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となりの場所と交わるとき  作者: 西野了
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猫の小太郎は魚の言い分を同居人と聞く

「ちゃんと頭も食べろよ」

 夕食時、ちゃぶ台に置かれている皿の上に乗っている目刺が言った。

「僕は君の頭は苦手だ。ガサガサした食感が嫌だ。そもそも生き物の頭を食べるなんて野蛮だろ」俺の同居人は偏食だ。

「そういうところがダメだな。だからその年になっても彼女ができないのだ」目刺は眼がないくせに意地悪な視線を同居人に投げかけた。

「うるさいな! どこを食べようが僕の勝手だろ」同居人は少しムカッとした。

「だいたい君たち人間は勝手だよ。俺は栄養豊富で値段は安いし、日本の高度経済成長期を支えてきた。俺がいなければこの国の奇跡の経済発展はなかったはずだ。それなのに俺の名前を魚ヘンに弱とは何事だ! それに眼を刺して焼くとは極悪非道の所業じゃない

か」

同居人はその言葉を無視し、頭を残して目刺を四尾食べた。

「そもそも僕は高度経済成長の恩恵を僕は受けていないし」同居人は情けない言い訳をして俺を見た。

「小太郎、夕ご飯だ」同居人は残った目刺の頭を俺用の白い皿に入れた。

「遅いにゃ」俺は皿の上にある目刺の頭を見て「フッ」とため息をついた。

「何だよ、目刺の頭は嫌なのか?」

「キャットフードの方が栄養がありそうだにゃ」

「何だと! 俺の頭がキャットフード以下なのか。ウウウッ、ビェーン!」目刺の頭は泣き出した。

「何だ、こいつは。これくらいのことで泣き出すとは。気が弱いにゃ」

「魚ヘンに弱い鰯だからなぁ」

「フン」俺は一応頷いて目刺の頭をバリバリと食べた。焦げたところがなかなか美味い。


「お腹の赤ちゃんは食べないでください。シクシク」朝食時、ししゃもが泣きながら同居人に頼んでいる。

「ししゃもはお腹の卵が美味しいだろ」同居人はししゃもの言い分を無視して、お腹の膨らんだ部分をムシャムシャ食べた。

「私の卵は一万個もあるのですよ。これほどたくさんの卵を食べて、あなたには罪の意識がないのですか!」ししゃもが怒ってもあまり迫力はない。こいつは口をビックリしたように開けて、眼も記号的に丸いだけの抜けた顔をしている。俺の顔の造形の美しさと比較にならない。

「どうせ卵がかえっても殆どが他の魚に食べられてしまうだろ。だから僕が食べても、君が川で産卵しても、事態は変わらないじゃないか」同居人は変な知識だけはある。

「そういうことではないのです、シクシク。私が生んだ卵たちが、例え他の者に食べれらてしまっても、それは自然の摂理として納得できます、シクシク。しかしあなたのように自分の嗜好、食欲を満足させるために、私の大切な卵を食べるとは人非人のやることです、シクシク」ししゃもといい目刺といい、その風貌に逆らって結構難しい言葉を知っているものだ。同居人は漫画やスマホしか見ないので、目刺やししゃもより語彙が乏しい。

 俺は能天気にししゃもを食べている同居人の顔を見て笑いがこみ上げてきた。


「日本人はいい加減な国民だな」電子レンジで温められた、かば焼き鰻は嘆息した。

「何故だ?」同居人は鰻のかば焼きを一切れ、口に入れた。

「土用の丑の日しか吾輩を食すという奇妙な風習のことだ」小皿に乗った鰻の頭が哲学者風に話すではないか。

「夏バテする前に鰻でスタミナをつけるのさ」呑気な同居人は俺に鰻を用意しそうにないので、俺は奴の隣に座った。

「それならば週に一回とか定期的に吾輩を食すればいいではないか」鰻は理屈っぽいようだ。

「鰻は値段が高いから、そんなに度々買えないのだ」

「確かにこの家の食事は豊かではないにゃ。俺の食事もキャットフードが主だからにゃー」俺は正直に言った。

「フフフッ、哀れでござるな。確かに拙者は他の魚どもとは出自が違うでござる。まあセレブ魚と呼んでいただこう」

「何か、急に偉そうになったな。だけど鰻もししゃもと同じで、川で生まれたんだろ?」

「な、な、なんと! あのような下劣な輩と拙者を同列に扱うとは不届き千万。前言撤回なされい」

「やっぱり鰻は変なプライドがあるニャー」俺は食卓のちゃぶ台に前足をついて、鰻の頭を見て同居人を見た。

「プライドがあるくせに、体中に甘辛いタレをつけられて喜んでいるとは? どういうことだ、小太郎?」

「変態だにゃ、正真正銘の。まともな生き物は体中にヌメヌメした液体を付けられて喜ばないにゃ」

「黙れ、黙れ、黙らっしゃい! 麻呂は万葉集にも載っている高貴な魚でおじゃるぞ」

「君は口調がコロコロけど、大丈夫か?」同居人にしては珍しく鋭い指摘をした。かば焼きを食べて奴の脳が活性化したのか?

「自分に自信がないんだにゃ。ところでこの頭、喰っていいか?」

「ああっ、いいよ。僕は頭、いらないし」

「タレを洗い流してくれ。味が濃いのはダメなのだにゃ」

 鰻は相変わらず「おのれぇー」「下郎どもめがぁ」とギャーギャー言っていた。だけど俺と同居人は、美味しく鰻のかばやきを食べた。


「体を真っ二つに切り開くという行為は極めて非人道的だと思いませんか?」鯵の開きの言葉は深みがある。

「干物にすると食べやすいからな」

「それは人間の都合でしょう」

「まあ、そうだけど・・・」

「なかなか苦戦しちょるにゃ」俺は空腹なのでちゃぶ台の近くに移動した。

「わたくしは日本人にとっては万能型と言っていい魚でしょう?」二つに分かれた顔でもドヤ顔は出来るらしい。

「わたくしはお刺身、焼き魚、煮魚、干物、フライとオールマイティです。幼いころのわたくしは天ぷらとしても美味ですから。フッフッフッ」

「こいつ、さっきは『開き』のことで文句言ってたにゃ?」

「ああっ」俺と同居人は小首を傾げた。

「更にわたくしの干物はパスタやお寿司、丼ものなど様々にアレンジできますからな。どんな料理にも対応できるでしょ。ゆえにわたくしは日本人にとって人気ナンバーワンの魚ですよ! フフーン?」鯵のつぶれた眼で得意そうに同意を求められても困る。

「マグロの方が日本人は好きなのでは?」小心者の同居人は遠慮がちに反論した。

「マグロ? チッチッチッ。困りますなぁ、そのようなミーハー的かつ成金的な評価では。マグロなど口を開けて泳ぐだけで、刺身になるしか能のない魚ではないですか!」

「うーん」同居人は反論できない。

「鯛の方が鯵より品格があるにゃ」

「うっ、そ、そ、それは・・・」二つに分かれた鯵の頭は明らかに動揺した。

「我が国では目出度いときには鯛を出すにゃ。神事とかにもよく鯛は奉納されるにゃあ。まあ鯵も神饌として使われるけど、鯛ほどではないにゃ!」俺は偉そうな奴は嫌いなのだ。

「うっうっうっ」鯵は絶句し酸欠状態になってしまった。

「干物は塩分が高いので少量を、ご飯に混ぜてほしいにゃ」俺は健康志向な猫なのだ。同居人は慌てて菜箸をとった。そしてその菜箸で鯵の干物を少しほじくり出し、それを俺用のご飯にまぶした。俺は鯵まぶしご飯を美味しく食べた。その閒、鯵は放心したように何も言わなかった。


「尾頭付きの私を塩焼きにして食べるとは、あなたはなかなかの人物ですねぇ」

「彼女でもできたのかにゃ?」俺は呆けた同居人の顔からそう推測した。

「べ、べ、別に・・・。僕でもたまには鯛を食べてもいいじゃないか」

「私を食卓に乗せるということは、あなたにとって慶賀すべきことがあったのでしょう。まあそのことの仔細に関しては詮索する必要もないでしょうが。フフフッ」鯛は同居人に恋人ができたと決めつけているようだ。

「ところでお前は色が黒いにゃ? 養殖か」猫族は魚を見る目もあるのだ。

「そうです。私は残念ながら養殖の鯛です。今ではもう大海で伊勢海老などをバリバリと食べることは出来なくなりました」鯛は虚ろな目で呟くように答えた。

「でも味は良いぜ」味覚の鈍い同居人は鯛の身をほじくりながら言った。

「今は養殖の技術も進化しましたから・・・」

「君は魚の頂点にいるのに元気ないなぁ」同居人は鯛の弱気な言動を気にしている。俺はちゃぶ台に前足を置いてじっと鯛を見た。

「あなた達人間はこの星のことを地球と言っていますが、私たちから見れば水球なのですよ」

「うむ。そうだな」同居人は適当に相槌を打つ。

「その水球がどうなっているか、お分かりでしょう?」

「まっ、まあな・・・」社会に無関心な同居人は鯛の言ってることが理解できない。

「私たち魚族は全ての生物の命を支えるお役目を神様から仰せつかりました。しかしそのお役目も徐々に果たすことが出来なくなりました」鯛の白い眼が同居人をじっと見つめている。同居人は急に眠くなったのか、ちゃぶ台に突っ伏した。


 そこでは僕たち人間はボロを纏って腹を空かせていた。汚い身なりの人間たちが土の道を裸足でウロウロさ迷い歩いている。

「お猫様だぁー!」悲鳴のようなその叫びが聞こえると、僕たちは道の両脇で急いで土下座した。

 道の真ん中を綺麗な毛並みの猫の一団が静々と歩いている。その中央に小さな牛車に乗った小太郎が悠然と座っている。小太郎は鰯をポイっと僕の目の前に投げた。すると大勢の人間が我先にと鰯を取ろうと争い、眼前は修羅場と化した。僕の頬にも何かが当たる感触があった・・・・・・。


「早く鯛の身を分けてほしいにゃん」俺は涎を垂らして眠っている同居人の右頬に軽い猫パンチを食らわせた。

「うーん」同居人はちゃぶ台から頭を上げて虚ろな目で周囲を見ている。奴は舌なめずりしている俺の顔を見てギョッとした。同居人は慌てて鯛の身を菜箸で沢山取った。そしてその鯛の身を水で洗い流しキッチンペーパーで丁寧に拭き取った。それから処理した鯛の身を俺の目の前の皿に丁寧に装った。

「今日はやたらサービスが良いにゃあ?」俺は珍しい御馳走に満足だ。

「いや、いつも鰯とかの頭ばかりで申し訳ないと思ったから・・・・・・」同居人の額には冷や汗が滲んでいた。

「ふーん」俺はそう言うと鯛の身を美味しく食べた。そして俺様は鯛のお頭の白い眼と同居人の怯えた眼を見て、「フフーン」と笑ってしまった。


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