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the third  作者: 深雪
14/83

11答えと夕暮れ時

「僕はなぜここにいるんでしょうか?」


狭い石造りの灰色しかない部屋、その中央にあるテーブルに備えつけられた 高そうな石造りの椅子。


その表面が滑らかな座面に腰をおろしたまま、僕は、目の前で似たような椅子に座る赤髪の背の低い男に、問うた。


一番気になっているポイントを。


「連れてきたからに決まってるだろう!」


うーん…返ってきたのは…答えといえば答えだけれど、要領を得ないものだった。


「つまり…誘拐されたんですか?僕は?」


「まあ悪くいえばそうなるなあ!」


悪くいえばって…それ以上に適切な言葉が見つからないです…はい。


「じゃあ、どうしてその記憶が僕にないんですか?」


「それはなあ、トランスの影響だ!ハワード!」


またしても扉の向こうで一度聞いた、雷鳴のような声が僕の耳に落ちる。


ただでさえうるさくて迷惑な声なのに、また、僕=ハワードの公式が成り立っているのがなおさら頭にくる。


どうやらここの人間は僕をハワードと呼ぶのが好きらしい。


そのうち、僕の名前を名乗っても、何言ってんだよハワード!なんて言われかねない。


まあそれはもうおいておいて…


「つまり、どういうことなんです?」


トランスとは一体?


「言ってみれば、他者の魂をその身に一時だけ乗り移らせることだ」


他者の魂?何を言っているんだ?この男は?


「はぁ?全くわからないのですが…それは光を使ってやることですか?でしたら僕にはそんなことできませんよ?」


「違うなあ、『トランス』は光ではできん」


「じゃあ闇ですか?まあ、あれは破壊と消滅のみの力だったはずですがね」


僕は少し皮肉っぽい言い方で言い返す。


今、対峙している男がきっと自分より身長が小さいからだろうか、なんだか余裕を持って接することができた。


我ながら最低なやつだと思いながら。


だから、相手がここのボスでも、ものすごい雷鳴のような声を出されたとしても別段怖くはなかった。


むしろさっきまで怯えていたのが恥ずかしい。


「人を小馬鹿にしおって、首をもぎ取るぞ!」


男が僕の嫌味な言い方に反応してこちらを睨むと、口癖のように首をもぎ取ると言った。


なんだか、子供のようである。


こんなのが組織の一番上とは…どんな組織なのか聞かずともまともでないとわかるようなものだ。


しかし、男の表情は読めない。


男の鋭いであろう目はすだれのようにかかった長く赤い前髪に隠れ、さらに口元は黒い布で覆われていた。


それゆえ、どうしても男が何を考えているのか、声から推測するしかない。


「わかりました。ではなんだというんです?」


済ました顔で言ってやった。


やたらと声がでかいくせに、器の小さい男だなんて思いながら。


しかし、そう考えるとさっきまで怯えていた自分が馬鹿みたいである。


またしても、自分の馬鹿さ加減に呆れた。


「ハワード、貴様はどうせ自分には光も闇もどちらもないとでも思っているだろう?」


男は突然口元を覆った黒い布越しでもわかるように、ニヤリと口の端を釣り上げた。


「ええ、そうですけど、それが何か?」


そもそも僕はハワードではない!


だけれど突っ込みはもう散々やったので、やめる。


なんだか男の態度の変化がとても戦略的で、こちらも攻撃的に返してみた。


こういう時はきっと相手に舐められてはマズイのだ。


「貴様は愚かだな!実に愚かだ!ハーハッハッハッハ!」


どうやら逆効果だったようで、完全に馬鹿にされてしまった。


何がハーハッハッハッハ!だ!聞かれたままに言っただけじゃないか!ないものをないと言って何が悪い!こんな風に馬鹿にされる筋合いなんかないぞ!


「さっきからなんなんです?僕は馬鹿にされるためにここに連れてこられたんですか?」


腹立ち紛れに放った言葉はかなり語気の強いものとなった。


なんだか下腹辺りが落ち着かない。


「ふむ、いやあなに、ついなあ。あんまりあいつに似ているもんだからなあ!」


「あいつ…って誰ですか?」


「お前だ。お・ま・え!」


「……?また、馬鹿にしてるんですか?」


「違うな、お前の名は確かカイ・ルートと言ったなあ」


「知ってたんですか⁉」


「当然だ。俺はなんでも知ってるのさ」


なんだかこの男が言うととても馬鹿っぽく聞こえるせりふだった。


「で、僕が僕に似ているなんておかしいじゃないですか!」


たく、何を言っているのだろうか?この男は。


「だからお前は馬鹿だといったのだ。いいか、お前がお前の中にいるロイ・ハワードという男に似ているってことさ」


男は天井に顔を向けて思い切り僕を嘲笑った。


漫画の悪役でもここまで人を馬鹿にはしないだろう。


さすがに頭にきて、思わず石造りの床にかかとを叩きつけた。


バンッという音が部屋中に響き渡る。


そうしてやっと僕は我に返った。


マズイ…僕は今、誘拐されている身だった…。


身代金を求める類の誘拐ではなさそうだから、逆に確実に安全とは言いがたい状況なのだ。


しまった…どうすれば…?


すでに、男から妙な緊張感と威圧感が発せられ、男の存在感が一気に増して行く。


それはやがて、少しずつ、ゆっくりと、この部屋を制圧して行く。


その感覚はあの巨大な扉に描かれた蛇龍をみた時に似ていた。


男の目が部屋の中央にあるランプのように爛々と光る。


その瞳の琥珀色が、目に見えない網で僕の精神を捕まえて離してくれない。


こわい…生まれてこの方こんなに人を恐れたことはなかった。


これまで見てきた、聞いてきたどんなものよりも強大にして異形。


僕はあまりの恐怖に椅子から転げ落ちそうになるのをなんとかこらえながら、本能的に身構えた。


それからどのくらい沈黙が続いただろう…僕にとってはとても長く感じられる時が経ったころ…


「と、驚いたか?全く、最近は礼儀を知らん小僧ばっかりだなあ」


と、男の方は人を散々怖がらせておいて、間の抜けたことを言った。


それから唐突に男の右手が、部屋の天井の中央に位置するランプを指差す。


「なぜ我々があんなものを使っていると思う?」


「ええと…レトロな物が好きだから…とか?」


この男のくるくる変わる態度に少々ついて行けず、何も考えないで適当な感じで回答するしかできなかった。


頭がうまく回らないのだった。


「ふむ、嫌いではないが好きというわけではないなあ」


男の答えは僕の考えを物の見事に打ち砕く。


「じゃあ…どうして?」


頭がまだ、機能してくれない。


やっとのことで問いかける。


「我々が光を使うことができないからだ!まあ、例外はあるがなあ」


「そ、それって…どういうことです?だってあなたには『黒翼』がないではないですか!」


「ああ、父親にはあったがなあ」


「………ッ!?ま…まさか!?」


「そう、俺はお前の考えている通り、ハーフなのだよ。そして、我らが組織『夕暮れ時』はハーフによるハーフのためのものなのだ!」


この男…今なんと言ったか?


ハーフがどうたらとか…?


全然耳から入った情報を頭が理解できてない。


「も、もう一度言ってもらっていいですか?今、なんて?」


「だから、ここは、ハーフによるハーフのための楽園を作るためにある組織なのだ!」


男の言葉が頭の中で何度も何度も反響した。


決してその勢いはとどまらない。


これは夢だ。


そう、きっと夢。


だって、こんなことがあり得るだろうか?


でも、夢だろうけど、夢だと思いたくない。


でも、でもだ。


もし万一ここが、この夕暮れ時という組織がハーフによるハーフのためのものだとすれば…僕のずっと考えてきたハーフのみの楽園へと辿り着けたことになる!


「本当に?本当にここにいる方々は皆ハーフなのですか?」


夢だとしたって、喜んだっていいじゃないか!


自然と体が踊るのを感じた。


僕を支える椅子の足がだんだんと地面をふんずける音がする。


「そうだ!皆ハーフであり、仲間である!」


男の声が龍の咆哮のごとく、部屋中に響き渡り、制圧した。


僕は嬉しすぎて椅子から転げ、男はそれを高笑いした。


その時の僕は、感情のたがが外れ、あとになってから考えれば、頭がおかしくなったとしか考えられないような状態になっていた。


ただ、天井に備え付けられたランプだけは少しだけその光量を下げ、ぼんやりとした光と影を作り出し、自己主張もせず、場に流されもせず、そこにあるがままであった。


しかし、ランプの作り出した二つの影は、淡いオレンジの光の中で、いつまでも狂ったように揺れ動き続けていた。



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