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DEFENDER ~京葉学園防衛記録~  作者: 二樹霖
第一章 防衛校
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第十一節

「ーーー以上だ、各位生きて帰れ」

その言葉から締め括られた作戦前会議。

巧は移動中。イヤホンからその音声だけを、頬杖ついてつまらなそうに聞いていた。

作戦開始はまだ先だ。

しかし、その前にやるべきことがある。

概要は頭に入っている。

巧の為すべきこと、何の事はない。


『可能性を刈り取る』だけ。


危険性はファーストクラスに遠く及ばない。

「危険じゃないほうがいいんじゃないか」

「まあ、うん。そうなんですけど」

ミラーに目を映しながら笑う運転手の少女。その年齢は巧より幾分か上。

「自ら危険地帯ホットゾーンに飛び込むっていうのは。なんともマゾだとは思わない、天田君?」

「マゾ、ですか。なるほど」そういう言い方もあるのか、と小さな窓の外を見る。

まだ薄暗い。しかし、平和。そのものだった。

「・・・なるほどね」また笑い、ミラーから目を離す。

巧はミラーを見る。も、すれ違い。

「何がですか」気に触ったのだろう、不機嫌に。

「彼女が心配するわけだ、と」その彼女という単語のニュアンスは広いように思えた。所謂彼氏彼女のそれのようにもとれた。

一瞬、驚くも、呆れた、と言わんばかりにまた窓の外に視線を向ける。先程よりも人通りが少なくなった。

彼女、巧の相棒である少女のことだ。

相棒と言っても、拘束力は何もない。

だからといって彼らのように『ほとんどの時間共にいることがない』、というのは珍しい。

先の総合演習にすら参加していない。

「彼女がいっとう君のことを理解しているのかと思った」

「さあ。どうでしょうか。それは、僕の知るところじゃないです」どこか寂しげに言う巧。

いいや、解っていた。彼女が自分に対し、気を使っていることに。気を使わせていることに。

だからこれは裏切りだ、そう巧は苦虫を噛む。

(『理解している』。理解していたとして、心配しないわけではないだろう。)

「少なくとも私なんかは、そう思っていたがね」その他大勢もそうだろうよ、と道を曲がる。みんな知っている、と。

「言いましたけど、僕はあの子の相棒であって、それ以上でも以下でもないんです」

「君は、そうだろうさ。けれど、彼女は」意図して、そこで言葉を切った。皆まで言わずとも、ということらしい。

「それが『良き理解者』であるとは限りません。僕がそれに気づいていたのだとしたらなおさら」

なおさら、たちが悪い。裏切りで許されるのか。許されないだろうことは彼が一番良く知っている。

「いいや。理解していて、それでも飛び込むんだろうよ。君は」先刻より、確証に近い形で言う。何もテキトウに言っているわけではない。彼女なりに確たる証拠があるのだ。

「その心は?」

「マゾだから、と言っているが。・・・君はね、焦れている、気がする。どことなくそういう風に観える」

「・・・『センジョウ』に、ですか?」巧は、その恥ずかしい台詞に肩をすくめて茶化す。

「いいや、『死』だ。・・・君は強いだろ」恥ずかしいことを言っている自覚がないわけではないらしい。しかし、真剣な話だ。

「僕は…いえ。そうは思いません」その表情に一瞬、考えて、否定する。

「・・・いや、まあ。いい」それもそうか、と運転手は笑う。この少女、巧にマゾのレッテルを貼り付けるに飽きたらず、その上ナルシストとして仕立てあげるつもりなのだろうか。

「仮に君が強いとしてだ。その強さが故、死ぬことが許されない世界にいる君は、どこか心の何処かで自分の死ぬ理由を求めたがっているのかもよ」

あくまで仮定の話。今の彼を指すとは言っていない。少なくとも、少女から見た巧は。そういうことなのだろう。

「・・・なあんてまあ、私が君の何を知るっていう感じではあるけれど」笑って、すまそうとする。変なことを言った、そう思ってはいるのだろう。

「付き合い長いですからね。メディ科の中では」

「君はいつもけが人を増やすからな」言って少女はミラーを見る。

「・・・勘弁して下さい」ミラー越しのジト目はさすがに堪えたらしい、巧は思わずに目を逸らす。

「こっちのセリフだよ、後輩。そろそろ着くよ」その言葉に巧は視線をフロントに移す。

遠目に公民館の標識がある。情報通りならば、そこが『戦場』成り得る。

「分かりました。回収地点ランデブーポイントでの待機、お願いします」巧は座席横、銃から弾倉を抜き、確認する。閉所用の銃器。拳銃よりは制圧力があるが、さすがに小銃には劣る。

「大体、なんでメディ科が入用になることを察知しているんだろうね。『上は』」最後を強調した。

「『上』・・・、ですか。教員隊もそういう言い回しを好みますよね」言って、初弾装填。

「もう学長くらいしかいないのにね」笑う。隠語だろうに、意味を成していない、と。

しかし、防衛校の上はもっと高いところにある。公にされているところではない。が、学園関係者ならば周知のこと。

防衛大臣から総理大臣まで、おおよそ国の上層組織の人間が学園へ口を挟んでくる。

「あの人も何を考えてるのか理解できませんね」だが、敢えて口には出さない。そのほうが良い。それはすでに暗黙の了解とかしている。

「そういえば仲良しだよね、学園長と」

「やめてください。一時期禁断の恋とか訳の分からない噂まで流れる始末だったんですから」

学園長と巧は仲がいい。偶に休日、お茶を飲んだりする仲だ。教師と生徒の枠を超えた付き合いなのは間違いなく、そういう噂が流れるのにも頷ける。もっとも、二人共男性であるが。

「はいはい。あ、天田君牡牛座だよね」クスクスと笑ってふと、思い出したように言う。

「なんです、藪から棒に。・・・占いですか」安全装置を解除、動きに問題はない。

「ラッキーポイントは『水辺』なんだってよ」

「はあ・・・そういうのあんまり見ないんですけどね」

溜息、首にかかるスリングの金具に銃を取り付ける。これがあるのとないのでは銃の運用のしやすさが段違いなのだとか。巧を始め学園生徒はもっぱら取り付ける。というのも、学園から専用の物が支給されていたりするからなのだが。

「どうしてだい?」車を駐車しながら不思議そうに首を傾げる。

学園公用車は緊急車両と同じ区割りにいる。そのため路駐しても咎めるものはいない。邪魔に慣れば別だが。

「占いによってその日の運勢が決まるっていうのは、つまり抗えない運命の鎖に・・・」

「君は中二病か何かなのか」またミラー越しのジト目。案外、同様する巧を見て面白半分、やっているのかもしれない。そういうのが彼女だ。

「つまり、予定説っていうのが嫌いなんです」

「カルヴァン涙目だな。でも、わかるよ。予め決まっているっていうのは『つまらない』からね」

倫理に精通する中学二年生、というのも不思議な話だが学園での特別カリキュラムの中に倫理学が入る。広く、浅くではあるが。

ゆとり教育が終わって、その反動がいまだに続いているというのもあるのだろうが、防衛校の授業速度は特に早い。

「そんなこと言って、その様子だと毎日かかさず観ているんでしょうに。でもなんで牡牛座だって」

「私とおんなじだからね」少し自慢げなのは巧の気のせいなのだろうか。

「それは知りませんでした。だからといって僕の星座を知っているのはおかしな話ですが」

「よし、到着」そういって、誤魔化す。下手だ、と巧はジト目返し。効果はない。

「・・・何はともあれ、助かりました」

「言ったっしょ、命令」ハンドルに腕を乗せ、身体を預ける。同年代の生徒より幾分か大振りな胸が押し付けられる。

「ああ。はい」笑って、扉を開ける。その瞬間に状況は開始される。

「なにもないことを祈ってるよ」車内でいじわる気な表情を浮かべ、手を振る運転手。

「ええ。その方がいいです」巧は言って、目を瞑る。


「『死に焦がれる』・・・か」歩き、考える。

「でも、案外」そう言われれば、納得した。そういう自分がいたことに、少し戸惑う巧。見上げた空がまだ六時前だというのに、明るい。

目的地はまもなくだ。

視線を前に戻す。見つめた世界は、朝日を浴びても薄暗い。

いつもは持ち歩かない短機関銃、あるいは個人防衛火器と呼称されるそれを撫でる。

自分の身を任せるような仕草を巧を始めとした防衛校生徒はよくよく、自分の銃器に対して行う。

願掛けのようなものだと、言う。

銃が固まれば、すなわち死を意味する。

人よりも、国家よりも、金よりも。今、自分の命を預けるに値する存在が、銃。

しかしこれは同時に、人を、命を殺す道具。兵器。その事実を含めて撫でる。

自分を殺すことになるのが、この銃かもしれない。

そういうことを考えて、撫でる。

どこまでも冷たく、無慈悲に重い。

そんな相棒を。


深呼吸、一息吐いて頭切り替える。

時刻は0600。

朝の放送が、作戦開始の合図だ。

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