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the third  作者: 深雪
16/83

13解放

「親愛なるパルディア市民の皆さん!この度、大変な事態が起こりました!どうか耳を傾けてください!皆様の身の安全がかかっております!」


もうすっかり日が暮れて、夜の闇に染まったパルディア、その第七ブロックの中央辺りに位置する広場がある。


そこは第七ブロック内で数少ない緑の多い場所で、街路樹が数十本等間隔で並べられ、そのどれもがしっかりと手入れをされていた。


そこを照らすために上がっている光玉には羽の透明な虫が数百、数千と群がり、その光量を落としていた。


そこの地面を真っ二つに割り、突如として、光で作られた高さ三メートル、横幅一メートル、厚みが二十センチほど板が現れ叫び声を上げた。


政府の緊急連絡時に使用される、特殊な伝言板である。


声を伝達するから、掲示板ではなく伝言板と呼ばれている。


このパルディアに住まうものなら誰しも、この伝言板の意味を知っていた。


それゆえ、中央広場の人々はざわめき立ち、口々に心配事を口にした。


ある者は持っていたバットを道に放り出して一目散に広場をあとにした。


またある者はベンチに座ったまま地震の震源となってもおかしくないほどに身体を震えさせ始めた。


「今しがた、このパルディア第七ブロックにある、パルディア学院内部に赤コートをまとった青い髪の女が潜り込み、二人の善良な生徒が誘拐されました!女の素性及び動機は不明。手がかりは、長く青い髪の先をピンクのリボンで結わえていること。それから、赤コートを身にまとい、腰に短剣を刺していることだけです!市民の皆さん、どうか屋内へ退避し、くれぐれも外に出ないようお願いします!」


伝言板の声は、どこか人とは違っている不思議な声であった。


人の声にもやをかけたようなそんなくぐもった女の声。


その不思議な音が、パルディア中に響き渡り、伝えるエリアを伸ばしていく。


そして、それは、どよめいていた民衆を恐怖の底へと陥れ、人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、一心不乱に自ら家路へと駆け出していく。


そんな中、1人だけ、とても落ち着いた感じで路上にしゃがみ込んだ者がいた。


その者の名はギン。


テカテカと陽光を反射する上質な革製のロングコートに身を包み、それによくあう暗い色のジーンズ姿の男だった。


その革製のコートは少しだけ背中の部分が膨れていて、なんとなく不恰好であった。


歳はまだ、十代だろう。


その表情には幼さが見え隠れしていた。


だが、その幼さ以上に危険な雰囲気が目立った。


その目は赤く、ギラギラと光っている。


何かを企むものの目。


「へっ。やっと面白くなってきたじゃねえか!『夕暮れ時』がついに動き出したか!」


緊急の自宅待機命令が出ているにもかかわらず、この男は悠々とこの状況を楽しんでいた。


「俺たちとしても、これは嬉しい誤算だぜぇ?こんなに素晴らしいきっかけをくれたとあっちゃあ、とても無駄にはできないねぇ?」


ギンは誰に対してか、もったいぶったように言ったあと、すっと立ち上がり、その上質なコートを脱ぎ捨てた。


バサッという音と共に、その背から、折りたたまれていた、二メートルはあろうかという漆黒の翼が姿を現した。


それは魔人の誇りであり、同時に最大の弱点であり、そして、人の夢であった黒翼。


「ったく、よぉ、窮屈すぎて死ぬかと思ったぜ!これでようやっとあれを壊しに行ける!」


ギンはその美しい黒翼を羽ばたかせ、空へと飛び上がった。


ギンの目的地は、パルディア学院の近くにある、パルディア記録館だった。


ここには歴史上で重要な数々の文書が保管されており、当然のことながら、戦争終結の『誓い』もまた、それらと同列のものとして管理されている。


ギンの目的はまさしくそれであった。


中央広場から、パルディア記録館はさほど離れてはいない。


ギンの全速力で五分程度と言ったところだろう。


もうすでに、振り返っても、伝言板が見えないところまできていた。


パルディア学院の通学区画の規則的に並べられた街路樹やビル墓場の明かりのないビルの群れが、すぐそこに見える。


あと少しで、ことを起こせる。


そのことがギンの速度を上げた。


ギンはずっと待っていたのだ。


魔人の精鋭たちで構成された戦闘組織『夜明け前』、そこのエリートのみを集めてこのパルディアに潜入を目論んだが、その中でギンだけが無事に潜入することに成功した。


他のものは皆、人族の国境警備隊の『選別官』によってことごとく魔人であることが見破られ、即刻刑務所へぶち込まれた。


戦争終結の『誓い』によって抵抗ができなかったのだ。


仲間を奪われたギンはその目的である戦争終結の『誓い』の破壊を実行することができなかった。


当然、『誓い』の効力によって魔人は人に危害を加えることはできず、人もまた魔人に危害を加えることができなくなっているのだから。


それゆえ、警備の厚い記念館に入り込む『隙』など作れなかったのだ。


だが、今回、青い髪の女の潜入によってものの見事に民衆が混乱し自宅待機命令という、大きな『隙』が出来上がったのだ。


まあ、女がどうやってはいりこんだかなんて検討もつかないが、きっとこんなことをやってのけるのは『夕暮れ時』くらいのものだとギンは予測を立てたのだ。


もちろん、そんな詮索はなんの意味も持たないわけだが。




「やっと…ついたか…」


目の前に歴史を感じさせる石造りの建物とそのアーチ型の古臭い門が姿を現す。


そのあまりに古風で美しい造りには誰彼問わず感嘆の声を漏らすというが、ギンにとっては感嘆とてもではないがそんな感情を抱く対象ではなかった。


むしろ憎しみすら感じる。


それでも、任務遂行のため感情を捨てその門をくぐる。


混乱のため、警備は予測通り、ザルになっていた。


というか、ザルどころではなかった。


これでは大穴だ。


なにせ、警備のものが誰1人として残っていなかった。


まあそれが逆に落とし穴である可能性も否めないが。


それゆえギンはすこしも気を抜かずに一階フロアーを見渡す。


そこは三つの大きな柱を境に四列に分けられて展示がなされていた。


規則正しく並べられた数十数百の展示ブースを見ると、眩暈がした。


この中から…探し出せと言うのだろうか?と。


「クソッタレ!」


小声で悪態をつきながらも一つずつブースを見ていく。


並べ方は規則正しいくせに五十音順ではないから場所を推測すらできない。


「…どこだ?…どこにある?」


一秒でも早く見つけてしまわなければ、何が起こるかわからない。


それに今、空を飛ぶために背中の黒翼を隠してはいない為、見つかったらアウトなのだ。


こんなことなら、コートを捨てずに手に持ってくれば良かったなんて思ったりもした。


だけれど一向に見つかる気配は見えない。


そんな状態で…一時間が経った。


「……チッ…どこにもねえじゃねえか…」


いくら探しても見つからず、悪態をついてから一階を諦めて、二階へと建物とよく合う上品な造りの螺旋階段を駆け上がる。


静かに、慎重に、それでいて迅速に。


そうして二階もまた同じように一つずつ調べていく。


どうやら一階フロアーと同じ造りのようだった。


三つの柱、四列ごとに配置された数百の展示ブース。


「これも…違う…これも違う…クソッ…また上か…」


ブースごとの説明書きにはどれも関係のないものばかりが載っていた。


一つは新聞の記事であったり、また一つは法案の改正案であったり…etc…。


肝心の文書がどうしても見つからなかった。


そうして最後の一つのブースのガラスケースの中を覗き込もうとした時…


「誰かね?この緊急時に紛れ込んで無断で侵入するたあ、よくないねえ?」


中年の男の声が記録館の二階のフロアー全体に響いた。


ギンは急いでそのブースのすぐ横にある柱に身を隠した。


「ふむ、何かやましいことでもしているのかね?今のうちに入館料を払ってもらえればこちらとしては見逃してやってもよいのだがねえ?」


男の声と共に、カツカツという革靴が床を叩く音が近づいてくる。


ギンは内心かなり焦っていた。


なにせ、目的のブツを目の前にして迎えたのは最悪のパターンである。


それに隠れたと言ってもその柱がえらく細いため、上手く身体を全部隠しきれてはいなかった。


柱を正面にして隠れようとすると、右肩か左肩のどちらか一方しか隠れず、身体を横にして隠れようとしても黒翼が柱に収まらなかったのだ。


このままでは見つかってしまう…見つかればなんの抵抗もできずに捕まるだけだ。


『誓い』が効力を持っている以上、まともな抵抗ができない。


どうすれば…?




「みーっつけた!ははは…君は翼を生やす趣味があ…って…ま、さ、か…魔人…さん?どうしてここに魔人がいるのだ?!」


ついに男に見つかった。


だが、男はギンが魔人であり、ここにいることに驚き、言葉を失っている。


まさしく今がチャンスだった。


ギンは思い切って柱から飛び出すと、最後のブースへと全速力で走った。


そして、厚いガラスをその手で簡単に割ると、文書を掴み取る。


そこには、しっかりとあの戦争終結の『誓い』のしるしである、魔人と人の手が重なった手形があった。


それに、自らの闇を吹き込む、それで任務完了だ。


ギンの文書をつかんだ右腕に黒い光が現れ、それが少しずつ、指先を伝い、文書へと流れていく。


それはすべてを破壊し、消滅し得る力。


古より人の光と相対してきた強大な力。


そして次の瞬間、それがついに、人と魔人の関係をなんとか保ってきた『誓い』を破壊してしまった。


文書から凄まじい量の光の鎖が飛び出し、一瞬ギンを閉じ込め、ギンの首をその中の一本の光の鎖が締め上げその息の根を止めようとした。


俗に言うトラップというやつであった。


「…グ…ガァ…」


ギンは肺から空気が奪われたことで苦しみにもがいたが、なんとか意識を失わないように耐えようとした。


「……ッ…!」


そうして数十秒後、ギンはやっとその鎖から解放され、その光の鎖は力を失って地に落ち、跡形もなく消えて行った。


それを見るとギンはようやく終わったと深いため息をついた。


そこにどれほどの苦労や骨折りが詰まっていたのかは容易に予測できた。


振り返ると、中年のスーツを着た男が目を見開いて立っていた。


驚きのあまり言葉が出てこないのか口は空いているのにいっこうにそこから声が飛び出すことはなかった。


「…ったく、よくもまあここまでヒヤヒヤさせてくれやがって!」


ギンは荒っぽく言い放ってから、その血のような真っ赤な目を閉じ、自らの闇を集めた。


閉じられた瞼の奥に闇色の光が溢れだす。


それにより、閉じていても、感じる、わかる、見える。


そうして、男に照準を合わせ、もう一度その目を開く!


「無へと帰りな!」


その声と共に、ギンの目から闇色の光が一気に吹き出し、男に直撃した。


「…イ、イタイ…イタイイタイイタイ!!!」


男は奇怪な叫び声と共に足の先から闇に食い尽くされ、やがて頭だけとなり、記録館の床に転げた。


それでもなお、男の悲鳴はやまず、イタイイタイイタイと繰り返した。


それもそうだ。頭を切り取ったのではない。


身体を消し飛ばし、存在自体を闇によって喰らい尽くされたのだから。


ギンは転がった男の頭のところまで、ゆっくりと歩いていくと、狂気を含んだ笑みに口元を歪ませながら見下ろした。


そして、その長い足を振り上げて思い切り振り下ろした。


記録館の暗い二階フロアーがドガっという音と男の悲鳴でいっぱいになった。


「ぎぃ…ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!!!!!」


「そうだぁ!もっと鳴け!鳴いて喜べぇ!戦争の幕開けだぁ!」


ギンは天井を見上げ、くつくつと笑った。


それから、記録館の窓を突き破り、その赤い瞳を怒りに光らせて、その背にある黒く大きく美しい翼を目一杯に広げ、夜の闇へと溶け出した。


長年の恨みを晴らすため、過去の罪を償わせるため、そして、人という種族を今度こそ根絶やしにするために…。


闇に溶け込んだギンは無差別に人を狩る死神に等しかった。

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