第七節
お久しぶりの更新になります、二樹です
六月だというのに高く登った太陽の陽が照りつける、昼間。校舎に銃声が鳴り響く。
京葉学園敷地内にある、野外射撃場。
ここでは授業、放課後、部活などで射撃の練習をすることができる。昼夜問わず銃声が敷地内で鳴り響くが、学園の周り学園街にも響く距離である。苦情が来ないのは学園街と知っているから。ではなく、学園の敷地をぐるっと一周囲む塀に秘密があった。
この塀、人一人分程度の高さしかないのだが研究中の防音塀を使用している。この効果が絶大で、工事用の防音壁と比でない防音効果を誇っている。そのため、野外でもこうして射撃練習ができるというわけだ。ちなみに屋内、地下にもあるにはあるが距離的な問題で狙撃銃クラスの所謂長距離射撃には向かない。また実際問題、室内でばかり戦闘が行われるわけではないのだから、空気や気候などに左右される訓練を進んでするべきなのだ。
そのうち、一レーンには巧と真治の姿があった。現在は昼休み。
「五発目」記録係の巧が記録用紙に目を落としながら言った。
真治は伏射姿勢で狙撃銃を。耳にヘッドセットをしていること以外はいつものフルジャージ。真治の正装らしく、こればっかりはどうにもならない。今は服が汚れる姿勢であるから、むしろこっちのほうがいいのだが。晩年ジャージなのは巧としてもどうにかしたいところのようだ。
「…はぁ」巧は深い溜息をつく。視線を上げ、レーン横の着弾観測モニタをみて、また溜息をつく。
つきたくもなるだろう。記録用紙に書かれた記録は総なめ横棒一本。すなわち、測定不能である。
「だぁ、大丈夫だ…落ち着けばこのくらい」真治もさすがに焦り気味である。尤も、焦ったからといって逆効果なわけではあるが。
ちなみにこの会話はすべて巧たちがつけるヘッドセットを通して聞こえている。インカムもついており、それで会話する。
深く息を吸って、軽く吐いて止める。マニュアル通りではあるが効果的な呼吸法。
(僕とやってることにさほど違いはないんだけど…)
狙撃という点だけでいえば巧は他の生徒と圧倒的なアドバンテージを持っている。そのため、真治と巧を比べるというのはその時点で酷なことであった。しかし・・・
真治が、そのままゆっくりと引鉄にかけた指を引く。
刹那、銃が啼く。
反動の制御もしっかりとしている。第一、真治は伏射で二脚まで使っている。本来ならば、ここまで完璧にお膳立てしているのだからあたって当然なのだが。
銃口から飛び出た弾丸は、200m先の成人男性を模した的、マンターゲットのはるか右横を通り過ぎる。軽々と外してみせた。
巧がモニタを横目で確認すると、ささっと記録を書いて速やかにヘッドセットを外した。
真治は唖然とした顔で照準を覗きこんでいる。その照準器も巧がわざわざ直前に撃って確認したものを使用しているし、銃もそうだ。
「なーんで、外すかなあ…」唖然としたいのはこっちだと言わんばかりに巧は一言。ヘッドセットをしたままの真治には聞こえていないが、聞こえてもしかたがないこと。なぜなら、
『コゥラァ!真治ぃ!真面目にやらんか!』補習担当の小森がこの様に怒鳴ってくるからである。
驚いてヘッドセットを外す真治を見てやれやれ、と。左手のヘッドセットから漏れてくる爆音を聞き流し、モニタを見る。
見事なまでにかすりもしないマンターゲット。その立派な表情がどこか、寂しそうに見えるのは気のせいなのだろうか。
耳をふさぐ真治、怒鳴る小森。もはや慣れた光景になった。
巧は過去に真治と話をしていた。
「弾が当たらない?」帰宅準備をしていた巧にふと真治が言った
「ああ。それも“訓練だけで”だ。実戦では当たる」
真治はいつもの大荷物を背負いながら、腕を組んだ。
「だからあの成績なんだね…」
巧はうーん、と準備を終えてつぶやいた。続けて、
「そういう事例も聞いたことがあるよ。本番に弱い人っているでしょ、だからその逆ってのもあるんだ」背負いながら立ち上がった。
真治は帰りスーパー寄ってもいいか、と歩きながら、
「…でも、なんだろ?」難しい顔をした巧の右横に回った。
巧は、ちょうど買い物あるからいいよ、と笑う。続けて、
「あ~、うん。はっきり言って異常だねこの記録は。当たらないにしても限度があるよ、物理的にありえない域。奇跡か魔法か」難しい顔をしてたかな、と目を逸らす。そんな巧を見た真治はニコッ、と無邪気な笑顔。つられて巧も苦笑い。
それが、去年の9月頃のことだった。
真治は巧と同じ班にいる。
その都合上、当たり前だが実戦となると一緒の出撃となる。互いの実力も把握しておく必要があるし、ちょうど成績提示が近かったこともあり成績表を確認した巧は唖然。出席さえしていれば1になることがないと言われる射撃壱の成績がそれだった。
しかし、それを確認した時は信じがたいことで、実際のところ巧は悪い冗談か何かかと思っていた。
なぜならすでに実戦に出ていたからだ。そこでの真治の実力は確かなものだった。
だから、射撃壱の補習を手伝った時、巧は二度唖然とした。
巧は真治のその腕前をこう、形容した。
『物理法則を超越した、類まれなる“ノーコン”』と。