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the third  作者: 深雪
15/83

12新しい力

それから少し経ち、狭い部屋に静けさが戻ったころ、琥珀色の目をした男が口元を覆った黒い布ごしに声を発した。


「ふむ、どうやら『夕暮れ時』の根本的なところはわかってもらえたようだなあ」


「はい!でも、何か忘れてるような気が…?」


「なんだったか…ああ、そうであったなあ、ハーフの力の説明を忘れていた」


「ハーフの…力?」


光でも闇でもないってことなのか?


「そうだ、ハーフのみが持ち得る力、『夕』により、君はさきほど言ったトランスを行ったのだ」


「ゆう?ですか?」


そもそもトランスという言葉の意味すらイマイチわかっていない状態で、新しい知識を詰め込まないで欲しいものだ。


僕の頭は言うまでもなく、混乱した。


「そう、夕だ。ところで、君はきっと『お前は光を使うことのできない欠陥品だ!』とでも言われてきたのではないだろうか?」


「…………」


そうだ、そうやって馬鹿にされ、異物扱いされていた。


そのせいで、自分は何もできない欠陥品だと思い込んできた。


「かわいそうに…ここにいるものは皆、君のように嘲られ、忌み嫌われてきた者たちだ。俺もまた、その一人。そこに存在するだけで、息をするだけで罪とされた。人により…だ。また、仲間内には魔人によって虐待を受けた者もいる!」


男の声に力が入る。


言葉に激情が、渦巻く。


そしてその渦は僕を飲み込んだ。


「…………」


「だが、ここではそんなことは起こらない!起こしはしない!ここでは皆、ハーフであり、仲間であるのだ!だから、君も、俺とこないか?」


男が、手を差し伸べてくる。


大きくて、傷だらけだけれど、どこか温かみのある、懐かしい感じのする手だ。


男の琥珀が僕の目をまっすぐに射抜いている。


なんだかさっき感じたような恐ろしい感じは少しもしなくて…迂闊ながら、父を目の前にしているかのような不思議な感覚がする。


心の中のたくさんの声が、この男は信用できる!と叫びだし、それが僕の首を無理やりに頷く形にさせた。


きっとこの男には僕の答えも見えているのだろうと思う。


それに、保身の策としても、ここでイエスというのは当然と言える。


「………よろしく、お願いします」


「いい返事だ。君が楽園の一部となってくれることを祈っている」


男はうんうんと満足そうに頷いた。


そこにはついさっきまでの僕をからかうような響きや馬鹿にするような波動は根っこから消えていた。


きっと、この男の信念、本心をやっと垣間見られたような気がした。


そしてなにより、ハワード扱いが終わったことについて安堵した。




「では俺たちハーフの特性から説明しておこう。まず、同じハーフにも人よりのもの、魔人よりのもの、その中間に位置するもの、がいる。これは血の濃さが原因として考えられる」


「そうすると何か違いがあるのですか?」


血の濃さ…か…どうなんだろう?僕は。


「例えば、俺の背には黒翼がないだろう?だが、これでも母親は魔人なのだ。つまり俺は父親の血を強く引き、より人に近い姿となっているわけだ。君もそうだろう?」


「はい。確かにそうですね。ということは逆に魔人に近くて黒翼を持つハーフもいるのですか?」


「いるな。さきほど、アランとあっただろう?俺が君の案内を頼んだ男だ」


「会いました。でも彼には黒翼なんてなかったと思いますが?」


「いんや、彼の背にはとても小さいけれど、黒翼がある。だが、君が気づかなかったのも当然だ」


「どうしてです?」


「魔人にとって黒翼は空を飛ぶための手段であり、種族の誇りであると同時に、最大の弱点なのだ。その上、彼の背にある黒翼はとても小さく、空を飛ぶことはできない。だから、隠すのだよ。わざわざ弱点をさらすのは愚か者のすることだろう?」


「確かにそうですね。でも、その弱点を突かれるなんてことが起こり得るんですか?」


今はそんな物騒な世の中ではないはずだ。


少なくとも僕はそう思っている。


「やはり君は人の世界での生活が長すぎたようだなあ。何も見えていないようだ。君は本当に五十年という短い時間で戦争の残した憎しみが消えたと思っているのか?」


「い、一応そのおかげで戦争がなくなったのではないんですか?」


「違う、違うぞ、カイ。戦争は今も続いている!」


何を言っているのだ?この男は?


僕の頭の中を読みでもしたのか、男はその話を展開しようとはしなかった。


「まあ…いい、この話はとりあえずあとですることにしよう。で、どこまで話したかな?」


「血の濃さがどうとか」


「ああそうだった。で、さっきの続きだが、魔人よりのものは黒翼を持つこともあり、稀にだが闇を使えることすらあったりする。逆に人に近いというのは、外見的に中間位置のものと変わりないが、稀に光が使えることがある。そして、魔人より、人より、中間、全てのハーフのほとんどが新しい力を得る。それが、『夕』なのだ!」


まあ、例外もあるがな…と男は付け加えた。


「それはどんな力なのですか?」


「それはその者によって異なる。まあ、君の力はトランスというもので、死んだものの魂を自分の体に呼び込み、そのものの持つ力と特性を得ることができる力だ。さきほど、君がトランス前の記憶をなくしていたのはまだ訓練しないうちにトランスを使った反動だろうと思う」


「トランス…それってつまり、僕だけの力ってことですよね?」


「ああ、もちろん、君以外にトランスを使えるものはいない。君だけの力だ」


トランス…僕だけの力!僕は欠陥品なんかじゃなかったんだ!


自分にも力がある。


そのことが僕にとっては計り知れないほどの喜びだった。


「そして、俺は君に謝らなくてはならない。我々は君が限りなくロイ・ハワードに近しい血を持ち、その上トランスを使えるという点を知っていた。そんな君を利用しようとしていたんだなあ」


「利用って…どうやってです?」


「うむ。さっきは君だけと言ったが、それは現在の話で、かつて君と同じようにトランスを使えるものがいたのだ。その一人はあらゆる過去の偉人をその身に迎え、一時的で小さいものではあったが、土地を勝ち取り、ハーフの国を作った。それが俺たちの始まりであり、それの復興が俺たちの目的であるのだよ」


「なるほど、すごい力なんですね…トランスって」


僕が頷きながら相づちを打つと、男は顔を少しだけうつむき、


「ああ、だが、君に期待したのは今説明した方のことではないんだ」


と言った。


どういうことだろう?


僕が頭をひねっていると…。


男は続ける。


「過去に二人いたのだよ。その一人がここの創設者。もう1人は…。トランスをろくに訓練もせず、君のように感情的になって無意識にトランスを起こしてしまい、トランスした者の魂に身体を乗っ取られたのだ。そして、我々はそのパターンを望み、君をここに連れてきたのだ」


「つまり…誰かを、そのハワードさんを僕という媒体を通して生き返らせようとしたってことですか?」


もし、そうだというならあまりに酷な話だ。


僕を道具としかみていなかったということなのだから。


上目遣いに男を見上げると、男の琥珀色の双眸が揺れていた。


浮かんでいた色は暗く、その黄色い光をどんよりと曇らせていた。


「ああ、そうだ。まさしくその通りだ」




「そんなことをしておいてよく手なんて差し伸べられますね?」


熱くなっていた頭が急速に冷えて行くのを感じる。


自分の馬鹿さ加減にはさすがに呆れた。


何がハーフの国だ。


何が皆仲間だ。


犠牲を肯定する組織なんてまともじゃないに決まってる。


冷め切った心が温まることはもうないだろう。


結局この男は僕を道具としか見ていないのだから。


すぐさま席を立ち、そのまま扉の方へ突っ切る。


狭い部屋だからすぐに扉に辿り着きためらうことなく、一度も振り向いたりせずに薄暗い洞窟へと足を踏み出して行く。


洞窟の空気は冷んやりとして、ほおに刺さり、突然別世界に送り込ませたかのような気分にさせた。


僕は一気に駆け出す。


一刻も早くここから、あの男から離れたい。


もうこれ以上人に裏切られるのは嫌だったのに。


傷つくのはいやだったのに。


また、こうなった。


もう人なんて信じるものか!


自分以外は誰も信用したりしない!


足が重い。


鉄塊に変わってしまったみたいにだ。


それでも引きずるようにして走る。


男は僕を追って部屋から飛び出してきていた。


嫌だ、あんな男のそばになんかいたくない。


道具にだって使う主人を選ぶ権利くらいあるはずだ。


僕は必死になって足を全力で前に出す。


もう、自分がしっかり回廊の方へ進んでいるのかもわからない。


低い天井のせいで身をかがめねばならず、思うようにスピードが出せない。


男のザッザッザッという足音が聞こえる。


とても近い位置だと推測できた。


このままでは追いつかれてしまう。


でも、これ以上速度は出ない。


諦め、止まった僕が少しだけ高くなった天井を見上げた時、その石でできたつららだらけの天井が揺れているのがわかった。


みしみしと音を立てて、数千、数万の灰色のつららが大きく左右に揺れる。


これは…?まずいんじゃ?


そう思った時にはもう遅く、僕の頭の上に石の雨が一つ二つと的確に降り注いだ。




「君にはまだ死んで欲しくないのでなあ!」


何もできず、ただ突っ立っている僕の前に雷鳴のごとき叫びと共に赤髪を風になびかせ、美しい琥珀色の目を惜しげもなくさらす背の低い男がかばうように立ちふさがった。


「悪いがちょっとだけ頭、下げてろ!」


男が僕の頭をグンっと地面に垂直に押し込め、僕は自然としゃがんだ体勢になった。


「 ……ッ…!」


一瞬の出来事に戸惑いはしたが、男の指示に従うしか方法がないことぐらいはわかっていた。


すぐにでもここから立ち去りたいとは思うが、保身のため、しゃがんだ体勢を保つ。


そうすると、男の手が頭から離れ、見上げるという動作が許された。


男は迫り来る石の大群をまっすぐにその琥珀色の目で見据え、両手を挙げた。


そんなことをしてなんになるのだろうと思う。


でも、男の真剣な顔を見た以上、そんな言葉を吐くことは禁忌に思われた。


「忘却の4!硬化!代償は九歳の思い出!」


と男は雷鳴を響かせたと同時に、その両手がオレンジ色の光に包まれた。


なんて綺麗な光なのだろう?


これが男の…力か。


僕はその場のことをほったらかしにして、ただ、その光に見惚れた。


そんな中、男はなんと、落ちてきた石のつららをその光を帯びた手で、叩き割り始めた。


数千、数万と落ちてくる、硬い石の雨を一つも漏らさず、正確に確実に打ち砕いていく。


洞窟内の冷たい空気に、ガンガンガンガン!という重く硬い音が響き渡り、土ぼこりと石の破片が無数に飛び交い、男の動きと共にオレンジの光が踊る。


それはとても凄まじい光景であって、それでいてこの上なく美しい光景でもあった。


それが鳴り止んだのはそれから数十分後のことであった。


男の纏う黒衣は無数に擦り切れ、男の息は上がっていた。


そうして男は見事、すべてのつららから僕を守って見せたのだ。


でも…なぜ?


あなたにとって僕は道具なのだろう?


使うことはあっても身を案じることはないのだろう?


僕の心は目の前で起こったこととこれまでのことの矛盾にどうしようもなくうろたえるだけだった。


命を助けてくれた男に感謝すべきと思うのに、反対にさっきまでの僕の扱いから考えてあんな奴は…とも思う。


まるでマーブルケーキみたいだ。


心の黒い部分と白い部分が溶け合って、どちらにもつけない状態。


男はそんな僕などお構いなしに、ふうとため息をついたあと、僕を見下ろした。


その顔は口元の布が石の破片で破れて落ち、表情が見えるようになっており、その口元は汗でグシャグシャになっていた。


「確かに俺は申し訳ないことをした。取り返しのつかないことをした。簡単にはゆるせないのもわかる。しかし、俺は今、君の命を救った。これでその償いにはしてもらえないだろうか?」


男は心底申し訳なさそうな顔をして言った。


その声は雷鳴のらの字もない、静かで寂しい調子のものだった。


そこから、男が自らの行いをどれだけ悔いているかはわかる。


それに言っていることがとても正直だ。


普通のものなら、


「きっとこれでは到底償いにならないだろうが…」


とか、


「許してくれなくたっていい、ただ、俺はしたいようにしているだけだ…」


なんていうのではないかと思う。


でも、この男はまっすぐな瞳で、正直な思いを素直な言葉で伝えてきた。


そんな男を僕は信用してみようと思った。


それになんと言っても男のおかげで今、こうやって息をすることができているのだから!


「…ズルい…ですよ。これじゃあ僕が悪者じゃないですか…」


そういいながら、今度は自分から手を差し出してやる。


「君は…。本当にいいのか?」


男は明らかに戸惑った表情を見せた。


「嫌なら、いいです」


僕は差し出した手を引っ込めようとした。


「いや、俺は…嬉しいよ…。君みたいなハーフと出会えて!」


男は強引に僕の手を引っつかんだ。


男の手はさっきよりもずっと大きくて、温かみが感じられるような手であった。


「僕もです。よろしくお願いしますね?」


「ああ、我々『夕暮れ時』はカイ・ルートを歓迎する!いや、歓迎どころではない!大歓迎だ!」


男の歓喜の声が洞窟内にこだました。


なんだか、少しだけ洞窟の気温が上がったような気がした。


それは心のせいか、言葉のせいかわからない。


でも、わからなくてもいい。


今の僕はそんなことどうだっていいくらいに上機嫌なのだから。


相手を信用することができる。


そのことがこんなに素晴らしいことだなんて知らなかった。


なぜなら僕は、裏切られてばかりだったから…。







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