図書館の彼女と児童公園の彼女
彼女は何か嫌なことがあったのだろうか? 整っているけど、ほとんど表情のない顔で訊いてきた。
「この本をお借りするのですか?」
図書館の受付職員が何を言っているのだろう? 僕は不思議な表情を浮かべると、氷のような声が彼女の形の良い口から吐き出された。
「貸出期限が過ぎている本があります」
僕は驚いて、彼女が操作しているパソコンのモニターを覗きこんだ。確かに1冊が昨日返却日になっている。僕は読んだ本から返却と貸出をしているので、1冊1冊返却日が違うのだ。
「追加延長は1度だけです」彼女は機械的にそう言った。それは死刑判決を告げる裁判官のようだった。
僕は恐る恐る「中井久夫」の本と「太極拳」の本と講談社の「日本の歴史22 政党政治と天皇」と貸出カードをフロントに座っている彼女の前に差し出した。「日本の歴史22 政党政治と天皇」が貸出期間を1日過ぎていた。
彼女は小さく頷いてバーコードを読み取る作業をした。
「次回返却日は1月9日です」無機質的な響きの声だった。
僕は急いでその場を離れ図書館の出口に向かい、思い出したように一度だけ振り返った。
彼女は相変わらず無表情で正確に貸出業務をこなしていた。
僕は次回からまとめて本の返却をしようかと、え考えていた。それから毛糸の帽子をかぶり、毛糸の手袋をはめ、図書館をあとにした。そして近くの児童公園に腰を下ろした。公園内にある自動販売機で微糖の缶コーヒーを買った。古い木製のベンチに座り熱いコーヒーを一口飲んだ。目の前を小さな粉雪が舞い落ちてきた。僕の吐く息も雪のように白かった。僕の視界が毛糸の手袋でいきなり塞がれた。
「フフフッ、そんなに急いで出て行かなくていいのに」
振り向くと受付の女子職員が小悪魔的に笑っていた。
「私もそのコーヒー飲みたいな」
彼女は僕が頷くと隣に座り美味しそうに僕が口を付けた缶コーヒーを飲んだ。
「あったかいねぇ」彼女は柔らかいからだを僕の体にぴったりとくっつけていた。




