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the third  作者: 深雪
28/83

25予感と無知な愚か者

気がつくと…どこかわからない場所に立っていた。


いつからかもわからない、だが、足は疲れていないからきっとそんなに長い間ではないはずだ。


でも、何故ここにいるのかも、立っているのかも、何をしたいのかもわからない。


どこだかはわからないけれど…ここは綺麗な場所だ。


整備された道路ではなく、数え切れないほどの花々があたり一面に咲き誇り、それぞれがここの魅力を主張し過ぎず、完全なる調和を果たしていた。


「こんな場所…パルディアにあるわけない…」


思わずつぶやいていた。


その光景はあまりに美しく、可憐で、とてもではないが、パルディアどころか、この世の中のどんな場所だって見られたものではないだろう。


そんな中に、両親が立っていた。


昔から周りに羨ましがられるほど仲が良かった二人。


今だって二人は新婚カップルみたいにニコニコしながら手を繋いでいた。


見つめあってウットリと互いに見とれあっている。


昔から僕はそんな両親が大好きだった。


だからいつも、いつまでも仲良しでありますようにと幼心で祈っていた。


そしていつか心から大切な人と一緒に両親みたいな夫婦になりたいと思うようになっていた。


父さんみたいに優しくて、大っきくて、何もかも包み込んで温めてくれるようなそんな人になりたかった。


母さんみたいななんでもわかってくれて、どんな話でも親身に耳を傾けてくれるんだけど、どこかおっちょこちょいなところもある、

そんな素敵な女性に寄り添って欲しいと願った。


なのに…


目の前で両親は少しずつ、少しずつ、変わってゆく。


足元の花々が急成長し、両親の足に巻きついたのだ。


それから、まずは足が花に絡め取られ、やがて、その花は蛇のようにうねうねとその茎を伸ばし、より深く、高く、強く、両親に絡みついていく。


美しい花々もその時ばかりは恐ろしい化け物のようにしかうつらない。


「やめて!やめてよ!…ごほっごほっ⁉」


精一杯叫んだ。


喉が潰れるのも厭わず叫んだ。


とても嫌な予感がして…。


何かが終わってしまうような気がして…


でも、花々に耳はない。


なにも届かず、なにも変えられない。


僕の声に、ただ、両親は揃って顔を苦しげに歪めるだけ、なにも話さないでなにも抵抗しないで、されるがまま、二人同時に花々に身体を絡め取られていく。


「どうして…止まれよ…おい…止まれ…!」


足が動かない、くそっ!


しかたなく、思い切り手を伸ばした。


千切れそうなくらいに手を前に前にと手を伸ばした。


でも、届かない…。


手が痛くなって来た…でも、伸ばす手は休めない、休めるもんか!


だって、きっと諦めてしまったら、二度と会えないようなそんな気がして…。


どうしてこんなことを?


どれだけ手を延ばしても届かない場所へ送ってくれるんだって。


母さんの柔らかい声が何故か耳に刺さる。


どうして?


お前は何も知らないのだよ、なにも、なにもな。


深くて聞き良い父の声がずんと胸を打つ。


「わからない、わからないよ…僕が何をしたっていうの?僕が何を…父さん!母さん!帰って来て!そんなの振り払ってさあっ!」


叫んだ言葉は虚しく風に流され、叫ぶほどに両親の身体はどんどん花々に埋め尽くされていく。


そうして完全に花に包まれた身体は今度はどんどんどんどん縮んでいき、やがて花々の中に消えた。


残ったのは何事もなかったかのように咲き乱れる極彩色の花々とその香しい香りだけ。


決して届かない場所へと、行ってしまった。


くそっ…だけれど、躍起になっていた頭は一瞬で氷点下まで冷え切った。


足…が動かない…それどころか、もう腰もダメだ…不意に怖くなり、下半身を恐る恐る見下ろした。


すると、両親と同じように花々が蛇のようにうねり僕の身体を這い上がってきていた。


確実に体の動きを止めてしまえるように、確実に息の根を止められるように、それはゆっくりと這い上がってくる。


「ひぃ⁉」


臆病な心はパニックを引き起こし、胸の鼓動は信じられないまでに加速した。


ドクンッ!ドクンッ!!どくんどくんどくんどんどくどくどく!!


もう自分でも何がなんだかわからない。


でも、このままでは両親のように花に食われてしまう、それだけは確かだった。


でも、どうしたらいい?


何ができる?


今の僕に何ができるっていうんだ?


そうこうしてるまに花々は上り詰める、僕という獲物を少しずつ、少しずつ追い詰めて、やがて、とうとうそれは僕の首元にまでたどり着いてしまった。


やっと見えた花々の先頭にはやはりイメージ通りの蛇が一匹、それも普通の蛇ではない、まるで花のように鮮やかな色合いの体表をしていた。


そいつはピンク色の舌をチョロチョロと出したりしまったりしながら品定めをするように

そのガラスの破片のような目を光らせた。


そして、ついには蛇が僕の頭に到達すると、僕の目の前でその鎌首を擡げ、信じられないほどの大きさにまでその口を開き、そのまま僕を丸呑みにしようとする。


だんだんと近づいて来て、その口内をまざまざと見せつける。


ギラリと光り、紫色の液体が滴る二本の牙、黒ずんだピンク色、長い二股の舌を。


喉ももう絡み取られて、声がでない。


だから、心の中で叫ぶ。


いやだ、死にたくない!死にたくない!!




「死にたくないんだぁぁっ!!!」


気がつくと、ベッドの上で絶叫していた。


身体が寝汗でグッショリと濡れている。


「嫌な…夢…」


額に手を当てると、冷え切っていた。


汗に体温を吸い取られたらしい、火照った腕にスゥーと冷気が入り込んで気持ちいい。


悪夢なんて…見たことなかった。


今まで十七年間生きて来て一度もだ。


どくどくどくどく…。


まだ、心臓の音が速い、こんなにも身体が熱く、喉が痛い…まるで本当にあったみたいだ。


あの夢が現実でこちら側が夢…そんな想像もできてしまうくらいに。


花々の香りを覚えてる。


甘くて、柔らかくて…でもどこかに刺すような鋭さがある…そんな香り…。


花々の色を覚えてる。


赤、オレンジ、黄、白、紫…それこそ数え切れないほどの色が視界にあった。


両親の表情を覚えてる。


ニコニコと幸せそうな笑顔と、痛みと苦しみに歪んだ苦悶の表情。


恐怖と痛みを覚えてる。


蛇がだんだん這い上がり、自分の身体が下から自由を奪われて行く恐怖、息苦しさ、身体が思い切り縛り上げられる痛み。


どれも、夢とは思えないほどのリアリティーを持ち、僕の身体を精神を揺さぶった。


その揺れは今も収まらない。


そもそももうどちらが夢かなんて自分で判断なんてできないんではないだろうか?


印なんて、どこにもついてない、ここは夢です!ここが現実です!そんな風に標識が立てられているわけでもない、だから、わからない…ここがどこなのかはわかるけれど、ここが夢なのか現実なのかは僕にもわからない。


ただ、もしあの花々の世界が現実だとしたら…?


「…ありえない」


自分の恐ろしい思考を、想像を断つように大きく首を左右に降る。


そんなことがはずがない!


今、僕がいるここが現実だ!


ベットから勢いよく跳ね起きた。


ギシギシ…


その重みでベットが軋んだ。


そのまま部屋の硬い床に着地する。


何も履いていない足にジーンと鈍い痛みと共に床の土の冷たさがつたわってくる。


しまった…靴はくのわすれた…。


ここは『夕暮れ時』の本拠地である地下基地、グレース。


グレースには現在およそ九千人以上のハーフが居住している。


そんなグレースは地下に張り巡らされたありの巣のような構造をしており、その中に大きさはまちまちだが部屋として機能するように加工してある個室が各々メンバーに用意されている。


まあ、カップルや夫婦、一家族などは一緒に住まったりももちろんしているのは想像にかたくない。


地下に展開しているわけだから、いくらでもスペースを創り出したり、広げたりでき、新しい居住民が増えたり、子供が生まれて手狭になっても別段問題はないという優れたものだ。


だが、地下に穴を掘っているということは、いつかスカスカになった地上が地盤沈下でも起こしてグレースが大変なことに…なんて恐ろしい見解もできるが、その辺は『加工屋』という基地の加工に特化した『夕』を持つ、特殊部隊がいるので心配ないそうだ。


現に今いるこの部屋も臨時で与えられたにしては狭すぎず、それでいて地上の自分の部屋と遜色ない。


だが、一つ難点は床のが加工されたとはいえ、土のままということだ。


なんでも加工屋は忙しいらしく、全ての部屋を完全に作業できるほど人数が足りてないんだとか。


で、僕みたいな新人にこの床だけ出来損ないな部屋があてがわれたというわけだ。


だから、ベットにはいる時は靴を脱ぎ、ベットから出る時は履き直さなければならない。


まあ、ベットから跳ね起きるのは昔からのくせだけれど、われながら浅はかだった。


恐る恐る足を持ち上げて、足の裏を見てみる…。


しっとりとした土に、いい感じでこげ茶色に染められていた。


どうしようか?このまま靴を履くのは気持ち悪いし…。


「はーい!そんな時はお役立ちキャラ!アランさんの出番ですよー!はい、濡らしたタオル」


金髪碧眼の男から少しだけ水分を多めに残して絞ってある綺麗な白い布が手渡された。


「あ、ありがとう…」


何がなんだかわからず、金髪碧眼の整った顔立ちの男と思わず受け取ってしまったタオルとを交互に見るしかできなかった。


「どういたしまして。嫌な夢でも見たんですか。汗だくですよ。全身。私が舐め回すように拭き取って差し上げましょうか?」


「い、いえ…結構です!」


突然の出来事にやっと頭がついて来た。


目の前にいるのは変態だ。


変態+金髪碧眼+端正な顔+心を読む=アランだ。


でも…なんでここに?


確か昨日は結局、ハワードが気を利かせて…


「ああは言ったが、やはりなれない場所にきたばかりでお前たちもつかれたであろう、案内するのは明日だ。よいな?」


と言うことになって…それから僕は臨時の居住スペースのここに案内してもらって今に至る。


確かあの時アランは幹部の居住区に行ったはずだ…どうして?


「そうだ!なんでここにいるんですかっ!アランさん!」


「何って…何も覚えてないんですか。昨日のこと…昨日あのあと皆さんと別れて寂しがった私をあなたがそっとこの部屋に招き入れてくださって…ついさっきまでこのベットの上で…」


ポッとアランの白いまるで彫像のような顔に朱がさした。


「もう!こんなこと言わせないでくださいよぉ!」


アランは女みたいな艶めいた声を上げた。


ここまで整った中性的な面立ちでそんな声を上げられると、本当に女のように見えてしまう。


って⁉は?冷静になれ!カイ・ルート!


アランは男だ!おとこ!正真正銘の男!


それにこいつ…何を言って…るんだ?昨日は疲れて…そのままベットに突っ伏して寝てしまったはず…!


「てか、なんでここにいるんですかっ!?訴えますよ?」


「いやーん!カイ君こわーい!」


カイ君?僕のことか?


それにさっきよりも声が…高く、黄色くて…まるで年頃の女の子みたいだ…いけないいけない、男だ!男だ!男だぞ!


「訴えるって…どこへ?ここには警備隊もいないんですよ?ただあなたと私の二人だけ…あいにくこの部屋はドアを閉めてしまえば音は漏れませんし…もう鍵もかけました。誰も入れないです」


アランの青い瞳がギラリと光る。


狡猾なハンターのようなその鋭さに、身の危険というか、もっと他の危険を感じる…なんだ?この不安感は?違和感は?何かが…おかしい…。


何時の間にか、僕はもう一度ベットに倒れこんでいた。


否、ベットに張り倒されていたのだ。


「ちょ、何して…るん、です…か?」


「男と女が一つ屋根の下…することなんて、ひとつしかないじゃないですか?」


「おい、ホントに、やめろ!やめろって!あんたは男だろ!」


身の危険を感じてもう、敬語どころではなかった。


「大丈夫!痛くないですから」


「おおい、どこ触ってるんだ!くすぐったいだろ!」


「ちょ、こら、ホントに、あ、脱がすな!」


「ほらほらほら~」


「ひっ!つ、冷たい!やめろ、もういい、自分でやるから!なあ!身体離せっ!はなせったら!」


「すっかり綺麗になりましたね。これで風邪を引くこともないですよ」


「ホントに強引だな…ですね。はじめは何されるかと気が気じゃなかったぞ!」


全く、どうして身体を拭くだけのことを他人にやってもらわなきゃならないんだ!


半分脱がされた緑色のダボダボのスウェットをちゃんときなおす。


これは昨日明日の着替えにともらったTシャツとジーパン、とともにアランから受け取ったものだった。


冷んやりとしたタオルの感触と、時折触れたアランの細くて白い指先の感覚がまだ身体に残っていた。


「ふふ、でもダメですよ。もう少し用心しないと。あなたはそんな顔してらっしゃいますから、女ばかりか男にも狙われてしまうかもしれませんし」


「はぁ?狙うって何を?」


「まあ、あなたにはまだ早い話のようです。では、私はこれで失礼します!またあとでお会いしましょ………っ!」


踵を返し、ドアの方へと歩き出そうとしたアランの肩をぐっと掴む。


「ちょっと待ってください!どうして、ていうかどうやって僕の状況を把握したんです?それに僕は昨日自分が鍵を掛けたのをはっきりと覚えてます!どうやってこの部屋に入ったんですか?それも音もなく!」


「まあ、いいじゃありませんか。少しミステリアスな方が魅力的でしょう」


「たまには真面目に話してくださいよ!」


「私はいつだって真面目ですし、真剣ですよ!ただ、少しだけ変態なのが玉に瑕ですが」


「自分で言うな!」


「まあ、ひとつだけヒントを差し上げるとすれば…そうですね。私が4colorsだということです。では」


そう言うとアランはそっと僕の腕を除けると、そのまま歩き出し、ドアを普通に開けて出て行った。


ヒントは4colors?


ますますわけがわからない。


僕はベットから立ち上がると、またあの感じを覚えた。


ジーンとした鈍い痛みとともに伝わってくる、床の土の冷たさ…。


また…靴履き忘れた…


はぁ、とため息をついた。




その時の僕は初めて見た悪夢も、嫌な予感も全て忘れてしまっていた。


それが何を意味するのかも知らないまま…考えないまま…何が起こっているかも気がつかないまま…


何かが起ころうとしている、変わろうとしている、そんな前兆に耳を傾けるどころか気がつく余裕すらなかったのだった。


まさか、こんなことが起こっているなんて微塵も予想できなかったんだ…気がついた時にはもう…

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