プロローグ
前書きの存在につい最近気がついた作者です。
話の展開も、文章も、まだまだ未熟で申し訳ないのですが、少しでも多くの人に楽しんでいただけたら、幸いです。
ご意見やご感想をいただけたら、嬉しいな…なんて思ってます。
パールの中心都市パルディア。
パルディアは七つのブロックに区分けされている。
魔人の国マドゥとの国境地域に位置するここは第四ブロック。
通称『誓いの境界線』と呼ばれるここはパルディアの中では極めて重要な場所であると目されるだろう。
ここは魔人と人とを隔てる壁のような役割を任されているからだ。
それは似て非なる魔人と人との間に横たわる長きに渡る戦争の爪痕を表した区画と言えた。
第四ブロックには『選別官』と呼ばれる警備隊が配備され、魔人と人とが決してあいいれないように壁として立ちはだかっている。そもそも、『終戦の誓い』の効力によって両種族が争うことは物理的に不可能なのだが、それでも、壁は厚く、硬かった。ここにはほとんど娯楽施設は無く、いつだって、堅い空気が流れている。
その『壁』としての役割と規律とを重視されすぎたためか、わりに大きな通りですらほとんど騒音も事件もなく、まるで音を立てることが罪であるような雰囲気さえあった。
ここの風はどこにもまして、澄み切って冷たく、旅人の肌に容赦無く突き刺さることだろう。
だが、こんな第四ブロックにだって公園くらいはある。
規則正しく十字にしかれた大きな通りのちょうど真ん中に位置する場所に静かな公園があった。公園と言っても、木でできた四人がけのベンチが二つと、ブランコが一台しかない寂しいところだ。そこにはゴミ箱すらも見つからない。子供達に許された遊びはただブランコを漕ぐか、逃げ場の狭過ぎる鬼ごっこか缶蹴りくらいしか残されていなかった。
そのため、子供ですら立ち寄らなくなってしまったその公園の隅の方に、大きなマンホールがあった。誰にも気にかけられないような位置に、誰にも気にかけられないようにそれはあった。
そもそもこんな公園に入ろうとするものはほとんどない。
そのことがなおさらマンホールの存在感をぼやかしていた。
だけれど、そのマンホールを外すと…そこには別世界が広がっている。
地底世界。
アリの巣のように、幾千にも別れてできた大小様々な穴や洞窟は、通路や家や施設など、生きて行くために必要な場所が整備されている。それは考え得るありとあらゆる方法で加工されつくされた結果だった。地中をくり抜き、出来上がった、地上と完全に分かたれた空間、まさしく別世界が広がっていたのだ。
その別世界の最深部の薄暗い洞穴を抜けた先にある古臭い部屋。そこに置かれているものはテーブル一つと椅子が三つだけ。
とても地味な空間だった。おまけにどれも石造りに統一され、その部屋には文字通り灰色の空気が流れている。部屋の中央で爛々とランプが光を放っているが、その炎は非常に小さく、とても部屋中を照らすには足りないものであった。そもそも今時ランプなどというものを使うのはかなり時代遅れと言えた。
そんな部屋の辛気臭い空気に、突如として新風が巻き起こった。
「私が……追放……。……どうしてですか」
青い髪の少女が目の前の者に向かって悲痛な声を上げたのだ。少女は椅子に座った赤髪の男にすがるような態勢になっている。その人形のように整った顔は苦痛に歪み、台無しだった。
「うるせえなあ…これ以上騒ぐと、首もぎ取るぞ」
対する男の声は、有無を言わさぬ迫力と威圧感を持ち、とても常人とは思えない力強さがあった。どうやら男の方が少女よりも立場が上のようだった。男の琥珀色の瞳がギラギラと光り、薄暗い部屋にその存在感を示している。
「……どうしてですか。ここ以外に住むところなんてないのに……突然、追い出すというのですか」
少女は男の声に萎縮してしまったのか、とても小さな声で泣き言をいう。その体は小刻みに震えて、今にも崩れ落ちそうであった。
「ったく、うるせえ」
男はまたその雷のような大きな声で少女を叱りつけた。
「お願いします、この通り……どうか追い出したりなんかしないで……理由を、せめて理由を聞かせてください……」
少女は構わず続け、口を開いたまま、硬い石の床に膝と額と両手をつけた姿勢となる。
「理由を教えてくれだあ? よく言ったもんだ。仲間を手にかけておいて!」
男は少女に小言をはきながら、その頭を踏みつけた。何度も何度もそれはもう容赦なく、徹底的に。やがて少女の後頭部から、その白いうなじにかけて赤い液体が直線を描いて流れ出した。それでも、男は足を止めず、少女は頭をあげなかった。ドンドンと耳にするだけで痛い音が部屋中に響き渡る。
「お前は不死だ。確かに駒としては使えるかもしれない。だがなあ、こっちには駒じゃない、仲間が要るんだ。ここはてめえみてえな裏切りもんのいるとこじゃねえんだよ! たとえ、てめえがどんなに優秀でもなあ!」
男は苛立ち、ただでさえ雷鳴の様なその声をさらに張り上げて少女の耳に落とした。対する少女は頑なに頭を上げず、ただ、一言だけ言った。
「私は仲間を殺したりなんか……しない……です」
男はそれに構わず少女の頭をさらに強く蹴りつける。ドガっと鈍器で誰かの頭部を殴ったような嫌な音が灰色の部屋に響く。
「仲間に感謝はしても、仲間を裏切るなんて絶対に……」
少女が男の言葉頑なに否定する。
男はその言葉に苛立ちを覚えたようで、その怒りで真っ赤に染まった鬼のような形相をさらに歪め、少女の頭へと、今度はかかと落としをお見舞いする。
「うるっせぇ!!」
男の額の青筋が一気にその太さをます。張り上げられた怒声がよもや、落雷のごとき激しさで少女の耳を叩く。
「……ッ!私はいつだってこんな私をここにおいてくれたあなたに、その仲間に感謝してそのために働いてきました。なのに、どうして……」
対する少女の声はどこまでもまっすぐで、この上ない力強さがあった。凛としたその声は部屋中に広がった血の匂いとその古臭い雰囲気を清めていく。
これを浄化と言わずして何を浄化というのだろう?
少女の言葉は一介の言葉でありながら、同時に、男の胸に狙いを定めて放たれた一発の弾丸であり、それは見事に的を貫いていた。それはどうやら男の疑いに染まり、盲目となっていた心にまで届いていたようであった。
その証拠に男はもう一度振り上げた足を引っ込めてこう言った。
「あ、ああ……まただ……。……済まなかった……ただ、俺はなんとしてもそやつを捕らえなくてはならない。だから、たとえお前であれ疑うのだ。わかるか?」
男の声は先ほどまでとは打って変わって、後光が指すかのような優しさに包まれた、木洩れ日のごとき調子の声であった。そこには、まさしく仲間に対しての思いやりというものが存在していた。
「いいえ! わかってもらえたのならそれで大丈夫です! ボス……。……その、私は……ここにいていいのですよね」
やっと少女は頭を上げた。
明るく笑っていた。
表情とは裏腹にその顔は血と、床の汚れとでところどころが赤黒く染まり、みるに耐えないものとなっていた。
「もちろんだとも。おお、かわいそうなリリア……俺はなんてことを……」
男は文字通り雷に打たれたような顔となり、心底少女を気遣っているように見えた。この豹変をなんと捉えて良いものか? とてもではないが、まともでない。
この男は仲間殺しを見つけるためなら、他の仲間を疑って拷問にかけるという行為をもいとわないほどに、その仲間を愛していたのだ。
「いいえ、いいんです、ボス。私は彼を探してきます。そうすれば、またボスは笑えるのですよね」
少女にはその全てが見えていて、先ほどまでの仕打ちについて何も言及したりしなかったのかもしれない。恐るべき精神力である。
「あそこは俺でも五体満足で帰れるかわからん危険な場所だが、不死のお前ならなんとかなるかもしれん……。悪いが、頼めるか」
男は散々少女を痛めつけたかと思えば、今度は頼みとなんとも身勝手なことだ。いや、ここまでくると横暴、もしくはそれ以上の何かとさえ言えた。しかし、少女はそんな男の言葉に、嬉しそうに頷いた。
「もちろんです。私はボスの為に生き、ボスのために死ぬ女ですから! 死ぬことはできそうにないですけれど」
さらにはいたずらっぽくクスクスと笑いすら浮かべた。
その額から、赤く熱い液体がポタポタと床に垂れ、石の床の色をわずかばかりに染めた。
そして、男は
「すまない、リリアよ…こんなことをする身勝手な俺を許してくれ…。そしてなんとしても、あの少年、いや、ロイ・ハワードをもう一度この『夕暮れ時』へと連れ戻して欲しい!」
とまた雷鳴の様なその声を放った。
「はい! お任せください! 必ずや連れ帰ってまいります!」
少女はスッと立ち上がり、男に向かって一礼すると、背筋の伸びたいい姿勢で踵を返し、スタスタと部屋から立ち去っていく。
すぐに少女は男の視界から消えた。
それからしんと静まりかえった部屋の中で、男はつぶやく。
「リリアよ、友を頼む…あいつは俺とここにいるべき存在なのだ……であるのに、どうしてこんな、こんな……」
男はむせび泣き、硬い石の床に小さな水たまりができあがる。
それは少女の流した血と混じり合い、その赤と黒に汚れ、やがて広がり、乾いて、消えていった。