Y・3 宇宙の底にあるけん玉
Yは部屋の中を歩き回り僕に言った。
「宇宙はこの部屋にあるんだよ」
「ふーん?」僕は彼の言っている意味が分からなかった。
「どんな、宇宙なんだ?」僕が訊くと彼はしばらく何も言わず、おもちゃで遊んだり本を読んだりした。
「だからね、ここが宇宙の底なんだよ」
僕はますます彼の言っていることが分からなくなった。
「宇宙の底って、こんなに平凡なのかい?」
「そうだよ、宇宙の底はこの部屋さ。ここには宇宙のすべてがあるじゃないか!」彼はゲームをしながら笑った。
僕はこの部屋が何もかもあるとは思えなかった。
「だってこの部屋にあるものはテレビと本とゲーム機と木のおもちゃしかないじゃないか?」
「あははははー!」彼は大きな声で笑った。どうやらゲームで相手を打ち負かしたらしい。
「君には見えないのかい。ここにこの世界のすべてがあるってことが。すべての音が響いているってことが」
彼は哀れそうな目で僕を見た。
「君も昔は見えていたし聴くことも出来てただろうに・・・。そんなに急いで大人になるからつまらなくなるんだ」
「だって、いつまでも子供のままでいられないだろう?」僕は少しムキになって言った。
「そうかな、ゴワゴワした形あるものだけ見て、騒音ばかり聞いて、それが大人になるってことだろ。つまんないじゃないのかな?」君は手のひらをヒラヒラさせて踊った。
「僕は君みたいにいつまでも少年の心を持っていられないよ。そんなの疲れるだけだろ。いつかは深淵に飲み込まれて自分をなくしてしまうんだよ」
「だからいいんじゃないか。ここがロゴスだ、飛べ!」
「ここがロドスだ、ここで跳べだろ」
「アハハ、いいじゃないか。それとも清水の舞台から飛び降りるだっけ?」
「どっちでもいいよ。僕はもうそんなことしないし、できないもの」
「そうかな?明日になったらわからないよ。まだ君は17歳の心を持っていると僕は思うんだけど」
彼はけん玉を不器用に扱っていた。全然玉が皿に乗らない。
「それって面白い?」
「面白いよ、できないから」
僕は彼の部屋から出ていこうとすると「かちッ」という音が響いた。
彼のけん玉が棒にはまっていた。
彼は嬉しそうに言った。
「いつかそのうち、できると思っていたんだ」
僕は彼を眩しそうに見て「ちぇっ」と言った。
外の風は少し冷たかった。