科書を彼女は覗き込んでいて、僕は彼女の視線を振り向いたまま辿る。どうしても、よく見ようとすると顔が自然と近くなる。
彼女の息づかいがわかる。香水でもつけているのだろうか? 甘い華の香りが鼻をくすぐり、なんだか夢の中に迷い込んだような気分になる。なんだか頭の中が痺れてクラクラした。
四十人というたくさんの人間がいる中で、僕とスノウの二人だけの世界にいるみたいだ。開け放たれた窓から赤なのか橙なのかそれとも黄なのか判断のつかない光が差し込む。
僕が好きな時間がまたやってきて、僕の心をより穏やかなものとする。
こんな穏やかな日が続くのもいいかもしれない。なんて、思ったりもした。