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the third  作者: 深雪
20/83

17秤に…卵に測られて?

十畳という民家の一室としては悪くない広さの部屋は、一組織の重要な施設を備えるには少し狭過ぎた。


部屋には木製のテーブルが二つあり、その上には乗せられるだけ乗せました、と言わんばかりに様々なものが並ぶ。


例えば、得体のしれない液体の入った丸底フラスコ(中身の液体は絶えず色を変化させ続けていた)


次にどんな生物のものか検討もつかない巨大な骨(もし本物なら人類にとってとてつもないほどの脅威になるだろう)


それから、何に使うのか予測のつかないおそらく鉄と思われる金属でできた三十センチくらいの卵型の道具(中央に直径十センチくらいの穴が空いており、そこから紫色の不気味な煙が常に上がっていた)


そして、一番目を引いたのは…金色に輝く、天秤だった。


中央の支点の上に、長細い金属製の棒が置かれ、その棒の両端に開けられた小さな穴から、ワイヤーのような半透明の糸状のものがでており、天秤の金色に輝く皿を吊るす形になっている。


天秤の片一方の皿の上には見たこともないような色をした石が乗せられ、もう一方の皿が石の重さを表すかのように釣り上げられていた。


石…というよりも宝石と呼ぶべきかもしれないそれは黒とも白ともとれるなんとも不可思議な色をしており、見る角度によって全く違う色にも見えた。


もしかしたらずっと色が変化し続けているのかもしれない。


なんとなく、目を引かれた…というだけなのだが、なぜだかこの天秤から目が離せなかったのだ。


とまあ、そんなこんなでその他にもわけのわからないものが所狭しと並んでいた。


並び過ぎ、というか限界を超えて並んでいる。


テーブルのすぐそばに立つとわかるが、テーブルのはしから乗せられた道具がはみ出して、半分中に浮いているのだ。


よく落ちないものだなと感心する。


それにしても、よくもまあここまでわけのわからないものばかりを集めたものだ。


使い道がわかるものと言ったらさっきの天秤くらいのものだろう。


だけれど今時天秤なんて古臭いにもほどがある。


ランプの時は納得できたが、こればっかりは時代遅れと言わざるを得まい。


美しい造りをしているから、マニアに売りつけようと思えば意外と高値かもしれないけれど…。


「天秤の間から天秤をとってどうするのですか?全く」


アランが呆れた声をあげた。


なんかもう、慣れました、はい。


心を読まれるの。


だからあえて無視し、部屋の奥へと歩を進める。


天秤の間へ行けとは言われたけれど、何をするのかは全く聞いてない。


だから、そうなると普通はこの部屋について知っているはずの、僕の上司であり、護衛役であるこの男、アランに聞くべきであり、もうすでに一度はその質問をしたのだが…


「行けばわかりますよ」


と思わせぶりなことだけ言って半強制的にここまで僕らを連れてきてしまった男でもある。


従って、彼に質問をするという行為はかなり無意味に等しい。


というかそもそも、彼が僕の質問に真面目に答えた試しはないし…僕自身、彼を信用していいのかよくわからない。(人として)


「無視した上に、ずいぶんな言い草ですね?カイ?」


アランが僕の右肩を掴み、僕の足を止めた。


「いやいや、そんなことないですよ?アランさんのような素晴らしい上司を困らせるような質問を控えただけであって、決して無視したわけではありませんよ」


本来なら身の危険を感じる場面だろうが、気にせず皮肉っぽく返してやった。


なんたって彼は僕の護衛なのだから、僕の身を守りはしても傷つけることはできないのだから。


「なるほど、カイはなかなか面白い考え方をしますね?確かに私はあなたの護衛ですからあなたを守るのが役目です。ですが、あくまで私はあなたの上司。あなたに罰則を与えることはもちろん、拷問を与えることだってできるのですよ?カイ?あなたはその点どうお考えですか?震えているところをみると、そこまで考えは至らなかったようですが?」


「………」


図星だった。


震えが止まらない。


心臓が鷲掴みにされて、いつでも殺せると言われたような気分だった。


いや、そんな気分なんて知らないけど…きっとそんな感じ。


暑くもないのに、いやむしろ寒いくらいの室温なのに、背中から嫌な汗が噴き出してシャツをグッショリと濡らしていた。


アランはそんな僕の耳元にその形の良い薄い唇を寄せると、


「大丈夫ですよ。私はそういうの好きじゃないですから」


と囁くように言うと、足が止まってしまった僕を追い越して、スーと部屋の奥へと進んで行く。


まあ、奥というほど部屋は広くはないのだか、なにせ十畳だし。


でも、そんなことは関係ない。


ただ、身震いするしかできなかった。


あまりの恐怖に食いしばった歯がギチギチと

音を立てる。


そんな自分の臆病なところが嫌いで、いつだって克服しようとしてきたのに、ダメだった。


圧倒的な力、権力、恐怖を前にした時に僕には己の弱さを痛感することしかできなかった。


「どうしたの?顔が真っ青よ?」


スノウが遅れて入ってきて、部屋を一瞥しつつ、心配そうな顔で僕の顔を覗き込んできた。


「………」


「もしかして、気分悪くなった?私もこの部屋かなり苦手かも。なんか、気味の悪いものばっかりだもんね。特にあれ…あの手前のテーブルの上においてある骨、もしかして…本物だったりして?なあんか怖いよねえ?」


なんていう彼女は恐怖感にとらわれているというようにはみえない。


というよりも、遠足で始めての場所に来た小学生のように見える。


だめだ。


今口を開いたら、きっとスノウを傷つけるようなことを言ってしまう気がする。


そんな気がして、黙り込むことしかできなかった。


「ねえねえ、でもさあ、しゃべれなくなるほどしゃないでしょ?それともそんなにこの部屋が気味が悪いの?」


スノウはさらに心配そうな顔をする。


だけど、そこには少しだけ不満そうな雰囲気もあって…たぶん今僕が口を開かなきゃ逆に彼女を傷つけてしまうかもしれない。


これは困った。


完全にお手上げだ。


シャレではなく、ホントに両腕をあげて降参したい気分だった。


と、その時


「お二人さん、いちゃついてないで早くこっちにきてください。全く、目を離すとすぐにこうなんですから」


と言い放ったアランの顔には満面の笑みが浮かんでいた。




「い、い、いいいちゃついてなんかいないもん!」


「…ガハッ!?」


やっぱりという結果となった。


スノウが頬を、いや首とか顔とかもう全身をトマトに変換したように真っ赤にしたかと思うと、僕が身構える前に、洗練された無駄のない動作で『恥じらいの鉄拳』を僕にクリーンヒットさせたのだ。


「ふふ、やっぱり面白いですね。お二人さん」


部屋の奥で金髪碧眼の端正な顔立ちをした男が笑っている。


とても嫌な感じだ。


でも、それどころじゃない。


これはすごく…痛い…。


「ご、ごめんなさい!また私…無意識に殴っちゃった…本当にごめんなさい…」


痛い。


痛すぎるほど痛い。


しかし、何度も何度も深々と頭を下げつつ謝る彼女を責める気は起きなかった。


何事も慣れなのだ。


だから、何時の間にかぼくはいつも通りに口を開いていた。


「…大丈夫だよ」


これには自分でも、驚いた。


なぜかスノウに殴られたことによって、さっきまで身体を支配していた恐怖やら何やらがまるで何事もなかったかのように消え失せていたのだ。


「うぅ…でもぉ…」


スノウが涙目で僕を見上げる。


「大丈夫だよ。ほらっ!おかげで気分良くなったし!」


そんなスノウの目の前で思い切り飛び跳ねてやった。


スノウの気が少しでも収まるように。


「よかった…の、かな?」


「うん。よかったんだよ」


自分の器の広さに感動しつつ、答えた。


「さあさあ、二人とも、いつまで私を待たせるつもりかな?こっちへおいで」


アランが意味ありげな笑みを浮かべながら、

手招きする。


そんなアランに少しばかり警戒しつつ、僕はその手招きに従ってあるものの前にでた。


僕の目の前には例の金属製の卵型の道具がヘンテコな存在感を表している。


まあ、不安はあるけれど、どっちにしたってアランにかかれば僕なんてイチコロだろうし、深く考えて怖がる方がおかしいんだよね?って、天秤の間なのに天秤の方じゃないんかい!


「カイ?どうしたの?急に大声出して」


「え?僕、今何も言ってないはずだよ?もしかして、スノウまで心読めるようになっちゃったのか?!」


「いえいえ、なんだかだいぶ勘違いされているようですが、あなたは今声に出して叫んでましたよ?カイ?それに、天秤の間の天秤には後々お世話になると思います。とりあえず今はこの卵にご注目」


そう言ってアランは卵(今後は卵に略)の中央に空いた直径十センチの穴に右手を入れた。


散々上がっていた不気味な煙がその時を境にぱったりと止んで銀色の光をはなっていたその表面の色をくるくると変えて行く。


銀から青に、青から赤に、赤から紫に。


見ている側としてはわけがわからない現象のオンパレードだけれど…何がおこっているのだろうか?


というか、何をしたいのだろうか?


「あの…大丈夫なんですか?そんなことして?なんか、変な煙とか出てましたけど?」


恐る恐る聞いてみる。


「大丈夫ですよ。ほら!もう煙出てないでしょう?それにあなたたちにもやってもらいますし」


「へ?」


「へ?じゃないですよ~これをしてもらうためにわざわざここまできたんじゃないですか」


「痛かったり、熱かったりしないんですか⁉」


「まあ、少しばっかり痛くて熱いですけど…」


そこであえてアランは表情を曇らせてから…なんだか無理に作ったような笑顔で顔をいっぱいにして、


「私にできたのですから、大丈夫で…す…よ…」


と言った。


とても、大丈夫そうには見えない。


むしろ死にそうにすら見えた。


アランの端整な顔が歪みにゆがんで、みるに耐えないものとなっている。


おいおい、こんなことって…。


入ってそうそうなんかすごいピンチなような気がする。


「さあ…カイ、君もこれにて…手を…」


「なんで死にそうな声なんですかぁ!」


「す…すみません…これは私の天敵でして…」


「天敵って…結局何がしたいのですか?これ」


「それは…フッ!やってみればわかりますよ」


「なんでまた適当なんですか⁉しかもカッコつけて笑う時だけ元気にならないでください!」


にしても…本当にアランの意図が読めない。


結局何をさせたいんだ?


そもそも、この卵は一体なんなんだろう?


アランが手を入れた瞬間に煙が止まったけれど…。


あの煙が止まってから、卵の色が変化し出して…銀から青に、青から赤に、赤から紫に。


それは何を意味するのだろう?


「何も考えないでください。でないと測れませんから」


急にアランが何事もなかったような様子で言った。


さっきまでの苦しそうに歪ませた顔はどこえやら。


つまり、演技だったということか。


「考えないでってどういうことです?」


それに、測るともいった。


それは…どういう意味を表すのだろうか?


「私を信用してください。これでも上司ですから、あなたの害になることはしませんし、進めもしませんよ」


そういいながらアランは卵から腕を引き抜いた。


その瞬間、また卵は元の銀の光を取り戻し、中央にぽっかりと空いた穴から不気味な煙を吐き出し始めた。


「さっきと矛盾してますよ!罰則も拷問もさせることができるって言ったのに!」


「それはまあ、楽しみですよ。私は所詮嫌われ者ですから、人の恐怖とか驚きとかに引きつる顔を見るのが好きなだけです。あ、リリア嬢とか、可愛い女の子も大好きですけれどね?」


なるほど…いい趣味してますよこの人。


でも、まあもうどっちにしたってやるしかないか。


スノウに先にやらせるわけにはいかないしな。


「どうにでもなれっ!」


そうやって卵に突っ込んだ手が生温かい煙につつまれる。


やっぱりアランはさっきまで演技をしていたようだ。


痛いとか、熱いとかじゃない。


全然そんな感じじゃなくて、むしろ、心地よく温かい。


なんだろう?


この感じ。


抜け出せなくなる、みたいな?


なんかもう、何もかもどうでもよくて、ずっとこうしていたい。


今まで感じてきた苦痛とか悲しみとかそんなのが全く目に入らない。


ただあるのは快楽だけ。


ああ、天国ってこんなところなのかも。


だけれど、天国はもろかった。


「カイ!早く戻ってくるんだ!そうしないと、君のすべてがそいつに食われてしまいます!」


アランの声がした。


でも、すごく小さい。


耳元で羽虫が飛んでいるような、雑音みたいな感じだ。


だから、頭の中までひびいてこない。


でも、その次の声はとんでもなく頭に響いてきた。


ていうかもう、壊れるくらいの大音量をものすごい感度で受信した。


「カイ!行っちゃダメぇぇぇぇ!!!」


その声で、聞き慣れたその甲高い声で、やっと我に返ると、そこには僕の身体半分が卵と一体化していた。


「よかった!カイ!無事で!」


いやいや、心配してくれたのは嬉しいけれど、これじゃ無事とは言えないでしょ?


というか、どういう…こと?


「すみません。こいつは『夕』の強い者が大好物なんです。だから、そのものの心に取り行って、自分好みの『餌』にしようとするんですよ。だから、私も苦手なのですが…まさか、ここまでとは…」


「ここまで?」


「ええ、我々はこいつのその性質を逆手にとって検査の道具としていたのですよ」


「逆手に?」


「ええ、さっきあなたも見たでしょう?そいつの色がくるくる変わるのを」


「はい。確かにみました」


「その変化回数が、その者の持つ『夕』の強さの基準なんです。ちなみに私の変化回数は見ての通りの四回。これを4colorsと呼びます。これでも、組織の中では高い方なのですが…あなたの変化回数は…九回、9colors。見事に予想を裏切る形となりました。まさか私の倍以上とは…だから今回は私のミスです。本来ならあなたはそいつに完全に食われていてもおかしくなかったのです。なぜならそいつは5colors以上が大好物で容赦なく食らうのですから。もともと対ハーフ用に作られた人間の最高傑作兵器、『キラーエッグ』。より強い力を持ったハーフを殺すために作られた兵器なのですよ」


「じゃあ、さっきまでのアランさんの苦しそうな表情は本物だったんですね?」


腕から始まって右半身をまるごと飲み込もうとしていた化け物を引っぺがしながら質問する。


「そうです。さすがにあそこまでの演技はできませんよ」


「なるほど。それを聞いて納得しました…いや、でもおかしいな…僕は別に痛かったり熱かったりしなかったのですけれど?」


「それはきっと境界線を超えてしまったのでしょう」


「境界線?」


にしてもかったいなあ。


こいつ。


やっぱり金属製なのか?


いや、そうしたら剥がれる方がおかしいか。


「はい。強いて言えば痛みの境界線と言ったものです。私のような4colorsまでなら、痛みで屈服させようとしてくるのですが、そいつはかなわない力を持つ5colors以上の者には逆に快楽で意識を奪おうとするのですよ」


「なるほど。それで」


「はい。まあそもそもその快楽から普通は戻ってこられないのですけど、よくぞご無事でいらっしゃいましたね。カイ」


アランが感心したような、どこか腑に落ちないというような表情を浮かべた。


まあ、僕としてもなんだかおかしな気分だけれど…。


「うーん、自力ではないと思う。確実に僕はあの快楽に浸ってて、抜け出せないでいました。でも、そんな時に聞こえたんです。スノウの声が、はっきりと。その瞬間に我に返ることができたんです」


「そう…ですか。それではスノウさんにはそいつを使わない方がいいようですね…」


とここでアランは言葉を切ってから、


「スノウさん。あなたはこっちで行きましょう!」


そう言ってアランは金ぴかに光り輝く天秤を指差したのだった。


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