第十節
「・・・・おん、なのこ?」驚いた。
驚いたせいでつい口に出してしまう。
ミドルほどの髪に、整った幼い顔立ち。
パーカーを着ているが、どうも汚れているようだった。
ここ最近の汚れとかそういうものではなく、年季。
使い古されたもののようだ。
可愛らしい、といえばそうなのだが、髪や肌、瞳に至るまで透き通っている。という表現ができるだろうか。
特に巧の目を引いたのが瞳。透明度の高い海を観ているかのような美しさ。
夕闇に照らされる肌と、汚れた上着との不釣り合いなコントラストが引き立てていた。
見たところ日本人には見えないが、あいにく巧は二ヶ国語しか使えない。
道路脇の草むらから出てきた少女はしばらく巧の顔を見つめる。
「な、なにか・・・」巧は珍しくたじろぐ。本庄に見られた時も少しは動揺していたか。
しばらく顔を見つめたあと、今度は全身を見る。
一周して手に持つ買い物袋へ目を向けると少し、首を傾げる。
「・・・食べ物、ある」と口を開いた少女は指さす。
日本語でよかったと、安堵した巧は同時に困惑の表情。
「食べ物?」
「ん」コクリと頷く。
こまったなあ、と巧はその中をあさる。
こまった、と言うのはあまり空腹を満たせるようなものが入っていないことであって、少女が食べ物をせびることに対してではない。
よくあること、ではない。決して。
だから慣れているわけではないのだが、いかんせん巧は順応性が高い。
「えっと・・・こんなもので良ければ」と取り出したのはカニカマ。カニの代替品として料理に使われるかまぼこ。
少女はそれを見つめ、
「食べていい?」とつつく。
どうぞ、と巧。
袋のまま食べるなんて野暮なことはせず、きちんと剥いて食べた。
しかし、初めて食べたというのであろうか。
一口目で驚きの表情をし、二口目で微笑み、三口目で美味しい、と口に出した。
その様子に無言で見入る巧。正直に面白かったようだ。
十二本入りのそれを手渡した巧に少女は対して全部いいの?と尋ねる。
巧が笑うと頷いて二本三本と食べ始めた。
半分、つまり六本目に達したところで。
何かに気づいたようにパタリと食べるのをやめる。
「どうしたの」しばらく食べない少女に首を傾げる。
「全部は、だめ」そう言ってすっかり食べるのをやめてしまう。
「どうしてまた」見る限り口に合わなかった、わけではなさそうだ。
「これ・・・」そうして少し悩んで巧を見つめ「・・・の」指をさす。
『これは巧のもの』、そう言いたいらしい。
名前を知らないのだから君とか貴方だの、代名詞で呼ぶべきなのだろうが。迷ったのはなぜだろうか。
「うん。そうだね」頷く巧に
「だから、半分」差し出す少女。
「なるほど」少しの間考えて、「じゃあ一本もらうよ」と一本だけ少女の手の平からカニカマを取って食べる。
「ん、半分」少女はさらに勧めるが巧は首をふって続ける。
「僕、結構小食なんだ」そう言って腹を叩いてみせる。実際、嘘ではない。
菓子パン一つで午後の授業は持ちこたえる自信がある程度に。
「ん、じゃあこれは」少女は頬を膨らませる。どこか不機嫌そう。
「君はもう、お腹いっぱい?」そう聞きはするが、腹が空いていることはわかりきっていた。
「ん~ん。違う、けど」言いよどんで、目を逸らす。あえて嘘はつかない。その様子に巧は笑う。
「じゃあ、どうぞ。お腹いっぱいの僕の代わりに」だからこれは少女にあげるべきものだろう、と考える。
「かわり・・・ん。残すのだめ」ようやく、納得して頷く。
「そ。だからどうぞ」内心、良かった、と微笑む。
「ん、わかった」嬉しそうに残りの五本をたいらげた。
「食べた?」巧が見計らって声をかける。実を言うと、口に含んでから目を離していない。それ程に少女の食べる姿は可愛らしく、面白かった。
「ん、ごちそうさま」
「お粗末さま。って、僕は作ってないんだけどね」あはは、と頭をかく。
「作るの、ご飯?」きょとん、と首を傾げる。一挙手一投足が人形みたい、とは巧の感想だ。
「まあ、うん。色々とね」
「・・・じゃ、今度食べさせて」少し、間はあったが至って真剣にそう訴える。
「え、あんまりうまい、とはいえないよ」その様子が真剣そのものだから巧は動揺。
「ん」重ねて頷く。
「・・・参ったなあ」巧は二度頭をかく。
仕方なく、重ねて仕方なく。
「わかった。いいよ。今度家に招待する」
そう約束をした。
聞いた少女は。
至極嬉しそうに、出会ってから一番の笑顔で頷いた。