第四節
二樹です。
行間がなくても話はつながります。
演習を行う日は基本的にそれで全時間割を終える。
時刻は既に四時を過ぎるところ。
西棟一階、八年次の一室。
西棟はその殆どが七から八年次、すなわち中等科の通常教室。通常科目の授業の大体がこの棟だけで済ませることができる。
京葉学園は防衛校の中でも大きな敷地を保有している。
その広大な敷地を利用し、校舎をはじめとした施設は他校と比べ比較的整ったものとなっている。
『陸の京葉』と呼ばれているのには、そういった所以があってのことだ。
しかし、教室には防衛校だから~といったような変わったものは何も無い。
黒板があって、教卓、机やロッカー、と。この空間に防衛校特有の要素はない。しかし、どうだろう。外に目を向けると。
「校庭、今日も実技の補習ですか」
巧は手を止めて窓の外、眼下に広がる校庭を見た。
「そうですね、小森先生がつくとかって言ってましたよ」
向かい合う席に一人の少女・・・に見える『教師』の本庄
メガネをかけてスーツ。その上に京葉の校章入りのジャージを着る。その姿は中学生が背伸びをしているよう。
こう見えて彼女は巧、真治、紗希たちのクラス副担である。
校庭には大柄の教師、小森が数十人のジャージ姿の生徒たちに怒鳴っているのが観える。
残念ながら、ここまで聞こえる声量ではないようだ。
小森はまさに体育会系の教師、といった感じで遠目からでもわかる大きな体が特徴。数十人といる教職員の中でも生徒からの認知度が以上に高いことで有名。彼はクラス担任をしているが、もっぱらHRに参加せず居残り生徒の叩きなおしをやっている。
ふたりとも服装こそ違うが、腕に付いた『黄色の腕章』。
これは『教員隊』と呼ばれる部隊が一貫して身に付けるもの。
教員隊とは書いて字のごとく教員で構成される部隊で、全面的な生徒のバックアップ、及び治安維持にあたる。治安維持、生徒たちに対する抑止力の役目を果たすのが彼らの役割の一つ。
『防衛戦闘教育学校』では生徒に武器の所持権が与えられる。
素人ではない。彼らはかなりの量の訓練を積んでいるし、実力もある。
万が一、そんな訓練を施され武装した学生たちがクーデターを起こしでもしたらたまったものではない。
もっとも、日が浅いというのもあるが創設以降、一度もそのような考えを持った輩は出ていない。そもそも、そのための教育なのだから起こりえてはいけないことではあるが。
治安維持、というのは稀であるから基本的には前者の教師としての役割が強い。
巧はそうですか、と小森を見つめ怪訝そうに目を細めた。
「天田君?」本庄に呼ばれ、巧はしまったと思った。本庄の眼は鋭く、ほんの僅かな変化を逃しはしない。そのせいで巧も余計なことは考えらなかった。
「あ~、すみません。なんですか」そうして、本庄を見る。眼は、見ない。彼女の瞳は巧を通してその先にある何かを見ようとする。こういう眼差しが心底苦手だった。
大丈夫ですか、と巧の顔を覗き込む。
「ええ、すみません」巧は平謝り、目を逸らすように机に広がる書類の一つに手を付けた。書類整理の最中の出来事だ。
「なら、いいんですが、」俯いて、「天田君、たまに何を考えているのか先生は心配になります」と書類の一つを手に取り巧の目を見つめる。巧は見られれば仕方なしに、眼を合わせる。
この瞳に何人の男子生徒がやられたか、その数は知れない。巧は、別の意味で苦手としているが。
「大丈夫です。大事じゃないですから」と言い微笑む。半ば、苦笑いだった。
本庄は、少し近づけた体を戻して。わかりました、と一言。それ以上追求することはしなかった。こういうところが本庄の人間性の良さなのだろう。
巧は本庄の顔をもう一度、ほんの一瞬間だけ見ると新しい書類に手を付けた。
しばらく、無言で作業をしているとそういえば、と巧が思い出したように口火を切る。
「はい、なんですか?」本庄は書類整理の手を止め、首を傾げながら見る。
巧はどうぞ続けながらで、と自分の手も動かし、
「本庄先生は、立候補ですよね」続けた。
「そうですよ?」本庄は不思議そうに巧の言葉を聞いて、書類に目を落とす。見出しには生徒の生活習慣に関するアンケート、とだけ書かれている。
「どうしてですか」巧は書類を次々と片付けて、尋ねる。これといって深い意味は無い。ただ単に、なぜ教職を普通の学校で送らなかったのか。それが疑問だっただけだ。
本庄はう~ん、と考えて、
「天田君に逢いに・・・・ごめんなさい」ふざけた本庄だったが、巧の眼差しが痛かった。
「聞いた僕が馬鹿でしたと済ませていいですか」溜息。
「先生馬鹿キャラ目指してませんよ?」
「知ってます」
言って、二人で苦笑い。
しばらく、して巧は言う。
「・・・無理して聞きません、興味本位なので」巧はそう言って、またしまったなと思う。
本庄は興味は大切ですよ、と言って手を止めて巧を見つめる。
「この学園の、この国の将来を担う生徒さんたちを育ててみたい、っていうのもありますけど、」
苦笑いをして、「先生自身が強くなりたかったっていうのも理由としてはあったかもです」首を傾げる。
「そうですか」巧は、一言。それだけだった。
「はい、それだけです」笑顔の本庄はほんの少し、それを曇らせた。そして複雑な笑顔を作った。
笑顔と呼ぶには見苦しい。彼女は巧に対してのみ、稀にこういう表情を見せた。彼女と放課後に活動する機会が多かったから、そう思うだけなのかもしれないが。
その本庄を、巧はあまり見たくはなかった。誰でもない、本庄がこの顔をしていることが何よりも嫌だった。なぜ嫌なのかとか、その理由というのは自身にもわからなかった。
はやいところ、編集中のところを消しておかないと一生更新されない小説になってしまいますので早足で書いています。
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