9扉と蛇龍
目を凝らしてやっと先の見えるか見えないかという薄暗く、冷え切った闇の中をひたすら歩いていく。
一歩また一歩と足を踏み出すたびに、まとわりつくような恐怖と、ピンと張りつめた緊張の網が僕を捕らえて離さなかった。
ここはどうやらまともな洞窟ではない、そう思わせる雰囲気があった。
どんな怪物が出てくるかわからない。
そういう感覚に疎いはずの僕にだってわかる。
ここは…危険だと。
身体が芯から冷え切って震えだし、逃げろ!帰れ!と心が叫びを上げた。
それでも、歩みは止めない。
震える足をどうにかして前へ前へと踏み出していく。
ただ、この先に僕の求める何かがきっとある、この組織のボスに会えば…きっと…、とそう思えたのだ。
特に根拠はない。
しかし、何故だか心も身体も恐怖と寒気に震えているのに、それと同時に何かに期待し、歓喜していたのだ。
自分でも、わからないような感情の荒波にゆられ、前へ前へと流されていく感覚。
足は運び、視界は移り変わり、気配は大きくなる。
洞窟は中に進むにつれて少しずつ狭くなっていく。
僕もまた、一歩進むごとに身体をより小さく丸めていく。
ついに、見つけたのは血のような赤に、大きく灰色の龍が彫られた巨大な扉だった。
人間の平均身長の4倍は優にあろうかという大きさだ。
これではますます不気味である。
扉に描かれた龍は猛々しく、力強く、圧倒的な存在感を持っていた。
蛇龍…というのだろうか?長細い四メートルはあろうかという大蛇のような身体を持ち、その背にはその体長と同じくらいの丈の大きく、美しい形状をした翼がある龍だ。
ただの彫られた龍であるのに、今にも動きだすのではないか、なんていうようなありえはしない妄想までかきたてられてしまう。
それは肉食獣の剥製を見た時の気分に似ていた。
しかし、その恐怖は段違いである。
あまりの存在的な立場の差に、ひれ伏して、膝を震わせるのが精一杯。
捕食者とその対象…作り物であるのにも関わらず、その関係が容易に出来上がってしまいそうになる。
「こいつは作り物、こいつは作り物…」
口に出して唱え、自分をなんとか恐怖から立ち直らせる。
そして、僕はその巨大な扉中央の境目に手をかけ、思い切り力をいれて押す。
「………」
ビクともしなかった。
どんなに力を込めても、ほんの少しも動かない。
まるで石壁を押しているかのようだ。
この扉は元々動くものではないのだろうか?
そんなふうに思えるほど、重い。
「たぁ!とりゃ!やぁ!…」
馬鹿らしいとは思いながらも、殴ったり蹴ったり、それから頭突きまで試したが、結果は同じだった。
いや、どちらかといえば悪い。
扉は微動だにしていないのに、こちらは拳とつま先と頭を痛くした…またしてもハイリスクノーリターンである。
「イッテェ!…なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだーーー!!!」
なんて叫んでみた。
けれど、その声はただ狭い洞窟の中で反響するだけで、耳への鈍い痛みとともに、自分の馬鹿さ加減を教えてくれただけだった。
これはあれなのか?
「お前にはここを通る資格はなかったのだよ!出直して来い!坊主!」
みたいな感じなのか?
だとしたら非常に失礼ではないだろうか?
突然ここに行かなきゃダメだと言われ、わざわざそれにおとなしくしたがってきたこの僕に、今度は、やっぱり君には関係なかったと突き返されろというのだ。
これを失礼と言わずに、いつ失礼だというのか!腹を立てずに、いつ腹を立てるというのだ!
考えれば考えるほど頭に血がのぼってしまう。
怒りから、無意識に扉をまた蹴りつけた。
ドンッと大きな音がして、また僕は自分の馬鹿さ加減を知った。
その時…
「うるせえなあ…静かにしねえと首もぎ取るぞぉ、おら?」
と、とんでもなくおそろしい内容を含んだ言葉が扉の向こうから響いた。
それは雷鳴のごとく、耳にしたものに多大なる恐怖を与え、その鼓膜を簡単につんざく。
そしてなにより、発したものの強大さをこれでもかと言わんばかりに示しつけた。
これこそ、上に立つものの声…誰もがひれ伏すべき、付き従うべきものの持つ声、そんな風に思えた。
「今、そっちに向かうから、待っとけ!首洗ってな」
また声が響くと共に、あのビクともしなかった巨大な石壁の様な扉がギギギィと音をたてて中央から開き始めた。
あっという間に、扉は全開となった。
いとも簡単にだ。
そうしてその扉の向こうに立っていたものは…
「う、嘘…ですよね?」
いや、それは本当に…あり得ないでしょう?
僕の心は多いに揺さぶられ、プライドは大いに傷つけられることとなった。