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the third  作者: 深雪
25/83

22一族のために

第七ブロック、ビル墓場…月明かりに照らし出された廃ビルの群れは昼間とは違った存在感を表していた。


その配置が特殊なせいかビルの長い影と影が重なり合い、一匹の巨大な化け物のように見え、とても不気味な存在感を見せるのだ。


だから、ここにはそんな光景を恐がった者たちの作った逸話や噂がたくさん残っている。


その逸話は様々な形で人々に広がって行き、やがて、夜間にここへ出歩くものはほぼいなくなった。


そんなビル墓場の廃ビルの合間を怖いもの知らずの小柄な男が一人歩いていた。


その速度はかなりスローで、全く逸話やら噂やらを気にする様子はない。


それに男は何かを引きずっていた。


まるで重い荷物を止む無くそうするように…。


だけれど、男の引きずるそれは荷物なんかではない。


人族に似ている…というよりも人族にしか見えない容姿を持っている、魔人族の男である。


人族との唯一の違いとして背に生えた大きな黒い翼は何があったのかボロボロになっていた。


その翼の根元をガッチリと体格に似合わぬ大きな手のひらで引っつかんで引きずって行く。


「てめえ…今何…考えてやがる?」


引きずられている男が口を開いた。


だがそれは、仮にも力強いとは言えない弱々しい声だった。


蚊の鳴くような、かすれて、聞聞きとるのが難しいほどに小さな小さな声。


口を開くのもやっとという状態なのだろうか?


しかし、どうやらその声は小さくとも引きずるほうの小柄な男からするとかなり予想外なものであったのか、小柄な男はビクッと身体を震わせたあと、その足を止めて後ろを振り返った。


「ほう…なかなかしぶといな、魔人よ。だが、その力はもう使えまい?」


小柄な男はさっきまでの驚いたような反応はどこへやったのか、余裕満面の笑みで魔人の男に向き合った。


それから、得意げに魔人の男のその赤い瞳に集まった、黒い光を指差す。


「ちぃ…てめぇ人じゃねえだろ?何もんなんだよ?それになんだって俺の邪魔しやがったんだ!このままうまく行けば国に帰れるかもしれなかったのによぉ!」


魔人の男はやけになったように大声とともに一気に言い切った。


「理由は三つだ。一つ、お前が俺の親友の遺産を壊したから。一つ、お前はどれだけ人を恨んでたのか知らんがあれはやりすぎだと思ったから。一つ、我らハーフのためにお前が使えると思ったからだ」


対する小柄な男は至極冷静だ。


少しも平静を崩すことなく滑らかな口調で語った。


「ふざけんな!不意打ちかましたくせによぉ…正義のヒーローぶってんじゃねえ!」


魔人の男はギラギラ光るその血のような赤い瞳で小柄な男を睨みつけた。


さっきまでの辛そうな表情が嘘だったかのように、大声でまくしたてる魔人の男。


口からは大量の唾液が拡散している。


「正義のヒーロー?なんだそれは?」


小柄な男は間抜けな声をあげた。


全く緊張感も何もない。


「それにてめぇ…やっぱり人じゃねぇのか…どうりでおかしな術使いやがるわけだ!それに俺が使えるってどういう意味だ?仲間の情報なんかなにしたってわたさねぇぞ!」


「全く、人に質問する時は一項目ずつにするのが基本だ!そんなこともわからんで生きてきたのかおのれは!」


うるさく不満を吐き続ける魔人の男にとうとう痺れを切らしたのか、小柄な男が怒りのこもった雷鳴を轟かした。


そして、その雷鳴は抜群の威力を発揮し、見事魔人の男のやかましい口に蓋をすることに成功した。


「お前のことなど知ったことではない。俺はただ世のハーフのために動くだけだ」


小柄な男…ボス・フォアゲートはまた歩き出した。


とある目的のために…崇高なる理想のために。


「フン、ご立派なことだぜ…だが、何をしたって変わらねえよ。それにハーフ…そうか!てめえ、あの『夕暮れ時』の大将張ってる奴だろ?やっと思い出したぜ、確か…『記憶を失いし者』のボス・フォアゲートだったか?」


魔人の男…ギンは懲りもせずにボスに語りかけた。


身体はすでに動かぬほど衰弱し切っているようだが、口ばかりはたっしゃなようだった。


「ご名答。だが、それがわかったところでお前の運命は変わらない」


ボスは静かに告げた。


その足はもう止まらない。


そのギンの黒翼を捕まえる腕の力は弱まることを知らない。


圧倒的な力である。


そこに、消耗や限界などという文字は欠片もなかった。


それはギンを苛立たせ、その口をさらに饒舌にさせる。


「俺を利用しようってんならよぉ、目的話すぐらいのリターンがあってもいいじゃねえか!どうせ俺は殺されるんだろう?」


「いいだろう。冥土の土産に教えてやるとするかなあ…」


ボスは空いた左手で目にかかった前髪をくるくると指先で束ねたり解いたりを繰り返す。


琥珀色の双眸が、すだれのようにかかった前髪の間から見え隠れして、その存在感を少しだけ表していた。


「お前は『終戦の誓い』を破った。そうだなあ?」


「ああ、そうさ、でなきゃこんな真似できるかよ」


そう答えつつ、ギンが後ろに向いてもいないボスに伝えるために倒された樹木や、胸部や頭が消滅した死体やレンガや木材の山と化した建物の群れを指差した。


「ならば俺はお前を許さない。その上命の保障もできん」


ボスの顔が苦痛に歪み、ギンの黒翼の根元を持つ手にグッと力がこもる。


「んなこたぁわぁーてるよ。それより、俺を何に利用しようってぇのか教えるやくそくだろう?」


「ふん、お前のような輩が約束という言葉を使うのは少々違和感があるなあ…まあ、いい。過ぎたことは仕方ない…とは言わんが貴様のこれからぐらい話してやろう」


ボスはその足を止めず、ギンの方に向きもせずに続ける。


「お前はこれから俺の手によって人族の政府に突き出されるのさあ!それにより、この一連の事件とその原因である貴様を突き出したこの俺は言わば貴様の考える通りの存在となる。人族を魔人の急襲から救った英雄となあ。そうして立場を得た俺にはとてつもない発言力を持つことができるとは思わんか?」


ボスの言葉にギンは思い出したようにハッと息を呑んだ。


そうしてから恐る恐ると言った様子で頭の中で導き出した答えを口に出す。


「まさか…お前ら『夕暮れ時』の目的である、ハーフの独立につながるってことかよ!?」


「ふむ、魔人という種族も思っていたよりは頭の出来がいいようだなあ。…正解だ。だが、『終戦の誓い』がなくなった今、魔人と人との戦いは避けられん。そんな時に魔人の急襲から人族を救った英雄が率いるハーフの軍団『夕暮れ時』が魔人を倒すために人族と同盟を組むとしたら…俺の理想に一歩、いや、一歩どころではすまないほど近づくことができるだろう!」


ボスの雷鳴が廃ビルの群れに響き渡る。


それはギンの耳にも同様に響き、その脳を内側から揺らした。


ギンは最悪の事態を想定し、舌打ちをする。


そんなものに意味がないとはわかっていても、そうせずにはいられなかったのだ。


そうしてから、身体中が芯から冷え切るような言いようのない恐怖感に襲われ、ガタガタと小刻みに揺れた。


「…て、てめえは…そこまで考えて…俺に、手を出したって…いうのか?」


「当たり前だ。これでも一国の王になる予定だからなあ!」


ボスは高らかに言い放つと、歩の速度をあげる。


自らの計画を口にしたことで、その効率や効果、確実性を改めて確認でき、その出来の良さ、そして見えてきた自らの目的の影に心が躍ったのだろう。


それはもう、人一人を引きずって歩く速度などではなくなっていた。


速い。


とんでもなく速い。


歩く、というよりも速歩き、いや…もはや走っているのと同じレベルの速さだ。


これには引きずられるほうはたまったものではないと思われるが…魔人の男は黙っている。


いや、きっと口を聞く元気を本当に今度こそなくしたのだろう。


体力的にではなく、精神的に…。


圧倒的な力の差。


無力感。


あまりに大きな敗北感。


それらがギンの心を削り取って行った。


ビルの谷間にできた化け物のような影が揺れて、まるでギンをあざ笑うかのように見えた。


引きずられた地面はじゃりじゃりと砂煙を上げ、舞った砂がギンの顔にかかる。


それはさぞ、苦くて、マズイものだったのではないだろうか?


なにせ、怒りに身を任せた結果、一族を危険にさらすこととなった男…それが今のギンの現状なのだから…。


削りに削られた精神をなんとか奮い立たせて出した声は、命乞いのようなものだった。


「頼む…一族を、許してくれ…あんたらに加勢されたら…俺たちに勝ち目はない…だから、頼むよ…」


「ふむ、面白いことをいうな。だが、安心しろ、たとえ俺がお前をダシに同盟など結ばなくとも、怒り狂った人族はきっと、お前らの持つその闇よりももっと破壊力のあるものだと思うぞ?」


ボスはギンの絞り出した声を軽く鼻であしらう。


ギンはギリギリと歯噛みすることしかできなかった。


そもそも、背負っているものが違ったのだ。


己の使命を怒りに身を任せ、全うできなかったギンと、一族のためを思い常に最善の選択を選ぶことを義務とするボス。


その差は雲泥、天と地ほども違う。


ちくしょうなんて嘆く気にさえなれない。


完全な敗北だけがそこにあるのだ。


心に浮かぶのはどうしてあの時点で、とかどうして気配に気がつけなかったのか、とかどうしてという言葉がぐるぐる回り、その都度釘のように突き刺さる。


そして、それはいくら引っこ抜こうとしてもビクともせず、ただ、さらに深く突き刺さるのだった。


散々にギンへ降りかかり、痛め続けた砂埃は急に止んだ。


ボスがその足を止めたのだ。


そして、静かに告げた。


「どうやら着いたようだぞ。お前の墓場、『牢獄塔・タワーオブホワイト』だ」


その目の前に立ちはだかるは、夜の闇の中でそのあまりの白く美しい様から、まるで自らが光源となりえているとさえ勘違いしかねないまでの完全無欠なる白、そこに他の色、汚れの入り込む隙は欠片も存在しないと見える白く輝く塔。


そこに窓はない。


その高さは天を貫き、また、それと同時に地も貫き、地下へと予測もできないまでにその規模を拡大している。


その最上階を拝めるのは死刑囚のみ、その最下層へ辿り着くものは永久懲役を言い渡された者のみだ。


何時の間にか、ビル墓場を抜けて、第六ブロックへとたどり着いていたらしい。


もうあの不気味な雰囲気は見当たらなかった。


ただ、開けた場所に外観だけで見れば目を見張る美しさを誇り、並の観光地よりもずっと見応えがあるかもしれない塔があるだけ。


…だが、その内部で行われる物事は正義の名の下にありながら明らかにその枠を、その抑圧を逸脱し、穢れを穢れで落とすような刑罰が執行されている。


身の程知らずでない、賢い犯罪者や賊はこの塔を畏怖を込めてこう呼んだ…


『罪殺しの塔』


と。


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