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the third  作者: 深雪
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7救世主

僕は聞き慣れないギーンという音で目が覚さめ、体を起こした。


どうやら地面に寝かされていたようだ。


寝かされていた?


床は石造りで硬くて、そのせいか背中が痛い。


なんにも状況のつかめていない頭で、辺りを見回した。


…ここは…どこだ?


全く記憶にない場所だと思う。


きっと、僕の脳を専門家が解析して、すべての情報を確認してもきっとこんな場所は記憶にないはずだ。


こんな野蛮な場所は。


僕が生きている時代に戦争はないはずだし、従って軍も兵士も刀剣も必要がなく、そもそもあっていいものではないはずだ。


けれど、その現代には要らないもの全てここにあった。


この広間の中央でワインレッドの鎧を身に纏った者達が、力任せに剣を振り回し、叩きつけあっている。


鼻に付く、ムッとするような、しょっぱい匂いがした。


全体を見渡して見る。


ここは石造りの広い部屋で、壁には無数の装飾が施されていた。


壁の至る所におんなじような古び、ほころびた赤や黒の布が貼り付けられ、その布全てに短剣と龍が描かれていた。


赤や黒といういかにも現代にあまり好かれない、大胆でとても激しい色遣いだった。


僕はそんな異常な光景を目の前にして笑っていた。


何もすごい冗談だとか、悪い夢だとか変な風に開き直ったわけではない。


ただ、面白いと思ったのだ。


こんな体験はつまらない日常でも、学校でも到底できるものではない。


こんな不思議な状況におかれた僕はむしろこの状況を喜んでいた。


それに僕は今、何の拘束具もつけられていない。


つまり、歓迎されているってほどではないが、明らかに敵視されているわけではないということと考えていいだろう。


僕は自由なのだ。


でも、どうしてここにいるのかがわからない。


なぜ記憶にないところにボクは寝ていたのだろう?


おかしなことに、どうしてこうなったのか、全く記憶という記憶がないのだ。


「ハワード?どうしたの。顔がおかしなことになってるわよ」


どこかで見たことのある女だった。


しかし、脳に、鮮明な記憶としては、残ってはいなかった。


そして、何故かこの女に恐怖を覚えた。


とても大きく、抗いがたい恐怖を。


その女がしゃがみこんで僕の顔を覗き込む。


とんでもない美少女だ。


少し釣り気味の目は切れ長でいい塩梅に整い、その瞳は空のように青く澄んでいる。


形の良い眉、細面なのに、どこかプニプニとしていそうな少し朱がさしている頬、高い鼻…完璧だった。


完全無欠の美少女だ。


しかし、僕の目にはこの女が悪魔や妖怪の類、いわゆる空想上の生き物のように映った。


なぜかはわからないが。


女の服はほとんど裸と変わらないような露出度の高いものだった。


綺麗な紫色のレースが特徴的なドレスなのだが…異常なまでに生地が薄く、下着はおろかその肌まで透けて見えてしまいそうなものだった。


これでは裸でいるよりも過激な格好である。


その上、美人ときたものだからなおさら困る。


「どうしたの。ハワード?顔赤いよ」


そして女は僕の名前を盛大に間違えていた。


僕はハワードなんて名前ではない。


しかし、僕にはそれに対して突っ込む勇気がわかなかった。


もし彼女が求めている人が僕に非常に似ている人で、僕がその人ではないと言った場合どんなことが起こるか考えてしまって下手に動けなかったのだ。


僕はただ黙っていた。


臆病風に吹かれて。


だが、それはとても解決策にはなり得なかった。


「もう!なんで黙ってるのよ!この私を無視するなんて~」


女は、突然どんぐりを口いっぱいに貯めたリスのごとく、頬を空気で一杯にしながら言う。


それから、僕の寝起きの頭のこめかみ辺りを握りこぶしでぐりぐりと圧迫する。


「……ッ⁉ウゥ…ァ…」


それによってもたらされたものは言葉を失ってしまうくらいの痛みだった。


果たしてこの女の透き通るように白くて細い腕のどこにこんな力が眠っているんだろうか?


僕はそんなことを一瞬だけ冷静に考えたあと、思考回路を痛覚に無理やりせき止められてしまい、何も考えられなくなった。


そして、それは永遠に続くかと思われた。


ああ、もうダメかと意識が飛びかけたその時

、救い主は現れた。




「おや新入りさんですか?リリア嬢」


その声は男のものだった。


それも、かなり艶っぽい。


リリアと呼ばれた女はその声を聞くが早いか、僕の頭をいらなくなったおもちゃのように雑に放し、答えた。


「アラン!ここであったが百年目!」


と。


女は答えたというより挑発というかなんというかすると、飛び上がるようにして男の目の前へ移動した。


とても無駄のない動作で。


僕は思考回路が戻ったばかりの頭で女と対峙する男を観察する。


長い金髪は肩に届き、その瞳は女と同じ青で、鼻がスッと通った端正な顔立ちの男だった。


黒いコートを身にまとい、腰には壁に装飾されているような剣とはまた違った形の剣を下げている。


その剣は鞘がとんでもなく長い長剣で、その長さはちょうど女の背丈ぐらいある。


それでいてとても細身であるから、きっと片刃だろう。


鞘には一切の装飾がなく、清々しいまでに実用性を重視した造りとなっている。


男は戦いへとすぐにでも出掛けられるように準備万端と言えるようないで立ちであった。


片刃?戦い?


僕は少々漫画の読みすぎかもしれなかった。


そんな男にリリアと呼ばれた青い髪の美少女はつっかかる。


「どうしてあなたはいつも私の邪魔をしたがるのかしら?アラン隊長?」


皮肉のこもった口調で、男の名に隊長という単語をくっつけて、呼んだ。


僕にはその隊長という言葉が何の意味をなすのかわからないまま、女の剣幕に目を見張っていることしかできない。


それに対して男はマイペースに、丁寧な言葉を甘ったるい優しい声音で紡ぐ。


「いえいえ、そんな邪魔だなどと。私はただリリア嬢が今しがた横暴を振るわれた対象である、そちらに座り込んでいらっしゃる男性が我らが組織・夕暮れ時・の新人さんですかとお聞きしたかっただけなのですが…何かお気に召さないところがおありでしたか?」


男は不敵な笑みを浮かべたあたり、女の迫力に全くひるんでいないようだった。


どうやら、こちらの男の方が上手と見える。


女は、男の態度かよっぽど気に食わなかったのか、ますます不機嫌そうな顔になり、今にも地団駄を踏みそうな雰囲気で口を開く。


「何が気に食わないかって?全部よ!ぜ・ん・ぶ!そもそもあんたのそのキザったらしい笑い方とかわざとらしい敬語とか何もかも全てが私の気に食わないのよ!おわかり?」


僕にはこの言葉で女の人柄がだいたい予想できた。


この女はとてもまともじゃない。


女の言葉に男の方は何を思ったのか急にわざとらしく顔を赤くして言う。


「そんなにリリア嬢が私を好いていてくださるなんて…私は幸せです!」


女は、あからさまに、男のカウンターパンチのような言葉にとまどったようだ。


餌をもらう直前の魚のように口をパクパクさせている。


これは見ている側からしてみるとかなりおもしろい。


「そんなわけありませんッ!」


と女はなんとか口を開いたが声は震えていた。


それになぜか敬語である。


「わかっております、リリア嬢。私のような者があなた様のように高貴なお方に好かれるなんてことがあるはずがないですよね…」


男はまたもやわざとらしく顔を作る。


今度はとても悲しげな顔だ。


見ているとつい同情してしまいそうな、捨てられた子犬のような表情である。


そのままチラチラと流し目を送る。


本当に食えない男だ。


そしてそんな男の表情を見た女は…


「そ、そんな…別にそういう意味じゃあなくて…」


と、おもしろいくらいに動揺した。


すると、また男は表情を作ると言う。


「すみません、勘違いしてしまっていたようで。リリア嬢に嫌われてしまったら、私はこの先どうやって生きていけばよいものかと思いましたが、やはり私のことを好いてくれていたのですね。光栄です!」


きっとこの時の彼の顔を想像できなかった者はいないと思う。


とびきりの黒い笑顔である。


それもキラキラと輝いていた。


「だから、違うんだってばー!アランの馬鹿ー!!」


と女は叫ぶと悔しそうに歯を噛み締めながら、広間の左奥にある両開きの扉へと全速力でかけていった。


そして、女を巧みにやり込めた男が僕に向き直り口を開く。


「危ないところでしたね。大丈夫でしたか?

ようこそ『夕暮れ時』へ」


と。


この男、あの女よりも恐ろしいかもしれないと僕は認識を改める。


それに近くに立たれると、男がとても大きく見えた。


まあ、僕が地べたに座っているからなのかも知れないが…。


ていうか…夕暮れ時ってなんのことだ?地名か?ありえない。


ようこそだって?招かれた?


意味がわからない。


でも、なんだか面白そうだと思ってしまう僕は、考えなしなのだろうか?


しかし、ギーン、ギーンと剣の叩き合う音はそんな僕の思考を邪魔して、汗と血の混ざったようなおかしな匂いは僕の鼻の機能を奪っていた。


とてもではないが、この時の僕にまともな判断が下せるはずもなかった。





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