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the third  作者: 深雪
11/83

8道化師と読心術

「リリア嬢は確かにすこーしだけ口が悪くてちょーとだけ乱暴ですけれど…可愛いでしょう?カイ?」


肩にかかる金髪をなびかせながら前を歩く男。


アランと呼ばれたその男は端正な顔だけこちらに向けながら口を開いた。


「可愛い…でしょう…か?」


僕は突然の出会いとなったこの男との会話に行き詰まった。


今、僕は彼の案内に導かれて、例の『夕暮れ時』と言う組織の、地下にある、石造りの本拠地、グレースの回廊を歩いている。


ここの空気は埃と塵にまみれていて、思い切り吸い込むと、自然にむせてしまうような、古臭い味がする。


その壁には相変わらずの剣と龍の描かれた赤や黒の布がたくさん装飾として使用されていた。


だけれど、さっきまでいた修練所のものよりもかなり古くなっており、所々がほつれたり、破けたりしている。


そんな場所をなぜ僕がわざわざ彼の後ろについて行くのかといえば、ボスにお目通りをしなければいけないと言う話になったからである。


といっても、組織の目的とはなんなのか?


そもそも僕がなんでこんなところにいるのか?


それまでの記憶がどうしてないのか?


組織のお偉いさんになぜ僕が会わなければいけないのか?


疑問で頭が満杯になりそうだけど、それはとりあえずおいておいて、僕の天邪鬼な心はこのおもしろそうな状況を楽しもうと簡単に結論づけた。


生きていて、五体満足で、苦痛さえなければどんな状況でも問題ないと考えている。


だから、例えどんなに驚かされるような状況に陥っても、頭と精神はたいていの場合五分足らずで状況に慣れ、落ち着く。


…はずだったのだが、今回はそうはいかないようで、どうも気分が落ちつかない。


というか、この状況を理解する手だてどころか、手がかりすらないのだから、無理もない


強いていえばあの修練場と剣と鎧と洞窟だが、どれもそれらしい説明や情報はないため、確実な状況判断の材料にはなり得ない。


そのせいで、いまだに、時代をさかのぼったという可能性もぬぐいきれていない。


そんな風に僕の頭が混乱してるところに、彼のとんちんかんな話である。


彼の熱っぽく話している言葉の中の、女は、僕からすればただの暴力女としか思えない。


その上、かなり狂っている。


僕をハワードなんていうたいそうな人物と勘違いしているし、あたかも古い知り合いに再会したかのような振る舞いをするし…


そんな女を一寸たりとも可愛いなどとは思ったりしはしないけれど、今の現状では、この危険な男の機嫌をとっておくことが最優先。


だから本心に逆らい、可愛いまでは言ったものの、あまりの本心との相違具合に耐えきれず、疑問型となってしまった次第だ。


「か、かかか可愛いでしょうっ!可愛いに決まっています!誰から見ても、リリア嬢は天下無双に可愛いですよ!それ以外、どんな風に彼女をあらわすことができるでしょうか?否、できません!できないんですよ!彼女こそこの世に舞い降りた可愛さの女神なのですよ!!」


アランは見た目とはかなり違う印象の中身を持つ人間のようだ。


どうやら、正直引いてしまうくらいにリリアというあの少女のことを好きなようである。


アランのようなとんでもなく端正な顔をしたものが、どうして、ここまでおかしな精神面を持てるのか不思議でしかたないが。


人は見かけで判断してはいけないと両親に注意されたのを思い出した。


まさしくそのとおりである。


つい先ほどまでの少女とアランの会話を聞いていた時には、かなりの切れ者、もしくは食えない男を想像していたのだが…まさかここまで残念だとは…。


「そうだと思うでしょう?カイ?」


問いかけるというかもう、そう答えなければ殺すと言わんばかりの顔で迫ってくる。


けれど、どうやっても、あんな女をそんな風に褒めちぎることに賛同はできない。


まあ、確かに美少女であることは認めるけれど…


目的のためには何でもやるといった感じといい、おかしな勘違いをしているところといい、なんていうか神秘的という言葉を飛び越えてしまって狂っているのでは?


あそこまでいくと恐怖すら覚える。


だけれども、こんな風に言い寄られては…


「た、確かに可愛い、です、ね…。」


と答えるしかなかった。


ていうか、あれ…なんで僕の名前を知ってるんだ?


「そうでしょうともそうでしょうとも!ねえ、あの抱きしめたくなるような小さくて華奢なお身体、ほっそりとした顔であるのにもかかわらずぷにぷになほっぺた、長細く美しい脚…まさしく女神!ありがとう神様!ありがとうリリア嬢のご両親!あのお方こそ、あのお方こそ…」


と、長くなりそうなのでここいらでまとめようと思う。


要するにアランは変態で、リリアというあの青い髪の少女は彼の理想の女だということだ。


うん、よし、これでいい。


「全然良くないですよっ!」


アランがこちらに依然として振り向いたまま不満いっぱいといった感じに唇を尖らせた。


「え、心を読まれた?!」


心底驚いた。


これが驚かずにいられるだろうか?


心が読まれた…なんとプライバシーのない、というより…その前に…あり得ない!


「全く、私は変態じゃありませんよ!リリア嬢に対してだけ変態になる紳士です!」


彼の発言により、驚きは確信に変わった。


「いや、だからそれってもう自称変態ってことじゃあないですか?」


「ちょっと、カイ。いくら私が人の心を読めるとわかったからって、そんなにづけづけ思ったことを口にするのは良くないと思いますよ」


「えー、そんなこと言ったら人の心を読み取る力を惜しみなく使っているのだって悪いじゃないですか」


僕の言葉に、彼は少しだけ考えたようにその大きな目を数秒瞑ってから、口を開いた。


「わかりました。では、私たちについてもっと話しておきましょうか?ボスとお会いする前に、少しだけ予習です!ハハッ!」


「『少しだけ予習です!ハハッ!』じゃないですよ!ごまかし方があからさま過ぎて突っ込むに値しないレベルですよ!さあ、僕の心を読んだんですから僕の聞きたいこともわかってるでしょう?心を読めるってどういうことなんです?」


一気に彼を責め立てる。


だが、彼の反応は僕に答えはくれなくて、むしろくれたのは苛立ちだった。


「あー、時々私の思考回路はとまってしまうんです。もう、何も考えられない~」


彼はわざと言葉を間延びさせながら答えた。


「それは嘘ですっ!」


「カイ、あなたはもしや…心が読めるのですか?」


「読めません!これ以上話をややこしくしないでください!」


僕は流石に腹が立って大声でさけんだ。


狭い回廊は音がよく反響し、それは自分の耳にもいたかった。




それにしても、会話でここまでストレスを感じたことは、これまで経験したことがない。


なんていい加減な人なのだろうか。


「あ、いい加減だなんてだなんてひどいですねーカイ?」


「だから心を読まないでくださいよっ!」


だめだ、もうこの人とまともな会話をするのは諦めよう。


「諦めないで~!」


「もう突っ込みませんからからね?」


「心は突っ込みたくてウズウズしているのに?」


「心、読み間違えてますよっ!」


はあ、もうダメだ。


疲れた。


会話にエネルギーを注ぎ過ぎた。


しかも、それによって得られたものはなし。


ハイコストノーリターンである。


「ハハハ、カイ。あなたはなかなかからかいがいのある面白い人ですね…」


ここまで言うと、しかし、と言葉を切り、


「ここからは一人で行っていただかなければいけません。ボスはこの先にある、灰色の龍が彫られた赤い扉の向こうにいらっしゃいます。では、ご武運を」


と言った。


かなり唐突だった。


頭がついていくのも難しい。


彼は自分の正面を指差していた。


正確には、彼の細長い人差し指の先は、何時の間に出現したものわからない洞窟を指していた。


会話に注意を奪われていたせいか気づかなかったのかもしれない。


どうやら僕らは回廊の一番奥まできていたようであり、そこは洞窟へと繋がっているようだった。


まあ、このようすだと、逆に洞窟を開発した回廊から、いまだ開発されてない部分に足を踏み入れると言った所だろうか?


洞窟の中は見た感じ天井が一気に低くなっている。


上からつららのような形状となった石が無数に降りていて、身長175センチの僕の頭を上げるのには危ない高さである。


それよりも、奥の方から冷んやりとした風とともに流れ出てくる異様なまでの威圧感。


まるで怪物が住み着いてでもいそうな肌にひしひしと伝わってくるこの圧倒的な存在感は一体なんなのだろうか?


「ボスって言うからには当然、この組織で一番立場が上の方なんですよね?」


洞窟を目の前にしてみると、なんだか急に不安になってしまって、余計なことを聞いた。


「もちろんです。ただ、ちょーとだけ変わったお方ですけれどね」


まともに返されることはないとは思ったが、予想以上に抽象的、かつ僕の不安感を煽る言い方をしてくる辺り、かなりいけすかない。


どうやったって僕は彼を好きにはならないだろう。


「男に好かれても嬉しくありませんよ。それに嫌われるのは慣れてます。どうせ私はジョーカーですから…」


「だから、心を…よ、」


僕がすかさず突っ込もうとした時、彼の端整な顔は驚くべきほどの哀しみに歪んでいた。


どうして急にそんな表情をするのか?青い髪の少女にしたように僕を惑わして遊びたいのだろうか?


否、違う。


違うのだ。


彼の晴れた空のように青く澄んだ瞳は見ている方が痛々しさに目を背けてしまうかの様な、身をえぐられる程の哀しみで曇っていた。


それは、暗くて、深い。


暗すぎて底が見えず、深すぎて見えていても手が届かない。


そんな妙な色。


ずるいじゃないか…そんな顔をするなんて…。


「ズルい…ですか…。カイ、あなたは優しいのですね?どうやら私はあなたを見誤っていたようです」


と、また僕の心を読んだアランは何故か僕に向かって頭を下げた。


その角度は深過ぎて、とても普通に、人にするようなものではない。


僕のほうこそどうやらこの男を見誤っていたらしい。


男の真似をするように僕もお辞儀をした。


なんだか、不公平な気がしたから。


しかし、男の目に突然に浮かんだあの表情は一体…?


まあでも、そんなことを考えても無駄だ。


どちらにしろ、もう男には読まれているだろう。


もしかしたら向こうから答えをくれるのかもしれないが…


「いえ、やめておきます。とても楽しいお話ではないので」


いつの間にか顔をあげていたアランが案の定僕の心を読み、それに対して口を開いた。


「わかった。じゃあ、自分から話そうと思ってくれるくらいに親しくなるまで待つよ」


僕は自分でもおかしいと思うくらいにこの男を信用していた。


なぜかはわからない。


でも、この男はきっと信用できる!…そう思ったのだ。


「信用できる…そんな素晴らしいことを思っていただいたのは初めてです!本当に光栄です!」


アランはさも嬉しそうに顔を上気させた。


どうやら彼は僕の声よりも心の声のほうに重きを置いているようだ。


まあ、確かに、もし自分に心を読む力があったらって考えたら、そちらの方をより重視するのが当然か。


なにせ、心は嘘をつけないし、心に嘘もつけないのだから。


「まあ、よく知らないけれどね」


なんだか気恥ずかしくて頭をかきながら答える。


「そうですよね!私も今度会った時は早速自己紹介をさせていただきたいと思います。でも、今は…先約がいらっしゃいますので…ね?」


彼はそう言ってまた、あの洞窟の入り口を指差す。


「わかった。じゃあ、また後で!」


なんだか久しぶりに人とまともなコミュニケーションを取れたせいか、少しだけ気分が高揚していた。


今なら、ここに入ることもできる。


僕は洞窟の入り口を頭を下げて、くぐった。


「またお会いできることを祈っています」


振り返ると、アランが眩しい笑顔を浮かべ、僕を見送っていた。


きっとこれは本物の笑顔だと、そう僕は確信し、冷んやりとした闇の中へと足を踏み出した。


怪物だろうと、なんだろうと僕にとっては楽しいイベントだ!と意地を張りながら…。

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